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第44話 呂色

 階下にある社員用のカフェテリアで、霧香は咲とミミにゃんの三人で休憩となった。本来水戸マネージャーも誘われたが、恥ずかしいのかちょっとそこまで買い出しに、と断られた。


「結局お盆中も呼び出して。忙しかったわね」


「いえ、みんな一息ついたところでしたし。

 ミミにゃんは忙しいでしょ ? 」


 霧香に聞かれたミミにゃんは意外とそうでも無い様だった。


「学業がある分、事務所に余裕は持たせて貰ってますね。

 でも撮影はお盆明けからで急ですね。モノクロの皆さんは帰省とかするんですか ? 霧香さんて、出身どこなんですか ? 」


「ち、地方だよ。親がめんどくさいから会わないだけで」


 身分証にあった自分の経歴を必死に思い出す。


「そうなんですね。訛りが無いし、この辺かと……。

 でも、そうですよね。霧香さんくらい綺麗な人がいたら、ミュージシャンになる前に噂になったりしますもんね」


「へ、へぇ〜。ド田舎だと、あんま無かったなぁ」


 ド田舎どころか異界である。

 咲が何とか話題を変える。


「明日は道の駅で演奏よね ? 」


「え ? ステージですか ? いいなぁ。モノクロで ? 」


「ううん。サイとわたしだけ弦楽で。ケイは地元の中高校生に混ざろうとしたんだけど、女子校なのでって顧問に断られてたみたい」


「あはは。OBでも無く、完全に外部の方だとそうなるかもですね。仕方ないですよ」


「そうだ、ミミにゃん。さっきアンジェリン検索したんだけど、ああ言うポージングってどうしたらいいの ?

 わたしMVすら撮って無いのに……撮影なんかされたこと無いよ……」


 ミミにゃんは笑って答える。


「大丈夫ですよ。多分、指示出ますから。

 でも……そうだな。アンジェリンってセクシー感がある感じですよね。アドバイスですか……うーん。爪の先まで演技するって感じですかね」


「演技 ? 爪 ? 爪が演技するの ? 」


「いえいえ。えーと。

 モデルのポーズって、自然体じゃないものが多くないですか ? 普通にやったらグネりそうとか、髪がなびく程風が吹いてたら目が渇くし、絶対そこで食べたら汁とか食べカスが落ちるよな〜って所で撮影して。時には檸檬を齧って爽やかな笑顔させられたり。酸っぺぇだろって !

 でも見てる人には伝えなきゃいけないイメージがあるので、綺麗なものに綺麗なものを上乗せしていくんですよね。

 普通、家ではやらないけど撮影は別っていうか……。

 こないだは散々霧吹きで顔濡らされて、美味しそうに飲んで ! 鳥肌たてないで ! 鼻も出さないで ! って、言われて無理だろって思いました」


「あはは ! 」


 咲もこの分野は興味無く耳を向ける。


「でもなんだかんだで出来ちゃうミミちゃんなのよね ?

 そう言う表現で困ったこととか、ないんじゃない ? 」


「ありますあります ! 霧吹き事件は新発売の飲料水のPOPに使うからって写真だったんですけど、『女の子らしく、ペットボトルは小指立てて飲んで』って言われて」


「えぇ ! 古〜 ! 」


「ちょ〜っと無いね。むしろ普段はやらないように気をつけようまであるよね ? 」


「そうなんですよ。そもそも小指立てるの女の子っぽくも無いし別に。

 でもそう言う時は割り切ってやるしかないですね。断る人もいますけど。

 水戸さんに相談したら「え ? なんで ? 女の子って小指立ててマイクとか持つじゃん ? 」って言われて」


「アッハッハ ! 」


「水戸ぉ〜っ !! って思いました。

 霧香さんが看板のモデルをするって聞いた時は、わたしもちょっと妬んだり……しないわけじゃないんですよ。でもなんでわたしじゃないのかなって考えるようになったし。

 今回のお話聞いて確かにわたしには不向きだなって思いました」


 ミミにゃんはなんでも着こなす分、やはりグラビア体型とは違うものがある。

 一方霧香はどちらかと言えばトランジスタグラマーではあるが、顔の印象が強い分、スタイルに関して褒められた事はあまりない。


「でも、ミミにゃんは服で全然印象変わるよね ? わたしTGCの映像、観たよ ! びっくりしたぁ〜。あのゲームの服とか、全然コスプレっぽくならないの ! 」


「ありがとうございます。

 それでもわたしは霧香さんとはタイプが違うので。

 でも……最初はそんな風に思わなかったんですよね。


 歌ってる時ですかね……。『この人は全く土俵の違う人なんだ』って納得したの。だから歌は本当にすっぱり諦められたんです。他の部分を磨こうって。演技や、トークですかね ?

 霧香さんも音楽以外、得意分野ってありますか ? 」


「無い !! 」


 中学二年のミミにゃんに、正直に即答 !


「ほんと、歌以外なんも無いの。実はわたし楽譜も読めなくて」


「「えぇ !? 」」


「耳コピとか、勘で弾いてるんですか !? 」


「き……霧香さん、お姉さんには先に言って欲しかったな〜」


「だって恥ずかしいことだと思うし……。

 サイの曲が仕上がったら一度全体の音源をパソコンで聴いて、弾くって感じ」


「それで弾けるのは凄いけれど……楽譜を初見で弾けないって事ですよね ? 」


 霧香が苦笑いで頷く。


「音楽上級者は普通にやるわよね。お姉さんの友達にもクラリネット吹く子いたけど、間違えてもだいたい吹けるみたいだったし。……ベースならTAB譜もあるのにそれもダメ ? 」


「TAB譜も意味は分かるんですけど、読みながらは弾けない。

 聴いて、弾いた方が早いし。自分たちの曲なら自分のパートは自由なので」


「うー……ん。でも、一応覚えた方がいいと思うな、お姉さんは。ほら、小学生でも楽譜は授業でやるくらいだし。ト音記号とヘ音記号くらいは」


「霧香さん一緒に頑張りましょう ?

 わたしもお芝居の練習を本格的に始めようとしてて……間がイマイチだし……そもそも歌が駄目なんでミュージカルには行けないだろうけど……。声量もまだまだ小さいって言われてて」


「そうなんだ。そっか。確かオペラも歌劇なんだったな〜。演技って難しいね」


 霧香は考える。

 何もかもに恵まれた人間などいない事は分かるが、得意分野の延長線上にあるものまで得意とは限らないのだと。

 現にモノクロの中で霧香は、自分なりの仕事を見いだせるかと言われたら疑問に思う。

 彩は作詞も作曲も衣装もやっているし、恵也はトーク全般と動画の編集作業をやっている。

 蓮とハランに関しては、仕事もあるし何よりまだAngel blessを脱退したという訳でもないAngel blessの作曲は蓮がやっている。


「じゃ、じゃあ。ちょっと勉強しようかな」


「そうね。霧香さんあんなに弾けるんですもん、ソロ活動なんかも将来見据えて。お姉さんはやった方がいいかもって思うわ」


「あ、確かに霧香さんが自由に作曲出来ても、メンバーじゃない楽器隊に楽譜を渡せないのは困りますもんね」


「そうかぁ。ソロ活動かぁ〜。全然考えて無かった ! 」


 盛り上がる三人を見つけ、凛と南川、そして彩が入ってきた。


「女性陣ここにいたのか。

 霧香さん、リーダーにスケジュール話してきたから後で聞いてね。

 実々夏さんも、CITRUSで今回声優やってたんだね。歌はダメって言ってたけど、演技はイけるんだ ? 結構CITRUSで評価されてたよ」


「ああ ! 良かった !! ありがとうございます」


「VEVOは年始にズレたけど、まぁ仕方無いね。

 ここだけの話、LEMONには有料ライブハウスとかカジノのワールドも作るみたいだよ」


「カジノ……ゴールドで遊べるんですかね ? 」


「どうだろう。通貨の『レモン』だとリアルなお金に近いし、無理かもね。物品に交換出来ちゃ不味いもんね」


 違法賭博回避。あくまで全年齢対象の空間である。


「あと、まぁ……ぶっちゃけ今回のギャラはあまりいいとは言えないけど、VRゴーグルくらいはプレゼントするよ」


「え、嬉しい !! 」


「あ、藤白さんじゃないですよ……モノクロと実々夏さんにです」


 咲お姉さんは案外貧乏なのである。事実、VR機器はまだまだ高価な物だ。


「じゃ」と南川が立ち去る。

 その背後。

 彩の横で凛がニンマリと霧香とミミにゃんを見る。


「今回はよろしくっす」


「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


「ミミにゃんは新作RPGの宣伝の方で撮影なんすけど、一枚だけLEMON用にキリさんと絡んで欲しいっす」


「はい」


「で、キリさんすけど。サイズだけ今測らせて貰っていいっすか ? 」


「サイズ ? 」


 ミミにゃんがフォローする。


「ヌードサイズっていう、服無しで身体の寸法を細かく測っておくんです。衣装が出来上がってから、直しにくいものもあるので」


「あ、そっか。じゃあ……」


 そう言って上着をブラウスを脱ぎ出す霧香を咲とミミにゃんが瞬時に止める。


「何やってるんですか !? 」


「霧香さん、個室用意されてるから ! 」


 ポカンとする霧香のボタンを彩がプチプチ戻していく。


「じっとしてて 」


「ここでやるわけないじゃないですか ! 」


「お姉さんもび、びっくりしたぁ〜」


 しかしポカンとしているのは霧香だけでは無い。


「え ? でもキリさん、見せたがりっ子なんすよね ? 」


 完全に凛の中ではモノクロは不審者集団である。


「こいつは女性としての自覚が極端に薄いので……それだけです」


「……うん。SAIもやべぇっすね。顔まで湿疹広がってるっす」


「そうだよサイ。こんな女の園に何しに来たの ? 」


「明日のスケジュールとか、カラオケ屋で話してから帰ろうって。俺、先に店行ってる。

 ロビーにケイを残してるから、絶対一人で街歩くなよ ? 」


 そういい立ち去って行った。

 凛が一言呟く。


「ブツブツだ。……見てる方が痒くなるっすね……」


 □□□□


 撮影は八月二十日に決定する。

 凛とその他、関わる業務課はてんてこ舞いだが、看板を出すのは早ければ早い方がいい。

 むしろ、人々の噂に便乗するとしたら、全く四ヶ月では少ないくらいなのだ。


「と、言う事。

 俺たちは明日、十六日に道の駅のイベントで、また帰ってくるようになるけど」


 カラオケ店の個室で、彩が霧香と恵也を見る。


「で、そのイベントを最後に顔出しは一旦停止かぁ」


「Youtubeの動画は ? 」


「止めるしかない。

 アイテールの再放送に合わせて、十二月に再公開するんだけど。LEMONの中の屋敷の前にアーカイブで観れるようにしてくれるかもしれない。

 だからそれまでは、MVと新曲作って、円盤の制作にも取り掛かる」


「CDって今どき買う ? サブスクでダウンロード出来るのに。一曲いくらで買う時代だぜ ? 」


「特典を豪華にすればいい。

 有料のライブハウスがLEMONにできるじゃん ? そのチケットを入れて、CDをLEMONのショップ内で売ればいい」


「成程」


「LEMONを盛り上げるのが俺たちの役目だろうし。活動はほぼLEMONでしたいかな」


「関係図くらいは用意しとく ? 」


 恋愛リアリティショーとしては、ある程度興味を持って貰わないといけないため、必要かと思われるが……。


「いや、そしたら俺一人だけ矢印無し人間になる」


 霧香に下心が無い分、関係図にしたら彩の周囲だけ白紙である。


「いや『異性アレルギーのリーダー』って一筆書けばいいじゃん」


「でも、こないだケイにも蕁麻疹出たから、多分異性アレルギーって言うより恋愛的な物のアレルギーだよ」


「「頼むから、その一件忘れろ ! 」」


 霧香としては腑に落ちない思い出。


「一先ず、帰ったら明日の準備と撮影終えたら放浪の準備だな。

 キリは……ちょっと変装を考えないとな……」


「ってか、なんでお前まで彷徨い歩くんだよ……散々苦労しただろ !? 」


「今回は大丈夫だよ。

 サイがどんな風に曲作るのかとか、楽譜の読み方を覚えたいんだ」


「あ〜。まぁ、それは出来た方がいいけどよ。家でもいいじゃん」


「今日、会議でも言われてたけど、一度見たら忘れない綺麗さだし……正直、芸術に近いこれをどう隠せって言うのか……」


 下心0でも綺麗だと言い切れるのはなかなかハードルが高い。


「……おめェ、すげぇな」


「マスクと……髪は帽子とかに入れて……ジャージとか……」


「やっぱりそうなるかぁ……」


 彩が頭を抱える。

 同棲したての頃、穴あきジャージで尻をポリポリ掻いていた霧香である。

 嫌な予感……。


「風呂は ? 」


「えっと……こないだのところの近くに銭湯があるんだけど、大人五百円で二時間滞在OK。ただ、営業時間は昼間だ」


「まぁ、仕方ないか」


「そしてだけど。

 今日真理さんから連絡来て、案外時間はあるからキリと俺、楽団とは別個で演奏しないかって。ピアノ伴奏は真理さんがやるからって」


「それなら、その方がいいけど……楽団のみんなは弾きたく無かった…… ? 」


「いや。客席で聴きたいからズラせって」


「めっちゃ好かれてんじゃん」


「……」


 彩は無言だが、何か憑き物が取れたようにスッキリとした顔をしていた。


「暑いから帽子被れって言われたけど……衣装に合う帽子って謎すぎ。弦楽なんて普通に男は正装だよ。黒白で」


「キリだけでいいんじゃね ? 」


「んー。そうだな。

 ガラスのチェロ、戻ったけど……せっかくだから樹里さんに借りた白いチェロ使う。日差しが心配だし、熱くて持てなくなりそうだし」


「繊細だな硝子……」


「そんなところかな。じゃあ、屋敷に戻ろうか」


「おう。キリ、マスクしろよ ? 」


「う、うん」


「はぁ〜……隠すの勿体無ぃ……」


 彩は何度も口にする。


「撮影が終わったら黒く染めちゃえば ? 」


「生えてきた時どうするんだよ。そんな逆プリン見たことないし、黒く染めた部分は戻せないよ」


「わたし、別に切ってもいいけど ? 」


「いや……それはパフォーマンス内でも、蓮とハランがスキンシップ取りにくくなるから……。一応、触れる部分ギリセーフだし。髪」


「実際、恋愛リアリティショーってさ。放映されてるのはちゃんと完結するよな ?

 俺ら……え ? キリ、完結すんの ? 」


「「……」」


「まさか……考えてない…… ? 」


 南川も、まさかモノクロの希星以外、寿命が無いとは思っていない。

 必ずそのうち霧香に彼氏が出来るか、誰かとくっ付いたり……二十代のうちには蹴りが付くだろうとタカをくくっている。


「その時は……彼氏役を雇う ? 」


「全然リアリティーじゃないじゃん。詐欺だよ。

 よし。じゃ……キリ。とりあえず……レンレンか ? ハランか ? 」


「ちょっと、やめてよ ! 」


「だって分かんないじゃん ! 」


「いや、だからそれをこれから観せようって事だから」


「うぐぐ……焦れってぇなぁ〜〜〜 ! 」


 三人、スケジュールを各自手帳に書き込むなり、スマホに入れるなり、確認を済ませてカラオケ店を出る。

 すぐにタクシーを見つけ、通行人に見つかる前に霧香にマスクをして押し込む。


「これ、四ヶ月……道の駅で油売ってる場合じゃなくね ? バレるって」


「うーん……看板が唯一ない県とかあるか聞いて、その周辺の施設に居座ろうか ? 」


「なんで !? なんでそんなに野宿に拘るんだよぉぉ !? 」


「だから俺は人間観察だって」


「キリは !? 」


「え ? サイといたいからだけど…… ? 」


 とんでもない殺し文句を吐く霧香に、彩本人ではなく恵也が仰け反る。


「……じゃあ止めねぇよ……レンレンの気持ちも考えろよぉ……」


「レ、レンは別に……い……忙しいし……」


 初めてこの面子に霧香が、蓮に対しての意識した様子を見せた。

 彩はポーカーフェイスのまま、ネタ帳をそっと取り出す。だが恵也に関しては、やはり根っからのデリカシー無し男なのか鈍感なのか。


「俺も忙しいよぉぉ ! 仕事してんだぞ ! 」


「収益だけで、仕事辞めちゃえば ? 」


「やだよ ! 俺は金には案外現実的なの !

 もしキリだけバカ売れして俺たち解散とか……ありえるからね ?

 もしくはリアリティショーで無理に変な男とくっ付いて破局して解散とかさぁ」


 無くはない。

 世の中、男女の縺れや一人だけ才能が抜きん出ていたばかりに、残ったメンバーが解散するバンド等、星の数程存在するのだから。


「サイはバイオリンもギターも出来て、楽曲提供も道はあるけどよ。俺はドラムだけだし」


「ケイも作曲してみたら ? 」


「……いや、それなら俺は音楽以外の職につきたいね」


「ふーん」


 そこで愛想の良さそうなタクシーのおじさんが声をかけて来た。


「お客さん、バンドやってるんだ ? いいねぇ ! 」


 ここで霧香の存在に注目される訳には行かない。


「いえ……やってないです」


「エ !? 今、そんな話……して…… ???

 まぁ、いいか」


 そこはプロ。

 おじさんも深く追求しない。


「バンドじゃなくて……あの、リストバンドッすよ。リストバンド愛好家の応援ソングの話っす」


「いやぁ……うん。そうかぁ。凄いねぇ」


 おじさん。もう人間不信。リストバンドの応援ソングとは ?


 タクシーは屋敷のある雑木林の前まで来ると、運転手のおじさんは急にぼんやりと空を見つめる。


「いい天気だわ……あれ ? ここどこだ ? 」


「おじさん、お会計して」


「ああ。そうだったそうだった」


 メーターを確認し料金を請求する。

 精算を済ませたドライバーのおじさんは狐につままれた様なふわふわした記憶の中、街に戻って行った。


「皆んな帰ってるかな ? 」


「どうだろ ? 今、十四時 ? ハランは黒ノ森楽器店は休暇とってしばらく実家の手伝いすんだよな ? 」


「一度手伝ったらロイさんが手放さなくなったって」


「医者不足って言うもんな。最もあそこは地域の集会所になってるらしいけど」


 三人、坂を上がり垣根のある門を越えて敷地に入る。

 すると、見慣れない車が一台停まっていた。


「なにあれ ? 」


「レンレンと俺以外……免許ねぇよな ? 」


 横から見てようやく三人はそれがキャンピングカーだと認識する。


「え…… ? サイ買ったの ? 」


「まさか。免許も無いのに買うわけないじゃん」


「じゃあ、レンレン車変えたの ? 」


 そこで三人に気付いたシャドウが、何やら手にして庭へ出てきた。


「霧香。今朝方、お前たちが出かけた後、魔法陣だけ庭に出てくてな。何事かと見ていたら車が……あと、フロントにこれが……」


 大きな黒百合の花束。

 そしてキーと、メッセージカード。


「うわぁぁぁマジかよ ! 」


「え、こんなの送り返す魔法なんて使えないよわたし ! 」


「咲さんの言った通りだ。愛情表現が一方的。押し付けて来るタイプ」


 カードには名前は無いが、最早ディー以外の誰からでもないだろう。


「DVした後、優しくする的な ? まさにじゃん。やべぇ〜」


「レンと同じ環境で育っても、こうも違うものなのか ? 」


「いや、ガラスのチェロもなかなかじゃね ? 根っこは似てたりしない ? 」


「ただ……キリ的には……」


 霧香は垣根のそばでしゃがみこんでいた。


「ヴォエッ ! きんも……」


「やっぱ、違うか。レンレンはタイミングわきまえてるぜ……。

 でもさぁ、どうせ返せないなら、これでホームレスじゃないじゃん。車中泊できる道の駅とかキャンプ場探せば良い訳だし」


 シャドウはキーを恵也に渡す。


「そう思って、保存と冷凍が効くレンチン飯を用意しておいた」


「スゲ !! やっぱ俺たちの屋敷、シャドウくんで回ってるよな」


「ティッシュなんかの生活必需品も出したから確認してくれ」


「サイコー。ソンケー 」


「キリ、大丈夫か ? 」


「……戦争したい……好かれたくない」


「ぶ、物騒な事言うなよ……」


 その後蓮が帰宅すると、霧香と全く同じリアクションを取り、恵也は腹を抱えて笑っていた。


 □□□□


 次の日。

 最初に訪れた道の駅に移動。


 勿論、早速のキャンピングカー出動である。


「まぁ着替えも出来るし、冷蔵庫あるし……節約にも丁度いいよな」


 結局背に腹はかえられない。


「昨日ね。検索したんだけど、ストーカーからは物を貰わない方がいいって書いてあった……」


「まぁ一応、活動許可してくれたし。餞別だろ ?

 だってその理屈で言ったら屋敷にも住めねぇじゃん」


「だが、一理ある。事前に分かる時は丁重にお断りした方がいいかもな。

 とは言え、ヴァンパイアの世界が出禁な以上、標準以上の生活は約束されている訳だし。難しいな」


 片道二時間。


 到着すると真理がキーボードを抱えて。迎えに来た。


「待ってたよ〜 ! さ、こっちこっち ! 」


 関係者ブースのテントに通される。

 置き型エアコンが三台あり、予想より涼しい密閉空間だった。

 楽団員にジュースを貰い礼をする。


「さてなんの曲やろっか ? 」


 ピアノ伴奏で弾ける曲。


「お祭りですし、あまり暗くない方がいいですかね」


「そうね。出来れば」


「じゃあ、愛の挨拶、花のワルツ辺りからポップスに振りましょうか」


「良いわね。簡単でもいいから皆んなが聴いたことあるような感じかな。

 キリちゃんも大丈夫 ? 」


「あ、はい。演奏までどのくらい時間ありますか ? 」


「まだ半日以上あるわよ。これから中高生だから」


 それまでに聴いておかないと弾けない。

 霧香は彩に『今日弾く曲フォルダ』を作って貰い、車の中で繰り返し聴く。

 何とかなるだろうが、やはり基本的に人間の音楽家より知識の乏しさと、楽譜が読めない不便を感じる。

 楽譜が読めた所で、人間だって初見で霧香のようには弾けないだろう。

 だからこその音魔法の卑怯さがある。


 霧香は衣装に袖を通すと、樹里に借りたチェロのケースを抱え、テントに戻った。

 楽譜の読み書きを覚える決心をしながら。


「あ、キリちゃん可愛いぃぃっ ! 」


 純白のチェロに合わせ、白いワンピースと麦わら帽子を合わせられていた。


「ありがとうございます。チェロも借り物なんです」


「似合ってるよ。うーん。凄い清廉さ。天使みたい」


 ギクッ !


「そ、そんな天使なんておこがましいですよ」


「アヴェ・マリアとか弾かない ? 亜麻色の髪の乙女にしようよ ! 」


 変わってしまう選曲。

 だが、これは彩と弾いたことがある曲だった。

 霧香と彩、視線が合う。


「一応、弾けると思います」


「伴奏と合わせた事は無いんで、一度リハいいですかね ? 」


「おっけ ! 事務所側田んぼだからスペース借りてくるね」


 駆けていく真理を見ながらホッと胸を撫で下ろす。


「うん。何とかなりそう」


 二人が関係者ブースでドキドキする中、恵也は地元商店街の出した屋台で散財していた。両手いっぱいの粉物とスイーツ。

 特設されたテーブル席で、犬同伴のオジサンと相席でクレープとたこ焼きを貪り食う。隣にいる犬が迷惑そうに恵也の持つたこ焼きを見ている。


 社会人ジャズバンドが始まり、食いつくようにドラムパートの中年女性を鑑賞する。

 そろそろ霧香と彩がスタンバイしているだろうという頃。


 群衆の中に天使組と希星が合流しているのに気付く。

 慌ててたこ焼きのパックを閉じると、三人に声をかけた。


「おい、来たんなら声かけろよ」


「あ、ケイ。いや、レンがどうしても行こうって言うからさ」


「違う !! 樹里さんに楽器借りたから、写真送るのに撮りに来たの ! 」


 なら恵也に頼めばいいのに……とは、誰も言い出さない。

 ジャズバンドが下がり、静かになった頃、希星が恵也にねだり始める。


「ケイ、僕にも買って〜 ? お好み焼きとね、焼き鳥がいいな」


「じゃあ、屋台もう一周りしてくるか」


「おい、お前小遣い持ってきただろ ! 」


 ハランが希星を止めるが恵也は断る。


「いいよ別に。自分の欲しいもんとか、色々あるだろ ? 無理に金遣わせるなって」


「やった〜ケイ好き ! 」


「あぁもう、甘やかし過ぎ。お前も遠慮しろよ」


 歩き始めた瞬間、ブースから真理、彩、そして霧香が出て来る。


 一瞬。

 ほんのコンマ何秒というレベルだが、会場が静まり返った。

 霧香の天使の様な……いや、元天使の美しさはやはり言葉を失う程の力がある。悪魔になってもその魅力が落ちないのは、人里に降りて人間を惑わすヴァンパイアである事にも直結する。


「キリだ。やっぱり、みんな誰でも綺麗だと思うんだね」


「ん〜だな」


 だが、これからLEMONの撮影もアンジェリン作戦もあるのに、やはりステージに立つのは悪手だったかと不安になる。


「あんなに目立って、CITRUSに怒られないといいけどな」


「大丈夫じゃない ? ほらよく言うじゃん。美人は三日で飽きるけどブスは三日で慣れるって。

 どうせ明日には皆んな忘れてるよ」


「お前、結構キツイこと言うな……」


「あった焼き鳥屋 ! 僕ね、ボンジリとカシラが食べたいなぁ」


『今回は楽団と合わせて、三人で演奏していきます ! 』



 こうなると魅了と音魔法で会場は少しのカオスに陥る。


「おじちゃん ! ボンジリ二本とカシラ二本……。おじちゃん ! おじちゃーん ! 」


 屋台の人間も通行人も客席も、皆ステージを見上げる。


「おじちゃん ! 焦げてる !! 焦げてるってば !! 」


 希星の声も虚しく。

 霧香の演奏から耳が離せないおじちゃん。

 網焼きされた焼き鳥達は消し炭になった。


「あ、ごめんね !!

 あ、ボンジリこれが最後だったんだよ ! 」


「嘘だぁっ !! 僕のボンジリ〜 ! 」


「ご、ごめんね。ネギマをサービスするからさ」


 ネギが食べれないとは言い出せず、希星はネギマとカシラの入った袋を抱えながら絶叫 !


「キリなんか、ブスでいいのに !! 」


「おい、やめろ。あと、ブスじゃしょうがねぇだろ」


「ブスも女性だもん」


「それは一定の女性にウケる鉄板句だけども……」


 食い物の恨みは恐ろしい。

 魅了魔術も音魔法も越えるようだ。

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