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第40話 薄黄色の百日草

「寝た ? 」


「うん」


 恵也がルームミラー越しに後部座席を見る。安心したのか、霧香は彩にもたれて寝息をたてていた。

 高速を降り、人気のない方角へと走らせ、田舎町の道の駅に駐車する。

 もう日が昇る。


「ケイ仕事は ? 」


「明後日から。どうする ? 」


「俺のアパートはあるけど……追っ手とかいないかな」


「いるかもだぜ ? 地獄にキリを連れて行かれたら、俺たち助けに行きようがねぇよ」


「そうだな。暫くはここにいようか」


「道の駅かぁ。なんでもあるけど……車中泊か…… 」


「ケイは出勤に車使うだろ ? 俺とキリは昼間、人の多い所にいた方がいいし」


「俺はいいけどよ……。スマホの充電は車でするとして、トイレもあるし……。

 風呂とかどうすんの ? 」


 彩もこれには頭を抱える。


「今日のCITRUSの会議は……何とかリモートで参加出来ればと……。家出したとか、印象の悪いことは言いたくない。

 そう言えば、俺のアパート……水とガスは契約してない」


「お前の生活どうなってたんだよ……」


「……止めて貰ったんだよ。暫くキリの家に住むからさ」


「じゃあ、スーパー銭湯でも行く ? 」


「そうだな……週一……いや、三日に一回くらいはキリを行かせて……」


「え ? お前は ? 」


「俺は……そんな頻繁じゃなくても……」


 恵也は何となく察する。


「も、もしかして……財布忘れて来た ? 」


「……」


 彩、霧香、共に文無しである。


「ま、マジか……。スマホでキャッシュレスは ? 」


「それなんだけど、収益をバンド用の口座にちゃんと分けてるから……俺の口座はほとんど……入ってないし……」


「いや、大人だしさ……こう、貯金とか……」


「キリの服とか買うのに散財した」


「…………。お前ってキリに、変なハマり方してるな……」


「俺は別に……貢いだり、見返りを求めたり、下心とか無いし」


「うん。それが逆におかしいよねって俺は言ってんの……」


「今まで無職期間長すぎたし、税金とか……生きてるだけで出てく金、多すぎ」


「それは薄給の俺も分かるけども。…………やっぱ仕事って大事だな……。

 あ、ここで弾き語りでもすれば ? 少しはお捻りとか……あ ! 目立つから出来ねぇか……。

 キリを一人で置いてバイトとかも行けないしな……」


「「…………詰んでね ? 」」


 漂う不穏な空気。


「ふぁ……。ここ何処 ?」


「キリ……」


 何処かは何も問題では無い。

 寧ろ、ここからどう生活するかである。


 だが、この生活は霧香とミスマッチであった。


「車中泊で風呂無し ? ぜ〜んぜん大丈夫 ! 一ヶ月お風呂に入らないとか気になんないし、楽器がなければその辺で鼻歌歌うよ ! 」


「「ダメ ! 」」


 これには恵也も待ったをかける。

 そうなのだ。霧香は元々の生活が不精でだらしがない。折角、彩が規則正しい生活を根付かせたのに、逆戻りしてしまう。ミスマッチ所かマリアージュなのだ。ダメなもの同士のミラクル。


「俺は知り合いんとこでシャワーで済ますとかできるけど、キリは駄目だろ !

 CITRUSだって、リーダーのお前と紅一点のキリくらいは顔出さないとさ。流石に怪しまれるし。いつも清潔にしてろよ」


「ケイこそ。飲食店なんだし」


 状況をいまいち読み込めてない霧香は彩と恵也の顔を交互に見る。


「家出したから、生活の事を話してるんだよね ? 何処かに泊まれば ? 」


「さ……三人だし。それはちょっと……色々問題だ」


「俺らのネット収益はあるんだけど、その口座が屋敷に置きっぱだし、仮にサイのスマホで申請したところで数ヶ月ラグがあるから……。

 俺たち、今貧乏って状況」


「えー……。

 あ、そういえば静岡県のどこかではカモシカ一匹につき十万円貰えるんだよ ?

 静岡に行こうよ ! 魔法使えば野生動物くらいなんてことない……」


「いやいやいや ! それはあくまで農家さんとか猟友会の話じゃないの !?

 生き鹿担いで捕りました〜って行っても、許可されないと思うぜ !? 」


「え? そうなの ? じゃあ、海に行って砂浜の貝を取るとか……」


「うん。それもな。許可外の場所で勝手に採ると……つまり違法なんだ」


「……… ? じゃあスーパーで買うしかない ? 」


「まぁ、基本的には。釣竿とか無いし。金ねぇし。

 でも幸い俺の職場飲食店だから、残り物で良ければ持って帰れるかもしれねぇ」


 人間界で生きていくことに未だに就労に関してはポカンとする霧香と違い、彩は恥の色を初めて見せた。

 その顔は霧香も恵也も、声をかけられないほどだが、すべてはディー · 二グラム。あの暴君のせいである。


 恵也は彩の肩をガッシリ掴んで向かい合う。


「大丈夫 ! 俺がお前を養って行くぜ ! 」


「……」


 ブワッ !


「ちょ……なんで ? なんで今、蕁麻疹出んの !? 」


「いや、なんかゾワッとして……」


「そういう意味じゃねぇよ ! おめぇらが無一文だから ! 」


「サイ……今の面白いの、ポストしていい ? スマホ貸して」


「「新たなカップリングになるからやめろ ! 」」


「多様性は大事だよ」


「俺たちでやるんじゃねぇよ」


 しばらくの間、貧困生活になるだろう。

 恵也は併設の直売所に行くと、野菜売りのおばあちゃんが握ったおにぎりを三つ購入。

 一人一つ。噛み締める。


「学校の遠足ってこんな感じ ? ちょっと楽しいね」


「遠足はこんな悲壮感ねぇよ……」


 しかし、この霧香の楽観的な態度は二人の不安感を少し緩和させることが出来た。


「ちょっとトイレで水飲んでくる ! 」


「待て待て待て ! ウォーターサーバーくらい食堂の中にあるから ! 」


「絶対やめてくれ ! 本当にやめてくれ ! 」


「別にいいのに」


「「俺らが駄目なの ! 」」


 同時に先が思いやられた。


 □□□□


「だぁ〜っはっはっ !! そんであたしんとこ来たの ? 悪魔って情けないわね〜 !! 」


 路頭に迷った先、蓮は樹里の事務所へ駆け込んでいた。

 蓮は恥ずかしそうに額をゴリゴリ擦りながら、キャリーケースに入れたシャドウを見る。


「わざわざ猫抱えて事務所まで来ないでよ〜」


「聞いてみたらハランのアパートはペット禁止だし……行く宛てが無くて。来週からシフトもみっちり入ってるし……どっか安いとこ無いですかね。

 一番の問題は霧香もスマホ置いてったし、サイもケイも電話に出ない。咲さんにはさっき事情を話したけど、南川さんにはどう謝罪したらいいか」


「事情から察するに、あんた信用されてないのよ。

 そのお兄さんから監視されてるかもしれないからでしょ ? 」


「……」


「バンド内の売上とかスパチャの切り盛りは彩がしてるの ? 」


「はい」


「じゃあ、路頭に迷って野垂れ死にコースは無いか」


 不穏な事を言い出し、蓮を更に不安にさせる。


「そうね。最近関わった人は監視されてる可能性あるとか ? そんなにヤバい状況 ? 」


「可能性は0では無いですが……。ただ彼の性格的には手広く部下を使って追い込むタイプでは無いですね。

 監視者はいても、俺か霧香の方くらいだと思います」


「部屋は……そうねぇ〜。京介はアレルギー持ちだし、千歳は実家なのよね。まぁ、どこか探して聞いてみるけど」


「お願いします 」


「それにしても、もうMINAMIには言っちゃえば ? 」


「いちいちそんな事してたら、将来的に全員に言って回ることになりますよ」


「でも今日はCITRUSに行けないでしょ ?

 彩とか霧香ちゃんは会社に連絡してるのかしら」


「朝の段階では、まだだったみたいですけど」


「ホント。三人、どこに行ったのかしら。監視されてるとしたら、あんたから探さない方がいいかもよ〜 ?

 もしくは、自分の身内なんだから、あんたがしっかり話付けなさい。お目付け役君」


「……はぁ〜言って聞くような奴じゃ……」


 にゃーん


「そうだ ! あんたは生理的に無理だけど、猫だけなら預かるわよ ? 」


「え ? いいんですか ? ……それなら俺はハランの部屋に行けるか……。

 あと、なんか酷い事言いませんでした ? 」


「あんた日頃生意気だから、凹んでるのが楽しくて仕方が無いのよ〜」


「樹里さん……」


「愉快愉快 ! よろしくねシャドウく〜ん」


 □□□□□□


「リモートでも打ち合わせ出来て良かったよ ! よろしく ! 」


 CITRUSに来たのは咲一人。それでも南川は笑顔で出迎える。


「じ、実は急だったんで…… ! 間に合わなかったみたいなんです ! 旅館から戻る時に高速も渋滞だったらしくて ! 」


 家出騒動を聞いて、咲は目眩と混乱が止まらない。当人達より動揺していた。


「いや、いいんだよ。そもそも僕が勧めた旅行だったのに、帰宅が早まっちゃって申し訳ない。霧香さんも本調子じゃないのにね」


「いえいえ」


「お盆直前でも高速は混雑するしね〜。うちも社員は連休を先に取るグループと明けに取るグループで分けてるんだけど……」


「……み、みんな考える事一緒なんですねぇ〜」


 小会議室に通される。凛も先に来ていた。

 咲はパソコンを開くと、リモート会議の準備に取り掛かる。

 指定されたルームに行くと、既に彩は通信可能になっていた。


「リ、リーダー !? 」


『あ、咲さん。本日はすみませんでした』


 モザイクのかかった背景。しかし何となく車内のような雰囲気はバレバレである。今は旅館からの帰宅途中という体であるから不自然では無いが、これからどうなる事か不安で気分が悪くなってくる。


『南川さんもそこにいらっしゃいますか ? 』


「いるいる」


 南川も入室。


「ここにいるよ〜。お疲れ様」


『お疲れ様です。本日はそちらへお伺い出来ず、申し訳ございませんでした』


「大丈夫大丈夫。渋滞大変だね。

 こっちの話に興味は持ってくれたかな ? 」


『勿論です』


「今スマホの充電ある ?

 見て体験してもらうのが一番だからさ。ちゃちゃっと紹介するよ」


『はい。大丈夫です』


「アドレス送るから、そこからダウンロードしてパスワード入れて」


「仮アバターこんなもんすかね。とりあえず言われた人数分、作ったっす」


 凛の作業も終了。


「うん。よし、じゃあ接続お願いします」


『はい』


 □


 道の駅のFree-WiFiを利用し、車内から彩のスマホでメタバース空間に接続。恵也のスマホでzoomを使い続ける。

 霧香はスマホを置いて来てしまったので、少し退屈で拗ねていたが、予想以上のメタバース空間の美しさに機嫌を直したようだった。


「うわ。リアル。雪 ! 雪降ってる ! 」


 液晶に映し出されているのは雪が降る街中の公園だった。見渡す程広い芝生に、結晶化した真新しい雪がさらりと覆いかぶさっている。

 散歩コースの石畳は手作業で敷き詰めた様な暖かみもあり、サイクリングコースは鮮やかなオレンジ色。小石やガタツキひとつ無い、快適そうなロード。


「うわ〜うわ〜動画みたい ! 写真みたい !

 あ ! 街の方にクリスマスツリーもある !! 」


「キリ、ちょっとうるさい……」


 メタバースに繋げたスマホ側から南川の笑い声が聴こえる。


『右上の目玉マークをタップすると主観視点からアバター操作に切り替わるから』


 早速、目玉マークで自分のアバターを確認する。今、使用しているのは仮のアバターである。名前は無い。

 視点を切り替え、アバターに後ろを振り向かせると………………南川が立っていた。


「うわ !! 」


 思わず恵也が悲鳴をあげる。


「っくりしたァ〜 ! 南川さん、めっちゃ南川さんじゃないですか ! 」


『そうだよ。僕だよ』


 南川のアバターは本気の作り込みだ。本人の写真や生き写しと言っても過言では無い程、精巧にグラフィックが作られている。


「うわぁー。南川さんだ」


「南川さんだ……」


「これは……南川さんだ……」


『そんな……三人共……。

 あと、紹介するね。あっちのアバターを操作してるのが蛯名 凛さんです』


 もう一人、女性のアバターが現れる。


『こんちわー。うちも外部から紹介で来たんすけどぉ。よろしくお願いしまっす』


 何とも軽いノリで凛のアバターは「イエーイ」と声を上げながらピースする。


「あ、そのモーション可愛いっすね。ここかな ? 」


 恵也がスタンプマークをタップすると、アバターが出来る動きのリストが絵文字で表示される。


「イエーイ」


『イエーイ』


 軽いのが二人。

 だが、その凛のアバターと本名の自己紹介に彩が反応した。


「もしかして、総合芸術家の蛯名 凛さんですか ? 」


『え ? そうっすよ! 知ってて貰えて嬉しいッス ! 』


「し、知ってますよ……」


 恵也と霧香は顔を見合わせ「誰 ? 」の様子。実は咲も紹介されてから慌てて調べて凛の経歴を見たのだが、知る人ぞ知る天才なのである。


「四歳で画家デビューして、その後も油絵、水彩、鉛筆、彫刻……とにかく万能な人で、高校生の時に広告デザイン企業でアルバイトで高収入学生って話題になって、大学は何故か音大に来たって言う……」


「音大 !? なんでそこで音大 !? 」


『ぎゃはは〜 ! ウケるっしょ !? いや、うち、絵はやってたけどピアノもやってて〜、なんかピアノは全然駄目で〜ムカついたから音楽大学行ったんすよ』


「やば〜」


「あれ ? でも、専門学校は……服飾専門学校だったんですよね ? 俺、それで知ったんです。服飾に興味があって」


『マジ ? 嬉しい〜。SAIの服、好きっすよー。動画観てきました』


「あ、ありがとうございます」


『そん後〜、やっぱ絵もいんじゃね ? って思ってデザインの専門行って、やっぱ勉強とか合わねぇわって今はフリーランスに近いかな。なんでもやる屋みたいな。

 んで、テレビ局の美術さんとこで手伝いしながら絵描いてて、最近個展終わったんで暇になったとこ、ここに声掛けられたっす』


「え ? 服飾の後そんな活動でした ? 幅広いですね。テレビでお見かけしましたけど、スタイルも抜群で人気でしたよね」


『照れるっす〜。絵描き始めるとつい飲まず食わずになっちゃうんで〜肉付かねぇんすよねぇ。

 うち、SAIがめっちゃ女嫌いって聞いてたんで、やべぇなって思ってたんすけど、全然大丈夫っすね。まぁ、うち咲さんより歳イッちゃってますもんね〜』


「いや、えーと」


 これには咲が一番驚いた。

 まさか凛が歳上だとはプロフィールを見るまで考えてもいなかったのだ。

 確かに女性の年齢は現代の美容では、外見で判別が付かないほど進歩したとは言え、だ。

 この軽い調子で歳上とは……呆れが一割で、憧れが九割。才能で伸び伸びと生きる凛の個性的な姿には、美しい生き様にも思えた。

 咲は自身の仕事は好きだが、あくまで才能ある者同士の縁結びだ。自分が特殊な才能を持っている訳では無いと、自己評価は割と低めなのだ。オマケにケアレスミスも多い。

 周囲から見れば咲は、紹介も適材適所、人を選ばず営業先でも接する事が出来、どこへ出しても恥ずかしくない社員である。


「凛さーん。サイは多分、今アバターだから喋れてるんだと思います。

 サイの女性の認知を、初対面で会った時わたし聞いたんですけど……九十代くらいのおばあさんでもダメでした」


『まぁじぃ〜 !? ウケる ! 超ウケるんですけど ! 』


 周囲も、話してからよくよく考える。

 経歴からして、高校の後それだけ学歴があれば年齢も上な訳で、若干だが、凛のギャルキャラは……平成っぽさがある。

 余計に指摘しにくい状況なので、あえて個性と見て南川も気にするのを放棄している。


『どうですか ? 我が社のメタバース空間は。他社よりも綺麗でしょう ?

 どんな景色が好きですか ? ここに入ると、他のワールドに行くことが出来ます』


「ワールド…… ? 」


『作られた別個の空間ですね。

 動物と森で生活するゲームがあるでしょ ? あれで言うと、他人の森に行くことが、これに当たります』


「成程」


『こっちのゲートは秋に発売する新作RPGです。

 まず、CITRUSの据え置きゲームを起動したらこのプラットフォームが表示されます。

 アバターで、購入したゲームソフトのゲートに入るとゲームが起動するシステムです。

 勿論、鬱陶しければ、今まで通りアイコン表示でゲーム起動出来ますけど』


「プレイヤー全員が起動してここを経由…… ? 確かに……煩わしい気がします。好きなゲームするために、わざわざこの空間を通らないといけないなんて。

 その……はっきり言いますと、メタバースってまだまだマイナーですよね。技術だけが進歩してゲームならまだしも、こういったフリーの空間は誰も立ち寄らないというか」


『そうかもね。メタバースというか、世界中の人が来れるプラットフォームって、割と昔からあるんだけど、持て余してる感はあるよね』


「はい。毎日入り浸ったって記憶はないですね。ボイスチャットやディスコードがあれば、アバターが無くてもコミュニケーションは取れますし。アバターのみの、ゲームも何も無いこの空間に来るメリットがないんですよ」


『うちも〜。バーチャルシンガーのLIVE昔見に行ったんすけど。一日中同じ曲をプログラムで流すだけだったッスよ。

 結論的に「つまり、毎日観るものがあればいいんじゃない ? 」って簡単に思うんすけど、ぶっちゃけメタバースで活動してる人って知ってます ? うち全然ッスよ』


 何となく失礼に当たるかとゲソ組はノーコメントだが勿論、誰も活動者を知らない。YouTubeも兼用で活動しているユーザーが多い為 、余程著名でないと、わざわざこの空間に見に行こう ! とならないのが現状だった。また、LIVEは視聴者も時間を確保しなければならない性質上、後から動画で配信するyoutuberもいるため、その時観ればいいと片付けられてしまうのだ。


『LIVE感がメタバースの醍醐味なんですけどね。

 例えば、こちらは他社のプラットフォームなんですが、予約さえ抑えればステージがレンタル出来ます。そこでは違法なこと以外、なんでも出来るんです。

 VTuberや歌い手さんが活動する事もあれば、現役の政治家さんが講話に来ることもあるんです』


「へぇ〜 ! 」


 言われて三人は放送予約表を見るが、知らない人ばかりである。マイナーな場所でマイナーな人間が活動している状態だ。

 もしくはどこに行ってもドカンと盛り上がれる人材だが、実際VTuberアプリで音声を配信する方が手軽。自室の背景が写っている配信者なんかは、そのリアル感も良いようだ。

 また、Xではオープンチャット形式でホストが音声配信出来るようになってから、各方向に活動者が散ったイメージがある。


「プラットフォームに旨みがないんですよ。政治家の講話とか、聴きたくない……」


「ん〜。つまり、ここに通って貰う様に何か面白みをつけたいって事 ? 」


 彩も本音だが、南川も同意ではあるようだった。


『そうだね。そこでモノクロームスカイにステージでも立って貰えたらと思ったんだけど……他にもイベントには参加はして欲しいんだ。

 ゲームの宣伝イベントもするし、お祭りなんかもやる。この仮想空間の通貨で、買い物も出来るようになってて、更にこの空間限定で買える、現実世界のグッズも販売する』


『リアルに買えるのはえぐいッスね。課金者に期待。

 でもぉ、そうするとぶっちゃけ、めっちゃ売れてるアイドルとかの方が良くないですか ? 』


 身も蓋もない凛の言い方だが、それもまた事実である。

 駆け出しのゴシックバンドなど、わざわざゲームをする時間を割いて……またはゲームもしないのに、このプラットフォームに来てモノクロを観るとは思えない。


『アイドルは確かに意見には上がったんだけど……頻繁にスケジュール入れられなくて。ギャラも……あれだし。

 あちらは芸能人と割り切って、今回モノクロームスカイにはバーチャルエンターテインメントグループを目指して欲しいんだよね。

 モノクロさんは何かやりたい事ある ? 案とか』


 これに関して、彩がとんでも提案を差し出す。


「このアバターの操作を、モーションキャプチャーで反映させることは出来ますか ? 」


『勿論出来るよ…… ? 』


「俺たちは音楽より私生活が売りなんで……。

 まず、このスマホとかコントローラーで、アバターを動かすってのが面倒くさいです」


『いつでも用意できるけど、どんな事するの ? 』


「例えば、俺たちの住んでる建物を精密にワールドに展開してもらって、俺たちは自宅でモーションキャプチャーを付けて生活します。

 そうすれば、私生活……家の中とか、食事とかトイレと風呂以外、全て世界中に公開出来ますよね」


『ちょっ !? 正気っすか !?

 へっ! 変態だっ !! 』


「別にやましい事無いですし、寧ろやましい事を見せたいスタンスなんで」


『そういえばそうでしたね』


『モノクロって変態なんすか ? 』


「いえ。恋愛リアリティショーってあるじゃないですか ? あんな感じで私生活を公開してしまうって事と、覗きが単純に好きって変わった趣向の人にもいいかなと」


『と、特殊な要求ですね……。

 ……うう〜ん、そうなると……。あれかな。

 モーションキャプチャーもセンサーレスって出来るんです。要は動画で撮ったものをAIが3D化してくれるんだけど、その方がいいかもね。

 ただ、それって家中カメラだらけになる気がするけど……』


「問題ないです」


 これにはMINAMIもドン引きである。


『やっぱ変態じゃないっすか』


「メンバーが今どこにいて何をしてるのか、キリが今部屋で何してるのか、誰といるのか…… 。

 ユーザーが家の中に侵入して見れる様にするんです」


『怖すぎっすっ !!!! な、何も出来なくないですか ? 』


「見られてまずい人いる ? 」


 彩が二人に聞くが即答。


「着替えとか見えないなら別にいいかな」


「俺も。別に筋トレとか漫画読んだりしかしないんだけど……面白いのかな ?

 ハランは意識高い系だから問題なさそうだし。蓮も趣味は紅茶 ? 不祥事的なものは問題ねぇよな ? 」


『そういう問題っすか ? プライバシー0ノ助じゃん』


「スタジオも解放して、練習風景も見れるようにすればいいよね」


「サイがどれだけ不眠か気になるから、俺真っ先にお前の部屋見に行くぜ ! 」


「わたしも ! 」


『ここまで来ると、逆に潔いッスね』


『アバターもoffに出来ますから。

 なかなか奇抜な案かもしれませんね。』


『いや……うーん。うち、正直思うんすけど、モノクロのキリさんと蓮とハランの絡み ??? ブルゾンちoみのネタくらいにしか見えないっす』


「え…… ? わたしそんな、三人並んで闊歩しないですよ。振り向いて決めゼリフ言わないですよ」


「それに、あの二人はブルゾンちえoを口説いて無いよな ? 」


『うーん。って言うかぁ〜。他人の恋愛興味無いっす。それ見ちゃうと、歌の歌詞見た時ゾッとするし』


「あ、歌詞も恋愛感性死亡状態のサイが担当なんで……」


『マジかよ……モノクロやばくね ? 』


『僕はありだと思います。何より他人の家の覗き見ができるってのがいい。しかもリアルな恋愛関係を』


『世界のMINAMI、覗き魔公言したっす』


『いや、他人の家観れるって面白いじゃん。

 モノクロの支持者は多いし、ファンが自宅に行けるってのはいいですよ。お部屋訪問動画もありますし、あれを忠実に再現しましょう。

 問題は……どう宣伝していくかですが……凛さん、目立つ広告とは ? 人が来る仕組みとは…… ? 』


『え ? そんなんめっちゃ簡単っすよ? 』


 そういい、凛アバターは「OK」っと南川アバターに親指を立てる。


『より多くの人をこのプラットフォームにアクセスさせればいいんすよね ?

 任せてくださいっす』


 だが、これには大きな問題がある。

 家出している以上、屋敷に戻れる状況にならなければ成立しない。


「えと……もしかしたら、撮影の為に何処か賃貸物件でって事になるかもしれないんですけど……その辺はまだ未定で……」


『大丈夫だよ。防犯も大事だしね。

 CITRUSのモーションキャプチャーAIは結構高度な物でね。持ってる物の形状を認識してメタバース空間に反映してくれるんだ。例えば茶碗をもったらアバターもちゃんと茶碗を持つし、人参を切ったらちゃんと手元に人参が映るんだ』


「凄……」


『出来れば生活感は出して欲しいかな。スタジオみたいな綺麗なセットではなく』


 それならやはり今の状況は更に言い出せない。

 咲の声が全くしないが、ただただパソコンで哀れな三人を眺めるだけ。南川が「蓮とかハランはどこ ? 」と聞き出さないか不安で仕方がない。


『モノクロ、変態ッスね』


 凛は心底ドン引きしている。


「取り急ぎ……」


 何とか住む場所を見つけなければならない。まさか無一文でホームレスになりかけているとは本当に口が裂けても言えない。


「ぜ……善処しますので」


『うん。よろしく。

 こっちも今の話を纏めて、企画案を出す段階だから。まぁ……ダメだったらごめんね』


「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 ここから奇案が生まれ、更に凛が絡んだCITRUSの不審な広告活動で、モノクロームスカイの独自性は加速していく事となる。

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