「霧香さんて、KIRIで活動している時とギャップがあるじゃないですか ? わたしは年下なので、あのインスタのロリータこそ作られた霧香さんだと思ってたんですけど。
実際話したら、普段はほんとに温厚でお嬢様って感じで。でも歌ってる時は確実に別人じゃないですか !? 」
Angel blessとミミにゃんのトークも主に霧香の話題で埋まる。全員がここにはいないはずの霧香を案じて、口をついて出てしまうのだ。
ミミにゃんの疑問には全員爆笑。
特に千歳も同意で疑問を投げる。
「俺もどっちかなって思ってたけど、案外歌ってる時が素かなぁーって思った。
だって普段からふにゃふにゃしてたら……ハランはまだ分かるけど、蓮は一緒に住むのキツくない ? 」
問われた蓮はまずまず同意。
千歳も「やっぱり」と大きく頷く。
「俺も勤め先の電気屋で実感したんだけどさ。女性もさ。ずっと可愛いわけじゃないじゃん ?
俺ねシフト終わった後、可愛いと思ってたバイトの子がさ、めちゃくちゃ疲れた顔してエナジードリンク飲んでるの見てさ。……世の中の可愛いって自然体じゃないだなって」
「その子は普通だよ。 みんな仕事明けは疲れるよ」
「千歳さんは女性に夢を見るタイプなんですねぇ」
「お前、アイドルは老廃物出さないと思ってるタイプ ? 」
「そうだけど ? 」
「うえ〜……」
全員、言わない。千歳の生活は所帯染みて来たのに、未だ浮いた話を聞かないな……とか。
ハランが切り替えて行く。
ここからは水戸マネージャーと口裏合わせした方向へと進む。ミミにゃんの本性を暴露し、更に人気に火を付けたい。
「いや、女性は怖いよ。表と裏がね。特にこう言うメディアに出る人はキャラクターってモノもあるしさ」
蓮の追撃。
「キャラクターね。
俺、昨日霧香を連れて戻った時さ、フロントに実々夏さんがいて……。
結論から言うと、ミミにゃんって猫耳取ると、大魔獣 ミミカーになるんだよ」
「ミミカー ! ? 」
「ミミにゃん魔獣なの ?! 」
「そ、そんな訳無いじゃないですかぁー」
ミミにゃんは水戸マネージャーから経緯を聞いてはいるが、いざバラすとなると緊張し、顔が引き攣る。それが妙にリアルで、蓮がうっかり漏らしてしまったかのようにも見えた。
ハランはミミにゃんの綺麗な髪に埋まった、猫耳付きカチューシャをジ〜ッと見つめると………………頃合を見てスッポ抜く。
「ちょ !! 変態 !! 変たァ〜い !! 」
「ミミにゃん……ミミカーになりかけてるよ」
千歳に椅子に戻されるも、ハランを指差し思い切り罵倒する。
「信っじられない !!!!!!!! ミミにゃんってキャラ付けしてんだから、ネコミミ取っちゃダメだし普通 !!
グラビアアイドルの水着取ります ? 職種が変わるでしょうが !!
耳があるからにゃんですよ !! 」
「ぷくく」
「くくっ ! じゃあ、猫以外の耳カチューシャ付けましょうよ。うさぎとか」
「やるっ ! わけがっ ! 無い ! ピョン !! 」
足をダムダムと全員踏まれる。
「うわ、スタンピング ! 足ダンしてる ! 」
「ダメダメ !! 早くネコ耳戻して !! 」
「ウサぴょん様、ど、どうかミミにゃんにお戻りください。お鎮まり下さい……」
「わたし悪神扱いですか !? 失礼過ぎます !! 破裂しろ !! 唐揚げ食いすぎて胃袋破裂しろ !」
「あーはっは !! ガチじゃんミミカー !
あ、ミミカー様 ! 相談があります ! 」
「返してください」
再びミミにゃんに猫耳が戻る。
だが京介はノリノリだ。
「ミミカー様、千歳にもキャラクター感が欲しいです ! 一緒にいて一番Angel blessっぽくないです ! どちらかと言うと僧です」
「はぁっ ? なんでわたしが……。
…………え〜、では。助言を授ける。
……………えーと、ソロ活動で仏教徒アピールをするとか……天使と仲良しの仏陀キャラを……」
「センスねぇな。ミミにゃん……」
そう言い、京介は再びネコ耳を奪取してミミカーを召喚する。
「普通、こんな何回もネコミミ取る ?!! 髪ごっちゃごっちゃだよ !! アンデンティティ迷子 !!
って言うか ! 知らないし他人のバンドのコンセプトなんて ! 千歳さんも止めてよ! 唐揚げみたいな顔しやがって !! 唐揚げをひたすら作って動画投稿しろ !! 」
「え !? なんで俺の好物知ってんの !!? 」
千歳がドキッとするが、こいつはインスタの投稿五割が揚げ物である。
「顔 !! 顔が唐揚げ !! 逆に食ってみたいわ !! 」
ミミにゃんに再び猫耳が収まる。
キャラ変に、全員期待の眼差し。
「……くっ……料理動画とかいいじゃないですか ? 男の人でも、色んな料理作れる人より、突き詰めて研究してる人とか好きです〜」
急な豹変に、京介は腹がよじれているので、ハランがトークを回す。
「あぁ、カレーとか ? 」
「そうです。スパイスとか詳しかったり、ラーメンのスープとか自作してたり……こう個性が出る料理 ? ……が、割とかっこいいなって」
千歳も興味深々で遙か歳下のミミにゃんの意見に耳を傾ける。
「普通の料理動画はダメかな」
「わたしは普段、料理動画はあんまり見ないですけど……。
ママが好きで、よく見てるんですよ。で、ママが言うには、男性の料理動画は『男飯』過ぎるか、『プロ並みに上手すぎて参考にならない』か、『家族の健康オール無視』の方が多いらしくて。そもそも舌が同じ人じゃないとチャンネル登録してくれないので激戦ジャンルらしいですよ !
主婦が真似したい料理って難しいとか聞きます」
「そこ……そこに初心者の俺……行けるかなぁ ? 」
「ですから、一点に特化してた方がいいのかなって思うんですよ」
「成程 ! あ〜そういうのはSAIに聞けばポンっと出るかも」
「あいつベジタリアンだけど」
「あ、そうだった !!
でも、まぁ……絶対伸びないよね ! 初心者の料理とか」
そもそも音楽どこいったのか。
「本当だよ。お前の料理するとこ誰が見るんだよ。あ、でも作ったら食わせてー」
「あ、じゃあ、食事する相手を呼べばいいんですよ。常にコラボで」
「あ……いいかも…… ! 」
「いいかも、じゃねぇ〜。プリンセス · レガートやったんだからゲーム実況とかしろよ」
「ゲームに集中してて喋れねぇんだよ ! 」
「「「「確かに」」」」
ここからは再びゲームの話に戻って行く。
本日はコメントを解放してあるのだ。
追い切れない楽しげなファンのコメントに、チェックをしていた木村はホッとする……と言うより、感動していた。
ネットの炎上に良いイメージなど無いからだ。
毒薬変じて薬となると言うものか陰徳あれば必ず陽報あり……か…… 。
「昨日ゲームしながら喋ってた奴いた ? 」
「キラと恵也。すっげーうるさかった」
「よく喋れんな。RPGとかならギリ喋れるけどさ、リズムゲームって集中するしさぁ」
「VEVOが配信スタートしたら、ちょっと実況はしてみようかな」
「あぁ、それは楽しそう」
「やっぱミミにゃんでプレイした方が面白そうだな。ミミカーになるかもしれないし」
「なりませんよ」
ミミにゃんは口を尖らせて否定するが、ゆかりはカメラの外で何やら必死にメモを取っている。ミミにゃんは嫌な予感しかしない。
□□□□□
川から戻った霧香の異変に、彩はすぐ気付く。
「……」
緊張とも落胆とも違うその感覚は、遠い昔……一度感じた様な……彩にとってはそのくらいの理解度だった。
しかし、耳は聴こえていないはずだ。
彩はスケッチブックの端に『何かあった ? 』と書いた。
恵也に限ってそんなことは無いはずだが、水着で出かけた霧香の異変に何も干渉しない訳にはいかない。
『何も無いよ』
そう書き返した霧香だが、顔が赤い。
そこで彩は思い出す。
人の恋心は動揺したり、複雑な気持ちになることを。そしてすっかり自分とは疎遠になったそれらを実感して静かに落胆する。
「あ〜……」
霧香が彩に振り向いて、考えながら話すように言葉を探す。
「耳、あんか、ちょっともろって来たかも」
「早いな。ヴァンパイアの体質のせい ? 」
「んあ〜、ヴァンパイアだから ? って言った ? 」
やはり途切れ途切れにしか聞こえないし少しボンヤリとしていて聞き分けるのが大変だった。
「うん、今そう聞いた」
「んーん。関係無いかも」
ゆかりの作った『自己肯定感爆上がり冊子』の効力も少しはあったが、一番は全員のブレない霧香への信頼。
霧香にとっての居場所であった。
「良かった……本当に」
心から彩は言う。
それは単純に優秀な人材を失わずに、と言う言葉だけでは無い。
以前はそうだっただろう。
彩もまた、霧香を通して社交性を急速に身に付けて行っている。
それだけ、まだまだ二人は若いのだ。幼稚とまではいかなくとも、これからもお互いを支え合える。
「きあえる」
「これ、午後の衣装。昼飯食べたら着替えて。それまではこっちのシャツでいいよ」
「んー」
霧香が部屋へ入る。そのタイミングで男部屋から恵也が出てきた。
「キリ、少し聴力戻ったみたい」
「まぁじで ?! 早っ!! 良かったじゃん」
言ってから思い出す。霧香のあの感情の出処。
まさか希星なわけは無いだろう。と、すると恵也が何か言ったのか……。
彩は何も追求しなかった。拗れるのもギスギスするのもごめんだ。恵也の事だ。聴こえないのをいい事に、何か余計な事でも言ったのだろうと。
今回は不問にした。
「午後の配信。ドキドキするな」
「Angel blessのコメントは全然キリの話題でも荒れて無いみたいだぜ」
「ならいいけど……」
□□□□□
「おはようございます」
「おはよう藤白さん。ごめんね、急に場所変えちゃって ! 」
アイテールに朝イチに訪れる予定だった咲は、南川の連絡でアイテールの親会社
会議室には予想より多い人数が集まっていた。
「こちらはモノクロームスカイのインフルエンサーマーケティングを担当されてる藤白 咲さんです」
「株式会社 ゲイザーの藤白 咲です。よろしくお願いいたします」
居合わせた者達が諸々「よろしく」と返し会釈をする。
「あと、こちらの方が、青葉さんの代理で来てくださった舞台演出の蛯名 凛さん」
若い。
美人でコーンロウヘアをポニーテールにした個性的な女性だ。小麦色にやけた肌に、糸目、紅いアイシャドウをしている。印象から大人びて見えるが咲より下という事はまだ二十代半ばのはずだ。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お世話になるっす。めっちゃ緊張してるんですよ。舞台演出ってより美術制作に近い仕事してます」
「へぇ……あ、えーと。こちらこそお世話になります」
南川が会議室に入る前に少し成り行きを話す。
「CITRUSで企画中のゲームでね、突出した人材を探してて。僕がモノクロームスカイを推薦したんです。勿論決定では無いんだけど。
メタバース空間によるエンターテインメントゲームの主役を探してるんだ。
まずはCITRUSでメタバース空間を展開する。
ホームベースから各々やりたいゲームのゲートに入ってソフトが起動される。
CITRUSのメタバースゲームをやる時、必ず通るプラットフォームみたいな場所。そこでアバターによる音楽ライブやファンとの交流イベントも行う。有料のライブハウスも作るよ。
ダウンロードさえすれば、その空間に世界中どこからでもアクセス出来る。
要は、そのプラットフォーム含めたメタバース空間をモノクロームスカイの活動拠点として契約をしたいんだ。
そしてモノクロのアバターの認知度が定着したら、物販を広めながら実際のライブを2.5次元として活動する」
「『モノクロームスカイの完全なエンターテインメントグループ化』ですか ? 」
「流石。話が早いね。
ゲームの初期費用はやりたいゲームのソフトのみ。仮想空間への入場は無料。
簡単に毎日来れる異世界にしたいです。
世界観についてはまだ企画段階だけど、試作のグラフィックがこんな感じ」
タブレットに映し出された美しい自然が360度見渡せる。
「VRも対応っすか !? すげー ! こういうの演出してみたいっす ! 」
「ほ、本物に近い……質感がリアルですね……。この3Dアバターも、キャラクターっていうより本当に生きてるみたい」
「ゲームを買うユーザーさんはリアルかディフォルメか選べますよ。猫型でも、ゾンビでもなんでも。
ただ、モノクロに関してはリアルに再現する予定です。ほら、今は衣装の露出制限も厳しいし、舞台はお金もかかるし、一度CG制作してしまえばメタバースの方が出来ることが多いです」
「あ、分かるっす。花びら散らしてもメイクに付かない、魔法のステッキから本当に魔法が出たり、夢が広がるっす」
「成功の絶対条件は……僕はね。
現実で本人を見ても、遜色ないビジュアルと能力値のあるメンバーじゃないとならないと思うわけです」
「確かに霧香さん以外も、男性陣みんな綺麗っすよね」
咲は疑問に思う。
「VRMMOみたいな事ですか。
アバターを使ってここで活動させる意味とは ?
プラットフォームにステージしかないとか、モノクロ以外に見所がないようではユーザーをどう獲得するのでしょうか…… ? 」
「仮想空間で使えるバーチャルコインもログインボーナスとして配布します。
そこで家を立てたり、売店で食べ物やグッズを買ったり出来る様になります。中にはその空間で購入したグッズが、リアルでも手に入るシステムも検討しています」
「じゃあ、他にもアーティストさんを招いて…… ? 」
「ゲームキャラを除き、モノクロームスカイ以外をメインにする気はありませんので。コラボはあるかもしれませんが。まだ企画の段階です。
ただし、ユーザーに毎日通って貰う『何か』が必要な訳ですが、これが強みになります。
今のVTuberなどのアバターより更に高画質な空間と高画質なアバター。
モノクロームスカイには常に空間に立ち続けてもらう。勿論、決まった時間にですが、普通に生活していてもアバターが反映される……そのシステムはまだ企業秘密で」
「でも、なんか想像つく気がするっすね。例えばモノクロがオフにした時だけアバターが自立活動するようなプログラムとかっすかね」
「まぁ、完全に否定は出来ませんが」
「人間のデジタル化……ですか……。
既に既存のメタバースアイドルが横行する中で、果たして意味があるのかどうか……」
「CITRUSの最新技術空間ですよ。既存のそれとは質もエンタメ性も違う」
「一度彼らにも話をしてみないと……わたしの一存では……」
咲の不安は一つだけだった。
あのこだわり性分の彩が簡単にOKを出すだろうかと。
霧香の私服でさえ自作しているのに、他人に全てを委ねるだろうかと不安でならないのだった。
「分かってる。
今日は企画だけでも聞いて言ってよ。きっと興味が出ると思うよ」
咲はすぐにでも連絡して彩の反応を伺いたかったが、説明が終わるとすぐ会議室の輪の中に案内されてしまった。
□□□□□□
「動かないで」
本番一時間前。
更衣室にあてがわれた霧香の部屋で、蓮と彩が霧香をドレスアップしていた。今回はゴシックロックと和ロック。衣装は和装寄りで、帯は蓮がギブアップ。彩が出来るが生身の人間に……女性にやったことは無い。蕁麻疹対策の為、蓮に指示を出してやる作戦だ。
そしてやはり今日も、霧香は蓮に顔を筆で撫でくり回されている。
「くっ……ふぇ……」
部屋の隅で彩が霧香の衣装を持ちながらスマホ片手に咲と喋っている。
向かい合って座った蓮が、ムズムズしている霧香を見下ろしながら眉を梳かしポツリと呟く。
「恵也となにかあった ? 」
「へ !? 」
彩ならともかく、蓮が何故知っているのか。
「あ……え ? ビンゴ ? 当てずっぽうだったんだけど……」
「な、にゃい ! 無い無い ! 」
「いや、なんか顔に出てるし……。
……ま、別に隠す事も無いだろ。最初から薄々分かってた事だし」
そう言い、霧香の髪を掬い上げスンと香りを弄び口付けする。
「誰が惚れようと……関係ないね。お前が良いか悪いかだ」
「……」
そうではあるが、何となく霧香は妬いて欲しかった。
無言でそれを聞き流す。
蓮も素直には言えない。
これが彩でなくて良かったとは。
「お前の髪は綺麗だね。今日も編まなくていい ? 」
「ん。髪飾りの方……ちょっと」
「編むの ? 」
そこへ彩が慌てて二人のそばに戻る。
「蓮、右腕側の毛束を少なめに後ろに流せる ? ベースの時も移動の時も、とにかく右側映るから」
「了解。じゃあペアピンで固定して、この摘み細工の花飾りで隠そうか」
「ぅん〜」
霧香は蓮にされる化粧にはまだ不慣れだが、髪を触られるのは好きだ。
「毛先、調子いいな。前は寝癖も直さなかったから、パサついてたけど……。人間じゃあるまいし……そんなに傷みやすくないはずなんだけど」
「ぇんどくさい」
「はぁ……」
溜息を付き霧香の髪をブラッシングしていく。
「なんにしても、魔法使えば何とか歌えそうだな」
「テエビ、勿体なかったね」
「まぁ元々テレビがゴールじゃねぇしなぁ俺ら」
そこへスマホのマイクを塞いだ彩が二人の元へくる。
「咲さんから電話なんだけど、CITRUSでバーチャルミュージシャンの契約しないかって。デカイ仕事」
「バーチャル ? 調度いいじゃん。でもそれ、インスタとか他で顔出しはOKなの ? 」
「それは全てCITRUSが決める」
「あ〜……つまり、芸能事務所よりコッチに先に声がけされたってわけか。
今、即断しなきゃいけないのか ? 」
「いや、俺たちはまだ聞いてないことになってる。あくまで咲さんが話を南川さんから受けたばかりの状態」
「じゃあ、そんな焦ること無いんだ ? 」
「それが……」
彩がもどかしそうに説明をする。
「基本的にバーチャル空間を拠点に活動って話で。
お前らの魅了魔術って、姿が見えてないと駄目なのか ? って咲さんが焦ってて……」
「あ〜 ! なるほどね。ははは。
声は ? 声優さんの声を使うの ? 」
「いや、俺たち自身だけど……」
「じゃあ、大丈夫。写真、声色、リアル、演奏。どうにでも出来るよ。
そもそも皆が思うほどこの魔法は効き目の薄いまじない程度の魔法さ」
霧香も頷く。
「じゃあ、合宿終わったらCITRUSで会議入るけど…… ? 」
「勿論、任せるよ。リーダー」
彩は少し安心したのか再びスマホに向かってアレコレ話す。
「バーチャル空間か。今は優れてるもんな。
俺からしたら、この人間の世界観がまさに理想のバーチャル空間なのに……人間は高望みだね」
「あ、一緒 ! 」
「なー」
「ま、CITRUSの条件次第かな。給料アップは嬉しいけど」
そこへ衣装チェンジが済んだ恵也、希星、ハランがノックをして入ってきた。
「あれ ? まだメイク中 ? 」
「今、髪。
帯がな……作り帯じゃないから……」
「サイ、出来ないのー ? 」
「一応、今触って蕁麻疹出たら大変だから……言われた通りに俺がやるかって話してて……」
そこへ、すっとぼけた様子で声が上がる。
「俺、出来るけど ? 」
「「「「はぁっ !? 」」」」
恵也だ。
疑われた事にポカンとする。
「え、なんで恵也出来んの ? 」
「母親のを、子供の時手伝ってたから……」
「へぇ ! お前の母ちゃん和装なの !? 」
「ケイ、着物屋さん〜 ? 」
「え……お前ら、俺に興味無さすぎじゃねぇ ?
俺の実家、寺だって言ったよな ? 」
「「「「 ??? 寺田 ? 寺田さん ? 」」」」
「寺 !! 親父が住職 ! 」
実は全員知らなかった。
恵也も家族に繋がる話は兄の話題に繋がり安い為、あまり話さない。
恵也が勘違いしているのは……
「誰か知ってたか ? 」
「あい」
霧香が挙手。
「知ってら」
霧香だけに第五契約者になる時に自分の生い立ちを話している。
「あ、そっか。皆んなには言って無かったっけ」
「へ〜。恵也が寺生まれねぇ。ほら、学生時代に家を飛び出したってのは聞いてたからさぁ、親御さんが厳しいか、お前がちゃらんぽらんか、どっちかだろうなぁとは思ってたけど……厳しい方だったかぁ」
ハランが予想が外れたとばかりにクスクスと笑う。
一方、蓮は心配そうに恵也を伺う。
「……っていうと……その……。お前が跡継ぎなんじゃないの ?
大丈夫なのか ? 一応……聖職者っていうか……そんなのが悪魔側の護衛してて」
「跡継ぎは今は就職とかで雇えるし。問題ねぇよ」
「お坊さんって就職なのぉっ !? 」
「おう。だって、自分の家が寺じゃねぇ奴も坊さんになるだろ ? 」
「そーなんだぁ !! 初めて知った !! 」
知ったかぶりせずに知識を吸収していく希星に全員が和む。
そこへ二回目のノック。
「みなさーん、準備はどうですか〜 ? 」
モノクロの配信の司会はゆかりが回す。
「蓮さんとハランさんは休憩挟んだとは言え、ぶっ通しで生配信、大変お疲れ様です」
「いえいえ、なんだか大騒ぎしてすみませんでした。途中木村さん入りにくそうで……」
「あぁ、全然大丈夫ですよ」
ゆかりが畳に広げられた衣装を見る。
下は綺麗なドレープのスカートだが、上半身は和装に近い。巻いてある帯を見て目を丸くする。
「後は着付けだけですね」
「帯、大変そうですね。手伝いましょうか ? 」
「え、ゆかりさん出来るんですか ? 」
「出来ませんけど ? 」
会話がちぐはぐしている。
「管理人さんが、元々女将さんだったので」
「あぁ ! なるほど。どうする ? 」
「ケイ、本当に出来る ? 」
「……あ〜、じゃあ……えと……。キリと二人ってのもあれだし、じゃあ呼んできて貰っていいですかね ? 」
「分かりました」
ゆかりが立ち去る。
その後、管理人さんこと元女将さんはテキパキと一人で帯を締め上げた。
途中、初めて着物を着る霧香は、度々カエルのような声を上げていた。
□□□□
「皆さん、こんばんわ。初めましての方も宜しく。モノクロームスカイです。
えと〜、最初に言おうと思ってて。
昨日、俺たちを応援して下さった方、本当にありがとうございました。Xもイイネ返せて無いんですけど、本当に皆んな心配してくれて。
お陰様でキリは、今日の午前に左耳が少し回復してきてて……まず一安心かなって」
恵也から霧香に変わる。
「皆さん、ありがとうございました。
んあ〜、今回の体調不良は、最近色々あったんで。昨日の事だけの原因れは無かったんです。
これからこう言うことが無いように、身体のメンテナンスもしっかりしていこうと思います。
お騒がせ致しました」
ここで空気を切り替える。
ゆかりが進行表を開きながら明るく話す。
「歌 ! 今日聴けるんですよね ! 楽しみです !
昨日は急遽音合わせの映像流したんですけど、キリさんはほぼ楽器のチェックとかでしたもんね」
言えない。
楽譜が読めないとは。
「ん〜。そうですね〜」
「今日、滑舌ちょっと心配かなって思って相談したんですけど、思い切って歌いたいと思います」
「楽しみですね〜 !
では、スタンバイお願いします」
全員、トークブースから演奏ステージへ移る。
宴会場 檜の間のステージであるが、そこだけ元々が絨毯張りで椅子の類を置いても違和感ない空間になっている。
フロントに置いてあったハイバックの大きな一人掛けソファは古さも相俟ってアンティークっぽく見えなくも無い。
そのソファの前にガラスのチェロ。
全員楽器やスティックを持ち、最後に彩と霧香が弓を構える。
ドラムのカウントは無し。
霧香のソロパートから始まり、彩のバイオリンと希星のピアノが乗る。
転調し激しい展開と共に全員のパートが奏でる。
滑り込むように重なった霧香の歌声は、どのパートの邪魔をすることも無く、独特なゴシックロックの世界観を魅せて行く。
木村がカメラを持ち、ポカンとしている。
先程まで呂律のおぼつかない……片耳が不自由だったとは思えなかった。
正確なリズム取りと、指板にフレットが無いチェロなのにピッチの正確さ。
ガラスに映る着物の柄も美しい。
ゆかりがコメントを拾おうとパソコンを見るが、明らかにコメントの勢いが失速している。
この映像を観た者全てを、飲み込むように魅了していく。コメントを打つ手が止まるほどに。
一曲目が終わり、激しいドラムロールと共に二曲目に繋げる。
チェロを寝かせマイクを取る。
楽器隊はそのまま演奏を続け、霧香が青い髪をなびかせて、窓から庭園へ出る。
[234714821/1695687999.jpg]
廃寺までは赤々とした提灯が夕暮れの石畳を照らす。
おどろおどろしい御堂の中心、不釣り合いに置かれた鋼鉄のマシン。
そのよく判別の付かない十弦もある物体に絡みつくようにし、音を重ねて行く。
恐ろしい程のテクニックと激しい曲調。
チェロを弾いて歌っていたKIRIとは、全く別人のように荒々しいKIRIの姿は毒毒しくも美しい。
廃寺側のカメラを担当していた福原はノリノリで霧香を挑発するように、更には霧香もそれに応える様に歌い込み視線を向ける。
ゆかりは配信側の映像で霧香を観ながら圧倒される。
「……天才…… ? いえ、これは何 ? 彼女どうかしてるわ……」
常人より万全じゃないコンディションで、常人以上のパフォーマンス。
(はは……モノクロームスカイ……。彼らが何故アーティストとしてよりパフォーマンスの方を推すのか……成程……ミナミさんが気に入るわけだ……)
楽器隊を撮りながら木村も呟く。
二曲が終わり、笑顔を見せるメンバーの元に更に別人の様に朗らかな表情の霧香が戻ってくる。
次第にコメント数が増え、ゆかりも手が付けられず、ひたすら眺めるだけに変わる。
閲覧者数は既にアイテールのチャンネル登録者数を越えた。
一見さんも多いにしても、一度見たら目が離せない何かがモノクロにはある。
音魔法の恐ろしさ。
人体に害は無いが、それは中毒性のある何かの様に人の脳に焼き付く。
そしてモノクロのPVにも影響を与えるのであった。