目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第37話 蒲公英

 走り出した車の中でも、霧香の涙は止まらなかった。

 蓮は運転席に座る前、スマホで生配信を流し、ワイヤレスイヤホンを右耳に付けた。霧香からは見えないようこっそりと。配信の様子は知りたかった。


「……」


 そっぽを向くように窓の方に顔を向ける霧香の手を蓮は片手で握る。


 こんな時、第一契約者なら心が通じ合えただろうか ?

 第二契約者がいたら、すぐに体調の異変に気付いただろう。

 第四契約者がいたら影武者を置いて来ることも出来ただろう。


 無言のまま。

 左手は霧香の頭を撫で、スルリと髪を梳かし流す。

 その手を今度は霧香が包み込んだ。


「新曲、歌いだかった……」


 ポツリと呟く。

 リハーサルでは一回だけ流したが、ある程度音を確認しただけだった。


 蓮がそばに居るということに、霧香は気を許している。少なくとも、モノクロが同居を始めた頃よりずっとだ。

 お目付け役だから、と割り切ってきた気持ちに変化が出てきた事にようやく自覚したのだ。

 手を絡ませ、リラックスしたまま目を閉じる。そのまま微睡んでいった。


 蓮は霧香が寝息を立てると、すぐに手をハンドルに戻した。

 厳密に言うと、霧香の『歌いたかった』の一言は全てが音楽を中心に生活が回っているのだと感じ、蓮は複雑な心境に陥ったのだ。

 更に言えば、霧香の執着はSAIの音楽に宿るモノに向いている。いつ、如何なる時でもだ。メンバーも全員分かっているから、二人がバイオリンを弾き始めると誰も接触しない。間柄を知らないゆかりでさえ、音だけでその異様なやり取りを聞いて引き返したのがいい証拠だ。


 今も自分の存在より、歌えなかった音楽の存在を向いているような気がしてならない。

 蓮はそう感じている。

 彩のストイックさも分かっているつもりだが、ひとたび彩が霧香を恋愛対象として認識したら怖くて自信がなかった。


 霧香が好き。


 ただそれだけの事。

 他の女性には甘く饒舌に回る口も、彼女には通じない気がして仕方がない。

 モノクロのパフォーマンスを通して更に感じるようになった。

 あまり意識されていないのではないかと。


 だがそれは少し違う。

 霧香は蓮に対して免疫がついてきたものの、元々甘え下手だ。このくらいでようやく蓮には甘えられるようになったのである。

 元は恋愛が厳重に管理されている天使であった為、男性=恋愛対象とは中々スイッチが入らないのだ。


 蓮はキツくハンドルを握り、邪念を振り払う。

 今はそんな事を考えている場合では無い。


『そこでAくんは思ったんですね ?

 あれぇ ? 変だな ? だってそこにはお母さんがいたはずなのに……。

 ガバッと顔を上げると……こぉんな赤い足があるんですよ……』


 配信は福原の怪談に入った。時折「ギャッ」っと声を上げているのは千歳だろう。


 蓮はイヤホンを一度外し、高速に向かう。

 深夜の山間部近くだ。車は他にいないが、ETCカードの挿入を忘れていた事を思い出し、レーンを替え通行券を取ることにする。


 明るくなった車内で、一度だけ。

 眠りこけた霧香の髪にソッと唇を寄せた。


 □□□


 パーキングエリアのベンチでロイと合流する。


「霧香さんにダメージが言ってしまうなんて……本来我々の問題なのに……」


 ロイは申し訳なさそうに頭を抱えた。

 ロイの診察は独特だった。いや、相手がヴァンパイアだったから躊躇いなく魔法を使ったのだろう。霧香の頭、首、肩、腕をポンポンと触れていき常人には視えない魔法陣を浮かばせた後、診察は終了した。


「内臓とか、脳に以上は無いね。外耳も中耳も炎症が無い。

 やっぱり心因性難聴だね」


 暖かい缶のポタージュを持たされたまま、霧香はボンヤリと駐車場のトラックの群れを眺めている。


「炎症が無い場合、治療は…… ? 」


「内服薬は同じだけど、安定剤も出そうか……でも、噂が落ち着いてくれるのが一番なんだけどね」


「そうですね」


 蓮はまだネットを見ていなかった。

 時刻は0時を越える。

 着信。

 京介からだった。


「あ、すみません」


「どうぞ」


「京介 ? 」


『なぁってば !! ネット見た !? 』


 何やら興奮した様子で喋り出す京介に思わず、顔を顰めて受話音量を下げる。


「何 ? 」


『だーかーらー、樹里から連絡来て言われたの ! X見たかって聞いてんの ! っつーかチャンネル登録者回復してるぜ ? 』


「はぁ !? いや……だってさっきまで……」


『とにかく見てみ ! 』


 一方的に切られる。


 蓮が通話中、そのそばでロイが霧香に筆談で尋ねる。


『家に居た方が楽かい ? 』


 質問の意図が見えず、霧香は顔を上げてロイを見る。


『自分が一番居たい場所にいるのが一番だから。入院も出来るけどどうしようか ? 』


「あー……」


 それを読んで霧香は考える。

 自分の居たい場所とは…… ?


 蓮はモノクロのチャンネルを開くと、既に十万人まで回復していた。訳が分からない。

 Xを開いたところでようやく把握した。


「……所詮他人事か。騒ぐだけ騒いで……」


「ネットは盛り上がってるようだね。でも本気で心配してる方もいるよ」


 状況を察したロイが蓮に言う。


「どうしようか ? 病室は空いてるけど……自宅に帰るかい ? 」


「どうしようか」


 蓮が霧香を見下ろす。

 何を考えてるか分からないほど無表情で座りこける霧香は人形のように瞬きもしない。


「帰ります。病院も近いし、状況も好転してきたから……大丈夫だと思います」


「分かった。じゃあ、痛みや吐き気なんかがもし出たらまた来てちょうだいね。

 あとは本人次第。焦らず好きな事してるのが一番かな。最も、それが音楽だったのだろうけど……」


「ええ」


 蓮は霧香を車に乗せると、一か八か……情報を打ち明ける。


「心配無さそうだよ」


 モノクロの評判も。

 チャンネル登録者数も。

 フォロワーも。


 だが、スマホでそれらの情報を目にしても、霧香はまだ浮かない顔のままだった。

 明日の音楽番組も降板。

 明日の配信も不在。

 更にはこの聴力がいつ回復するかも分からない。霧香の本質は音楽家であって、売名や承認欲求等は優先的では無いのだろう。


「とにかく、今日は帰ろう」


 ハンドルを握った蓮の袖を霧香が摘んだ。


「も、もろる……もどる……よ」


「え……でも……」


 出来るだけ静かな場所で安静に……蓮はそう考えていたが、霧香にとって……霧香の精神にとって栄養分になっている場所はどこなのか。


「そっか。まぁ。配信に出ないだけで、普段と変わんないか……」


 誰に気を遣うこともない。

 普段通り、人に囲まれている方が自然なのかと。蓮は自分ならこんな時は一人になりたくなるが、必ずしも霧香もそうでは無いのだと理解する。


「そうだな。シャドウも羽を伸ばしてるだろうし、俺達も旅行気分で旅館に居ようか ! 」


 聞こえてはいないが、笑顔で頷く蓮に霧香はホッとして笑みを返した。


 □□□□


 旅館に戻ったのは午前一時過ぎ。


「霧香さん !! 」


 フロントではミミにゃんが水戸マネージャーと打ち合わせをしていた。


「実々夏さん……こんな時間まで…… ? 睡眠、大丈夫 ? 」


「なんだか部屋が気持ち悪いんですよ〜」


 そう言って霧香に抱きつく。


「良かったです ! 独りじゃ寝れないですよあんな部屋 ! 」


 よく分からずとも、パジャマ姿のミミにゃんが懐いてくるのに霧香もニコニコ応対する。


「ゆかりさんと相部屋にして貰おうかと思ってたんですけど、電話に出なくて……爆睡してますね多分」


 水戸マネージャーは突然起こされたのか、汗ダクのTシャツに乱れた髪から禿げた部分がチラリズム。眼鏡の隙間から指を入れて寝ぼけ眼を擦っていた。


「霧香さん、大丈夫なんですか ? 」


「はい。ご迷惑おかけしました。

 処方箋は貰ってきたので。心因性らしくて、なんとも。ただ、本人がここに居たいって希望だったので……」


「そうでしたか。配信は大丈夫でしたよ。黒岩 樹里さん、知り合いなんだね。最初にファンの動向に気付いて連絡くれてね。それを見て、皆活力が湧いたように上手くやってくれて。

 あ。じゃあ、これもまだ送らなくて正解でしたね」


 そう言い、何やら段ボール箱を開ける。中にはボードゲームや大人の塗り絵、手芸品やら流行りの文藝小説が入っていた。


「…… ! 」


 霧香は驚きつつも、水戸マネージャーの粋な計らいに頭を下げる。


「いやいや。この旅館にあった小道具やら管理人さんとかの私物を掻き集めただけだよ。僕もこの業界長いからね。色んな子見てきたよ。勿論、難聴、失声症の子もねぇ。

 少しでも気を紛らわせればと思ってさ」


 霧香は手を合わせて水戸マネージャーを崇め讃える。素振りはコミカルに振舞っているが、目には薄らと涙が光る。


「あはは、大袈裟大袈裟 !

 じゃあ、あとお願いしていいですかね」


「あ、はい。お疲れ様でした」


 水戸マネージャーは背中を丸めて部屋へ戻って行った。

 ミミにゃんが腰に手をあてて溜息をつく。


「んも〜水戸さん、年々おじいちゃんになってくるぅ〜 !

 蓮さんはお部屋大丈夫ですか ? 鍵空いてるんですか ? 」


「多分、大丈夫。彩が夜型だから起きてると思う」


「へ〜。あ……皆さんでお話とかします ? 霧香さん、わたしが連れてっちゃまずいですか ? 」


「そんな事無いよ」


 蓮はスマホを取り出すと霧香に見せる。


『実々夏さんが部屋が気持ち悪くて眠れないんだって』


「ちょっと……何で言うんですか ! せっかく聞こえてないのにバラさないでくださいよ ! 」


「痛っ ! 」


 ミミにゃんが蓮の足を容赦なくガッガッと踏みつける。


「ちょっ……痛、痛 !!

 きょ……凶暴過ぎる…… ! 」


「あっ ! あっは…… ! 」


 鉄板に乗せられたようにヒョコヒョコ間抜けに足を上げる蓮を見て霧香は大笑いしていた。


「全く。霧香さんは蓮さんの何がいいのでしょう ! 」


「凶悪過ぎる……ネコミミ取ると凶暴化するキャラだったりします ? 」


「もう一度踏まれたいって事でしょうか ? 」


 歩きながら三人、部屋へ向かう。


「動画、他にも色々出てたんですね。霧香さんのガラスのチェロをプレゼントしたのが蓮さんだとは……」


「えー…… ? 俺のキャラに無いって事 ? 心外だなぁ」


「いえ。案外、愛が重いんだなって」


「……」


「噂ではハランさんと蓮さんも、他のメンバーも霧香さん狙いだって言うじゃないですか」


「それは……う、噂だよ」


「それ、本当に否定できます ? 」


 出来ん !!


「動画のはあくまでパフォーマンスだよ。それに全員好意を持っててもいいと思よ。霧香が選ぶか選ばないか分かんないしさ。

 じゃあ……実々夏さんから見て、モノクロで誰が好みとかあります ? 」


「はぁ ? そういうところですよ ! イケメンなのにデリカシー無いんですね〜」


 手強い。

 ネコミミを外したミミにゃんは中学二年とは思えない悪女のような発言をしてくる。


「いや。ほら、ゆかりさんは霧香と恵也のコンビが、一番理解出来ないって言ってたらしいんで。

 実々夏さんから見たらどうなのかなって。参考にです。

 って言うか、俺にだけ当たりが強くないですか…… ? 」


「ん〜。そうですね。ケイさんはトークが上手いのでモノクロには必要ですよね……。

 あ、でも恋愛パフォーマンスとして霧香さんとくっ付けるのに向きの方って事ですよね ?

 えーと、じゃあ。深浦さんじゃないですか ? 」


「彩 ? へ〜……」


「深浦さんが一番霧香さんの事を考えてるし、甘やかして無いと思いますし。しっかりした方だなと。

 でも、あの二人が恋愛パフォーマンス ??? は……完全に向いてないですね〜」


 蓮は意外なミミにゃんの返答に言葉に詰まる。


「霧香さんも聞いてみましょうよ」


「はぁ" ? 」


 これには蓮がミミにゃんの足を踏みたいところである。


「だって蓮さんは御自身に自信があるようですし。何より本音を知りたいでしょう ? 」


「え……じゃあさ。例えば今日の夜、ガールズトークとかで聞き出してくれない ? 」


「うわ ! 一番最低 !! ガールズトークに男が首突っ込んでくるとか変態すぎ」


「何この子……辛すぎる」


『モノクロで好きなメンバー誰ですか ? 』


 霧香はミミにゃんのスマホを読むと、満面の笑みでスマホに文字を打ち込む。

 即回答のようだ。

 蓮は生きた心地しない。


『キラ♡((・x・))』


「「…………」」


「霧香さんも案外……」


「……にしても、実々夏さん。そのキャラの方が売れるのでは ? 」


「キャラ ? わたしは至って通常運転ですが ? 」


「えぇ…… ? 他の人にもそんな辛辣でした ? 」


「そう言えば、蓮さんだけですね。何故でしょう。なんか生理的に受け付けないです」


「ひ、酷すぎませんか」


「イケメン過ぎて逆に怪しいって言うか」


 これに関しては、蓮のヴァンパイアの魅了魔術にかからないタイプの人間なんだろうと思われる。だが、ここまでの拒絶反応は稀である。


「絶対、好きな子が寝てる時に撫でくり回したりするでしょ」


 ギギギぎくぅっ !!


「俺、そんな事しないよ〜」


「そうですか ? うーん。一番変態そうに見えるので。なんか特殊な……特殊な事が好きそうというか…」


「実々夏さんと朝まで話したら俺、心が死ぬね」


 霧香がただニコニコついて来るのに蓮は少しホッとしている。


 □□□□□□□□


 スタジオを設置した檜の間の隣。

 朝食をとる桜の間に霧香が姿を現すと、全員がワッと群がった。


「キリ〜」


 半泣きで近寄ってきた希星を霧香はハグして持ち上げる。


「キャハハ ! 」


 希星は許される。


『ゆかりさんにスケブと油性ペンいっぱい貰った ! 』


 そう言い、一ページ目と二ページ目に書いてある『はい』『いいえ』も見せる。


「おー。便利便利 !

 じゃ、俺も凡庸性ある返事書いてあげる」


 京介はペンとスケッチブックを霧香から受け取ると、『楽しい ! 』と書く。

 そして、表紙の裏。

 ボール紙になっている部分に『早く良くなれ〜☆ 京介』と書いていく。


「あ、ずるい !! 僕も書く ! 」


「寄せ書き ? いいね」


「ま、待ってください ! わたし色ペン持ってます」


「さすが中二。文房具ファンシー ! 」


「なんか……色んな意味でチュウニって呼ぶの辞めてください」


「俺ピンク ! 蛍光ピンクがいい ! 」


「ケイ耳元で叫ぶなよ……」


 皆がスケッチブックに群がる中、ゆかりが霧香に何かを手渡す。

 スマホで表示された文言。


『ネットまだ見れないかもですけど、力になるようなファンの方のポストを拾って印刷したんです』


 霧香がコピー紙を捲ると、びっしりとスクリーンショットの画像が並べられ両面印刷されていた。

 この量を見るからに、寝てないんじゃないかと思えた。


『大事に読みます。ゆかりさんありがとう』


 この気持ちを口に出せないのは悔しい。

 こんなにも感謝しているのに。

 昨日は回復に関して焦りと絶望感を感じていた霧香だったが、今は歯がゆさと早く声に出して気持ちを伝えたいと言う力強い思いに変わる。


 朝食を取りながら木村から予定が読み上げられる。


「モノクロさんは夜の生放送の関係で午後から撮影予定でしたので、午前はおやすみです。

 Angel blessさんは蓮さんハランさん含め四人で十時から配信します。

 今日の配信内容はジェスチャー伝言ゲームと、ホラーゲームプレイ配信ですね。昨日の配信の反省会含めてのトークお願いします。

 あと、先程決まりましたが、ゲームリリースに合わせてこの生配信を後日動画投稿します」


「え ? 結局、録画を流しちゃうんですか ? 」


「ええ。実は昨日の騒動で配信を見逃した方が多くいたので、再放送して欲しいと言うメールが多くて」


「なんだそれ」


 京介が悪態をつく。


「昨日までモノクロアンチとかだったヤツが「やっぱりそうじゃなかったです〜」って手のひら返したんすか ? 」


「正直、それもいます。

 でも大半は、今回の件で初めてモノクロファンになった方です。

 僕も想定して無かったんですけど、降板になった音楽番組のアーティストさんがこぞってモノクロが出演出来ないことに落胆のポストを流してるんですよ」


「…… ? あれ ? でもあの番組って、夢子さんとスタッフさん以外は誰にバトンが渡るか公表しないですよね ? 」


「ええ。ですから、番組側からの意図的な宣伝なのかなと」


 モノクロのメンバーが顔を見合わせる。


「お姉さんかな ? 」


「発端はそうだよね ? うちらスタッフさんと面識ないし」


 これに関しては咲に気分を良くした青葉によるパフォーマンスだった。

 圧力。

 俺ならばネットはこう使う、と言うベテランの勘と人脈。

 そしてそれを見た一般のアーティストが全員認識する。

 大御所 青葉はモノクロを気に入っているようだ……と。


「ま、せっかくの休みだし……。

 あ、そうだ管理人さん」


 料理を運んでいた高齢の女性に恵也が声をかける。


「側にある川で釣りがしたいんすけど、なんかダムみたいなのがあって上に行けなかったんですよね」


「あ〜。釣りはね。旅館の裏手から行くんだわ。裏道あるからさ。そこ登って行くと丸太を渡ってその上に行くと滝壺があるからさ」


「はぁーなるほど ! ありがとうございす !

 レンレンとハラン配信だし、彩は夜の用意か。

 キリとキラ、釣り一緒に来る ? 」


 希星はスケッチブックに恵也の言葉を書くと、霧香は笑顔で頷く。


「管理人さん、そこも水浴び出来る ? 」


「滝の真下はダメだよ。少し離れれば大丈夫だけど」


「やった ! 」


 盛り上がる三人を後目に、千歳と京介はだらりと椅子に持たれる。


「あう〜……午前中なんて頭回んねぇよ」


「午前はわたしも出るんですから。しっかりしてください ! 」


 ミミにゃんは相変わらず厳しい。


「実々夏さん、やっぱりネコミミ外すと凶暴化しますね」


「え ? そうなの ? 」


「何それ面白い。なんか喋って」


「はぁぁっ !? 訴えますよ ! 」


「え、急な拒絶キツ〜」


 その発言を興味深く水戸マネージャーも聞き逃さず観察する。


「昨日、俺超足踏まれた。連打。踏みつけ連打」


「ぎゃはは ! 」


 □□□□□□□


 恵也は釣竿を持つと希星に使い方を説明していた。

 岩の上で真剣に釣竿と格闘する希星を、霧香は川岸で見守っていた。


 水が柱となり高所から落ち、飛沫を上げる。一応水着は着てきたが、足だけ水の中に入れる。

 音は聞こえなくとも、その強い振動は身体に伝わるほど力強く、飛沫がミストになり全身を冷んやりと包み込む。

 ゆかりの印刷してくれたモノクロファンの言葉の綴りに目を通す。


 涼しい。

 読んでいるうちに、大木にもたれながら寝てしまっていた。

 昨晩、よく睡眠時間が取れなかったこともあり、小一時間は寝ていた。


 しばらくして眠りが浅くなった頃、急な耳鳴りで目が覚める。


「ん……痛…… ? 」


 スマホを見ると昼近くになっていた。

 薬が切れてきたのかと思うと同時に気付く。

 左耳は少しこもってはいるものの、滝の轟音が途切れ途切れに聴こえる。


「…… ??? 」


 突然、音のある世界に引き戻され呆然としていると、そばに恵也が座っていることに気付いた。


「お ? 起きた ?

 見ろよキラ。もうじゃんじゃん釣り上げてるぜ ! 子供って飲み込み早いのな〜」


 そう言い、希星を指差し釣りの動作をする。

 状況を把握した霧香が希星を見て、手をぽんぽんと合わせてはしゃぐ。

 いまいち安定しない聴力。会話の半分も聴き取れないが、昨日までに比べたら十分早い回復だ。


「耳、大丈夫 ? 」


 霧香は今の聴力をどう伝えたものかあたふたとスケッチブックを探す。

 すると、それを待たずに恵也が会話を続けた。


 それは独り言のように。

 ただ笑顔で希星を眺めたまま。

 一言だった。


「俺、護衛だけど、お前のこと好き ! 」


「……」


 スケッチブックを捲る霧香の手がピクりと止まりかける。

 マジックを握りしめ……。


 震える手で恵也にスケッチブックを渡した。


 聴こえてない振りをする為に。


 恵也はスケッチブックを受け取らず、手をヒラヒラさせる。


「なんでもないよ ? 」


 そう言うと希星のいる岩まで戻って行った。

 霧香は震える手をどうしていいか分からず、座っている自分の膝と膝で手を挟み込んだ。

 滝の水温をかき消す程の心臓の音に、本の活字どころではなかった。


 予測不可能な事ではなかった。シャドウだって契約者にする事を懸念していた。

 それでも恵也はそんな素振りはしないだろうと言う決めつけと思い込みが霧香にはあった。

 いざ、こんなにストレートに気持ちを聞いてしまうとは考えてなかった。

 どうしていいのかも経験が無い。


 聴こえてないから言ったのだから、無かった事にすればいい。


 そう自分に言い聞かせた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?