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第36話 杏の花

「こんばんは。モノクロームスカイのリーダーSAIです。今夜はアイテール公式チャンネルの生放送から配信させて頂いてます。


 その前に、今回騒動となっている新メンバー加入時のトラブルについて、わたしたちモノクロームスカイから炎上の謝罪を申し上げます。

 一つ、皆さんに知って頂きたいことは、新メンバーの彼は、法律や福祉の決まりを守ってここに立っているという事です。

 わたしたちの意図とは異なる形で配信内容に誤解を生じさせる事が無いよう、今後はより慎重に活動をしていきたいと思います」


 まず最初に彩が前置きする形で頭を下げた。

 そして比較的、いつもと様子が変わらない雰囲気で希星が口を開く。


「こんばんは。新メンバーのキラです。

 今回の炎上に僕本人が、とてもびっくりしてます。僕は今、幸せなんです。

 それに僕を産んだお母さんも幸せになる事が必要だと思います。ただ、一緒にいたらそれが不可能な状態だったので離れました。

 それまで、沢山の人が家に来ました。警察とか福祉、近所のおじさんもいました。ここのメンバーだけが関わった人じゃないんです。


 炎上の事を知って、本当にびっくりしてます。今僕を幸せにしてくれている人にも、これから幸せにならなきゃいけない人にも障害になっています」


 謝罪と言うよりは自分の一方的な気持ちではあるが、これでも精一杯伝えた方だろう。

 再び彩が取り次ぐ。


「多くの方の批判や意見の声に真摯に向き合って、今後も全力で活動に取り組んで参ります」


 そこで木村が入ってくる。


「えー……ありがとうございました。

 僕らアイテール側としましては、公平で誠実なコンテンツ提供を心掛けると共に、より建設的なサービスを目指して参ります !


 と、言うことでね。

 さぁ、VEVOリリース記念 ! 制作と出演アーティストのコラボ配信第一弾 !

 今回のゲストはモノクロームスカイとAngel blessです」


 ようやく千歳、京介含め雛壇に収まる。


「いや〜、なんか騒がれてるね。びっくりしたよ。

 キラは元々モノクロームスカイに加入予定だったの ? 」


 木村は台本に無いはずの、炎上についてを深く追求してきた。悪意では無く彼自身、希星の今の生活に何も問題は無さそうだと判断したのだ。何も悪いことはしていないから掘り下げてもいいという判断。

 だがこれこそ希星が弁明したい事に繋がり、木村はその希星を主人公に抜擢した流れに持っていくのだ。


「それが、実は違ってて。

 今まではコンクールでピアノだけ弾いてたんだけど、駅のストリートピアノを学校帰りに弾いたんです !

 その時のギャラリーの反応が新鮮で ! 」


「皆、立ち止まって聴くって感じ ? 」


「そうです ! それまで歩いてた人が足を止めて聴いてくれるんです !

 演奏終わってから「お〜」とかリクエストをくれる人もいて、審査だけのコンクールでは有り得ない事だなーって。

 だから今日みたいなステージに立つのは希望してたんです。でも凄く緊張してて〜…… !! 」


「あはは気楽に気楽に〜」


 にこやかに話す希星の印象に全員の緊張が和らいでいく。


「そっか〜。じゃあ学校帰りにはいつも行ってたんだ ? 」


 この木村の言葉に希星は首を横に振る。


「いえ。母の方針で、学校はテスト期間しか行かせて貰えなくて」


「え……あ、あぁ……そぅ…かぁ」


 再び場が固まる。

 何とか明るく話を纏めてゲームの宣伝に行きたいところだが、予想外の希星の家庭環境の粗悪さに木村も頭が真っ白になってしまった。

 希星にも他意は無い。笑いながらポンと手を合わせて木村の話題に食いついて行く。


「だから、今回はここでプリンセス · レガートがプレイ出来るって聞いて楽しみだったんです」


「確かに学園モノだもんな ! 女子の設定らしいけど」


 恵也が何とか拾って来た。

 続けて千歳も会話を広げる。


「俺もソーシャルゲームってほとんどやった事がないんで、楽しみです」


「そうなんです !

 今日は皆さんに前作のプリンセス · レガートをプレイしていただきます。100万件ダウンロードの大作ですからね。ご存知の方も多いかと思います。

 では、その前にプリンセス · レガートのシナリオライターを担当した、田中 ゆかりさんにご登場いただきます、どうぞ」


「こんばんは」


 ぱちぱちぱちぱち !


 ゆかりが入る。


「今回、新作ゲームVEVOのシナリオを担当させていただく、田中 ゆかりです。

 よろしくお願いします」


「普段は漫画家もしてるんだよね ?

 今回のVEVOのシナリオはどんなところが見所ですか ? 」


「そうですね。プリンセス · レガートは音楽学校に通うピアニストの女学生って世界観で、登場するキャラクターが実際に現存するピアニストさんに音源を使用させていただいたんです。あとはキャラクターのモチーフですね。一番年下は12歳の女の子で、年上の方は還暦過ぎの方だったんですけど、会ってみたらとても色香があるというか。キャラクターとして女子大生に構築してもイメージの崩れない方々だったので、なるべく本人に寄せてデザイン側は制作されていた記憶があります。

 わたしもかなり対談させて頂いて」


「今回VEVOも、実際のアーティストをモチーフにキャラクターを作成するんですよね」


「そうですそうです。

 現在は12組のアーティストさんが決まってて、その中でモノクロームスカイさんとAngel blessさんを今回取材させて貰ってたんです」


「話してみてどうでしたか ? 」


 ゆかりのテンションが急速沸騰する。


「もう ! 凄いんですよ ! こう個性が個性を呼んで、一周回ってガッチリ噛み合ってるんですよ ! モノクロがXにあげた宣伝動画も一発録りですし、噛まないし、モノクロに不都合があったら先輩グループのAngel blessがしっかりカバーしてて……。

 一緒にいて凄く楽しいんです ! 」


「圧が強い ! 凄く楽しかったみたいだね !

 実は僕、モノクロとAngel blessのグラフィックデザイン預かって来たんです」


 そう言い、パネルを並べて行く。

 CG画像で存在する自分達の姿に全員、テンションMAXである。


「うわ ! レンレンとハラン二種類ある ! 」


「これ俺 ? いいね」


「御二人はどちらのバンドにも出演されるので……ただ、衣装で全然イメージが違うでしょう ? 」


「確かに。Angel blessの方がけばけばしいよな」


「さて、ゆかりさん。今回はVEVOはどんな世界観なんでしょう ? 」


「えと、主人公が街中でアーティストと出会って、そこから歌番組に出演するように画策するシナリオなんですが、実は今回の放送で発表したい事が。


 プレイヤーさんが主人公を操作してアーティストを探したり交渉したりするんですけど、プレイヤーさんが主人公を最初に選べる様にするんです。

 その主人公がモノクロームスカイのキラさんに決定してます」


「マジで !? 」


 恵也に続き……


「え ? え ? 僕 ? 僕が ? 」


 戸惑う希星に全員爆笑。


「本人がびっくりしてる ! 」


「聞いてなかったんかい ! 」


「でも主人公って超いいじゃん ! 」


 木村は続ける。


「そしてもう一人の主人公はこの方です」


 差し伸べる手の先、カメラの死角からミミにゃんが登場した。


「こんばんは〜ミミにゃんです ! 」


「ミミにゃん、どうぞこっちに」


 椅子が足され、希星の隣に通される。どうにか配信まで間に合ったようだ。少し息切れしている。


「この中学二年コンビの二人が選べるんですよ。

 京介さんだったらどっちでプレイします ? 」


「うええ ? ん〜。可愛いミミにゃんかな〜。目の保養 ! 可愛い子見たいもんね」


「俺もミミにゃん」


 恵也が笑い否定する。


「俺は頑なにキラだね」


「頑なに ? 」


「だってもし男に分からん選択肢みたいなの出てきたら、分かんないもん。女の子の気持ちなんてわかんねぇもん〜 ! 」


「分かんないって何回言うんだ ! 」


「あははは ! 生々しい〜 !

 まぁでも出会ったアーティストをステージで成功させることが出来るかは、プレイヤーさんのリズムゲームの腕にかかってますからね」


 この辺りで彩が霧香の異変に気付く。

 全くトークに入ってこない。

 炎上のせいで頭がいっぱいになっているのかとも思ったが、笑顔で座っている様子からしょげている様にも見えなかった。

 だが、発言する司会者やそれに反応する切り返しをする相手の方を向かない。少し時差がある。


「それでは、こちらに端末を用意してあるのでプレイしてみましょう。今回は難易度ハードに設定しています。

 この丸いのがタップ部分です。上側からバーが降りて来るのでタイミングよくリズムに合わせてタップしてください」


「これさぁ。自分のスマホじゃないとやりにくいよね」


「ハラン、やる前から負け惜しみは良くないぜ」


「負け惜しみって……俺、負け確なの ? 」


「連弾モードもありますよ。ケイさんとハランさんで一緒に弾きます ? 二人一組でオンライン対戦も出来るんですよ」


 連弾は一台のピアノを二人で並んで弾く奏法である。


「「絶対合わない気がするからいいです」」


「なんで否定すんだよ」


「仲良くしろよ」


 端末に群がるメンバーの後をちょこちょこ付いてくる霧香に彩が霧香の肩をトントンと叩き、「耳 ? 」と自分の耳を指差す仕草をする。

 近付くと、笑顔の霧香は小刻みに震えていた。そしてゆっくりと頷く。


 ストレス。

 突発性難聴だろう。

 炎上のショックと言うよりも、希星の騒動で自分は間違った行動をしたのか……。

 少し目にした批判のポストが忘れられなかったのだった。


『子供を取り上げる鬼畜女』

『子供がいたらこんな事しない』


 気が付くと聴力はかなり低下していた。

 誰かがなにか喋っているのはわかるが、モワモワと曇った様な音にしか感じられない。


 俯く霧香の、伝わってくる強烈な絶望感は第一契約者の彩自身も飲み込んでしまう程の感情の波だった。


 映像がゲーム画面に切り替わったところで、一旦席を外す。


「いつから ? 」


「……」


「あ、そっか……駄目なのか……」


 自分が焦りを見せたら霧香は余計にパニックを起こす気がして、冷静さを保つが、その彩の精神も霧香には筒抜けだ。


 画面上から消えた二人に気付き、ゆかりが寄ってきた。映像はまだ京介と千歳がゲームプレイの映像を映したまま。


「どうしました ? 」


「耳が……多分聞こえて無いです」


「えっ !?

 ……突発性難聴かもしれませんね。強いショックで体調面に出てしまったのかも知れません」


「トークはいるだけでも大丈夫ですけど……歌は……」


「いいえ。深浦さん。こういう時ほどメンバーは大事にしましょう。

 霧香さんを休ませてください」


「……今日休んで……明日治るとは思えませんけど……」


「だったら尚更、今すぐ病院に行きましょう。突発性難聴の治療はスピードが命だと聞いたことがあります。

 霧香さんは別の仕事があるためと言って抜けましょう。歌はリハーサルした時の録画がわたしのカメラの方にデータがあるので、何とかなります。

 キラ君とミミにゃんも未成年なので二十二時までしか出演はできませんし」


「キリ……」


 彩がスマホのメモに文字を打ち会話を伝える。


「…………っ」


 苦渋の決断だった。


「わたし、バイクで来ちゃったんですよ。福原さんに運転をお願いするしか……」


「いえ、キリだけ他の仕事って言うのが怪しいですし、蓮にお願いしましょう。福原さんの怪談を期待している視聴者まで去ってしまう」


「すぐに南川に伝えます。深浦さんはメンバーにそれとなく伝えてください」


「あ……あ……」


 ゆかりが混乱している霧香の手を取る。


「大丈夫ですよ ! 安心して診てもらって来てください ! 霧香さん ! 本当に先の事を考えて今治さないと」


「う……歌えます。わだし、うだえます ! 」


「霧香さん……でも……」


「ごのゲームの後、う、歌って移動ですよね。

 歌まで……やでぃます」


「慣れていれば分かりますが、突然聴力を無くしてぶっつけ本番なんて無茶ですよ ! 」


 大きく首を横に振り霧香を制止させるゆかりに気付き、ゲームにまだ絡んでいない蓮が寄ってきた。


「どうした ? 」


「キリが耳ダメんなった。本人は歌まではいるって言ってるけど、歌えるものなのか ? 」


 蓮が霧香を見下ろす。

 霧香は駄々をこねる一歩前の表情で、唇を噛み視線を逸らす。


「多分、振動を読むんだと思う。空気中の水分に魔法……ま、方法で……」


 ゆかりがいることを忘れて口を滑らせ、魔法というワードを出すくらいには蓮も動揺を隠せない。


「……そういう原理だから、可能ではあるんだけど。

 ……いや、待て」


 そういい、蓮はハランを連れてきた。

 ここでようやく全員がトラブルに気付くが、とにかく場を繋ぐ事に回る。


「わ、わぁ〜面白そうだけど、難しそうです〜。わたしリズム感無いんですよぉ〜」


音声は入れながらも、ミミにゃんは心配そうに振り返り霧香を伺う。


「ハラン、霧香が突発性難聴っぽいんだけど……」


「あらら。無理しちゃったかな。両耳 ? 」


「本人、歌までやるって言ってるけど、どうなの ? 」


「え ?

 いや、やめた方がいいよ。突発性難聴は後遺症が残りやすいんだよ。神経の病気だから甘く見れないよ。増してこれからも音楽やるなら……夜だし、夜間救急してる病院まで下山しないといけないし」


 ハランが医療免許を持っていても、治療はここで出来ない。

 それでもこれは正しい判断だ。


『後遺症を残さない為には、早い治療が必要なんだって』


 彩のスマホの液晶を見た霧香が大粒の涙を零した。

 蓮でさえ、霧香の涙を見るのは初めてだった。悪夢に苦しんでも、甘えることはあっても泣く事など無かった。

 背に油を被ろうが、天界で羽を斬られても、自らが辛くて泣くことなど無かったのだ。

ただ唯一、泣いた事があるとすればあの熱砂の荒野で彷徨い歩いた時だけだ。


「公表は……どうします ? 」


「体調不良とだけ挨拶して出ますか」


「それで蓮さんと一緒に退出だと、なんだか邪推されそうですが……あ、そういうコンセプトだから別にいいんですね」


「蓮、霧ちゃんにネット見せないように……原因が分かってるわけだし」


「ああ。分かった。

 えと……ハラン、どこかお勧めの病院知らない ? 」


 ヴァンパイアを行かせても大丈夫か、という事だ。


「普通は耳鼻科だけど……原因が原因だし……。近くに天使知り合いはいないから……。ロイさんに連絡して来てもらった方が手っ取り早いかもな。あの人なら何科でもイけるし。俺から言っておく。落ち合う場所を後で連絡するよ」


「サンキュ」


 ゲームが一度、千歳と京介のターンが終わる。そのタイミングで恵也と希星が端末の方へスタンバイを始めるが、霧香がステージに戻ったのを見て手を止める。


 ゆかりがマイクを持ち、横からニュっと入り込む。


「ええっと、実はKIRIさんですが、体調不良という事で退出になります。残念です。

 今回かなり低コストの合宿だったこともあって、蓮さんが付き添いされるので二人退出となりますが、残った皆さんで頑張りましょう ! 」


 全員、顔色が変わる。

 コメントが無い放送にしたため視聴者の反応が見れないが、もう火に油を注ぐ事態である。


「そ、そんな。わたし、今日も霧香さんには本当に良くして頂いたのに ! 御礼も言えないまま……」


ミミにゃんには霧香の赦しは、確かに深く届いていたようだ。これを霧香が聞けていたら、きっと「わたしもそうだ」と笑顔で返しただろう。


「音楽家ですもんね……そうですか……」


「俺らも残念だな」


「うん」


京介に千歳も頷くが、仕方の無い事だと割り切るしかない。炎上を見た限り酷い有様だった上に、耳がやられては将来に関わるからだ。回復が優先だ。

 だがこの状況に一番パニックを起こしたのは希星だった。


「キリどうしたの ? なんで ? 耳、聴こえないの ? 」


「えー。突発性難聴かもしれませんね。僕もなった事あります。早めに見ていただいた方がいいかもしれませんからね。疲れやストレスでもなりますんで、KIRIさんはヴォーカルも担当してますし、替えがききません。身体は大事にした方が良いでしょう」


 木村も苦し紛れにフォローする。


「ストレス ? あの炎上のこと ?

 なんでキリが責められるの !? 僕を助けてくれたのに、どうして皆あんなこと書くの !? 」


「キラ、落ち着いて」


「だって悪くないもん !! 誰も助けてくれなかったもん !! キリは大怪我してまで助けてくれたのに !

 お母さんだって ! お母さんだって誰も助けてくれなかった ! 僕は誰かを恨んで欲しいわけじゃない ! 」


 爆発してしまった希星に、恵也がしっかり希星の肩を叩き落ち着いた様子で頷く。


「分かってるよ。皆、分かってるから大丈夫だって。ネットってそう言うのも書かれる物だから、そんな焦んなくていいんだって。

 俺らもお前も、何も間違ってないんだから。

 キリは今から病院行くから。こいつ丈夫だから問題ねぇよ、な ? 」


 ヴァンパイアの身体は丈夫だが、心因性の病気に関しては人間と変わらないのが事実ではあったが……希星は少し落ち着いたのか、「ごめんなさい」と呟くだけだった。

 聞こえなくとも、霧香にはその様子が辛くて仕方がなかった。


 □□□□□


『ミナミくーん。これ明日の俺の番組、駄目でしょ〜』


 音楽番組の老齢のプロデューサー 青葉と咲、南川が頭を抱えて生配信を観ながらリモートで顔を合わせていた。


『藤白さんだっけ ? 個人的には俺もこの子たち間違ってないと思うよ。

 だから、まぁ。治療が終わってから出してあげるからさ。今は炎上と治療に専念した方がいいかもねぇ』


 咲は随分、青葉に気に入られたようである。


「音楽番組は仕方ないですが……突発性難聴の治療期間……。それによってはリリース日にモノクロの歌がゲームに間に合うかは分かりませんね……」


 咲も無念の表情。

 ここで奥歯を噛み鳴らしたところで、本当に悔しいのはモノクロのメンバーである。


『まぁ珍しい病気じゃないし、問題は本人の精神的なものだけどねぇ。

 ミナミくーん。これ、やっぱりコメント流して配信した方が良かったんでないの ? 』


 青葉が他の端末でXを見ながら笑みを浮かべる。


 そう。

 配信中のモノクロ、Angel bless、スタッフ共々皆、気付いていなかった。


 炎上の後、ネット上では更に凄まじい言い合いと化した。アンチと擁護の二者の中に割って入ったのは、ファンでもなんでもない多種多様な者たちの声だった。


 それはかつて虐待を受けた者たちの悲鳴。

 または通報したのに助けてあげられなかったと、自責の念にかられる者。

 助かった者も病んだ者も、自身の言葉を綴り告白し、音声配信する者も現れた。


 全てがモノクロアンチに『待った』をかける体勢に変わったのだ。


『中学二年だぞ。ここまで言わせてアンチは恥ずかしくないのか』

『わたしも隣のおばさんが助けてくれなかったら死んでたと思う』

『何回か児相も警察も来てるのに役に立たなかったんでしょ ? なら良かったじゃん』

『虐待されてて、助けなんて求められない。そんな気力もないし、失敗したら怖くて仕方なかった』

『あの背中の痣、母親がKIRIに油かけたんだって ! 』

『これ母親が傷害で捕まってんじゃん 。何がおかしいの ? 』

『キラくんを安心させるケイかっこいい』

『ケイって、稲野 恵也でしょ ? 兄貴が殺された奴』

『兄弟死んでるの ? それ詳しく ! 』


「すぐにこんな急展開する炎上って珍しいよね」


 困惑する南川に、咲が答える。


『小さく新聞にも載りましたし、霧香さんの背中の火傷痕とキラくんが希星という本名で出てる事で、経緯がはっきりしてきたんだと思います。

 お母様の最後は近所の方に取り押さえられてますし……最初の虐待の通報は、近所の皆さんも楽団も何度かしてたようなので。事情を知ってる方が多い分、決して悪い方には行かないと思うんです』


「いや、勿論分かってるよ。だからこそうちではVEVOに出てもらうけど……」


 南川はふと思ったのだ。

 最初からモノクロームスカイが主体のゲームを作れば更に話題性もあったと。

 良かれ悪かれ、皆が注目している。

 それも最早、悪評では無い流れだ。


 希星だけではなく、モノクロームスカイだけの世界観でモノを産み出したい。


 欲。

 クリエイターとしての直感と本能。

 彼らは売り出しやすい。

 そしてアーティストの神格化。

 確実に物販やコラボが出来る2.5次元アーティストとして、彼らの美貌は決して遜色はない。


 今ならまだ引き返せるかもしれない。


「ん〜。モノクロームスカイか……。思ったより面白い子たちだね。

 藤白さん、明日うち来れる ? 朝イチ」


『勿論、可能です』


「青葉さんは ? 」


『俺 !? なんで俺がゲーム会社に行くのよ〜。

でも面白そうだから、俺の秘蔵っ子を送ってみるかぁ ? 何をすんの ? 面白い事してよ、ミナミくーん』


「……まだ考え中です」


『ふーん』


「ただ、青葉さんの仰る通り、この分なら炎上し続けても、モノクロに不利にはならないでしょう。不祥事とは違いますし。

 藤白さんはどう見ますか ? 」


『そうですね。

 擁護してくれてるユーザーは、虐待やネグレクトの経験者や、それに敏感な子持ちの方が多い感じですね……。つまり元々モノクロのファンじゃないんです。

 そして……その方達なのか、2万まで減ったチャンネル登録者数が6万人まで急速に変動して持ち直しています。

 霧香さんのインスタのフォロワーも今日の夕方から変動が続いてましたが、現在は過去一の多さです』


『俺ねぇ〜そのYouTube ? とかの、チャンネルの数とかよく分かんないんだよね。登録したら見たくもねぇのに解除するの面倒臭いし。

 最近、新人の子がTikTokもやってるんで〜とか言って来るんだけど、全ツッパだよ。

 そもそも、動画とかXとか、それでフォロワーが多いからって地上波の俺とは関係無いしね。数字が取れるなら出すだけで』


この青葉のタイプからして、実際会いに行き頭を下げてアポを取り付けると言うスタンダードな咲のやり口はドンピシャだったのだろう。


「確かにテレビの視聴率なんかとは違いますからね。

 でも僕は……想像以上に彼らを気に入っちゃったかもしれないな」


 そう言うと、南川は静まり返った自室の中で、眼下に広がる光の景色を眺めた。


「雨が降りそうだな。月が見えない。

 霧香さんはすぐ回復するといいけど」


 □□□□□□□□□□□□□□


 その頃、シャドウは一人残された屋敷でのんびり過ごしていた。

 何日間も一人きりで過ごすのは初めてだった。

 今日はその初日。

 ちょっぴりテンションの上がったシャドウはいつもより多い重量のステーキをギコギコと貪り、猫型に戻ると恵也に置いていって貰った特上にゅ〜るを舐めながらテレビを観ていた。


 希星が自宅で作ったと言って持ってきた、添加物無しの猫用ミルクアイスを舐め出したところでインターフォンが鳴る。


 これにシャドウは驚き、猛スピードで壁際に寄る。

 人型に戻り、カーテンの隙間から外を伺うが、そこから玄関は見えなかった。


 そもそも、招待していない客が来ることは有り得ない屋敷である。

 許可されているのは血成飲料の配達人くらいだが、それらも来るのは昼だし事前連絡がある。


 敵か。


 シャドウは上着を脱ぎ、肩の関節と筋肉を解しながら、ソッと明かりを点けずに玄関ホールに立つ。


 だが、インターフォン越しに液晶に映った一人の男の姿に、たじろぎながらもすぐにドアを開けた。


「す、すぐに対応出来ず申し訳ございませんでした ! 」


 深々と頭を下げるシャドウに、男は眉一つ動かさずにエントランスに入る。


「構わん。それがお前の役目だ。万全を期せ。

 霧香はいないのか ? 」


 黒く長い髪に長身、そして整っていてもどこか冷酷そうなその面持ちは、ふと誰かに似ていると誰もが思うだろう。


 蓮の実兄。

 黒百合の王族 ヴァンパイア領土統括者 ディー · 二グラム。


 だが蓮とは違い、潔癖そうな仕草となんの感情も無さそうな鋭い瞳が印象的だ。似てはいるが、血縁関係とは思えない程に。


「いつ帰る ? 」


「予定通りですと、五日後です」


「それまで待たせてもらう。客室はあるか ? 」


 あるにはあるが、既に皆のシェアハウス状態になっているため、空いているのは一番ショボイ景色も見えない部屋である。


「空き部屋は非常に使い勝手が悪いかもしれませんが……」


「いい。贅沢をしに来たわけではない」


「かしこまりました。すぐにベッドメイクをしてきますのでお待ちください。

 夕食はお食べになりましたか」


「食事は明日の朝から頼む。

 あと、霧香に俺が来ていることは言わんでいい」


「はい」


 ディーは腰の剣を外すと座ったピアノの椅子に立て掛け、鎧のベルトを緩める。


 シャドウはリネン室に行くとシーツの山に顔を埋める。


「くっ……めんどくせぇ……。うぅ。旦那が留守の時にしゅうとめが遊びに来た時の嫁の気分だぁぁぁ……」


 シャドウは無駄に人間社会に詳しい。

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