目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第34話 クチナシ色

 午後二時。

 全員で大広間に集合する。


「では、当面のスケジュールを発表します」


 ゆかりがタブレットを見ながら進行する。


「生放送は本日十九時から開始。場所は宴会場 檜の間から。トーク後、それぞれ既存の曲を一曲演奏していただきます」


 淡々と説明するゆかりを全員が見上げているが、心ここに在らずと言う感じである。移動の疲れと、急激に決まったスケジュールに頭がついて行っていない。後は、ここまで漕ぎ着けた咲には悪いが、全員観光気分である。


「バーベキューはもう夕方やっちゃって、アルコールは飲まないで下さいね。トークでは既存のリズムゲーム、プリンセス · レガートをプレイしていただきます。

 ラストは男性陣で隣の桜の間にて、枕投げ。

 怪談開始が十一時からです」


 枕投げの後にそんなテンションを駄々下げる意味とは…… ?


「広報部から応援が入りまして、明日はわたしと交代で司会と舞台のセッティングを務めます。

 朝はテレビ局のスタッフさんが来ます。歌は中継で、ここから繋ぎます。早河 夢子さんの出るタイミングよりかなり前にスタンバイお願いします。

 ……えと……大丈夫ですか ? 」


 一人で話している割に、なんとも返事も相槌も溜め息も出ない全員を、ゆかりはタブレットを下に下ろしながらゆっくり見下ろす。


「なんかよくわかんない」


「いつも通りやればいいべ」


「テレビのこの司会 ? 誰 ? 知らないね。最近テレビ観ないからなぁ」


 緊張感がないモノクロにゆかりは不安しかない。


「と、とりあえず、今日の十八時には檜の間に楽器があるようにスタンバイお願いします ! 」


「ふえーい」


「なんか忘れちゃうからどっかに貼っといてくれる ? 」


「ロビーと大広間に貼りますんで」


 各自ノロノロと活動開始。


 そのまま寝転びスマホいじる奴。

 座布団を折り、枕にして仮眠とる奴。

 携帯ゲーム機でゲームする奴。


「皆さん……練習とか……」


 何しに来たんだよと言う話だが、今から根を詰めてやったところで、体力が持たない。

 早朝からの移動と、到着後にバタバタしたこともあり、全員怠けたい。


 だが若い程体力はあるもので、希星が早速と立ち上がる。


「キリ。川に行ってみようよ ! 」


「いいね ! 水着着てくるから待ってて」


 目を輝かせる希星と、本来水場が好きな霧香は即答。


「サイ、水着お願い」


「あぁ。待って、他にも用意あるから。部屋行ってて」


「「「「……」」」」


 男性陣が溜め息を付き、そっとスマホやゲームを置き、むくりと起き上がる。


「まぁ……せっかく来たんだし ? 」


「MINAMIさんにも悪いしな……」


「俺は釣り道具持ってきてたし ! 」


 おもむろに川の準備を始める。


「……雄の性ですね……穢らわしい……」


 ゆかりが呆れたように呟くが、この状況で一番緊張していたのがゆかり本人だった。皆に飲まれて、少しホッとしてしまう自分に気付く。


「いえ……これは健全な男性の反応であり、何ら不思議なことでは無いですね。

 わたしも、霧香さんとあの二人の動向はチェックしなければ ! そう ! これはシナリオの為です ! 決してゴシップ好きなわけでは……」


「ゆかりさん」


「ひゃ ! 」


 ぞろぞろと川の準備をする男共とは離れ、ゆかりは自分の背後から声をかけられ飛び上がる。


「深浦さん……なんでしょう ? 」


「ゆかりさんも川に行きますか ? 」


「え…… ? ま、まぁ。皆さん行くようですし……同行しようかと」


「水着になります ? 」


「え !? ええと ! あくまで ! あくまで交流を深めるために ! 皆さんを観察するために ! あ、遊びに行く訳では…… ! 」


「良かったです。俺は水に入らないんで、水場からの撮影はお願いしてもいいですか ? 」


「……」


 無情。

 あくまで被写体は彼らである。ゆかりに遊んでいる暇など無い。

 彩に差し出される防水ケースと軽量三脚。

 彩は同じく撮影用スマホと自撮り棒を持っているが……。


「そっちの荷物ってなんですか ? 」


「虫除けスプレーと日焼け止め、折り畳み日傘とか。あいつら自分で用意しないんで。

 後はキリの水着。今から俺、着せて来ないとならないんで、行きましょう」


「はぁ !? え !? え !? 水着を !? 」


「俺が持ってるんで。

 はぁ……白にするか黒にするか。ビキニかワンピか。最後まで手直ししましたね。素材も縫いにくいし。お陰様で寝不足です」


「まさかの自作 !!!?」


 彩は一度リュックに機材を詰めると、部屋へ向かう。成り行き任せでゆかりもフラりと付いてくる。


「夜から生放送ですし、今はプライベートタイムでも……」


「俺たちは、自室から一歩でたら撮影対象ですよ」


「プロ意識ですか ? 」


「いえ、自然体が一番ネタになる連中なので」


「動画配信者って……」


「生放送まで、自分たちの方でも宣伝しなきゃいけないので少し絵が欲しいんですよ」


「今回は突然でしたからね。公式でも宣材はそんなに揃っていないし、まだ公開出来ない部分も多いので。

 視聴者がどれくらいになるか……。

 モノクロは今、チャンネル登録者数どのくらいですか ? 」


「YouTubeだけだと15万人です。そのうちヘビーユーザーは半分くらいですかね」


「常連さんが半分って……割と多くないですか ? 」


「正直、音楽だけで観てもらってるとは思いません。

 あのメンバーのそれぞれの役割あってのモノクロです。キラの紹介動画は作ってあるんで、それも流そうかと思っています」


「あー」


 ゆかりは真っ先に霧香と蓮、ハランの様子を思い出す。


「……さっきの様子だと、本当にヤラセじゃないんですね。X では霧香さんとハランさんのツーショットとか、蓮さんの保護猫施設の写真が出回ってて。ああいった物も反響があるみたいですね。

 南川からはパフォーマンスでやってるんだとは聞いていますが……まさか男性は本気だったとは。興味深いです。

 もし、霧香さんが誰かを選んでしまったら、このバンドはどう終結するのですか ? 」


 この質問に彩は曖昧に答えるしか無かった。


「まだまだ先の事だと思いますよ。それに、彼氏が出来ても最初はメンバーにも隠すでしょうし」


「統計的にはそうですね。それもプライベートが公開されるのが前提になってるなら、最初のうちは特に隠れて交際するかもしれませんね」


 第三者から見ればそうなのかもしれない。

 だが、ハランならどうだろうか ?

 質問してきたのがゆかりだから、彩はここまで答えたのかもしれない。

 交際を隠す行為をするのは、相手はハラン以外である。

 ハランなら、すぐに言う。

 絶対にマウントを取りに来る。


「キラ君は、綺麗ですけどお兄さんのハランさんとは対象的ですね」


「ああ。彼は……色々事情が。ハランに聞いてみてください」


 希星がここに来た経緯。そこは希星ではなく、敢えてハランに意志を託す。まだ世間の判別がつかない希星より、一般常識のあるハランに任せる。

 家庭のことでもあるし、虐待をしていたとはあれ実母に追い打ちをかけることもない。


「さ。撮影しましょう。

 ゆかりさんも電源入れて」


「えぇ !? ここから撮るんですか !?

 ちょっ !! カメラ向けないで下さいよ ! 」


 向けられたカメラから隠れるようにゆかりは手で顔を覆う。赤面したゆかりの新鮮な反応に、彩は儲けたとばかりに会話を進める。


「せっかくですから」


「いやいや、わたしシナリオですし、今回はぁぁぁ」


「自然体でいいですよ」


「うぅ……」


「じゃあ、ゆかりさん。シナリオライターとして聞きたいこととかありますか ? 」


 具体的な会話を振られたゆかりは、案外すぐに切り替えてきた。


「コホン。そうですね。

 霧香さんの服は普段着も深浦さんが選んで改造してるってお聞きしましたけど。えと……下着も、深浦さんが選んでるんですか ? 」


「下着は俺はよくわからないので、衣装が出来たらそれを持ってキリをショップに連れて行きます。

 なんか分からないけど、付けない訳にもいかないんでしょう ? 」


「はえ !? ああ、一般的にはそうですね」


「衣装から下着が出ないようにとか、あと……肩 ? 肩の紐 ? 」


「ストラップですね」


「あーゆーのが見える衣装の時、色も合わせたいですし。でも、一人で店に入るのは流石に。抵抗あるんで」


「なるほど。

 あ、そうだった……明日の番組のバトンって渡したい方います ? 」


「俺たちはネットがベースなのであまり付き合いって無いんですよ。唯一、夢子さんが昔企画でご一緒したくらいで……。

 キリはミミにゃんと仲良くしてましたが……」


「……ミミにゃんさんですか……」


 口篭る。

 これは撮られているのだから。どこまでカットするか分からない以上、下手なことは言えない。そして彩は余程の失言がなければこのまま編集したくない。面倒だから。


「ミミさんは年下ですしね。キリの我儘に比べたら大人びた方ですよ」


「な、なるほど。実は主人公に起用の噂があって……わたしも推したんです。

 今回キラ君が出演出来なかったんで、キラ君も主人公にどうかと」


「噂ですか……キラを出していただけるなら、それに越したことはないですが」


 流石にこれには彩もカメラを伏せる。

 ミミにゃんを主人公に。それを最初に提案したのは確かに彩だが、ゆかりはそこまでは知らないようだった。


「シナリオとしては年齢に問題は無いんですよ。中学生でも。プリンセス · レガートでも中学生ピアニストを高校生としてグラフィックを作って出演していただいた事もあるので前例はあります」


 希星は今回、音撮りでは参加するが、肝心のゲーム内には登場できない。モノクロームスカイに関しては特にトラブルもなくグラフィックが出来上がってしまった。


 だが肝心の主人公。これに関して、ゆかり含め、他のクリエイター陣はミミにゃんが主人公かもしれないと言う噂に「後回しにしよう」と身内で判断していた。

 そこに希星の存在が加わった事で、ゆかりは中学生二人の選べる主人公と言う提案を南川に打診した。


「話が通ればいいんですけど……」


 ブツブツと呟くゆかりをそのままに、彩は再びカメラを上げ録画を開始する。


 三階。霧香の部屋の前に着くと、恵也が廊下に突っ立っていた。


「ケイ、どうかした ? 」


「サイ。丁度いい所に。

 え ? 撮ってんの ? ま、いいけどよ。

 これ。キリの部屋なんだけど、鍵が壊れてんだよ」


 部屋のドアレバーを開け、ガクガクになったシリンダーを見せる。


「ここの旅館、元々本当に古いので鍵は掛からないかもしれません。鍵自体が紛失してるんです。内側から掛けてもらうしかないんですが、これじゃ駄目ですね」


「他の部屋に移動できます ? 」


「可能ですが、ここより清潔では無いですよ ? 宿泊は想定していないので」


「どうする ? 」


「部屋が離れすぎると、俺も護衛しにくいぜー」


「護衛…… ? 恵也さんは霧香さんの護衛担当なんですか ? 」


 ギクッ !


 彩が恵也を睨む。

 Angel blessはモノクロに人外が居る事は知っているが、ヴァンパイアの契約者制度に関しては誰も説明する気は無い。もちろん、安易にゆかりの前でも話せない話題である。


「いや、俺……えーと……高校の部活、格闘技系だったんすよ。だから……まぁ世の中物騒ですし ? 」


「えー !? しっかりされてるんですね。少しびっくりしました。

 霧香さん、あんなパフォーマンスさせられてるし、もっとぞんざいな扱いを受けてるんじゃないかと心配してました」


「キリにそっぽ向かれちゃ終わりですからね。全力で守りますよ」


 するとゆかりは何か考えるように顎に手を添えて難しい顔をする。


「パフォーマンス的には蓮さんとハランさんが有力的ですけど、こういうのを見るとゲソ組の縁の下の力持ち感が凄い。

 恵也さんと霧香さんのカップリング推奨のポストを見て「この二人は解釈違いだろ」って思ってましたけど、これはこれで……」


「ゆかりさん、無理に俺たちをカップルにして見なくてもいいです……」


「だって分からないじゃないですか ? 恵也さんと霧香さんだなんて。恵也さんは、何がいいんだろうと思ってましたもん」


「ゆ、ゆかりさん、俺をディスってます ? 」


「いえいえいえ ! 」


 ゆかりは気まずさを振りほどくように鍵の話題に戻る。


「部屋を変えるか……わたしと同室ですかねぇ」


 そこへ千歳が異変に気付いて部屋から出てきた。


「あれ ? 千歳さん、川行かないんすか ? 」


「俺も彩と同じ。ブログとXくらいには宣伝入れなきゃいけないし、作業しようかと。

 彩、後でモノクロの写真送ってくれない ? 共演者の写真で使いたいから」


「あ、じゃあAngel blessと共同で作ります ? これから俺、川に写真撮りに行こうかと。

 キリの水着は視聴者増えそうだし」


「「考えがエグい……これだから動画配信者は……」」


「それより千歳さん、これ直せないっすか ? 」


「鍵 ? 」


 千歳はレバーを握り少し揺らす。


「ドアの亀裂が酷いから固定出来ないんだな。使っていい板があれば直せるよ。見た目悪くていいなら」


「全然いいですよ」


「じゃあ、みんな川に行ってる間やっとくよ」


「え ? いいんです ? 」


「うん。京介も残るし」


「え !? 」


 意外だ。一番大はしゃぎしそうだが、やはり年長組としての落ち着きなんだろうか ?


「あいつカナヅチだから。

 バーベキューの用意、福原とやるってさ」


「……そか……」


 全員、福原の存在をすっかり忘れていた。あの異様な人格も、ホラーの為の作り物と分かった今、福原は同業者。同じ動画配信者である。


 □□□□□□


「ミミちゃん」


 爽やかな笑顔で話しかけてきた咲に、潤のアパートから逃れたミミにゃんの足が止まる。


「……確か……藤白 咲……さん」


「そう。ごめんなさいね。こんな道端で。でも、こうでもしないと貴女会ってくれないんじゃないかと思ってさ」


「警察呼びますよ」


「つ、つれないな〜。ま、無理もないか。

 でも一つ言わせて。わたしはインフルエンサーマーケティング業。モノクロの専属マネージャーなんかじゃないのよ ?

 TGC東京ガールズコレクション出演決まってたのね、おめでとう」


「ご要件はなんでしょうか ? 」


「ミミちゃん、今日の事はキッパリ諦めましょう。

 潤くんを忘れなさい」


「はぁ !? 」


 潤は今日の昼に連れていかれたばかりである。ミミにゃんにとってこれ程逆上する話題も無いだろう。


「ばっかじゃ無いの !! 」


「ミミちゃん、聞きなさい。

 貴女が目指すのは幸せな結婚 ?

 それとも輝かしいモデルの道 ? 」


「…………っ ! 」


「なんの土産話もなく、貴女をおちょくりに来るほど、わたしも子供じゃないわよ……。

 話だけでも聞かない ? マネージャーさんには話してあるから、後は貴女次第なの」


「マネージャーに通ってるんですか ? 」


「それが礼儀でしょ ? 貴女は有名事務所所属の売れっ子なんだから」


 ならば事務所に咲が出向いて、話を……とはならなかった。

 咲が率先して動くことを水戸マネージャーも了承したのだ。


「実は今日の夜、アイテールの公式生放送にモノクロとAngel blessが出るのよ。まぁいつも通り緩い動画だと思うけどね」


「あの新作ゲームの宣伝ですか」


 咲は通りがけに見つけたキッチンカーからグリーンスムージーを注文し、ミミにゃんにも渡す。


「そう。後は明日、夜の歌番組でテレビ初登場って訳」


「……」


 ミミにゃんは何も言えなかった。

 既にXではジャンクダックの不祥事だけではなく、ミミにゃんと潤の交際の噂も出て炎上しているのだ。

 潤が薬物をやっていないのは事実だったが、このままでは自分も色眼鏡で見られてしまう。


「ジャンクダックから潤くんが脱退してくれればいいんだけどね。

 交際だって、ほら。健全な付き合いなら、周囲の大人も特別騒ぎ荒らしたりしないわよ」


「そんなわけないじゃないですか。皆

 面白がってますよ」


「守る気になれば守れるわよ。ま、そういう事をさせる、コネを持った人がいるのは、世の中確かよね」


 ミミにゃんからして、今の所不毛な話題ばかりだ。咲の真意が分からない。


「コネですか……」


「そう。怖いわよ。でも、時にそれは武器になる」


「…… ? 」


「霧香さんと和解して欲しいのよ」


 これにはミミにゃんもカチンと来る。結局はモノクロを主体に考えて自分を利用しようとしているのだと。

 だがそうではなかった。


「潤くん達ジャンクダックが、アイテールで霧香さんに絡んだ話。あれはMINAMIもジャンクダックとは名指ししなくとも、噂を否定しなかったから肯定してしまったようなものだわ。

 もうジャンクダック自体がしばらく人気落ちすると思う。

 ミミちゃんがジャンクダックと心中するなら構わないけど。

 悪いこと言わないから、交際がバレても今から数ヶ月前のタイミングで別れていた事にしなさいな」


「潤は潔白です」


「ところが世間はそう見ないんだなー。

 ミミちゃん。霧香さんとの和解には意味があるのよ」


「意味 ? 」


「彼女はTGCに招待されてた。勿論、モデル枠じゃないけどね」


「まさか !! 皆半年以上前からオーディション受けるんですよ !? 招待されるなんて……」


「彼女は最早強力なインフルエンサーになりうる。

 でも、断ったのよ。リーダーの子がね。

 深浦君とはどんな話をしたの ? わたしにはそこまで詳しくは教えてくれないのよ……。

 ミミちゃんと約束があるからとしか言わなくて」


 彩は確かに、モデルの領域を荒らす気は無いとミミにゃんには告げたが、そもそも二人は立場が違う。


「歌手やタレントが出るのと、モデルが出る枠は違いますよ。霧香さんが出ない事で、わたしにはなんの影響も無いです」


 そうは言うが、ミミにゃんがオーディションで落ちていたら、こんな余裕は無かっただろう。何よりミミにゃんはそれを危惧していたから、彩に会って食ってかかる事態になったのだ。


「立場上はね。彼女はアーティストだし。

 そうではなく、わたしの推薦で他にも出演しないかなって思ったのよ。ミミちゃん、ステージに上がるの一着だけでしょ ? 」


「推薦……」


「もっと上がりたくない ? 」


「それは上がりたいですよ。わたしはまだ……そこまで経歴が無いので……」


「モデルとしては完璧よ。きっと問題がなければ採用されるわ。

 考えられるのは今回の騒動。火消しの必要があるわ」


 TGCは全女性の憧れを纏う場所。

 絶対に断らない条件を突き出す。


「それで ? わたしはどうすればいいんです ? 」


「やっぱり賢いわね、貴女」


 咲はタクシーを停めると、ミミにゃんと乗り込んだ。


「ふぅー。今日は忙しいわぁ。

 運転手さん。アイテールまでお願いします」


 □□□□□


 南川の前に通されたミミにゃんは、借りてきた猫のように、緊張していた。

 遅れて、水戸マネージャーも合流する。


 他には2,3人、アイテールの作業者が混じっていた。


「TGCかぁ。まぁ君なら受かるよね」


 南川が断言するが、事実そう簡単では無い。

 流行の先を行かなければいけないTGCにとって、ゴシップはナンセンスなのである。


「明るい話題で埋めれば問題なしさ。

 それで……実々夏さん、歌ダメなんだって ? 」


 マネージャーは頭を抱えている。


「はい。どうしても出たくてマネージャーにも嘘をつきました」


「そっか。

 まぁ、仕事はやる気があるのが一番だからね。非難したりしないけど、出来ないものを出来るって言うのはちょっとね」


「はい。すみませんでした」


「それで……藤白さんからも聞いてたけど、主人公のモデルに興味ある ?」


「あ、あります ! 」


 彩が示唆していたことが事実起こりうった。


「実はモノクロに新しいメンバーが加入してね。シナリオの子がさっきメールくれたんだけど、綺麗な子なんだよ。

 加入が最近の話だったから、演奏には入って貰うけど、グラフィックを今から作るとなると厳しくて。

 いや、それはこっちの話だけど……その加入した子が、中学二年生なんだ」


「わたしと同じ歳ですか……」


「中学生はテレビ局でバイトしないし、物語の設定上どうしようかって話になったんだけど、出てくるキャラクターの弟妹って事にしようと思ってね。その辺はまぁファンタジーってことでさ。

 それで主人公をプレイヤーが、男か女か選べるようにして、君とその子、中二コンビで行きたいんだ」


「わたしが誰かの妹役で主人公を………あぁ、なるほど。それで……」


 霧香と和解する。

 その理由はこれだ。

 霧香の妹役として主人公をやるということだ。


「今日からアイテール公式でゲームの宣伝も兼ねて生放送するんだけど、主人公発表のコーナーを儲けるから、合流して絡んできて欲しいんだ」


「……」


 押し黙るミミにゃんに、咲も心が傷んではいる。

 恋人は警察に連行。

 自分の悪評がSNSで拡散され、果ては潤がしたことにより霧香との不仲説まで拡がっている。

 その中で、不仲本人の霧香に会いに行けなんて、と。だが、そうでもしないと霧香にまで悪評は根が回る。早めに絶つ方がいいという判断だ。


「是非、よろしくお願いいたします。お世話になります」


 潔く頭を下げるミミにゃんを見て、水戸マネージャーも苦しみを共に味わっていた。

 賢く、大人びていても、彼女は希星と同じ中学生だ。


「大丈夫よ。ミミちゃん。みんな大人なんだから、甘えていいのよ。戦うのは舞台で、ね」


 南川が予定通り口にする。


「あぁ良かった。本当は、主人公は綺麗過ぎない方がいいなって思ってたんだけどさ。

 実々夏さんが主人公役をやってTGCでも成功してくれれば何も問題ないもんね。明日の歌番組でもモノクロと絡みなよ。

 それでTGCの話だけど、うちの親会社がファッションブランドとのコラボで一枠貰ってて、それぞれのゲームにあった衣装でランウェイに上がって貰うんだ。

 ええと……三ヶ月前に配信開始したミステリーノベルゲームかな。その世界観を模した衣装だよ。丁度、有名実況者がやった事で人気に火がついてね」


「じゃあ、二回目のステージはゲーム衣装を着るという事ですか…… ? 」


「不満かな ? 」


「いいえ。どんな服でも自信があります。やらせて下さい」


 素でも自信のあったミミにゃんにとって、必勝お守りくらいのアイテムにはなっただろう。


「ミミにゃん、大変な時期ですが必要とされているんです。気を引き締めて行きましょう」


 水戸マネージャーの言葉に、ミミにゃんは素直に頷いた。


「では、生放送に向けて移動していただきます。

 水戸さん、用意は…… ? 」


「出来てます。他の生活必需品は今、お母様にお願いして纏めていただいてるので、合流は明日になるかと……」


「構いませんよ。焦らすだけ焦らしたいので」


 ミミにゃんと水戸マネージャーが立ち上がり、退室する。


 会議室に残った咲と南川。


「これで終わりね。はぁ〜わたし、今日は働いたわァ〜。さぁさぁ。モノクロに飛び火しないといいけど」


「藤白さん、本当にモノクロにこだわるね。

 さっき電話してきたうちのシナリオライターも、何か興奮してたよ。霧香さんと男性陣がどうのこうのって」


「あはは。知れば知るほどハマっちゃうのよね〜。

 それにしても、キラ君を主人公にするとはね。わたしとしてはバンドの方に入れて貰いたかったけど……」


「これでも譲歩したんですよ。シナリオライターなんか、モノクロだけでゲームにしようよとか言ってきて、現場混乱したんだから」


「それはそれで見てみたい……」


 かくして、希星とミミにゃんの、主人公ダブル主演が決まった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?