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第33話 菜の花色

「えぇ !? ドッキリ !? それで無許可撮影 ? 」


「普段の彼らが面白いって好評らしいじゃん」


 とある事情でアイテールを訪れていた咲は、南川の仕掛けた撮影について、否定的に首を振った。


「はぁ〜。駄目。駄目よ南川君 ! そうじゃないのよ ! 分かってないわ〜。

 彼らは言ってしまった方がエンジンがかかるわよ ? 」


「えぇ ? そう ? ヤラセみたいにならない ? 」


「なんない、なんない。保証するわ」


 現在、霧香達は専門の運搬車両が到着し、楽器の荷降ろしの最中である。その間にゆかりは南川にコンタクトを取っていた。

 理由は同じ。

 撮影をしている事を本人達に言ってしまった方がいいのではと、ゆかりも思ったのだ。

 原因はやはり希星のキャラ付け問題で、もし放送していたら事故になっていた。

 完全に行きの車内映像はボツになってしまった為、仕切り直すとしたら到着したここからしかないのだ。


『霧香さんは心霊写真ドッキリも無言でした。

 わたし、幽霊を見てあんなに冷ややかに受け流す子を初めてみました。興味深いですね。あのタイプはホラーゲームだとどんな要素で怖がるのか知りたいところでもあります』


 ゆかりの通信に、咲は南川を説得する。


「ほらね ? 放送出来ないもの撮ってても仕方ないでしょ ? 」


『わたしも藤白さんに同意します。今の所、不審な行動もない方々です』


 南川は「ごめんごめん」と苦笑いする。


「次のドッキリなんだっけ ? 」


『怪談芸人 福原による、客室案内です』


「……じゃあ、上手いタイミングでゆかりさん、ネタバレお願いします」


「大丈夫よ南川君。彼ら本当に撮れ高作ってくれるから」


『本当に生放送じゃなくて良かったと思います』


「分かった任せるよ」


 通話を切り、南川と咲がようやく椅子に座り対面する。


「手間がかかる子達だけど価値はあるから」


「藤白さんがそこまで言うならそうなのかな ?

 それで、今日はこんな朝からどうしてここに ? 広報にも行ってきたんだって ? 」


「ちょっと嫌な噂を聞いてね。

 もしもの事があった場合の話をしに来たの。

 ほら、何事も早い者勝ちだし、その中でもクオリティって大事じゃない ? 」


「随分オブラートに包むね。他じゃ言えないような話 ? 」


「ええ。まぁ」


 咲から笑みが消える。

 南川も革張りのチェアに沈んでいた身体を起こし、座り直す。


「……ふむ。聞こうか」


 ここから予想だにしない方向へと向かう事になる。


 □□□


 運搬と楽器の状態を確認し終えたモノクロとAngel blessは、自分の手荷物を持ったまま客室に向かっていたが……


「ひひひ、ではご覧あそばせ。

『一家離散 ! 借金取りに終われ夜逃げした両親。必要なものだけを持って出て行った』かのような雰囲気のお部屋でございます」


 館内の『心霊ロケ地』巡りをさせられていた。


 福原がザリリッと襖を開ける。


「おー……なんて言うか」


「生活感あるね」


 これも動画の予定の範疇で、いかにも気味の悪い部屋を見て怖がる皆……の絵面が欲しかったのだが、そうはならなかった。


「この ! テーブルの醤油とか、いかにも片付けないで急いでた ! 的な雰囲気」


「でもさ。それが本当なら、カビとか湧くよ」


「分かる。だって館内、全室冷房付きだもんな。そんな臭んねぇだろ」


「生活感丸出しだけど生ゴミとか無いし。

 これ昭和の新聞だ ! 」


「あれ ? でもこのティッシュ箱って最近の箱じゃない ? 神ウォーターセレブでしょ ? 」


「中途半端なセットだよな。

 タンスからはみ出た服に関しては、キリの部屋の方がやばいし」


「うぐぐ。わたしは脱ぎっぱだからはみ出ないもん」


「だったらここの住人の方が余程綺麗だろ。毎回畳むのサイ可哀想だぜ !? 」


 なんも怖くない。

 だってこれがセットだと分かっているから。

 予想以上に館内は異臭もなく、剥がれた天井も裏から見ればチェーンで釣られて固定されており、完全に作り物の廃墟であった。


「なぁ、厨房見た ? 業務用冷蔵庫にバーベキューの用意してあったぜ ? 」


「まぁじで !? やりー」


 恵也に至ってはマイ包丁まで持参してきた。シャドウがいないため、料理する気満々だ。


「歩いてたおばちゃんに聞いたらさ、管理人さんでさぁ。南川さんからの差し入れらしいぜ。霜降り牛肉」


「うえーい ! MINAMI〜 !! 」


 緊張感は0。

 福原の戦々恐々お部屋紹介は失敗に終わった。


「さっきのさ。あれもセットだったんじゃない ? 幽霊」


「んー。そうかもしれないけど、仕掛けが分かんないな。写真撮る時だけ映り込む小道具 ? 一枚だけだよ ? やっぱ人じゃない ? 」


 ハランがGhost、Devilの存在を認識したら確実に判別が付く。天使なのだから悪しきものかどうかくらい、写真でも分かるのだ。興を削がない様にしていたつもりだが、ここまで来たら偽幽霊認定である。


「こう、シシオドシみたいな。一定間隔でガバっ !! って起き上がる人形なんじゃねーの ? 」


「ぎゃはは ! 怖ぇよ〜。作ったやつ悪趣味すぎんだろ」


 恵也と京介はウマが合うのか悪ノリしやすそうである。鹿威し系人形の案に手を叩いて爆笑する。


「俺らが寝てる時も流水次第でガバって起きんの !? ご苦労さま〜 ! 」


「じゃあ、あれなんだったんだ ?

 福原さん、ここは本当にただのロケ地なんですよね ? 事故が過去にあったとかではなく」


 収拾が付かなくなってしまった。


「ふ、ふふ」


 福原ピンチ !!

 頑張って福原 !!


 その時、福原にゆかりからメッセージ。

 それもzoomで招待されている。


 戸惑いながらバッグからタブレットを取り出す。


「ふ、福原です〜」


『あ、お疲れ様です。

 あのー。南川さんとお話が済んだんで、一度顔出します 』


「え ? それはどういう…… ? 」


『まぁ一言で言うと中止ですね』


「そ、そうですか。じゃあ皆さんに話すんですね……」


 福原はしょんぼりとしたままタブレットを戻し、溜息をつく。


「はぁ……上手くいかないものですね……」


 落胆する福原をゲソ組は不思議そうに見る。


 廊下の奥から、赤い着物を来たおかっぱの気味の悪い…… ? いや、ボブヘアーの赤い花柄の浴衣美人が歩いてきた。


 これには希星の脳は困惑を隠せない。


「えぇ !? お姉さん、さっきの ? え ? 浴衣だった ? 綺麗だった ? 幽霊 ??? 幽霊のお姉ちゃん ? 美人な幽霊 ?????? 」


 恵也のポケットに勝手に押し込んだポラロイドを引っ張り出す。


「あれー!!? 浴衣だ ! 着物じゃない ! このお姉ちゃんだ !! 」


「それは思い込みによるものです。想像に近い物を見かけると、つい決め付けで物を見てしまうのです。

 あと……コホン……特に綺麗とかそう言うのは……別です……気のせいです」


「じゃあ、可愛い ? 可愛いお姉ちゃん ? 」


「〜〜〜〜〜〜」


「うん。綺麗ってよりカワイイ系だよな」


「そ、そう言う話をしに来たのではありませんから ! 」


 全員思う「この子、チョロそうだぞ」と。


「あの……あなたは ? 」


 彩がミネラルウォーターで薬を飲み出したところで、霧香が説明を求める。


「失礼いたしました。わたし田中 ゆかりと申します。漫画家をしながらアイテールでシナリオもやらせていただいてます。よろしくお願いします。

 実は福原さんは、皆さんを怖がらせるためのドッキリ要員でした。わたしの格好もそうでしたが……」


 咲は人外が多いと分かっていたから反対した。霧香や蓮にリアクションは期待できないと思ったからだ。しかし、何よりその前にバンド内のメタ発言の多くを話してしまった事によりボツになった企画。


 ゆかりは人外だとは知らないが、千歳が掻い摘んで皆に話す。


「……と、そう言う事ですよね ? 」


「じゃあ、本当は隠し撮りして、わたしたちが怖がったところでネタばらしだったんですね……。

 すみませんでした……御期待に添えなくて」


「いえ。まだ大丈夫です。

 なのでここからは普通に撮影という事で。音楽のメイキング映像として使います」


「福原さんは ? 」


「用済みですかね」


 ゆかりの言葉に希星が「えー !! 」と声を上げる。


「可哀想 ! ここまで一緒だったのに !! 」


「でも皆さん怖がらないですし」


 彩は手の甲にだけでとどまった蕁麻疹を隠しながら、ゆかりに提案する。


「えっと、ゆかりさん。南川さんと連絡つくんですよね ? 」


「はい…… ? 」


「思い切って生配信しましょう」


「えぇぇっ !!!!?」


 驚いたのはゆかりだけ。


 全員平然と彩の言うことを冷静に聞いている。慣れっ子だった。Angel blessは長年の余裕。モノクロは日常である。


「カメラは二台回して、福原さんとゆかりさんで。そうすれば生配信でもAngel bless側とモノクロ側で場面切り替えが出来ます」


「で、でも、もしも何かあったら…… !! 」


「何か、とは ? 失言 ? 喧嘩 ? 反社会的行為 ?

 俺たちにそれはありませんよ」


「ま、慣れてるよな」


「俺らも別にいいけど、Angel blessは面白いとこ無いけどな」


 彩がゆかり側に行くと、まるで習性のように霧香が真ん中に立ち、蓮とハランが横に付く。


「Angel blessにギャグは期待してないし。

 キリ、蓮、ハラン。頼む」


「全然OKだよサイ」


「まぁ、それが仕事だし ? 良いよ」


「俺も別に」


 急に霧香を取り囲んだ蓮とハランにゆかりはドキドキしている。


「な、何が始まるんです !? 」


 ハランがスっと霧香の手を取る。


「こんなに手に痕がついて……。キャリーケース、俺が持つよ」


「そ、そんな、悪いよハラン」


「大丈夫大丈夫。綺麗なチェロを弾く綺麗な手だからね」


 さっきまで荷物なんて恵也が持ってヒーヒー言っていたのにこの豹変ぶりである。


(ひゃー !! 深浦さん ! これは演技なんですか ? )


 ゆかりが案外、ファンと同じ反応をしてくれたのに彩は満足気に答える。


(はい。これが売りです。

 ……ですが、ここだけの話、蓮とハランはガチです)


(ふェェェェェ !!? )


「おい、ベタベタすんな。こんなところで」


 蓮がハランがとった霧香の手を取り返すようにして、握りしめる。


「さっさと部屋に行くぜ。霧香、転ぶなよ」


(ご、強引に連れ去ってく ! やだ ! もう !

 ここここれ、最後どうなっちゃうんです !? )


(どうでしょうね ? )


 彩は含み笑いで御満悦である。


「えー ! ずるーい ! 僕も疲れたなぁ〜 !

 ケイ、持って ? ♡」


「はぁ〜 ? いいぜ。筋トレになるし」


「やった〜 ! ケイ、力持ちぃ〜」


 割り当てられた客室は三階である。

 階段を登って行ったのを見送り、千歳と京介、彩と福原は消えゆく仲良しモノクロの姿を見送る。


「どうでしょう ? 俺たち、こういうコンセプトでやってて。あ、キラはあれは素ですね」


「鼻血吹きそうですね」


「真顔で言うあたりガチですね」


「二次創作上がりで漫画家になったものですから。もうウズウズします。今も名前変えて少し嗜んでて」


「あ、うちはナマモノOKしてるんで、よかったら同人誌出していただいて大丈夫です」


「そ、それは18禁でも ? 」


「寧ろ、是非。ぐちゃぐちゃのめちゃくちゃにしていただいて結構ですよ」


「ひゃー ! 捗るぅ〜っ !! 」


 ゆかりの機械的イメージは早くも崩壊した。

 そこで置き去りにされていた福原がカメラを取り出す。


「じゃあ、俺はカメラやりますね ? 」


「そうですね。南川の方にも話通ってますんで。ただ、生配信に関してはもう一度話してみないと……」


 そこで彩が、またもゆかりに提案。


「福原さんは怪談師を目指して、YouTuberもしてらっしゃるんですよね ? 」


「ええ。師匠は作家も漫談もしてる方でして……」


「折角なんで、生配信中に高座を用意して怪談ライブとかどうです ? 」


「え ? うひょ、わたしの為にそこまでしてもらえるんで ? 」


「なるほど、ただカメラだけでは申し訳ないですし、元々動画内に出演するために来ましたもんね。怪談ライブ、やりましょう !

 福原さんは大丈夫ですか ? 師匠に許可とか」


「大丈夫です ! 有難く話させて頂きます ! 」


 この話の纏まりに、千歳と京介も興味津々。


「プロの怪談聞いたことある ? 」


「無ぇ。超楽しみ ! 」


「俺、大丈夫かな。結構、夜とか思い出すんだよなぁ」


 ゆかりはリュックを下ろすと機材を組み立てる。


「深浦さん、演出に向いてるとか言われませんか ? 」


「すみません。出しゃばりすぎました」


「いえ、感心しました。

 編集の手間もないし、人員も最小限。福原さんが機材を使えるし、コスト削減で怪談イベントもある。かなりベストだと思います」


 彩は徐々に拡がってきた蕁麻疹を隠すようにアームカバーをそっと装着。


「では、各自用意が出来たら撮影の大まかなスケジュールのミーティング始めましょう。

 着替えなど配信中写って困るものは片付けさせますんで」


「パンツとか ? 」


「言わんでいいだろソレ。セクハラになるぞ」


「別に霧ちゃんのって言ってないじゃん」


 京介の茶々は千歳以外、どスルーで進行する。


「あとは……配信するチャンネルですが、どうしますか ? モノクロのチャンネルとAngel blessのチャンネル……」


「俺らはPVとMVしか置いてないから、そういうのはやんないよ」


 Angel blessは辞退。


「あの ! アイテールの公式チャンネルでやりませんか !? 」


 ゆかりがかなり緊張した面持ちで両手を強く握り主張する。


「アイテール公式チャンネルで生配信 !?

 そりゃ、俺らはいいよな ? 」


 京介に全員頷く。

 彩も驚いた様子でゆかりを伺う。


「でもゲリラ配信って訳に行きませんよね ? まだ許可も取ってないですし」


「…………一日。一日ください ! 上司を説得して広報担当者にも協力を仰ぎます ! 」


 言い切った !

 ゆかりはこの生配信に人生をかける勢いだ。

 俄然、全員空気が変わる。


「まじか…… ! よし。じゃあ、俺らにも出来ることあったら言ってください。

 俺らは配信に備えて荷物整理、機材確認入るぜ ! 」


「本当に大丈夫ですか ? 」


「分かりませんが……。挑戦しないと何もなし得ませんから !

 ダメなら、その時はモノクロのチャンネルでお願いします。頑張るしかないです」


 ゆかりが珍しく精神論を口にした瞬間だった。確率で言えば、一蹴されるのは目に見えている。


 しかしAngel blessと、あの強烈なインパクトのあるモノクロームスカイのパフォーマンスに当てられてしまった。

 つまりゆかりの性癖ドストライクだったのだ。

 この時、既にアイテールの一角で打ち合わせを済ませた咲がフリーデスクで書類作成中だった。

 連絡を受けた南川が咲を呼び戻し、GOサインが出た。


 □□□□□□□□□□


 同日、昼過ぎ。


「潤 ! どうして !? 」


「いいからオメェ帰れ ! 」


「なんでよ ! 」


 アパートの一室で、ミミにゃんと潤が声を張り合っていた。

 荒々しくドアを叩く音。


「○○警察です ! 」


「クソ、オメェ未成年なんだぜ !? いたらヤベェんだよ ! 」


「ドアはもう塞がってるもん ! ここ二階だよ ! 」


「くっ……なんで俺が ! 」


 渋々、潤がドアを開ける。


「○○警察です。一昨日、ジャンクダックの皆さんとここでお酒を飲まれてましたね ? 」


「はぁ ? そうですけど……」


「メンバーの方の職務質問で、持ち物の財布から違法薬物が見つかりまして」


「は…… ? 」


 それは潤も流石に知り得ないことであった。


「俺は……そういうのは……」


「捜査令状がここに。

 貴方は任意で同行を願いたいのですが。

 そちらの彼女は……」


「と、友達です。同じ事務所の後輩ってだけです……」


 交際相手と言うことは出来ない。これが五十歳の男性と二十歳の女性ならば問題は無いが、未成年という壁は法律上どうしようもない。


「実々夏。今日は帰れ……」


「潤…… ! 潤は大丈夫なんだよね ? 」


「ん。大丈夫」


 潤は確実に白だった。

 作詞、作曲をやっている彼にとってそんな暇や余裕は無かった。ジャンクダックは悪友同士で組んだバンドではあるが、自分が尽くせば、想像以上にメンバーは打ち込んで練習に明け暮れたし、理想以上にボーカルは実力を発揮した。


 それなのに……最低の気分だった。多少、ヤンチャの集まりだと、それだけだと潤は思っていた。


「所持してたの……誰ですか ? 」


「……全員です」


 車に乗り込む足が一瞬止まる。

 裏切りに近い行為に、潤はただただ落胆し涙を流した。


 □□□□□□


 職務質問でジャンクダックのメンバーが警察署にいる、次は潤だというその時の情報を樹里から連絡を受けた咲は、すぐに行動したのである。

 そしてアイテールで纏めきった !

 思いがけないモノクロとゆかりの撮影トラブルをアイテールの公式チャンネルでの生放送という所まで。

 ゆかりが悩んだ事と彩の提案、上手く話を回したのは咲だった。勿論、咲が南川と旧知の仲だったこともある。


 咲の目的はあと一つ残っていた。


 次にテレビ局へ向かう。

 目当てはシンガーソングライターの早河 夢子。元歌い手。


「こんにちわ咲さん ! 」


「こんにちは ! いい衣装ね !

 マネージャーさんも、忙しいのにすみません」


「いえ、今日はリハですし」


「何かあったんですか ? 」


「実は、夢ちゃんの次のリレーってジャンクダックだったわよね ? 」


 リレーとは。

 これから三日後、地上波で生放送される歌の祭典。

 ある程度は制作側が声をかけてタイムスケジュールが組まれる歌番組だが、この局の番組には特徴がある。


 それは『一人のアーティストが歌い終えたら、次のアーティストにバトンタッチする。そのバトンタッチする相手はリアル友人である事』である。

 視聴者は思いがけない繋がりに関心を持ち、中にはバトンを繋いだアーティスト同士が婚約した事例もあることから人気となった番組である。


「彼ら、今日警察署に」


(えぇ !? もしかしてアレ ? )


(知ってたの ? )


(あちゃー。いつかはと思ってたけどね)


(ねー ! 有名だもん。他の人にも売ったりとか誘ったり)


「はぁ〜……。バトンタッチする前に捕まったのは夢ちゃんにとって運が良かったわね」


「わたしも何度か共演しただけですからね。でもバトンがなぁ。他のアーティスト友達は埋まってるし」


「それなんだけど、バトン渡す相手、わたしから紹介したいんだけど」


 早河 夢子は顔色一つ変えずに咲の要望に耳を傾ける。


「まだ駆け出しなんだけど、Angel blessの弟分バンド『モノクロームスカイ』」


「あ、モノクロ知ってる ! 」


「本当 !? 」


「まだリーダーの子が弾いてみた動画を出してた頃、ネットで一緒にセッションしたことがあって。よくある、素人が音源動画を集めて全員で合奏する動画ですよ。面識はそのくらいですけど、後からPV見てびっくりしました。意外に綺麗な顔してたんで。しかもオケにいたなんて。よくホールに聴きに行ってたんですよ」


「そうなんだ」


「まさかギタリストSAIがバイオリニストの深浦 彩だったなんて。

 絡んだことは無いけれど、わたしがネットを引退してデビューした直後に、KIRIがランキングに上がってきたんですよねぇ」


「えと、つまり……夢子からモノクロにバトンを渡して欲しいって事なんでしょうか ? 」


 マネージャーが不安そうに咲を伺う。

 だが、仕事は有能な咲だ。

 全て概要、成り行き、宣材も纏めてきた。


「アイテール公式チャンネルで明日から生配信をするんだけど……これ企画書ね。

 それで、近々音楽ゲームが配信になるんだけど、今回番組に出てるアーティストの中にも何人か、ゲームに登場する人達がいるのよ。

 ゲームの宣伝はしてもらわなくてもいいんだけど、モノクロの時には少し欲しいかな。『来秋リリースの音楽ゲーム配信曲、先行披露』って。書き下ろしだから新曲だし」


「紹介したいです ! ってだけは言えるけど、そこまで細かい条件は私たちからは……決定権無いですよ」


「だから書類をお持ちしたの」


 そういい、咲がマネージャーにファイルを持たせる。


「アイテールのプロデューサーMINAMIと、音ビルの黒岩 樹里の推薦と伝えて。大丈夫。

 話を通して来てくれる ? どうせバトン相手は探さなきゃだし。

 わたし、ロビーで待つから。話に興味があったらすぐ呼んでとも伝えて。直ぐにでもプレゼンに伺うから」


 そう言った四十分後、番組プロデューサーの前に咲は通される。


「今どき、しっかり足で稼いでるね。俺が若い頃もそうだったよ……」


 偏屈そうな老齢の男性だ。

 他にもスタッフがバタバタとしている。そのうちの二人が、プロデューサーと咲の前にタブレットを立てる。

 繋がっているのはMINAMIだった。


「MINAMIくーん。俺、ゲームの宣伝とかしないよ ? 流行りの歌番組だし、空いた時間は昭和歌謡流したいもん。ブーム来てんだよ今ぁ」


『ええ。ゲームの宣伝が目的ではありませんから問題ありません。ただし、彼ら円盤はまだリリースしてないんですよ。秋にゲームが出てから円盤をリリースするので、そこだけ紹介していただければと』


「あれ ? じゃあ、他にもいるの ? 参加アーティストって」


『ええ、今回の番組ですと、男性グループ二人、バンド五組、ガールズユニット二組ですね』


「嘘〜。全員今回うちに出てんの ? よくゲームなんかに出るね〜」


『はい。ゲームは手っ取り早く色んな層に楽曲を聞いて貰えるんで、彼らもメリットがあるんですよ』


「……ふーん。

 じゃあ、いいよ。所詮ジャンクダックの代わりだからね。出すだけ出してみる ?

 んで、そのモノクロってのは今、どこにいるの ? 」


『アイテールの保養所に』


「え……あの心霊ロケ地の ?

 ……可哀想……。可哀想だから出してあげるよ」


 思いがけず決まる地上波初出演。

 場所はアイテール保養所。

 ステージは宴会場を飾って演出した洋の空間から、途中日本庭園を経由し廃寺へ移動する。

 曲目はゴシック・ロックの次に和ロック。

 霧香のガラスのチェロと十弦ベースのマシンを披露する、二本仕立てで決定した。


「なんでそんな所に行かせたの ? 」


『面白いかなと思いまして』


「……可哀想……」


 業界人も認めるアイテールの心霊旅館。

 行った者しか分からない、快適さ !


「しかし、また君か。藤白 咲くん。もう芸能事務所でマネージャーやればいいのに」


 咲は老齢のプロデューサーににっこりと微笑むだけだった。

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