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第32話 カナリア色

 その頃、千歳と京介は待ち合わせ場所で南川から連絡を受けていた。


「え !? 撮影ですか ? 」


 モノクロームスカイには今回の合宿で配信用の撮影をする為、あらかじめ機材を車内に設置したからという事だ。勿論生配信では無いが、隠しカメラやマイクは既にセッティング済で、千歳と京介には仕掛け人として怪しまれないためのフォローをして欲しいということだった。完全なドッキリでは無いが、普段の姿を撮りたいという事だ。


「これ俺達も、もう撮られてます ? 」


『撮ってるよ ! えっとね。交差点にキャリーケース持ってる背の低い女性がいるの見えるかな ? 』


 千歳達に気付くと、ボブヘアーの赤眼鏡の女性がカメラ片手にペコリと頭を下げる。


「あ、あぁ。いました」


『彼女が本当のシナリオライターのYUKARIさん』


「……え ? じゃあ、今モノクロのワゴン運転してるのは…… ? 」


『エキストラしてくれる芸人さんだよ。いやぁ〜最近は芸人さんも、綺麗な顔した男性しかいなくてね〜。探すのに苦労したよ』


「えぇ…… ? 」


『じゃ、よろしく』


「いや、あの ! ドッキリの内容って、俺らは仕掛けを知ってないといけないんじゃ ? 」


『あはは、そんときゃ一緒に驚いてよ。彼らを帰らせないようにだけしてくれない ? 』


「超面白そう ! 俺、全力でやりますよ ! 」


 京介はノリ気である。


「分かりました。あの、映るんなら俺、ちょっとだけメイクしたいんですけど……」


 千歳の申し出に京介がブーイングの雄叫び !


「ばっかじゃねーの !? 撮られてんの気付かれんだろーが」


「メイクしないで撮影とかやだよ俺〜 !! 俺が一番顔面偏差値低いんだからァ !! 」


 千歳は自分ではそういうが、年相応に優しげな印象のある男性という風貌である。だが、Angel blessでハランの華やかさや蓮のクールビューティーに合わせるとなると、どんどんメイクが派手目にシフトアップしていったのである。

 家電量販店にいても難なく溶け込めているのは、普段メイクをしていない事もあるかもしれない。


「じゃあ、記念撮影を行ってすぐするって事にして貰って、車でメイクしようぜ。俺らの車の中はオフレコでしょ ? 」


『そうだね。じゃあ仕掛け人の福原さんにはメッセージいれとくから。サービスエリア辺りで、どうしても行ってすぐに記念撮影ってシチュエーション入れるから』


「……毎日、記念撮影しましょう……」


「お前馬鹿なの ? 諦めろよ」


 □□□


「ドッキリだなんて……」


 蓮とハランは先に聞いておいて胸を撫で下ろす。プライドの高い二人が、騙し撮られるなんてことは、絶対に良しとしない。

 だが、恵也あたりはネタになりそうだとも思ってワクワクを隠せない。


「確かに、ゲソ組は見てると面白いかもね」


『改めまして、YUKARIこと田中 ゆかりです。ゆかりって呼んでいただいて結構です』


 千歳と京介が蓮の車に乗ってすぐ、千歳に来た着信。

 真のシナリオライター YUKARI。元々は漫画家という経歴を持つ彼女だが、緻密な推理トリックを買われてアイテールにいながら不定期連載をしている。事実、謎解き系ゲームのシナリオに関わっている事の方が多い理系女史である。


 可愛らしい少女のような声と裏腹に、テキパキとしたとした頭の回転の早そうな喋り。ガードが堅いのか、それとも真面目なタイプなのか、賢さが滲み出るかのような話し方だ。


「こちらこそ、よろしくね。移動はどうしてるの ? 」


『皆さんの後ろをバイクで追走してますが、山道に入ったら距離を置きます』


 それを聴き、京介が振り返る。

 霧香達の乗ったワゴンと、他の車群に埋もれるように大型二輪がついてきている。フルフェイスヘルメットにピッタリとしたライダースーツ。黒い素材が太陽光で太ももをヌラリと怪しく反射させるが、体型のせいか子供が乗っている様に見えなくも無い。


「すげ ! かっけぇ ! 」


「バ、バイク大きいですね ! 重くないですか ? 」


 どう見ても彼女の身長には負担の大き過ぎる車体に見えるが、それをクリア出来なければ学校によっては免許を取得出来ないこともある。


『私、ウェイトリフティングやってたんで』


「へぇ〜 ! 」


 信号待ちに入り姿を消す。


「どこいった !!? 消えた !? 」


「横道行ったんじゃね ? 」


『ワゴンに近付き過ぎました。少し離れます』


「スパイ映画じゃん ! かっけぇ ! 」


 突然現れた小さな力持ちに京介のテンションは上がったままだ。樹里にしてもそうだが、京介は強烈な個性を持った女性が好みのようである。


「あががが、揺れる〜」


 千歳はアイライナーを握りながらメイクをしようと試みる。


「信号待ちとかで停まってからしろよ」


 蓮がハラハラしながらバックミラー越しに千歳の手元を伺う。


「あだ !! 目がーっ !! 」


「ほら見ろ」


『交通事故によるアイライナーの事故は思っている以上に多く、場合により眼球が傷付けば失明の可能性もあります。おすすめしません。また、眼球破裂の場合や鼻腔まで到達するほどの裂傷を起こす事例も多く、怪我が大きくなる程裁判で揉めやすいです。運転手側の過失となる事もありますから』


 通話の切れていなかったスピーカーモードのスマホから、現実的でグロい話が突然でてきた。

 Angel bless組、まさかの過去一のローテンション。

 千歳はスン……とアイライナーをしまう。


「うん……次のパーキングエリアで停ろうか。

 彩に連絡入れて。

 ゆ、ゆかりさん、一旦通話切るね」


『了解です。わたしは先に現地に行きます』


 □□□□□□□□□□


「……千歳さん、普段からメイクしてるんですか ? 」


 顔を合わせて第一声、ゲソ組が不信がる。


「あのね。えーと、南川さんから連絡が来て、着いたらすぐ記念撮影して欲しいんだって ! 」


「はぁ……。記念撮影ですかぁ。

 サイ、私はどうすればいいの ? 」


 衣装やメイクの話である。

 だが千歳の挙動がおかしい事に彩はすぐに疑問を持った。

 服は面白Tシャツにチノパン。

 顔だけすげ替えたように不釣合いなメイク。そもそも、あの福原という男がどうにもおかしいと思ったのだ。それは格好だ。

 あの厳しい南川が「我社のシナリオライターです」と同行させるのにアロハシャツのオッサンを送り出すだろうか ? スーツとまではいかずとも、添乗員という立ち位置程度の格好はしてくるのでは ? と考えたのだ。


「行ってすぐに撮影 ? 一旦荷物置いてからとかではなく? じゃあ、全員メイクが必要な人は車内で済ますんですか ? 」


「そ、そうらしいよ。蓮の時は俺が運転するよ」


 何も着いてから車内でメイクをしてもいいと思われるが、突拍子も無い要望過ぎて誰も思いつかない。そんなものかと受け入れてしまう。


「……そうですか。

 えーと、じゃあ衣装はいらない。そのままでいい。口紅の色だけハッキリした色に変えよう」


「分かった」


「んー ? どうして色を濃くするの ? 」


 聞いていた希星がじっと霧香のピンク色の唇を見つめる。


「写真だと淡い色はぼんやりしちゃうから。キリだけ撮るなら別だけど、多人数で風景を入れて撮ると綺麗に見えないから」


「へぇ〜」


「化粧品とか興味ある ? 」


「うん ! 僕もしてみたい ! 」


「じゃあ塗ってみる ? 」


 ここで二人の会話が交わらずに進行する。


「え !? いいの !? 」


「じゃあ、このツバキ色の口紅をお願い」


「 ??? これを塗ればいいの ? 肌とかに何か塗ってからじゃなくて ? 」


 そう言いながら、希星は不思議そうに自分の唇に塗る仕草をする。


「え……」


「あ。キリに塗るんじゃなくて、お化粧に興味があるんだ。自分でしてみたいなって」


「あぁ ! なるほど……」


 彩はふと時が止まる……ところを堪え、希星の主張を脳内にズボッと埋め込んでいく。何事も否定的になってはいけない。


「いいよ。けど、俺苦手だから化粧自体はいつも蓮がやってるんだ。言ってみようか。

 どういうのが好み ? 例えばさっきの千歳さんみたいに結構変わっちゃう感じとか……俺達のPVだとケイみたいに肌に何か描きたいとか。誰のメイクがイメージに近い ? 」


「キリ ! 」


 即答 !

 だが、突然言い出した化粧品の興味の話だ。ここまで来れば、希星の回答も彩は視野の内だった。


「って言ってもね、今のフワフワのキリだよ ? 歌う時もかっこよくて好きだけど、今の可愛い方のキリ」


「分かった。じゃあ……一旦みんなと相談してみようか」


「やっぱりダメかな ? 女性が二人になっちゃうと不味い ? 」


「いや、俺は寧ろ賛成だけど」


 そこへ缶コーヒーを片手に戻ってきた蓮と霧香が歩いてくる。側には福原もいる。大きな鞄を抱えて。恐らくカメラが入っているが、蓮は知っているからおかしな話題は出していないだろう。

 なんならリーダーの彩が撮影に気付いていないのだから、当然言ってしまう。

 バンドの方向性に大きく関わる希星の衣装ミーティング。


「蓮、いいか ? 」


「ん ? 」


「キラがメイクお願いしたいって」


「あー。着いてすぐ撮影だもんな。じゃあ今やっちゃおうか……でも、お前ならそのままでも十分じゃないの ? ファンデだけ軽く塗る ? 」


「あー、それが……女形おんながたで行きたいって」


「ダメ〜 ? 」


「「え !? マジで !? 」」


 霧香も蓮も驚きを隠せなかった。


「まぁ。かなり綺麗になるだろうな」


「そりゃそうだよ。今でさえこんな可愛いしね〜 !

 メイクはいいとして、衣装はどうするの ? わたしの着る ? 」


「あ、結構ガッツリやる感じ ? 」


 つまり、女性の様な綺麗目の男性で行きたいのか、完全に女装をしたいのかだ。ヴィジュアル系バンドの多くに、この女形は存在する。女性をターゲットにする男性グループの中で、一人女形がいれば華やかになり、コンセプトに合った女性を加入させることが出来る。擬似的な女性ではあるが、よく分からないエキストラや俳優をMVで出すより、コンセプトが崩れにくい。


 本来、彩がやりたかったバンドでもある。霧香を男装させようとしたのは、それに付随した考えであった。結局霧香が女性らし過ぎるという事で性別パフォーマンスはおじゃんになったが、それを希星が望んだわけである。


「僕がスカート履いたら変かな ? 」


「変では無いよ。多分、似合うと思うけど」


「自分でもね、なんて言ったらいいのかなぁ〜 ???

 こう、ね ? いつもと違う事がしたいんだ ! キリが衣装で、普段とギャップがあるみたいに ! 」


「あぁ、なるほど。変身願望か。

 俺達……てっきり……中身の性別とかが違うのかと」


 別段、否定的では無いが、突然カミングアウトされたのかと全員気を使ってしまった。だが、特に希星の性認識は男性であることは間違いはない様だ。


「ああ ! そういう多様性で戦ってる人もいいよね ! 一人で二種類感があるし個性的で好き ! 」


 しかし、誰よりも性別の認識にとらわれていないのは希星の方。


「悩みは多いのかなって思うけど、二面性的なの憧れる〜」


 しゃべり続ける希星を蓮が制止する。


「うん。その発言は……ちょっと難しい問題だから一旦置いておこうか」


 側に福原がいるということは、これも撮影されているはずだ盗撮まがいの方法で。

 これらの問題を議論するのはとても難しい。当事者からすれば不愉快な発言と捉えられることもある。特に公共の場での発言は、残念ながらまだまだ炎上の元になりかねないのが現状だ。


「僕はただ、キリのギャップ萌えみたいなのがしてみたいんだー。でも、顔は童顔だし、背も一番低いしさー」


 童顔も何も完全に子供である。

 霧香がニヨニヨしながら希星を撫で回す。


「それが可愛いのにぃ〜。でも女装も絶対似合うよねぇ」


 この二人は基本的に距離感が近くスキンシップも多いが、希星に下心が無い為か誰も警戒しないし注意もしない。見て和む、までがワンセット。


「まぁ。確実に可愛くなると思うけど……」


 しかし蓮は希星を眺めながら悩み込む。


「でも……今の可愛さを消しちゃうの勿体なくない ? 俺ら全員成人だし。キラの需要ってあるよな ? 」


「「うーん。確かに」」


 話は一旦纏まりかけたが、今の希星の存在も重要な要素がある。


 そこへ恵也とハランが合流する。パーキング横の芝生の東屋あづまやの中で始まる議論。


「やるなら最初からだよな ? あとから急に女装路線に行きにくくない ? 最初からやるなら別にいいんじゃね ? 」


 恵也は賛成。


「でも、まだまだ成長途中だろ ? もしかしたらこの中で一番身長も伸びるかもしれないし、筋肉質になるかもしれないし、声変わりでバリトンボイスになっても同じ意見言える ? 」


 ハランは反対。


「ネットでアンケ取ってみる ? 」


「絶対みんな面白がって賛成するに決まってんじゃん ! 恵也、無責任な決め方するなよ……」


「わたしたち、すっぴんでお部屋紹介動画とか撮ったけど、あーゆー時はどうするの ? 」


 纏まらない。


 そこへ千歳と京介が戻ってきた。


「トイレすげぇ混んでた。女子トイレなんか行列店かよって」


「どうしたの ? なんかあった ? 」


「いや、実は……」


 事情を聞いた千歳が納得したように笑った。


「分かる ! 俺はまた違う悩みだったけど、素で出たくないんだよなぁ。だって皆んなが自分を観るんだよ ? 」


 千歳の言葉に京介が怪訝な顔をする。


「お前の場合は顔がしょっぱいから、また別の悩みだろ ? 」


「しょっぱいって言うな」


 千歳は希星の前に座ると、横髪を上げ耳を見、そして手を取りジッと見る。


「うんうん。

 簡単だよ ! ギャップなんて。希星なら、その可愛らしさを中性的に持ってきゃいいんだよ」


「中性的……。ハランみたいな ? 今も十分中性的じゃん」


「ハランもそう言われてるけど、男性だっていう見分けはつくだろ ?

 そうじゃなくて、女性なのか男性なのかすら見分けがつかないって所まで攻めるんだ」


「なるほど」


 彩が納得するように頷く。


「仮面やフードで顔をやや隠して、そう言われて来たアーティストは確かに多いし人気がある。

 顔を出しても全く性別が不明だとしたら……」


「そう。そんな芸当が出来るのは、余程整ってる上に、溶け込む場所も限定的なんだ。

 霧香さんの『女性だけど倒錯的』な衣装と、元々中性的なハラン。ガッツリ筋肉質の恵也、無色透明みたいな彩とイケメン枠の蓮。

 そこに希星を入れて一緒に並んだら、見てる方は正直、希星が男か女かなんか分かんないよ。

 喉仏も見えないし、手元はシンセサイザーの場合、そこまで映らない。顔の骨格も男性にしては小柄でパーツが小さいしな」


「いいかも !! じゃあ、僕は服もさ ! なんかよくわかんないの着る ! 」


「よく分かんないってなんだ ? 」


「無性別なやつ ! 」


 つまり衣装は常にユニセックスなものをチョイスするという事だ。男女兼用のもの。若しくは『女性かな ? 』という衣装で撮った次の曲では『男性 ??? 』と思わせる服の選び方をしていくと言うことだ。


 そこで彩がガバッと顔を上げて希星の手を取る。


「ここ、衣料量販店がテナントであったよな ? 今から買ってくる。

 行くぞキラ ! 」


「はーーい ! 」


 二人、猛ダッシュで駆けて行く。


「行動早……」


「あいつ……服の事になると」


 呆れるメンバーの中、霧香が少し楽しそうに手を合わせる。


「うふ。ほんとだね〜。でも今でも十分、喋らないと男の子か分かんないくらいだもん。凄い天使並に神聖なモノになりそう」


「老いた俺には羨ましいよ〜」


 千歳が朽ちかけた木のテーブルに頬杖をついて、走っていった二人を眺める。


「いや、京介さん……ぜってぇ学生時代からモテてたでしょ ? 」


「いや、だからそこがピークだよ。蓮とハラン加入後は俺空気だしさー」


「ぎゃははは、確かにそう ! 」


「千歳さんも京介さんも、大人になって落ち着いただけなのでは ? 凄くお兄さんぽいですし」


「ありがとう霧香さん」


「俺、落ち着いてるように見える〜 ? 」


「アイテールでわたしを助けてくださったじゃないですか」


「ありゃ売られた喧嘩買っただけ。霧ちゃん、マジで素直だねー」


 盛り上がる霧香、恵也、京介、千歳の背後に福原。

 撮影を認知している蓮の車内組は、内心ドキドキとしている。

 蓮とハランが少し離れたところに福原を寄せ話す。


(こういう……演出的なものまで公開はちょっと……)


(ひゃひゃ……カットは出来ますから……)


(なら……いいですけど……)


(こんな客を惑わす相談の中身、見せられないよ。光の速さで性別バレするじゃんね)


(散々ピアノでステージ上がってたし、隠せるわけは無いだろ。あくまでパフォーマンスだろ)


(んな事言ったら、俺らアーティストじゃなくてパフォーマーじゃん……)


(わたしもあの希星君がどんな感じになるのか興味がありますし、うひゃ、協力しますよ。勿論、くくっ、公言もしません)


(良い奴じゃん福原ぁ)


(福原何歳 ? )


 この後、福原はAngel bless組に相当絡まれる事となる。


(そのキモイ笑いって、キャラ ? )


(はい、ヒヒヒ。わたし、古民家居酒屋で怪談師の弟子をしておりまして)


(あ、じゃあテレビで観る漫才師とかああいうのでは無く ? )


(ええ。YouTubeなんかで心霊体験なんかを募集したり、古民家の方で限定ライブに出演させていただいたり。

 今回はこのキャラと、機材が使えることが募集の前提だったのでお声掛けしてくださって)


(へぇ〜。あ、じゃあ今日行く保養所なんかドンと来いって感じですか ? )


(いや、正直に言うと震えてます。お化け屋敷とか自分が体験するのは苦手でして……)


(……大変ですね……)


 □□□□


「さあ、皆さん。ここを登ったら到着ですよぉ。うひゃひゃ」


「「「「…………」」」」


 予想以上に木々が生い茂る山道。

 舗装も無く、砂利道をひたすらガタゴトと進む。


「ひゃーーー皆さんーー !!!!」


「な、なんすか !! 」


 福原の雄叫びに全員、真っ青な顔で福原を見る。


「この清流 !! ここが川遊びポイントですわぁ。綺麗な水でしょぉ ? 」


「あー……へ、へぇ〜」


 真っ暗な山の中、鬱蒼とした浅瀬の河原が姿を現す。だがどう見ても人が遊ぶ様な雰囲気では無い。

 岩は苔むし、倒木が横に積み上がり、木々の隙間から差し込む陽の光だけがスポットライトのように一部だけを照らす。

 神聖な自然の景色ではあるが、自分が遊ぶと言うより、熊や鹿が水を飲みに来ていると言う方が余程簡単に想像出来る。


 車は更に進み、杉林から突然開けた場所に出る。


「うひゃ ! 着きました ! ここです」


「「「「おー……」」」」


 何も言葉は出ない。

 パンフレット通り……いや、買い取ってパンフレットを制作した頃より更に老朽化しているように見える。


 南側から坂を登ってきた霧香達から見て、正面に旅館。

 赤い屋根の四階建て。何故か正面玄関は東向きで、ここから見える旅館の側面には非常階段がある。螺旋階段で、錆ではなくどうも焼けた跡のようだ。

『旅館 ふじや』とだけ屋根の隅に看板がある。


 そして旅館と向き合うようにして建っている、手入れのされてない日本庭園の中、厳かな造りであっただろう戸板が剥がれ野ざらしになった御堂。その裏には古墓がいくつもあった。


(き、気持ち悪っ ! )


 彩が荷物を下ろしながらたじろぐ。


「さあ、蓮さんの車も来ましたね。

 じゃあ、記念撮影しましょう ! 」


「早っ」


 蓮達も適当なところに車を停めると、皆眉間に眉を寄せて旅館を見上げている。


「外観やば」


「本当に中は大丈夫か ? 」


「寺に行かなくても音出し出来るだろこんな山奥」


 福原がバッグからカメラを何台か取り出す。


「折角ですからね。うひゃ、趣味なんですカメラ。特にこのポラロイドで撮ると現実感があって味があるんです。あとはインスタントカメラもレトロでいいですよねぇ」


「んじゃ、まぁ。チャチャッと撮って、演奏始めようぜ」


「俺らミーティングからだから、蓮とハラン借りたいんだけど」


「分かった。じゃあ、用意終わったらウロウロしてる」


「そういえば、希星はどうなった ? 」


 蓮の車にいた全員が振り返り、ウキウキと希星を見る。


「おぉ〜」


 思わず声が漏れる。


 服は無難に白いシャツ。性別の判る肝心なボタンの掛け位置はど真ん中。下は黒いスキニーに質感の違う黒のストールを重ね、半分がスカートのようにも見えなくもない。

 自信に満ちた希星の表情は、確実に自身の美を認識しているが、それでも鼻につく傲慢さが無い為、全員可愛らしさにほだされてしまう。


「元を知ってるから変化がないように見えるけど」


「いやいや、急にポンッとでてきたら分かんねぇよ。左側ヒラヒラしてるけど右から見えるのはズボンだし」


「んぁぁぁ〜キラ可愛い〜 ! 」


 予想以上の希星の仕上がりに全員イイネである。


「キリもいつも可愛いよ ! 」


「あ、それハランの常套句 ! 」


「んふふ〜。わたしキラに言われた方が嬉しい ! 」


「それ、俺ショック ! 」


 ハランはやましいが、希星はやましくない。


「じゃあ、写真撮りマース」


 福原がカメラを構える。


 カシャ

 カシャ


 デジカメ、スマホ、インスタントカメラと意味もなく何枚も福原に言われるまま撮られていく。


「うひゃひゃ。okでーす。どうぞ、人数分撮りましたから、ポラロイドはすぐ出ますよ。ひゃひゃ、人数分撮りましたから差し上げます」


 福原の差し出す写真にダッシュで受け取りに行く希星。


「やったー ! 欲しい ! 福原さんありがとう ! 」


 大人全員思う。

 希星の素直さがうらやましい。ここは確かに喜ぶべきである。

 だが写っているものは期待出来ない、大人の冷めた想像。自分たちは廃旅館の前で記念撮影するイカれた団体である。


「はぁ、どうも」


「あ、ありがとう」


 各々、ポラロイドを受け取る。


 そこであんなに喜んでいた希星から悲鳴が上がる。


「ひゃぁぁぁっ !! 無理無理無理無理無理無理 !! 誰か受け取ってこれ !! 」


 パニックになりながら、ポラロイドを指で摘むようにして周囲に向ける。

 さっきまであんなに欲しがっていた希星が、まるで害虫を見るかのように取り乱している。

 一番近くにいた恵也が、希星の写真を見る。笑顔で映る集合写真の中の自分たち。その……日本庭園の奥地に何かが写りこんでいる。

 赤い着物を来た小さなおかっぱヘアの女の子が、ジッとこちらを見て立っていた。


「うわうわうわっ !! 何がセットだよ !! ここ絶対出るじゃん !! 写ってんじゃん」


 完全に心霊写真だと信用しきったゲソ組。

 天使組はすぐに気付いた。

 服装こそ違えど、ボブヘアーに小柄な体型。この幽霊役はゆかりだと。

 先回りして着替えていたんだろう。


「僕、もうヤダ〜帰りたい〜」


「きんもちわりぃ〜」


「こういうのって人に憑いたりするのか ? 」


 パニックに陥るゲソ組の中、唯一冷静なのが紅一点の霧香という残念な状況だ。


「霊なんてどこにでもいるでしょ ? 吸血鬼わたしがいるんだから、人魂の方が余程自然よ」


 確かにヴァンパイアが居る事実と幽霊が出る旅館を比べたら、まず誰もが幽霊の存在を信じるだろう。

 しかし撮影の絵面的にはここはひとつ、霧香には、か弱く「怖いよ〜やだ〜」のリアクション一つくらい欲しかったのだが、そうはならなかった。DevilがGhostに怯える事など無いのだから仕方がない。


「さ、福原さん。中に入りましょう。案内お願いします」


「……あひゃ……かしこまりましたぁ……霧香さん、気丈な方ですねぇ」


「え ? いえ。だって死んだら必ず魂は抜ける訳ですし」


 霧香が人外とは知らない福原も、遠隔で聴いていたゆかりも霧香はオカルトにクレイジーだなと判断する。きっともっと大きな仕掛けがないとドッキリしないだろうと頭を抱えた。

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