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第31話 鬱金色

 八月一日。

 日付が変わったばかりの夜更け。


 一匹の黒猫と武器を持った男が霧香の寝室を目指す。


「く、暗くて目が慣れねぇ」


『気配を消せ。闇と同化するんだ』


「ってか、本当に大丈夫かよっ」


『お前は目にも気配にも攻撃心が出過ぎる。どこを狙ってるか見抜けるし、いつ襲いかかって来るかタイミングも分かりやすい』


 スポンジ棒を持った恵也は口を尖らせる。


 二階に上がり左廊下に歩くとすぐに見える霧香の部屋。

 ソッとドアノブに手をかけ、回し……覗き込む。


『よし ! 行け ! 』


(待て待て待て待て待て待て待て待て待て !! )


 今日の早朝、アイテールの用意したお化け屋敷保養所に出発する。用意された旅行カバンの山の先、ベッドに腰を掛ける者の姿があった。


(誰かいる ! )


((はぁ !? ))


 カーテンの隙間から少しの月明かり。

 写し出された横顔は蓮だった。

 無防備に寝息を立てる霧香を見つめたまま、何をするでもなく。


(戻っ、戻ろ ! )


((にゃ……ふぐ〜 ! 一発でもいいから当てに行くんだ ! ))


(だめだめだめ !! )


 蓮は血成飲料に似たボトルに口をつけると、寝ている霧香にそっと流し込む様に口付ける。


(戻って戻って ! )


(ぬぅにゃぁ〜………一撃でも練習〜)


(なんでお前猫になるとIQ半分になるんだよ ! )


 □□□


 霧香は悪夢をみていた。


 それは今から遠くない過去の事。

 神の雷で羽を焼かれたリヴァイエルは一人、地獄の熱砂の荒野を歩く。

 純白のローブは引き裂かれ、それを何とか結び、着続ける。

 熱風は空を飛ぶ悪魔の羽根も皮膚も溶かし、ただの骸達の灰と砂を巻き上げる。

 骸の鳥達は地獄に堕ちた者を最初に喰らう連中だ。


 ここに残れば熱砂に焼かれ、熱に耐えかね下層に堕ちたらひたすら責め苦は行く所まで……。それが地獄。


 その時、一筋の青い光が足元を照らす。

 水だ。どこからともなく流れて来た水が足元に貯まる。

 リヴァイエルはその水を伝い、方向も分からず歩き出す。


 やがてその水は毒の川に行き着き、水面から人では無い少女がこちらを見ている事に気付く。


「あなた、水の加護がある。でもその身体じゃこの先で暮らすのは無理だわ」


 そう言うと、少女は立ち上がり姿を現す。

 色白でハチミツ色の髪に綺麗な顔をした少女。しかし、その半分……足は鳥のように三本の大きな爪が有り、膝も関節が逆に付いている。

 悪魔 セイレーン。人間界の海と地獄を行き来する数少ない水辺の悪魔である。


「なら……なら、わたしは……どこへ行けばいいの……」


 疲労困憊のリヴァイエルはその場でしゃがみこんでしまった。

 堕天したとはいえ、身体は天使のまま。

 地獄の毒水の中で生きて行くには身体構造が違い過ぎる。


「別な所へ。ここにいては私達も狙われる。関わらないで」


 そう言い残すと少女は水中に姿を消した。


「待って …… !! ……誰か……誰か、助けて…… ! 」


 喉が灼ける。

 うずくまり、どのくらいそうしていたか。

 もう一歩も踏み出せない所まで来た時、朦朧とした意識の中、何か馬の様な獣の引き車に乗せられいることに気付く。どのくらいの時間が経っていたのか分からないが、中には食料と水が積まれ、自分にも与えられていることに気付く。

 見上げると、その獣に跨る男はまるで熾天使のような美しさと、王性を感じさせる凛々しい風貌の騎士であった。

 何となく安心して、そのまま目を閉じガタガタ揺れる木箱の中、敷いてあった毛布を手繰り寄せ再び瞳を閉じた。


 □


「…………」


「大丈夫か ? 」


「蓮……」


 目を覚ますと、まだ暗い部屋の中。

 枕元に座り込む蓮がそばにいることに、霧香は少しホッとしてもう一度目を閉じた。


「夢を見るの……。統括に拾われたあの日……ずっとずっと地獄を彷徨い歩いた時の夢」


「ヴァンパイアになった時、悪魔に変態するのに時間がかかったから……。後遺症なのかもな。でも次第に忘れるさ」


 頬を撫でる蓮の手を両手で握ると、その温かみを確認するように擦り付き甘える。


「朝まで手、握ってて」


 霧香の縋るように見上げる赤い瞳に、蓮は……ごく一般的な……自分が答えるべき返事を返す。


「明日、朝早いから皆もすぐ起きる。

 寝付くまでは、いてやるから血成飲料を摂って。目の色も変わってる」


「うん」


 霧香は封の開いた小瓶を受け取ると 、残りの飲料を飲み干していく。


「そのくらい飲んでおけば、悪夢は見ない」


「うん。……おやすみなさい蓮」


「……おやすみ…………」


 □□□□


 蓮が霧香を寝かし付け、小瓶をキッチンに片付けに来ると、リビングで恵也が珈琲を飲んでいた。


「ここにいたのか。さっきは気をつかわせたな」


 つまり恵也が来ていたのは気付いていたという事だ。それに対して、恵也の方がドキドキとしてしまう。


「あ、いや。シャドウとさ。キリの方が強いって話にって。ほんで寝首を搔けるかって……スポンジ棒だよ ? スポンジ ! 」


「ふふ、分かってるよ。余った珈琲貰うぜ」


 いつもより力無く笑う蓮に、恵也も黙っていられない。


「おう。ご、ご自由に」


 珈琲カップに付く蓮の唇を見て、すぐ目を逸らす。

 何か理由があるにしても、口移しで何かを飲ませるなんて、と。少なくとも、恵也にとって友人にするような行為には括れない部類にカテゴライズされる。

 しかし、知らない世界から来た二人だ。自分の知らない風習もあるかもしれない。

 ぐるぐると頭を回る理性と本能、好奇心。


「あ、あのさ」


 沈黙に耐え切れず、恵也が負ける。


「ん ? 」


「いや、ずっと聞こうと思ってたんだけどさ。

 違うよ ? 違うよ ? 俺、キリの護衛だからさ !

 その……キリとはどこまでの関係なのかなって。

 違うよ !! あくまでキリを守る、そのぉ、ボーダーとか ? そういうの知りたいし ? 」


「あんなの見られちゃ、当然の質問だよな」


 蓮はふと真顔になると、溜息をついて天井を見上げる。


「ん〜。関係か。

 普通さ。知り合い、友達、親友、恋人って段階があるじゃん ?

 でも俺は多分、知り合いレベルだよ」


 恵也が何かツッコミたそうにするが、落ち着いて蓮の次の言葉を待つ。


「もしさ。俺が恋人になったら……処刑されるのを覚悟の上で恋愛することになるかな。だって俺の家系に水の魔法という優秀な武器が入ることになるからな。地獄で今、霧香を自分のモノにするって言うのは『欲しいなら、俺を倒して奪ってね』って事になる。当然、一人の問題じゃなくなる」


「家族はキリを手にしてラッキー、とはならないの ?

 てかさ。いやいやいや。気が早いぜ。結婚は別じゃん ?

 自由に恋愛するなら……家柄なんか別だろ ? もっと先の話じゃん 」


 蓮はなんとも弱々しく笑うと、テーブルの天板をジッと見つめる。


「あー……家族にバレたら、それこそ目の色変えて縁談を急ごうとするだろうし、かと言って統括にバレたら処刑まである」


「前から思ってたけど、その統括者って……人間界で活動するヴァンパイアを監視する人なの ? 」


「いや。厳密的には、ヴァンパイアの領土で一番権力を持った奴だよ。所謂、政治家……いや王政に近いかな」


「でも嘘つけばバレないだろ ? 一国民の恋愛情報まで口出すってどうなんだソレ」


 蓮は恵也を真っ直ぐ見つめると、どうぞ笑えとばかりに唇を歪ませて椅子に凭れる。


「ヴァンパイア領土 王政区、七人の王家の中で黒い百合の紋章が目印。政治を司るローレック王家の長男。

 領土統括。名は、ディー · ニグルム。

 ……俺の兄だ」


「兄貴 !!!? はぁぁぁっ !? 」


「兄は霧香のヴァンパイア化に同意はしたが、当たり障りなくやり過ごしたいだけだ。上手く霧香を保護する事で地獄で火種を作らず、そして他の国への牽制にもなる」


「えぇ〜 ? 困惑なんだけど。レンレンも王家の奴って事 ? あれ〜でもなんか納得してる自分もいる〜」


 つまり、蓮がいまいち踏み切れないのは家柄と悪魔たちとの立場上の問題だという事だ。


「ヴァンパイアも人間界に出入りする悪魔だから、割と極悪な大悪魔より天界に近い場所に住んでるんだよ。霧香を地獄の上澄みに置いておくのは当然だし、それでも特攻してくる奴がいないように人間界に霧香を締め出したって訳」


「いいや ! 違う ! 違うぜ !! なんの説明にもなってねぇよ。

 おめぇはどうなんだよ !! その気持ち、墓まで持っていけんのかよ ! 不死身のくせに何年プラトニックラブすんだよ !! 見てるこっちが歯がゆいぜ !!

 人間界にいるんだから、人間界のルールに従えよ」


「ルールねぇ」


「はぁ〜……。マジかよ。もう、なんか人間になりすまして失踪しちゃえば ? 駆け落ちとか。いや、メンバーとしては困るけど」


「世の中恋愛が全てじゃないしさ。別にこのままでもいいかなって思うよ。想いを伝えた所で、今と何も変わんないさ。

 だいたい、霧香がどう思ってるか……。

 あいつは今、視野が狭いから。これから色んな男共と出会ったら好きな奴も出来るだろうしさ」


 これだ。

 意に反した言葉をいつも言う。この悪癖をそろそろメンバー全員、把握してきている。


 恵也は一度珈琲を口に含み、気持ちを切り替える。

 外野が何を言っても仕方がない。

 蓮はこう言ってはいるが、さっきの情景を見る限り、気持ちを抑え込めるほどストイックでは無いと判断する。


「ま、俺が口出すことじゃねぇか。

 でもさぁ。せめて俺が生きてる内には想いを伝えろよぉ。気になって死にきれねぇから。ほんで、こっそり結婚しろ。なんなら、失恋でもいい。未完のまま死んじゃう漫画家状態。分かる ? 」


 蓮は一言。

 恵也に苦笑いをしながら「心配あんがと」と言う。


「そろそろ日が昇るな。

 ロイさん、キラが初めて外泊すんのにすげぇ心配してたな」


「あの人心配性だよな。ざっくばらんなハランと真逆に」


 結局、二人は皆が朝食に来るまでリビングで談笑していた。


 □□□□□


「責任を持って御預かりいたします」


 午前六時。

 李病院の駐車場で希星を拾う。

 彩がロイに頭を下げる側、完全に他人事感を出すハランと浮かれた希星。その目の前に不安そうなロイ。


「ちゃんと帰って来るんだよ」


「はーい。

 あ ! レンレン、僕のシンセサイザーお願い ! 」


「身体に気をつけて」


 ハランが呟く。


「今生の別れかよ……。ただの旅行だよ」


 ロイは名残惜しそうに希星を眺める。

 その横には中年ではあるが、俗に言う美魔女級の女性がハンカチを片手に立っている。ロイの妻である。


「ちゃんとご飯食べるのよぉ。あなた、心配だわ ! 」


「食事はちゃんと出るし、こーゆーのも勉強だからさ……」


 似た者夫婦なようである。

 ハランが引きつった顔で、恥ずかしそうに両親を突っぱねる。


「あ ! キリ ! おはよう ! 」


「おはよ ! 楽しみだね ! 」


「うん ! 」


「さ、寂しくなる……女性と、こんな親しく……」


「大丈夫だよ、お母さん。キリはお姉ちゃんみたいなもんだもん ! 」


 その様子を見た蓮が恵也に話す。


「へぇ ? もうお父さんお母さん呼びなんだ。凄い人懐こいって言うか……割と早く馴染んだな」


「人懐こいのはあるかもだけど、本人も気ぃ使ってんじゃね ? 」


 希星は恵也を見つけると手を振って寄ってきた。


「あー ! ケイ、こないだのゲーセンで新しいキャラのぬいぐるみが出たんだって ! 取って ? 」


「おう、任せろ ! 」


 そして意外にも、恵也に懐いている。ドライなハランより余程面倒見はいいが、恵也である。ただただ希星によっこいしょされ、上手く兄貴面をさせ、甘えさせられている。


「ちょっとケイ ! ゲームセンターとか、連れてくのやめてよ ! 」


「いや、中学生だろ ? 行くよなぁ ? 」


「大丈夫だよキリ。ケイの奢りだしね」


 これである。

 甘やかされ上手と言うか、なんとも自分の可愛さを武器に周囲の大人を手玉に取っている。天性の人たらし。


「しっかりしてんな」


 蓮が面白いモノを見るように観察する。


「レンレンも今日はよろしくね ! 」


「あ、ああ。単独行動とかしないようにな」


 なんだかんだで、蓮も希星には流されてしまう。何より恵也が呼んでいたレンレン呼びが定着しそうで嫌なのだが、希星に呼ばれる分には悪い気がしないのである。


「キラって、スマホ持ってますか ? 」


 彩がロイに確認する。


「いえ、持たせるか今家族会議中で。時代が時代だしねぇ。俺達は賛成なんだけど、施設長が反対でね」


「あの人、凄く厳しいんですよね」


「深浦さんもあの方でしたの ? 」


「はい。昔気質ですがいい人でした。寮母は別にいるんですけど、そっちは凄く面倒な人でしたね……早くにここに来られたのはとても良かったと個人的には思います」


 彩は希星に対し、平静を装ってはいるが……


「旅行中、連絡が取れないと不便だと思うので、俺のスマホをキラに貸しときます」


 やっぱり甘かった。


「え ? じゃあ深浦さんは…… ? 」


「俺はもう一つあるので」


 それは仕事用だが……友人から連絡が来ることは無い。希星に渡したスマホの方がほぼ初期設定状態である。


「まぁ。ありがとうございます ! 」


「番号がこちらですね。何かありましたら……声が聞きたくなったらいつでも……」


 ハランが苦笑いでやり取りを見守る。そして「両親どちらかのスマホを持たせればいいのに」と思っているが、敢えて言わない。


「僕、キリとケイと乗りたい ! 」


 希星の言葉に、一人の男性がワゴンから降りて来て挨拶する。


「じゃあ、ワゴンにモノクロが乗りますか ? 」


 アイテールのシナリオライター 福原 志玄しげん。南川と同じくらいの年頃で、アロハシャツにハーフパンツと言う、ガッツリレジャー気分の男である。

 厳密に言えばシナリオライターは他二名ほど制作に関わるが、今回は福原が同行することになった。太い黒縁メガネが印象的な男で、見ようによってはお笑い芸人のような愛嬌さがある。


「じゃあ、俺もそっちに……」


 霧香に釣られて乗り込もうとするハランを蓮が呼び止める。


「お前はAngel blessでこっちだよ」


「お前の車かよ。むさ苦しいなぁ」


「たかだか移動だけだろ。そもそも車の免許くらい取っておけよ」


「やだよ。車検とかタイヤとかガソリン代とか……デメリットしかない」


「俺は女を歩かせたくないの」


「どんだけ田舎に住んでんだよ。バスも鉄道もあるし、タクればいいじゃん」


「雨の日とか移動が面倒」


「いいや、目の前まで送ってくれるタクシーの方が神だね」


「暗に車認めてんじゃないかよ……」


 その様子を福原が眺める。


「うひょひょ。あれはあれで二人共面白いですね」


「あ〜。あの二人は……まぁ喧嘩するほど仲が……いいかな ? いい ? いや、普通 ? 」


「うひょひょ。楽しみだなぁ」


 背後ではワゴンに乗り込んだ霧香の膝の上に希星が乗っている。二人共笑顔だが考えてる事は同じだ。

「変わった笑い方するな……」と。


「それじゃ、出発するよ〜」


 李夫婦が通路から下がり、ようやく出発となる。福原の言葉に希星はお喋りに夢中のようで、全く耳に入っていない。霧香の膝に乗ったままキャピキャピと話す希星に福原が戸惑う。


「でー、その時ケイが『だぁぁぁ ! 』って叫んだんだ ! 」


「何それアハハハ」


 希星は人一倍小柄だ。今までの環境のせいもあってか、中学生としてもまだまだ良くも悪くも可愛らしい子供だった。

 恵也と福原はどうしたもんかと思いながらも、微笑ましく眺めるだけ。

 そこに挨拶を終えた彩が最後に乗り込み、ワゴンのドアを閉める。


「ほら、シートベルト締めて。そんな乗り方出来ないだろ。

 千歳さんと京介さん待たせてるから早く」


 霧香と希星、それぞれ素直に従う。


「ひゃひゃ。リーダーはしっかりしてんね」


「あー……まぁ女性がいなければ」


「女性 ? 」


「こいつ女性が苦手で。蕁麻疹しょっちゅうですよ」


「うひゃひゃ ! 詳しく聞こうか ! 」


 ワゴンに彩、希星、恵也、霧香、運転手に福原。

 蓮の乗用車に、ハラン。合流したら京介、千歳が乗る。


 いよいよ、お化け屋敷こと、アイテールの保養所へ出発である。


 □□□


「おかしいと思わない ? 」


 二人きりになった車内で蓮が切り出す。


「何が ? 」


「福原って奴だよ。そもそもシナリオライターが同行するなんて聞いた事ある ? 」


「まぁ、まず無いね。余程特殊な職業をモチーフにするなら分かるけど。スタジオだって家にあるのにわざわざここに誘導された意味とは……って事だろ ? 」


「ああ」


 ハランは流れて行く街並みを観ながら考える。


「防犯上、心配なのは霧ちゃんとキラか。

 スパイや敵対バンド絡みだと、彩と霧ちゃんかな」


 福原一人でどうこうと危険はないと思われるが、一応と念を置く。

 南川の部下だ。大丈夫だろうが。


「千歳と京介にも、それとなく気をつけるように言いたいとこれではあるけど……」


「うん。まず京介は喧嘩っ早いからなぁ。千歳は「じゃあずっと皆で一緒に居ようよ ! 」とか言いそう」


 千歳は家電量販店に就職してから、人が変わったように所帯染みてしまった。

 かつては血糊衣装の一番似合うヴィジュアル男性と言われたが、今ではハチマキとメガホンが一番似合う通販系男子である。蓮とハランは嘆いている。


「案外「嘘発見器持っていくよ。動画撮ろうよ」とか的外れな事も考えられる」


「「これだから動画配信者は……」」


 蓮は話が途切れ、信号待ちの間ふと出発時の事を思い出す。


「ロイさんって結婚してたんだな。綺麗なお袋さんじゃん」


「別に俺の親じゃないしさ。ホントマジで他人だから」


「お袋さんも天使 ? 」


「そう。智天使の部下の補助ってくらい下位の天使」


 名前も無いほど下位の天使は存在する。皆が輝ける者では無いのだ。


「韓国にいた時は同居してたんだろ ? 」


「あ〜。少しの期間だけ。

 一応、医療免許持ってんだよ俺」


「はぁ ? 知らなかったんですけど ? 公表しろよ ! バンドでそれってかなり好感度ポイントじゃん」


「経緯とか聞かれたくないし。お前も美容免許はガチだろ ? 」


「美容院は重労働だしなぁ。

 でも楽器屋だってお前しょっちゅうフルタイムでシフト入れてるんだし、医者やりゃいいじゃん。ロイさんとこで非常勤とかでさぁ」


「ロイさんが医者だから、それを名目に日本に逃げて来て……誤魔化したんだよ」


 ハランの発言に蓮は何もピンと来ていない。一体なんだと言うのか。


「誤魔化した ? 何を ? 」


「……兵役。身分証、ガッツリ韓国人で作ったから免除対象じゃないし」


「…………成程」


「そもそも人間の戦争も、歴史も、天使は関われないし、戦争の用意なら尚更。だから日本に来て大学通って、それから身分証の作り替えしたから……お前より長いぜ人間界。ここだけの話、人間界の単位でも自分の歳言えねぇ」


 Angel blessに加入したのが十八だったとして、そこから大学生活四年分以上加算されるわけだ。


「……身分証偽装とか、兵役誤魔化すとか……………。

 これ俺たち人外じゃなかったら、アウトな事満載の会話だな」


「仕方ないさ。

 そういえば霧ちゃんは結局、身分証二十歳になったんだって ? 」


「顔が童顔だからな。それにあとから大学に行きたいなんて言われた時、しばらく安心だし」


「今は中年老年で大学行くやついっぱいいるけど」


「霧香よりキラだな。問題は」


「それな」


 そう。この合宿で大人に混じり、未成年でまだ生活の基盤も仕上がっていない希星を、彩が一番初めに懸念していたことから始まった話だ。


 □□


 ロイの家に引き取られてすぐの頃。


「楽器家にあったしね ! 夏休みだからシンセサイザー持って遊びに来た ! 」


 希星が正式に転校手続きも済ませ、夏休みに入るとほぼ毎日屋敷に通っていた。


「ハラン、宿題教えて」


 正直、希星の学力は壊滅的だった。

 だが、転校先も事情は把握している。高校受験を一先ずのゴールとして、様子を見ながら進めましょうという事だ。


 最初はそんな様子だったが、元々ピアノでは無敵状態の希星である。彩の作曲作業を見ると、クラシックをベースにしたゴシック・ロック、ゴシック・パンクは目覚しく的確なアドバイスを口にする。


 さらには外界の遊びに触れて来なかった希星はすぐに娯楽遊戯施設にハマった。出掛けに話していたように、恵也とはゲームセンター、スポーツ施設、霧香とはカラオケ、蓮にはギターを習い、シャドウにはお菓子作りを習い……ほぼモノクロームスカイのメンバーで生活が構成されている。


 ある朝、食卓を囲んで彩が真剣に話し始めた。


「俺さ。今楽しいのはいいけど、あいつが初めての学校に二学期から行った時、学校がつまんないものにならなければいいなって。

 この屋敷は常に誰かいるし、親に心配かけるからと言いつつここにこられたら、本人の為にならない」


 逃げる場所が出来てしまうという心配、責任。


「保健室登校みたいな ?

 でもさぁ、そーゆーのって人によらね ? 陽キャ全開じゃんあいつ。心配しすぎ」


「人は分からないさ。案外、内弁慶かもしれないだろ」


「無い無い。顔も人形みてぇだし。ほら、よくラブコメ映画でいるだろ。超ブスに異様に優しいイケメン転校生。あいつそーゆータイプだぜ絶対」


「またケイは一括りに人を判断して」


 しかし学生の生活は、大人の予想が付かないほど複雑な世界である。小さな箱庭で行われる子供の社会は、時に残酷である。


「じゃあさ。学校の話とか少し出して……不安そうにしてたら、フォローしていく感じでいいんじゃないか ? 」


「本人がどう心構えしてるかだよな」


「楽しみにしてても、行ってみたら、期待と違ったとか……。一番心配なのは、イジメなんかに合わなけりゃいいけどって」


「サイってどうしてマイナスに考えるんだ ? 」


「だって分かんないじゃん。キリは学校とか知らないし、蓮とハランは参考にならないじゃん。想像つく」


 蓮は美容学校だけだが、ハランに関してはその頃から想像通り女の子を背負っていた。


「ケースバイケース、臨機応変。それでいいじゃない」


「ハランはもう少し心配しなよ、弟なんだから」


 そんなこんなでメンバー全員、相当年下の希星に対しての対応をよく考えるようになった。


 更には加入に関してだ。


『新規メンバーですか ? おめでとうございます』


「いえ、それで……アイテールさんの方では、モノクロが六人になりますが……大丈夫でしょうか ? 」


『んー今から六人かァ』


 突然増えたメンバーに、五人ユニットだと思っていた南川は難しい様子で言葉をつまらせる。


『彼は今回の楽曲に演奏で参加するんです ? 』


「それなんですけど、アイテールで間に合わなかったら、ゲームリリース後に加入でもいいかと話が出てまして」


『いやぁ。ソーシャルゲームって、リリース日にリリースされるの稀なんだよね。予定より遅れると思うんだ。

 でも、その子合宿には行くんだよね ? その様子みて、考えようか。この話は藤白さんにも通していいんだよね ? 』


「はい。勿論です」


 アイテールの音楽ゲーム。

 流石に今から希星のグラフィックを追加するのは厳しいかとも思う。

 だが音源はまだ出来上がっていないし……悩みどころでもあった。


 本音で言えば彩はすぐに希星のピアノを欲しいと思った。希星もそれを望んでいる。

 だが、今までまともに学業にも専念出来なかった子供だ。今でなくてもいいのでは無いのかと。学業とアーティストの二刀流で頑張っている学生がいるのは分かる。

 だが、希星に今一番必要なのは『正常で普通な生活』だと彩の考えはブレ無かった。


『それで、俺に相談とはね』


「実は、六人目の報告はついでで……。

 南川さんは大人の中でも成功者ですし、判断力が早い方だと思ったので相談したかったんです。

 キラをメンバーに迎えるべきか……」


『あはは、そんなの決まってるじゃん ! 』


 その時の南川の言葉に、まだ彩は踏ん切りが付いていない。

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