「初めまして深浦さん」
「こちらこそ。ミミにゃんさん……あの、何とお呼びするか迷ってて」
『ミミにゃんさん』と呼ばれたミミにゃんが軽く微笑んだので先出ししてしまった。
「本名は
「そうですか。今日はよろしくお願いいたしますミミさん」
出会ってすぐに確信する。
お互いに気が合わない。
『コイツは今日、不満があってここに来ている』と言う確信。
「お茶、良かったら冷蔵庫に冷えたのがあるので」
どーぞ、勝手に取って飲めば ? という事だ。しかし彩はあらゆる危険性を鑑み、ボトルを手に取りはしなかった。
「いえ、お構いなく」
「そうですか。
では……。早速なんですけど」
ミミは先日、兎子アパレル公司に霧香が着ていったワンピースと同じ服を着ていた。デザインは販売時のまま。
色は一番販売数が少なかった、グレー一色。
部屋の端まで行くと、彩に向かって歩き出す。
後ろ姿を写し出す鏡の中のミミも、表情、歩幅、服の動きを計算した歩き……つまり完璧なモデルのウォーキング。
「わたしが思うに。着る人が着れば、どんな服でも輝きます。わたしならそれが出来る」
「ええ。とても綺麗でした」
「深浦さんは霧香さんをどうしたいんですか ? 」
「どう……とは ? 商業戦略として……どう活動していくか、ですか ? 」
「……それも含めて。
わたしたちモデルは本気なんです ! 霧香さんは綺麗すぎる。多分、本当はわたしと話も合わないでしょうね。流行りの美容とか、化粧品の流行とか……興味が無いでしょう。そんな気がします。
なんて言うか……天然の美しさ。まるで人形が歩いてるみたいに」
図星だ。人間では無い上に、再生力が強いヴァンパイアは基本的に肌荒れ一つしないのだ。しかしミミはそれを知らない。故に焦りがあるのだろう。
「たまにいるんですよ。厚化粧でもなく、整形してるでもなく、モデルの勉強してるでもなく、モデルを超える逸材。
霧香さんのポージングや、ウォーキングにプロ意識は感じません。
けれど、楽器の話を聞いてるとかなり飲み込みは早いタイプなんですよね ?
生半可な気持ちで、もしこちら側に来られちゃ…… ! 」
つまり、結局は嫉妬だ。
彩はホッと胸を撫で下ろす。これならどうにか言いくるめられると確信する。
そこで彩にLINEの着信。
「失礼します。着信を確認しても ? 」
「構いませんよ」
彩はスマホを見ると、蓮からのメッセージ。
『間に合った ? ハランから聞いたけど、その女、ジャンク ダックの潤と出来てる。トラブル回避、何とか頼むぜ 』
彩は一度は沈んでいた心を、何とか持ちこたえさせた。溜め息が出る。ゴシップや、恋愛事情など一番くだらないと思っているからだ。
だが。
彼氏が潤なら……。何とかなるかもしれない……そう頭の隅に行動パターンをリストアップしていく。
「ミミさん、はっきり言っていいですか ? 」
「はい」
「キリにモデルなんて務まりませんよ。キリの才能って、貴女の言うようにただの外見だけでしょう ?
その他全て、貴女に劣っていると思います」
「……随分、簡単に言うんですね。仲間を」
「失礼しました。ただ一つを除いては……です。
音楽。音楽だけはキリは誰にも負けません。
俺はキリの音に人生賭けたんです。
勿論、モデルをやらせる気もありませんよ」
「本当に ? 」
「……意外です。コネも実力もある貴女が、何故キリを気にするのか。
俺は外見がどうこうじゃないと思いますよ。
ミミさんのウォーキングは、俺から見たらバイオリンのようなものです」
「バイオリン ? 」
「一朝一夕で出来るものでは無い、という事です。きっと俺の計り知れないほど、努力をしてきたんだと思います。
努力も惜しまず、向上心も野心もある。
……残念ながら、キリは全く真逆なんですよ。何事も気分と感情で動きますから、貴女の方が余程大人です」
彩の観察だけの言葉ではあるが、ミミも少し満更でもない様子だった。
「お金……というか。生地と材料さえあれば、俺は全部自分で衣装も私服も手作りしたいんですよ」
「えぇ ? 霧香さんの ? 」
「実を言うとメンバー全員ですが……限界はあります。裁縫は素人ですし、収入はほぼ機材の方に消えますからね。今はキリだけ。
でも……メンバーには申し訳ないけれど……俺、バンド全てを自分の色に染めたいんです。行く行くは全員の服も小道具も。
これってエゴイストなんですかね ? 」
ミミは少し考えたが首を横に振る。
「いいえ。それは霧香さんも望んでるみたいです。いつも貴方の服の話ばかり。だからファッションの方に視野があるのかなって」
ミミは彩の前に座ると、深く溜息をついた。
「深浦さんから話を直接聞いて少し、安心しました」
「そうですか ?
俺、今日はかなり緊張してきました。楽曲提供の話も、もしかしたら嘘なんじゃないかとか思っちゃって……」
「それなんですけど。
わたし、霧香さんにも勝ちたいんです。今回のアイテールのお仕事で」
来た !
「……勝つ……とは ? 」
これには彩も言葉を詰まらせる。
霧香に勝つ ? とは。
一つ言えることは、少なくとも彼女は霧香を友人にカウントしていないということだ。蹴落とす為に、同じ作曲者の彩なら、正当に霧香と同じ土俵で戦い、世が自分を評価してくれるのではないかという希望。
「ええ。勝ちたいです。
霧香さんがモデルの領域を荒らさないならそれは結構ですが、わたしはわたしでマルチに活動幅を広げたいので。本気です」
彩も、ミミの言葉には紳士に向き合う。これが本当に霧香を越えるほどなら良し。霧香を越えられないなら尚良なのだ。
「そうですか。いえ、素晴らしいことだと思います。俺の曲で良ければ」
気掛かりは潤との関係性。
何か悪い吹き込みをされている可能性もある。まだ中学生の彼女だ。成人の有名バンドの男性が相手というのが気になる。
「勿論。引き受けるとしたら、最善を尽くします。
ちなみに今、歌って貰えますか ? 何でもいいです。好きな歌とか。どんな曲にしたいとか、音域幅はどのくらいかなって。ドレミでもいいですよ」
「はい ! 歌います」
ミミの表情が更に険しくなる。
これはクセ者だと彩は頭を抱える。
霧香の方は魔法も周囲の手厚い保護もあって、ストレスフリーでなんでも出来る。
しかしミミは本気だ。人間の寿命百年として、ミミのモデルタレントの寿命は……焦るのは無理もない。
霧香に寿命がない事を最近油断していた事に自分でも痛感する。ミミの一挙一動、本来この業界の競走として当たり前の行動である。
しかし……この子は積み上げて来た。
相性は最悪。
彩とミミ。
この二人の相性は最悪。
タイプが似た者同士なのだ。
だが、神は万物を人に与えない。
「行きます !
★□▽▼△*★★$¥+++&♡〜♪"♪""」
そう、与えられなかった。
歌唱力。
「…………〜〜〜〜〜っ」
「えと、以上です」
彩は食い縛った歯が思うように開かない。
「「…………」」
ミミが改めて椅子に座る。
「コホン。
あの !! 仕事は絶対断りたくないんです !! でも音痴なのはどうしようもなくて ! 」
ミミも自覚はしているようだ。半泣きで彩にすがりつく。
「えぇ…… ? いや………。マネージャーさんとかは ? 」
「知りません。嘘つきました」
彩の顔が引き攣る。
歌はダメ。
けれど音楽ゲームの制作で声がかかっている。
売れっ子のミミにゃんだ。アイテールも少しは期限を考えてくれるかもしれないが……これを矯正するには時間が足りないだろう。
「ミミさん、もし音楽をやらずにアイテールの仕事を受けてキリに勝つと言うならば……それはもうアレしか無いですよ」
「アレ……とは ? 」
「その前に薬飲んでいい ? 」
「あ、はい。急にどうしたんだろうと思ってました。蕁麻疹」
ポケットから処方薬を取り出しマイボトルで飲み干す。
「たまになるんです。お気になさらず」
彩 ! 強くなった !!
「フゥ……。
まずアイテールのゲームは2.5次元で構成しようとしていますよね。既にアーティストは決まってますが、まだ決まってない部分が」
「参加バンド以外にですか ? 」
「主人公ですよ。
ゲームの内容は『街角でミュージシャンと出会って、音楽番組にスカウトするというストーリー』でしたよね ?
主人公に立候補するというのはどうでしょう。主役ですし、一番プレイヤーの目に触れて、更に歌を歌わないポジションです」
「なるほど……主役…… !
一応マネージャーに相談して見ます。
でもダメだったら……」
ゲーム自体に大幅な変更が入ることになる。これは恐らく通らないだろう。だが、明確にアドバイスを提案する事で、敵対意識を下げたいところではある。
「その時は……音楽作りますよ。
でも、トレーニングに関しては他に専門の先生を探された方がいいかもしれませんよ。ヴォーカルトレーニングは俺は専門知識無いので」
「…………そうですか」
ミミは特に傷付いた様子は無い。このくらいの逆境はなんでもないのだろう。
だからこそ気になった。
モデルをやらないという宣言をした後でも、ミミは霧香に勝ちたいと言い続ける。
どうにも良きライバルになる……とは思えなかった。
しかし、彩も思うところがあった。
ミミは人外とドンパチするには年端もいかない少女だ。魔法が使える相手と、勝ち負けを決めようなんて酷な話。
そうは言ってもモノクロに敵が少ないに越したことはない。
足し算引き算。
メリットデメリット。
頭が焼け付く様にフル回転している。
「キリとは連絡とってるんですか ? LINE交換したのは聞いてたんですけど、本人は何も言わないので……」
「ああ、ええ。まぁ、雑談くらいですけど。
霧香さんも何も漏らさないですよね」
「漏らさない ? とは ? 」
ミミの口角が怪しく歪む。
「仕事の話も、男の話もですよ。カマかけしても全然〜」
それが目的か。
霧香が『ここだけの話』と、何か目新しい問題発言をしないか期待して連絡をとっていたということだ。
勿論、過剰な反応は厳禁だ。
「俺が知る限りでも嘘じゃないですよ。キリはそんな器用じゃないですし。
……ミミさんにとって、あまりウケませんでしたか ? うちのキリは」
「はい……正直に言うと不愉快です」
決定的な一打。
彩は目を閉じミミの言葉を受け入れ自分の感情を押し殺す。
「俺としては、キリは完璧なバンドのメンバー……いや、それ以上。全員が融合して初めて成立する……それがバンドです」
「わたしが主人公を取ったら、本当に霧香さんに勝てると思いますか ? 」
「さあ ? それはプレイヤー次第でしょう ?
ですがこちらはバンドであり、キリはそのピースでしかない。俺たちは音楽を聴いて欲しいんです。
ミミさんは自分に注目を集めたいでしょ ?
根本的にプレイヤーに求めている条件が違うと思うんです」
「……それは、確かにそうですね……」
その時、スタジオの来客ベルが鳴る。
「来たぜー」
入ってきたのはジャンク ダックの潤だった。
「迎え来たぜ、実々夏」
潤とミミ……いや、咲良 実々夏は彩を見下すように視線を向ける。
「これが霧香さんを更に嫌う理由です。
では、主人公の件アドバイスありがとうございました」
「いえ。俺もお二人のことは知っていましたので。でも私情は挟みませんよ」
まだ中学二年だ。いい様に吹き込まれたか……とにかく不味い繋がりだ。
ミミには霧香を下手に刺激して欲しくないが……彩は自分としてもミミの曲を作る事に気が進まない。
私情は挟まないと考えてはいたが、予想外のミミの歌唱力に頭痛が止まらない。
更には交際相手がジャンク ダックのギター潤。
こうゴチャつくと、彩の行動パターンとしては当たり前の方向に流れていく。
トラブルの元を火消しした方が早い気がするのだ。
「潤さん。今日お会い出来るとは。
アイテールの一件、俺の監督不行届大変申し訳ございませんでした」
「はぁぁあ !? てめぇ ! 本気で言ってんのか !? 」
「本気です。ダウンロード、売上一位のジャンク ダックの音楽を欠けるという点では、アイテールの企画、もしかしたらコケるかもしれませんし」
「知らねぇよ。こっちはもう出禁になってんだから」
「ですが………才能は別だと思いませんか ? 」
意味深な彩の言葉に潤も一度矛先を納め椅子に座る。
「てめぇ。心にもねぇ事よく言うな」
「さすがにMANAMIをどうこうするのはもう無理でしょう。
ですが、プレイヤーは必ずゲーム内で『ジャンク ダック』を求めてくる日が来る。確実です」
「な、なんか気味悪ぃ……。どういうことだよ」
「ジャンク ダックさんは曲も飛び抜けて売れてる上に、トークが鋭く頭の回転が早く会話の切り返しが上手いですよね」
「お前、俺をアイテールから出禁にさせといてマジでよく言えるな」
「出禁にさせたのはMINAMIですよ。
ですがまだ可能性が。
ミミさんの楽曲提供です。これを潤さんがやればいい」
「無理だろ ! 」
「いいえ。出禁になったのはあくまで、ジャンクダックでしょう ?
……俺が言うのも癪ですが、ジャンクダックはかなり高レベルですが、ぶっちゃけ作詞も作曲も潤さんです。
ソロ活動すればいいんですよ。
そしてミミさんの曲を担当すれば、まだアイテールの介入に可能性があるかもしれません。
提供相手が恋人なら問題もないでしょうし」
「それで南川が許可出すと思うか ? 」
こればかりは賭けだが、キリを潰しに掛かられるより余程、目先のタスクで行動を縛れるはずだ。
「俺の方から、MINAMIとうちの仲介人に話をしてみます。上手くいく保証はありませんが、潤さんの才能は勿体ない。それはアイテールだって分かってるはずですよね」
「じゃあ俺からも提案だ。
『完全に仲直りしました』って写真を拡散したい。
霧香を連れてこい。なんもしねぇ。俺らとしてはその一枚で炎上を消せる」
「なるほど。キリ本人に話して見ます」
ここでお開きとなる。
潤は棚ボタのような話だろう。ミミも恋人の作る曲なら歌ってみたいはずだ。
彩の狙いはジャンクダックの仲間割れ。
作詞作曲を手がける潤だけが上手く行くよう仕向け、ミミと新しくコンビを組ませて話題にする。
その間メンバーがそれぞれ逞しく活動をする……とは思えなかった。
彼らは全員、私生活全てが堕落している。
更にはミミの歌唱力。恐らくマネージャーにも嘘をついているくらいだ。潤も知らないだろうと彩は踏んだ。
「キリを潰されては困る。全く癇に障る……」
彩はスタジオから出ると、咲にメッセージを入れた。
□□□□
夕飯前、彩は全会一致を取りたかったが霧香は夕飯を取らないことをシャドウから聞かされる。更に蓮とハランも残業で寂しい食卓となった。
彩も自分のミミの話題で気付きにくかったが、どうにも霧香の方が現在、精神状態は不安定なのが伝わってくる。
「ケイ、今日は何かあったのか ? 」
「ん ? ……んー。実は……」
恵也が話終わると共に、彩は目を閉じる。
「その子、日向 希星って子 ? 」
「お前、知ってんの ? 」
深く深く意識が沈む。
とっくの昔にきっと音楽なんかやめてしまったと思ってた。
それでもピアノに固執する少年。
「そっか……続けてたんだな……。凄い奴だ」
彩は席を立つと、霧香の部屋に行くと言い出した。
「え ? 今から ? 飯は ? 」
「ラップしておいて。キリのメンテナンスの方が優先だろ」
驚く恵也とは真逆に、シャドウは黙って会話を見届けていた。
「シャドウ、ありったけの血成飲料を頼む。俺の部屋に運んでくれ」
「分かった」
「え ? バイオリン弾くの ? なんで ? 」
恵也は分からないが、彩が上手く霧香の精神状態に介入するにはこれしか方法を知らない。
「俺とキリは………音楽でしか会話出来ないから」
「えぇ…… ? 何それ ?
いいけどよぉ。じゃあ頼むぜ ? 」
□□□□□□
準備中、これからようやく演奏を開始すると言うところで、メッセージを見た咲から連絡が入る。
霧香には今、話したばかりの今日の出来事。
霧香はミミの素顔に、驚いたりショックを受けたりはしなかった。寧ろ、とてつもない怒りの感情に、それが伝わる彩も驚く程だった。
『リーダー、良くないわ。関わるべきじゃない』
彩の話を聞くと、咲は悩みこんでしまった。
『南川君は言ったらきかないわよ。それに、job whiteでもそれに関して大々的に話してしまったし、「やっぱり採用します」とはいかないわよ』
「ミミにゃんの主人公の方はどうでしょう ? 」
『それはゲーム会社が決めることでしょ ? 』
「……」
『でも……霧香さんを嵌めようとしてたのね。どうりであの時、スっと来たわけだわ』
あの時、とは兎子アパレルの時のミミの来訪である。
『アイテールは諦めて貰うしかないわね。
でも、潤君とミミにゃんの組み合わせは使えるかもしれない。
別の企画を募集してる場所を探して、上手く誘導出来ればいいかな。それとなく各所で噂は流して見るけど……。
リーダー、いい ?
どんな相手でも、それがネットでも隠れて密会しての話でも、絶対に余計な事をしては駄目。今日の出来事だって会話を録音されてたかもしれないし、何が起こるか分からないのがネットの恐ろしさよ ? 』
「分かってます。相手に対して失礼な事は言ってないつもりですけど……。
潤の提案はどうでしょうね ? 」
『霧香さんを会わせるのはちょっと反対かな。霧香さんにしたことを、霧香さんに泣き寝入りさせるような行動だわ。
それじゃあ、南川君のやり方を否定するようなもの。わたしは南川君の方が正しいと思う。
不仲になれとは言わないわ。でも次こそ危険な目に合うかもしれないのに ! ……リーダーはどうなの ? 潤君を許して霧香さんを差し出せるの ? 』
咲の問いに対し、電話越しに彩は冷たい感情を剥き出しにさせる。
「そんなわけないじゃないですか。
キリには今、許可取りました。
潤を撃墜するつもりです。キリの魅了魔術をMAXでかけて、一生キリのファン筆頭にしてやるつもりです」
彩が言い切った、その部屋の隅。
ベッドの淵に腰掛けた霧香が苛立つように会話を聞いていた。
『え ? 霧香さんが承諾してるの ?
ファンにさせる魔法か……。それは人体に危険なものなの ? 』
「命を奪ったりはしませんよ。
ただ一生、重度のキリのファンになり続け、死ぬまで普及活動くらいはするでしょうけど」
『怖っわ ! お姉さんびっくり !
まぁ、でも自滅してくれるのが一番いいものね……。
分かったわ。任せる。ただ、約束してね。危険な事はしてはダメよ ? 横暴に接しても駄目。SNSも批判コメントに反応するのも禁止 ! 』
彩、霧香も頷く。
「ええ。勿論です。では失礼します」
通話を切ったところで霧香がフンっと鼻で笑う。
「最悪な奴。どうして普通に活動できないかな ? 他人の足を引っ張ったり探ったり。最低な男 ! 」
「競争が激しい世界だから」
「実力だけで勝負。それじゃダメなの ? ミミにゃんも言ってることとやってること真逆なのよ」
「ミミにゃんがお前に探り入れてるの知ってた ? 」
「予想はしてたかな。あの潤って人と仲がいいのは会ってすぐ気付いてたから。
匂いで分かるんだよ。アイテールで絡まれた時、ミミにゃんの香水が混じった匂いがしてた」
「言ってくれればいいのに」
霧香もジャンク ダックとはそれきりの関係になると思っていた。ミミも交際相手の話などしないし、多少探りを入れられてもこのまま上手く流していけると思っていた。
「サイに楽曲提供の話が来てるとは思わなかった !
絶対に嫌 ! わたし以外に曲を作るなんて許さない。だったら魔法であの二人を沈めた方がマシ ! 」
物騒な……とは思いつつ、彩も楽曲提供に関しては同じ気持ちだった。
霧香のやり方が多少強引に感じるが、あの二人を魔法でどうにか出来るのであれば、それでもいいと腹を括った。
何より、霧香の自分の音楽に対する我儘が単純に嬉しいのだった。
「……さてと、じゃあ俺の方に付き合って」
彩がバイオリンを構える。
「何か弾きたい曲ある ? 」
霧香は苛立ちが収まらない様子で、バイオリンを持ち立ち上がる。
「クラシックとかあんまり知らない。アップテンポで難しいやつ !! 」
彩が弓を滑らせる。
ヴィエニャフスキ 『スケルツォタランテラ』。
まさに毒蜘蛛に噛まれた心境に相応しい曲である。
終えると、霧香のターンに入る。
「はぁ、はぁ。むっず ! あ〜〜〜っ !! ムカつくよ〜〜〜 !! あいつら〜 !! 」
「前より付いてきてるな」
「チェロを初めてから、少し弾きやすくなった気がする。でも一弦だけは今も指、切れた」
「再生力が強すぎて指が慣れないのは考えものだな。慣れればテーピングをしてから弾けるようになると思うけど……音魔法なら今でも出来るんじゃないか ? 」
「サイの手はスラッとしてるのに、全然切れないんだね。指の皮って厚くなるの ? 」
「そこまでじゃないけど……」
近寄ってきた彩の手を霧香が握り、口元へ運ぶ。
「おい、キリ……」
プツリと小さな音を立てて小指の付け根に牙が刺さる。
「……血成飲料あるだろ ? そーゆーの、蓮とやってくれない ? 」
「……」
霧香は赤い瞳で彩を見上げる。
どうにも機嫌は悪いままだ。
霧香は彩の手から唇を離すも、そのまま握りしめて紅い瞳を向ける。
「サイ。わたしね。欲しいものがあるんだ」
無感情で光る鋭い瞳に、彩の心臓が跳ねる。
大体の予測はついていた。
「あのピアノの男の子。わたし、あの子が欲しい」
一瞬の間を置いて、彩がニヤリと笑う。
「やっぱりそれか……」
「あの子をわたしのそばに置きたい」
「母親はどうする ? 」
「引き離すしかないでしょ ? 駄目なら記憶操作魔法をかければいい」
あまりに残酷。
魔法をかけて人から子供を取り上げるとは……。
しかし、問題はそれだけでは無い。少年を知っている全ての人間に魔法を掛けることは不可能なのだから。
法的な手段を通さざるを得ないのだ。
日向 希星が欲しいと言う霧香の言葉に彩は反対しなかった。
「分かった」
霧香の口が這う手を、彩は振り払う事無く、ただ見つめていた。
いよいよ、悪魔に魂を売った事に実感が湧いてきたがその欲は止まらない気がした。
あのピアノは確かに魅力的過ぎた。
「子供を失踪させる訳にはいかないし、学校にだって通わせなきゃならない。
よく考えないと」
「……わたしは親もいないし未成年だしなぁ」
「俺も無理だな。
裕福な家庭に引き取られて、ここに合宿として参加させられたらいいんだけど」
「少なくとも、今はそんな環境じゃないよ、あの子」
「知ってる。……俺のいた施設に直接話して見るか」
彩が考え込む中、霧香はどうにも居てもたってもいられない様子だった。
「希星君の家、行ってみようよ」
「今から !? 」
「どうせ家くらい把握してるんでしょ ? 」
彩も知っていた有名な子供だ。もちろん噂で学区くらいは聞いていた。
「正確な場所は分かんないけど……」
「今日の様子だと、帰宅してから酷い事されてそう。わたしなら匂いで辿れるかも」
こうなると霧香は止まらないだろう。誰かが止めないといけない。
しかし、だ。
「自宅での虐待の証拠が確実に手に入るかもな……」
「今日は話すだけ。顔見るだけだからさ」
危険な行動の衝動。
何故かその日、彩は冷静に霧香を制することが出来なかった。
□□□□□□□□
恵也が食事を終える頃、蓮とハランが帰宅した。
「あれ ? 霧ちゃんは ? 」
「サイとバイオリン弾きに部屋に行った。
飯も食わずによくやるよなぁ。俺、あの中には絶対入れねぇわ。怖くて」
ぼやく恵也に、蓮とハランは顔を見合わせる。
「外から見えるけど、彩の部屋暗かったよな ? 」
「ああ。バイオリンの時は外まで音漏れするし……話でもしてるのか ? 」
「暗い部屋で ? なんの儀式だよ」
「え ? じゃあ何してるの ? 」
「いや、そもそも気配がしないだろ。
恵也。油断したな ? 」
込み上げてくる不安。
昼の霧香の思い詰めた様子が、衝動的にやはり行動に出たか。しかし彩ならそれを止めるはずだ。
「まさか……。だってバイオリン……いや。言い訳はしねぇ。サイと一緒だし油断した」
恵也が辿れる範囲で、確かに主人である霧香の気配は屋敷内には無かった。
「大丈夫なのか ? 」
シャドウが恵也に問う。
「スマホ、通話出ねぇ !
なんか嫌な予感したんだよなぁ……」
「彩が一緒なんだろ ? じゃあバラバラに行動しない方が」
「……。行先に心当たりあるのか ? 何かあった ? 」
シャドウが二人に食事を出すと、恵也は今日の事を話した。