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第26話 ガマズミ

 かれこれ三十分。

 話を聞いた樹里が腹を揺らして笑いこけている。


「ハーッハッハッハ !! ウケる ! し、死ぬ〜 !! 」


「久々に全員集まった」と、Angel blessは全員で飲みに行くと言い解散となった。


 ゲソ組が咲に頼み、樹里に挨拶を兼ねて会いたい旨を話し面会のアポを取ったが、樹里はすぐにOKを出し事務所へ呼んだ。


 まずは彩から、咲の紹介、斡旋の礼を述べ手土産を渡す。

 樹里は「別にいいのに」と明るく笑うが、未だ彩が生配信の際に来た楽団達に、顔を出していない事をチクりと指摘した。


 その後は今日の流れを聞き、霧香の事がいたく気に入ったのか膝の上に乗せて抱える。

 樹里の太ももの上で突き出た腹にギュムギュムと押されながら、笑う肉になった樹里に釣られてニコニコする。


「スタジオならうちにもあるのに ! わざわざお化け屋敷に行くとか ! ばっかじゃないの〜 ! 」


 全員何も言い返せない。

 笑い上戸な所は京介と同じだ。性格の中でも笑いツボの一致が、二人を上手く繋いでいるのかもしれない。


「咲、あんたは ? バケモノ旅行行くの !? 」


「あたし他の仕事入れちゃったのよ」


「なぁ〜んだ ! ま、あんたが行ったら遭難とか水難事故とかやりそうだから、街にいた方がいいわね。皆んな演奏どころじゃないわ〜」


「もう、人をトラブルメーカーみたいに」


 項垂れる咲に全員、今日一日の様子を考えると何も言えなかった。


「それにしても ! キリちゃん、本当にお人形みたいねー。

 そうだ、チェロはどう ? 」


「すっごく気に入りました ! 綺麗だし、弾く時嬉しくなるんです ! 」


「やだー !! 反応も可愛い〜 ! 」


 彩と恵也は女性陣のテンションについていけず。

 笑顔で座りながらも、無言でコーヒーを啜る。


「んで ? その化け物屋敷にはいつ行くの ? 」


「千歳さんがお盆休みを前倒しで取らされるらしくて、八月一日に」


「まだ一ヶ月はあるのね〜。わざわざ盆近くに行くとか ! 更に笑える」


「でも楽曲の書き下ろし、かなり多いと思うんですよね。サイは忙しいです」


「作詞も作曲も彩だものね。皆んな楽譜通りに弾かないのに、作る方も大変ねー 」


「そうですね。

 ……あの、樹里さん。わたしたちの動画って、そんなにやましいものに見えると思いまか ? わたし自身、尻軽そうに見えるのかなって……」


 霧香としてはジャンクダックに言われた事が気にかかっていた。


「べぇ〜つにぃ〜 ? そうねぇ〜。こっちはヤラセだって分かってるから、なんとも言えないけど。

 カップル配信とかあるじゃない ? あれと似たようなものなんじゃない ? 」


 蓮には蠱毒とか言ってたくせに。

 霧香に「あいつら本気だからなぁ」とは樹里も言わない。


「そう……ですかね」


 その時、スマホを見だした恵也がおかしな声を上げ立ち上がる。


「あいつら !! 」


「ケイ……スマホは後で弄りなよ」


「だってこれ見ろよ ! ジャンクダックのやつら ! 」


『アイ〇ール商談お断りの裏側』と称した動画のサムネイル。

『色々なミュージシャンが集まる弊害』。『とんでもないやり方でメーカーに媚びを売る女』。

 内容と名前は『ピー音』で伏せてあるものの、霧香が所構わず男に手を出し、自分達は保身の為関わらないためにソーシャルゲームの依頼を蹴った……と言う悪意のあるものだった。


「……これは……やられたわね。事実じゃなくても痛いわ」


 咲が頭を抱える。

 その隣で樹里が虫を見るような目で恵也のスマホを見下ろす。


「ねぇ霧香さん、今フォロワーに変動は無い ? 」


 慌ててスマホを出した霧香は、頭が真っ白になった。


「25000人……半分近くまで落ちてる……。X もインスタも…… !! 」


 樹里はパッと笑顔を作ると、落胆するゲソ組を励ます。


「こういう時はねぇ。変に反撃しては駄目よ ?

 発言力のある人間に庇護してもらうことが一番効くのよ」


「発言力のある人……ですか ? 」


「汚いやり方なら負けないわよ……」


 なにか物騒な事呟いている。


「咲、Job whiteの編集に営業して来てくれる ? 今日のアイテールの一件をホワイト企業を創るヒーローとして南川君を紹介する方向に」


「なるほど。上手く行くかなぁ ? 」


「咲なら大丈夫よ。それにJob whiteはネタ切れ状態なの。もし南川が渋ったら週刊誌にリークする。そっちはツテがあるから任せて。ジャンクダックの他のトラブルも上乗せで書かせるわ」


「分かりました」


「霧香ちゃん、大丈夫大丈夫 ! わたし達が何とかするから〜」


 霧香は再び座布団のように椅子の上に広がった樹里の太ももの上に乗せられる。


「あ、ありがとうございます」


「お姉さんに任せて ! 」


「咲さんと樹里さんって友達なんっすか ? 」


「友達友達 ! 正確には咲は後輩なんだけどね。今時、骨がある仕事するのよ。気が合ってそのまま何かあった時頼ってるわ」


「へぇ〜」


「普段はアレだけど。やる時はやるから !

 安心して」


「そうですね……今日一日でも咲さんにも凄く助けて貰って……ありがとうございました」


 浮かない気持ちのまま事務所を後にする。

 ふと、出口付近のデスクに置いてある、束のチケットが目に入る。


「ああ、それ ? 彩がいた楽団のだよ。

 あんたら興味ある ? 持ってっていいよ。知り合いには配ったんだけど、余ってんのよ」


 彩のいた楽団。

 思わず霧香と恵也の目が合う。丁度先日、行ってみたいと話に出たばかりだった。


「欲しいです」


「俺も ! サイ、行く ? 」


「俺はいい。今回は」


「じゃあ二枚貰います」


 霧香と恵也がチケットを手にする中、たった先程、樹里に警告されたばかりの彩は少し肩身の狭い思いだ。それを見て、また樹里も何も言わずに様子を見ることにした。


 三人が後にした部屋で咲が樹里に聞く。


「何故、彼女たちを特別扱いするの ? 」


「説明できないけど、面白いじゃない。

 人外ならなんでも出来て、可愛くて当たり前かもしれない。

 でもさぁ、ヤル気と根性 ! 継続力 ! 才能、センス、工夫……それらが必要となるネットやミュージックの世界でどう生きて行くのか……単純に気になるわ」


「……確かに。今日一日同行して……新鮮でした。

 彼女たちは未完成です。まだ何も整っていない。人間関係より、才能で早くに結びついてしまった気がして。

 でも、それぞれがカバーし合ってて。

 ……一緒にいて、自分も錯覚するのよね……モノクロのメンバーだ……って」


「何それ ! 厚かましいダハハハ ! 」


「二十歳過ぎてから早いんだもん。青春っていいよなぁ〜」


 樹里も咲も魅了はほぼ効いていない。精神力が強すぎて効かないのだ。

 単純に好かれている。


 □□□□□□□□□□□□


 二週間が経った頃。

 霧香のフォロワーは元に戻ってきていた。


 日々、ホワイトでクリーンな企業を取材し、就活生向けや企業改革法に悩む中高年達向けに出版し続けるJob white、Job white lightは、連日アイテール株式会社を訪問し続け、取材をとる事に成功した。

 大手企業から来た大型新人重役『MINAMI』の今……と題し、小さな社屋でもガッツリ稼ぐ方法、その為にはクリーンな改革を、と提案。

 そして一例として、新規プロジェクト中での今回の出来事を伏字で語った。


 社会にそれらが拡散されると、次に知りたいのは『それが誰だったか』で、偽りの動画配信をしたジャンクダックは世間に晒され、更に今までの不正、セクハラ、パワハラ共に出るに出まくると言う炎上状態だった。


 モノクロームスカイにカメラが向けられることは無かったが、概ね『被害者』との見方が強く、非難は少数派だった。


 挙句、小さな見出しと共に掲載される霧香の美しい美貌は、それだけで心を掴まれるものも多く、隠れファンが増殖。更には動画の再生数は賛否両論を醸し出したが、YouTube側がハラスメント動画と捉えていない以上、これはやっぱりヤラセか、キリの承諾の上でやっているとの見方が強かった。古残の有名メンタリスト系youtuberがキリと蓮、ハランの行動心理を語っていたことで、やましい関係には無いと言い切った動画も世論に影響を与えた。


 全ての事なきを得た。

 全てが樹里と咲の手の上で。


 一連の流れに一番過敏に反応していたのは彩より蓮で、ジャンクダックからの報復があるかも知れないからと、恵也は連日口酸っぱく注意を受け、霧香の単独行動を控えるよう言われていた。


 とある土曜の早朝。


 霧香はスタジオでチェロを抱えていた。

 ガラス張りのスタジオ。

 外で恵也とシャドウが体術訓練をしていた。シャドウが完全に優勢。猫独特のしなやかさは巨体の人間になっても損なわれない。恵也は汗だくで疲労困憊の様子。


 それを眺めて、ボンヤリと選曲を考える。


 そこへ蓮がひょっこりやって来た。


「あれ? 一人 ? 彩は ? 」


「曲はパソコンで作るし、最近は部屋に篭もりっきりだよ」


「そう。

 ……久しぶりに二人か。なにかやる ? 」


 蓮と同棲していた以前はよくセッションをしていた。


「そうだね。誰も見てないし」


 蓮は楽器庫から持ってきたビオラに松ヤニを塗る。


「チューニングは ? 」


「魔法でいいだろ。別に」


 緩んでいた弦が呪文一つでパリッと張る。


「今日、サイのいた楽団のコンサートにケイと行くの」


「へぇ。結構おもしろいからな。おすすめだよ」


「面白い ? クラシックでしょ ? 」


「クラシックだからってお堅いコンサートばかりじゃないさ。チケットにも楽器持ち込みOKの曲あったろ ? 」


「一緒に弾けたりするらしいね」


「そうそう。

 あと、あのホールはコンサートの日って午前中から開いてるんだけど、ピアノの演奏会してる」


「ピアノ ? 」


「子供のピアノ教室だよ。人馴れの為にね」


「そっか」


 霧香は一度指板を持ち、構えに入るが、はっとして再び弓を下ろす。


「どうした ? 」


「いや……なんか聞きたいことがあった気が……なんだっけ……」


「俺、そう言うの待てないから思い出してから言って」


「うぐぐ」


 蓮は外を見ると、シャドウに押され気味の恵也にニヤニヤする。


「じゃあ、あの二人の動きに音付けしようぜ」


「わたしシャドウ君やる」


「馬鹿だな。チャカチャカ動いてる恵也に音を当てた方がやり易いのに」


 まさか恵也も必死の訓練で、蓮に間抜けでスットコドッコイな音楽とSEを付けられるとは思っていないだろう。


 何やら恵也がシャドウを殴り、ビクともしない図体を見上げ、口を雛のようにパクパクしている。そこをすかさずシャドウのフックが入る。するとまたシャドウを指差した恵也がパクパクしている。恐らく理不尽な力の差にギャーギャー騒いでいるのだろう。


「あいつ……見てて飽きないな」


「ん〜」


 一度恵也が垣根にぶっ飛んで行ったところで、演奏を切る。弾き終えた蓮が不満そうに霧香を見る。


「どうした ? なんか楽しくなさそう。上の空だろ ? 」


「そ、そんな事ないけど」


 誰かと一緒に弾く楽しみは勿論あるが、それでも彩と弾いている時の強烈な闘争心と陶酔感は越えられないのだ。蓮がそれに気付いてからは、ずっと二人では弾いていなかった。


「少し頂戴」


 蓮が首筋に顔を寄せて来る。


「最初からそのつもりで来たんでしょ ? 」


 呆れた顔をした霧香は髪を片側に纏め、シャッと一部のブラインドを下ろす。

 蓮の舌が這うのを感じながら、何を聞こうとしていたのか思い出す。


 本来、駅でストリートピアノを弾いている存在を知っているかを聞きたかったのだが、思い付かなかった。その代わり、その日の不快な思い出を口にする。


「蓮はさ。Angel blessはフェードアウトしていくんでしょ ? 年齢的にももう誤魔化せないし……。モノクロでしばらく人間界に残るんでしょ ? 」


「ん ? なんの話 ? 」


「わたし、このままモノクロームスカイを続けて写真とか撮られてたら、いつかこのバンドのファンの子の記憶とか消して……新しい人生を始めなきゃならないのかなって」


 ハランが霧香に吹き込んでいた話だ。

 寿命がない自分達の生きるすべ。

 記憶操作魔法で自分の年齢を曖昧に、存在も曖昧に感じるよう魔法をかけ、あたかも初めて見た人だと認識させる……古来から人里で暮らす寿命の無い者が使う術である。


「記憶操作か」


「うん。いつかそうなるでしょ…… ?

 でも、抵抗があるんだ。モノクロのKIRIが居なくなってしまう気がして。お客さんの記憶操作なんてするなら、やっぱり顔も出さずにVTuberでやればいいじゃない ? 仮面とかもカッコイイし」


 蓮は顔を上げると、先程まで霧香の首筋にかかっていた髪をサラりと戻す。霧香が何に悩んでいるのか理解しきれない様子で静かに隣に座る。


「海外とか……モノクロを知らない人が多い地域に行けばいいじゃん。現にハランは人間界にいる他の天使の養子縁組で身分証作ってるから、あいつは最初韓国にいたんだよ」


「あ……李って、じゃあ親の姓なんだ」


「そう。身分は病院の息子。医療魔法を仕事にしてる天使だよ」


「それって……完璧じゃん !? 」


「まさか。使える魔法は限られてるから万能じゃない。でも、その『せめてこうだったら』って一つの症状で死ぬのが病気だからな。やっぱり、完璧かな ? 」


「うん。全ての医者と患者が欲しい魔法だよね……。

 そっか。ハラン、海外から来たんだ……」


「そう。日本全国ならまだしも、世界中に自分が認識されてるってのは思い上がり過ぎだろ。

 新しい国にでも行けばいいじゃん。音魔法が使えれば、別に……民族音楽でもオペラでも、HIPHOPでも。日本から出ちゃえば ? 」


「そ、その考えは無かった ! 」


 急に晴れやかな表情に変わった霧香を見て、蓮は奥歯をギュッと噛む。そしてさり気なく問いただす。


「ハランが言ったの ? 」


「うん……それしかないのかなって。考え込んじゃった」


 人間界に留まるしかない霧香を不安にさせ、事情を知ってる者に依存させる。

 神や天使は時に人を導くが、手段を選ばないところがある。更には信仰させるという行為は、依存させる技術も高く併せ持つことが多い。


 蓮は考える。

 ハランは天使の本能でやったのか、故意に霧香にそんな話をしたのか。


「海外かぁ……考えてなかった ! 」


「そう。日本よりリッチな国でもいいし、自然が多い国でも、リゾート地だろうが大都会だろうが……選び放題だろ ? 日本なんて小さい島國だし。似てるタイプだな……くらいのものさ。服の流行りも変わる。バレないよ。

 音魔法で人間界をしゃぶり尽くす気なら、多分千年あっても足りないだろうさ」


「確かに。音魔法も歌だけじゃないし。楽器全部網羅するとしたら……民族楽器も現代楽器も音楽のジャンルも考えたら …… ! 夢が広がる ! 」


 言葉巧みに美味い話で不安を消す。いい事ばかりを吹き込み、相手を信用させる。それがまさにハランとは似て異なる悪魔側のヴァンパイアの性質。


 蓮は自分もハランとやってる事は変わらないかと心が曇る。

 持って来た血成飲料を霧香に渡す。


「ありがとう ! 」


 今回は霧香にとって悪魔の囁きの方が良かったのかもしれない。

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