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第25話 純白

「ミナミさん。良かったらモノクロームスカイの他の動画 ! 見てみて下さいね ? 面白いって言うか、人柄が出てるから」


「ええ。勿論」


 南川は時計を見るとそろそろ解散をと考える。そこで南川の社用スマホにフロントから着信ある。


「はい、南川です。ええ。あれ ? 早いですね。いえ、大丈夫ですよ」


 南川は通話を切ると、全員に振り返る。


「では、書類はこちらの封筒に入れておきますので、どうぞお持ち帰りください」


「こちらこそ、ありがとうございました。失礼いたします」


 千歳と咲、彩が挨拶をし、皆ぞろぞろとエレベーターへ向かう。天使組も建前上、挨拶側に残った。どうせ一度に全員は乗れないのだからと、霧香と恵也、京介の三人が先に一階へ降りる。


「どうなんだろうな ? 」


 エレベーターの扉が閉まってから京介がぼんやりと呟く。


「何が ? 」


「アニメとかさぁ。二次元の男ならゲームで見てても格好がつくんだろうけどさぁ。

 こーゆー……実在する俺らみたいなのを、わざわざアニメ調に描いてまで……ゲームってプレイしたいものなのかな ? なんかキモくね ? 」


 先程までは「自分で自分の曲をやりたい」とまで言っていたのに、社交辞令だったのか若しくは突然冷静になったのか。京介は深く考え込む。


「俺のさ、同じ格好とかしたゲームキャラが俺の意思を無視してべらべら喋るんだぜ ? 絶対笑っちゃうんだけど」


 恵也はどちらとも言えない顔で返事を返す。


「京介は別に……イケメンだし ? イケメンなら2.5次元になったところでサマになるから大丈夫なんじゃね ? って思う」


「なんだそりゃ ? 答えになってねぇよ」


「京介さん、恵也はすぐイケメンイケメンって一括りにするんですよ」


「まぁ、俺は確かにイケメンだからな。間違ってねぇよ ? 」


「もう ! そういう事じゃないですよ」


 エレベーターの扉が開く。


 すると、次に乗る集団が既に扉の前に集まっていた。


 人気ロックバンド ジャンクダック。


 スチームパンク衣装を売りに激しい音を奏でる彼らは、バトルアニメの主題歌を務めることが多い売れっ子ミュージシャンだ。


 霧香と恵也は初対面。

 ただただ普通に会釈する。京介はその中の一人と目が合うと「おはようございます」とだけ言い立ち去ろうとしたが、その男達は霧香を見ると過剰な反応を示して来た。


「あ、知ってる ! この女」


「あれじゃん。何してもいい女じゃん」


 何をどう解釈しているのか……という不満はあるが、動画の見ようによっては無抵抗の霧香のパフォーマンスはそういう捉え方をされる事もあるのかもしれない。


「ねぇ、アンタって処女 ? 」


 ジャンクダックのギター担当 潤が、我関せずと無視を決め込む霧香の髪を、突然引っ張り上げる。


「おいっ ! 」


 京介が目くじらを立てた瞬間、反射的に……ごく当然のように霧香の手が相手の頬を叩く。


 パンッと言う乾いた音がフロアに響いた。


 キュッと唇を結んではいるものの、誰とも目を合わせず、何事も無かったかのように立ち去る。


「痛ってぇ ! 」


「潤ダセェ〜」


「なんだ ? 生理中かよ」


「キリ、やめろ」


 霧香の怒りっぽい性格を知っている恵也だ。すぐに霧香の方を止めにかかる。

 だがそれを知らない京介は、気に入らない。


「いやいや、こいつが悪いだろ。怒って当たり前だ」


 京介は霧香を庇うが、恵也としてはあまり騒ぎにしたくない。


「だってこの子、そーゆー事されんのが趣味なんじゃないの ? 」


「マジで言ってんのかよ ! 」


「いいよ、京介さん」


 激昂する京介を霧香が止める。


「……それに、二度は油断しない」


「はぁ ? ……何 ? 喧嘩売ってんの ? 」


 霧香がここで初めて相手を見据える。

 血のように赤い瞳に、ゾッとする。なにか普通のカラーコンタクトとは違う……鬼気迫るものがあった。瞳の色が変わってるのを見て、いよいよ恵也も焦る。魔法でも使われたらもう隠しておけなくなる。


 そこへ一階で止められたままのエレベーターを待てずに、南川含む全員が降りてきた。


「どうかされましたか ? 」


 南川の言葉に全員黙り込む。だが一目でトラブルがあったのは見え見えで、京介の怒り具合からしてジャンクダックが京介に喧嘩でも売ったのかと思われた。


 しかし、霧香の怒りに一早く気付いて駆け寄ってきたのは彩だった。


「キリ、ダメだ」


 制圧するような低い声。

 問題を起こして仕事が取り消しになっては仕方がない。


「まだ何もしてないよ」


 咲と蓮、ハランも様子を伺う。

 京介だけが興奮して、既に喧嘩腰であった。


「こいつらが急にヒデェ事言って声掛けてきた ! 霧香ちゃんの髪の毛、痛い程引っ張ったんだよ。『何をしてもいい女』とか言いやがって ! 」


 大体の状況を把握した蓮が、霧香と恵也を出口へ連れて行く。


「恵也。お前の仕事だぜ。相手の手が霧香に触れる前に止めろ」


「〜〜〜っ。まさか、だって急にだったし〜〜〜」


「髪の毛だったからいいけど。もしこれが刃物だったら……」


「わかってる。わかってるよ ! マジで !! 頭では分かってるんだよ…… ! 」


「……あいつら。他の出演者にも……色々噂があるからな。関わらず、刺激せず……何もしない方がいい」


 そこへ、南川が寄ってきた。


「京介君が言ったことは本当 ?

 何を言われたの ? 突然、髪を触られたの ? 」


 南川の深刻な様子に霧香はたじろぐ。

 彩の焦りを感じたからだ。トラブルはまずい。


「いえ、わたしもしっかり先輩方に挨拶という挨拶をしませんでしたし、無礼があったのかも知れません」


「恵也君。どんな風に引っ張られたのか再現してみて」


「え !?

 ……ええと、こんな……こう、こんな感じですかね」


「いきなり ? 」


「……そうっすね。振り向いたら、既に掴まれてたって感じで……。

 でも、キリも反射的に相手に反撃しちゃったし……」


 咲も含め全員がフロアの隅に招集される。


「あの……潤君もちょっと冷やかしただけでしょうし、霧香さんも思わず手が出ちゃったと言うだけで……今回は問題とまでは……」


 咲としても、穏便に済ませたいところではあるが、南川が頑固として聞かない。


「潤君は、街で綺麗な髪してる方を見かけたら、急に髪を触ったりするの ? 」


「し、しませんよ ! 」


「じゃあ何故霧香さんにそういった事をしたの ? これが男性でも老人でも同じです。そんな事をしていい理由なんてありません」


 一方的に責められる形に不満を持ったのか、ジャンクダックは不貞腐れ始めた。


「でもこの子はそういう動画流してるじゃないですか。同じじゃないですか ? 相手が誰でも。ベタベタされんの好きなんじゃないの ? 」


「それは本心で言ってるの ? あくまで動画のパフォーマンスだそうです。実際に霧香さんから了承を得てやりましたか ?

 言葉による冷やかしも初対面でやるものではありません」


 南川の緊張がフッと切れるのが分かった。それと同時に得体の知れない気配に切り替わる。


「…………」


 潤だけでは無い。冷やかしに入ったジャンクダック全員に伝わる不穏な空気。たまたま手を出したのが潤だっただけで、全員の本質的な行動は変わらない。


「ジャンクダックさん。どうぞ今日はお帰りください」


「はぁぁぁっ !!? 」


「我が社が主に取り組んでいる企業理念の項目の一つにハラスメント防止対策があります。

 そういった行動をされる方に、我が社がお願いしたいお仕事はありません」


 これにはジャンクダックどころかAngel blessもモノクロも凍りつく。


「そ、そんな。女の子いたから、少しちょっかい出しただけですよ」


 真っ青な顔で言い訳するジャンクダックの潤を、流石にモノクロも気の毒そうに眺めるだけ。


「女性がいるのはどこの会社も同じです。

 立場の弱い人間を見たら、霧香さんでなくともすぐに『ちょっかい』をだすのでは ? 」


「出しませんよ ! 」


「でも確証が無いですよね ? 現に今、やってしまった訳ですし。

 突然痴漢にあったら、女性が抵抗するのは当たり前です」


「話にならねぇ。仕事って言われて来てみたら、こんなんでイチャモンつけられて、たまんねぇよな」


「おっさん営業の人でしょ ? 俺たちを起用した人連れてきてよ。

 俺達が必要なの ? どうなの ? 」


 逆ギレ甚だしいが、確かに南川の一存で『起用する話を取り消す』とは決められないだろう。

 しかし……ジャンクダックと一緒に仕事をとなると、先が思いやられる。


 一方、先程まで止めに入っていた咲が、もう何も言わず流れに身を任せている。


「つまり責任者をだせ、と仰る訳ですね ?

 全く……今の若い子もピンキリだよね ? 」


「え ? あはは……ま、まぁ……」


 突然、南川に同意を求められ、咲も気まずさを隠しきれない。


 南川は懐からカードケースを取り出すと、数種類ある中から一番少ない名刺を取り出し、ジャンクダックのリーダー格に渡す。


『アイテール株式会社

 プロジェクトマネジャー

 MINAMI』


 アイテールの事は知らなくとも、ゲーム業界のMINAMIと言えば、皆が知っている。

 だが、スタッフロールだけではなくテレビCMでさえ必ず入っている『MINAMI』というディレクター名。それがが今や総括者になっており、本名が南川だとは誰も思わなかった。


 この中で唯一知っていたのは何度も取り引きしている咲と、既存のソシャゲをやっていた彩だけである。


「今のディレクターを呼んできてもいいけど、女性だよ。

 さぁ。今日は解散です」


 ジャンクダックが目に付いたスチールのゴミ箱を蹴飛ばし社屋から出ていく。


「態度わっる ! 」


「あの、良かったんですか ? 」


 咲が南川の様子を伺う。


「霧香さんにああいった態度をするなら、うちのスタッフにも同じ事をするでしょう。

『売れるミュージシャンで、まだ売れてないミュージシャン』なんて腐るほどいます。それは藤白さんが一番分かっているのでは ?

 売れても謙虚でいろとは言いませんが、横暴をしていい場所なんて社会には万に一つもありませんよ」


「そうですね」


「それに、なにか問題になってから上の会社からあれこれ言われたらたまりませんよ。

 僕も自分の城を持たせて貰った立場ですしね」


 元々、アイテールの親会社にいた南川だ。

 スマートフォンの普及によりアイテールが傾いた頃、立て直す為に異動してきていた。本来、もう少し役職は上の人間である。

 だが、今回のプロジェクトマネジャーである事は事実。それで数種類ある中で名刺を選んだ。『MINAMI』である事が分かりやすい名刺を。


 南川に深く頭を下げ、全員ビルを後にした。


 時刻はすでに夕刻。

 海の側に面した公園が夕日で染まる。


「俺、喉カラカラ」


 千歳は今日一日で体重が半分になったかのような疲労だ。家電量販店も有給で来て、最後の最後に大騒動。気が気じゃない。


「なんか飲もう。あそこキッチンカーみたいなのいるじゃん」


「……シャドウ君に夕飯遅れる連絡しないと……。

 あれ ? お姉さんは ? 」


「え ? さっきまでここに……」


 恵也が振り返ると、ウッドデッキの隙間に挟まったハイヒールを抜いている咲の尻が見えた。ハランが慌てて抜くのを手伝いに向かう。


「…………今日は……疲れたね」


「……疲れた……」


 各々、ドリンクやアイスを注文し、グッタリと海を眺める。


「なんか、ごめんねわたしのせいで」


 一応、霧香が謝るも、皆聞いていないかのように無言。


 ジャンクダックのちょっかいより。

 霧香の手の速さより。


 ただひたすら、南川が怖かった。


「いやぁ……びっくりしたよな」


「だな……。なんか、MINAMIってもっとジョブズみたいな奴かと思ってた」


「咲さん、先に教えてくださいよ」


「お姉さんも忘れてたの。だって普通にしてると、どこにでもいるサラリーマンなんだもの」


「確かに。万年平社員 ! って外見だよな、あの人」


「……恐ろしくて本人には言えねぇな」


「うん……」


「更に怖いのは保養所だろ。なんだアレ、スタジオなら行き付けの場所あるぜ」


「俺らも自宅にあるんだけど……行かないって選択無さそうだな……」


「ニヤニヤしてたよな ? 」


「くっそ。ボケ期待されるとついボケたくなる ! 」


 こうしてAngel blessとモノクロームスカイの出演は決まった。

 この後、ジャンクダック以外の数組のミュージシャンがキャストに入る事となる。

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