四人を乗せたタクシーは、海沿いにあるオフィス街の大きなビルディング……に挟まれた細長い小さなビルの前で止まる。
「着いたわ。アイテール株式会社さんよ」
この名前に反応したのは恵也だった。
「アイテール !? ゲームの ?! 」
「そう。大手ゲーム会社の子会社だけど、ソーシャルゲームの四割を担当してる会社なの」
ドンピシャ。
サブカル系ファンの多いモノクロにとってはゲーム関係は是非とも欲しい仕事である。
「ここは……咲さんの知り合いとかがいるんですか ? 」
「知り合いもいるし、何度か人を紹介もしてるわ……今回は営業も兼ねてまずはお話よ」
「営業……呼ばれてはいないけど、売り込みをかける……って事ですか」
「まぁ、全くの0からの売り込みじゃないから安心して」
三人は咲に言われるままフロントへ入る。
フロント嬢と咲は顔見知りのようだ。そしてフロントから誰かへ内線を繋げて話している最中、二人の男がエレベーターから姿を現した。
蓮とハランの二人だった。
「お前ら何してんの ? 」
「霧ちゃん、迎えに来てくれたの ? 」
「え !? なんで二人がここにいるの !? 」
驚く霧香をハランは勝手にエレベーターに連れていく。
「じゃあ、行こうか」
「どこに ? ハラン何してるの ? 」
フロントで騒ぐモノクロの元へ今度は通常階段を猛ダッシュで降りてくる一人の男。
「オメーら !! 会議するって言ってるだろ、脱走すんなよ !! 」
千歳である。
「もしかしてAngel blessのお仕事中 ? 」
「そう。でも、どうせモノクロームスカイにも声がかかるとこだったし、担当も一緒だし、一緒に行こ」
既にAngel blessが会議していた場にモノクロも行くことになる。Angel blessの邪魔にならなければいいが、彩は不安そうに咲を伺う。
フロント嬢から全員分の入館許可証を貰い、咲はゲソ組に配布する。
「Angel blessがいることは知ってたんですね」
「一応、内容もね。
同じ会議室でいいってさ。行きましょ ! 」
エレベーターにハラン、蓮、霧香……そして恵也と彩が乗り、息を切らせた千歳が乗り込む。
「ったく ! 話の途中だっただろ ? 勘弁してくれよ」
霧香達が来ていると聞いてすっ飛んできたのだ。普段大人らしい蓮とハランも、Angel blessの中ではまだまだやんちゃなようだ。
「京介が残ったじゃない」
「あいつが残って、気の利いた会話すると思う ?! 」
「じゃあ京介が俺たちを追いかければ良かったのに」
「追いかけるわけが無いだろ ! 爆笑状態だよ ! 怖いよ俺、戻るのが ! 」
そして最後に咲がエレベーターに乗る。
ピー、ピー、ピー
まさかの重量オーバー。
「の、乗り過ぎだぜ !? 成人男性五人も乗ったんだから ! 」
咲は今日、ツイてないのか。
元々不幸体質なのか。
周囲の縁を繋げに繋げ、自分の幸運と等価交換でもしているのか。
「お……お姉さん、階段で行くね ! 」
「お姉さん待って ! ケイを降ろすから ! 」
「なんで俺 !? 」
「だってお姉さんは迷子常習犯なんだよ !? 絶対屋内でもやらかすよ ! ケイは体力あるもん ! 」
「いいけどよ。
何階 ? 五階 ? んじゃ俺ダッシュで上がるわ。エレベーターに負けねぇ」
「いいの ! お姉さんダイエットして出直してくる ! 」
「お姉さん帰らないで ! まだ仕事これから ! 変な決意やめて ! 」
ケイが抜け霧香が咲をエレベーターに引き摺りこむ。
彩は最奥で壁に話しかけている。
扉が閉まって二秒。
蓮がふと口にする。
「誰かバニラが腐った感じの香水つけてない ? 」
霧香は蓮を睨みはしたが、足を小突く気力もなかった。
「……思っても言わなくていいから……」
扉が開いたところで、恵也が「わっ !! 」
と大きな声をたて、咲がとんでもない悲鳴をあげた。
「なんだなんだ !! 」
社員が数人消化器とサスマタを持って走ってきた。
「子供じゃないんだから !! 静かにしなさい !! 」
会議室からも担当と思われる男性と京介が顔を出した。
「ちゃんと謝りなさい ! 皆さんにも ! 」
恵也はともかく、咲も頭を下げる。
「すみません ! なんでもないです ! 」
「すんません ! ちょっとイタズラで……」
「止めないお前らも悪い ! 」
「今の止めようもないだろ……。恵也と同じレベルで生きてないし」
「あ、ひでぇ ! 」
「やめろ ! 」
会議室に入るまで千歳の説教は続いた。
□□□
「いやぁ〜、タイミング良ったです。実は今
モノクロームスカイさんの話も出てて……」
会議室にいた男性、南川 勇樹はそう言いながら、どうしたものかと頭をポリポリと掻く。
ハランは先程までの、輝かしいオーラを脱ぎ捨てたのかと言うほど霧香にベッタリ。蓮は態度こそ変わらないものの、霧香のそばから離れず。
一方、ほぼセクハラ紛いの被害を受ける霧香は平然としている。
千歳は未だ恵也にあれこれ注意をし……咲は半泣きで立っている。後、最後に気付いたが、もう一人男がいた。The 無害マン、彩だ。
「エレベーターくらい静かに乗れよな」
「いや〜、こいつら初めて会った気がしない。いるよな〜小学ん時、学年に一人はこーゆーの」
京介は千歳がてんてこ舞いしているのが、どんどん面白くなって来て、最終的に笑い袋になった。
「会社は大きいのにエレベーターが小さいです ! わたし、そんなに太ってました ? バニラが腐っててごめんなさいね ! 」
「藤白さん落ち着いて。今日もお綺麗ですよ。
どうぞ皆さんお掛けになってください」
どさくさに紛れ霧香の隣に蓮とハランが移動する。
「オメーらこっちだろよ ! 」
南川を上座に、両サイドにAngel blessとモノクロのゲソ組で別れる。天使組は迷ったが渋々Angel bless側に戻る。千歳が怖いから。
「担当の南川です。皆さん今来たばかりなので、最初からお話出来て良かったです。
こちら我社のパンフレットと今までの制作したゲーム一覧です。所謂、ゲーム会社の下請けでして、主にソーシャルゲームを制作しています」
ゲーム一覧には今も現役でTVCMしている物、ゲーム実況者が再生数を稼いでいるゲーム、そしてeスポーツで競技になっているものまで幅広い。
だが、その中でもこれは ! という、ずば抜けて得意分野と思われるものが羅列されている。
「音ゲー……の会社……ですよね ? 」
「そういったイメージが強いかもしれませんね。有力な作品が多いです。
そこで、近々新作のコンセプトが決まってきまして……」
霧香含め、恵也も唖然と資料を見下ろし、南川の話に聞き入る。これが仕事の依頼や説明だとしたら、兎子アパレルのあの話し合いはなんだったのかと。
「ジャンルは音楽、リズムゲーム。シナリオはうちの専属の脚本家です。
ゲームのシステムは……こちらのプロジェクターでお話します。
えーっと、まず。プレイヤーは卒業後、テレビ局に入社し、とあるハプニングから歌番組の構成作家の補助に付きます」
そんな取ってつけたような抜擢要素……とは思うが、フィクションの話である。皆、何も言わない。
「そこから街角でミュージシャンと知り合い、彼らが音楽番組に出るように信頼度をあげて行くゲームとなります。
システムはとてもシンプルでつまらなそうに聞こえるかもしれませんが、ゲームの見所はプレイヤーキャラではありません。
まず、街角で知り合うミュージシャン。
これがAngel blessさんとモノクロームスカイさんに出演をお願いしたいんです」
「が、楽曲提供……とかではなく !? 」
「まぁ、リズムゲームですので楽曲もお願いします。
ゲームの中で皆さんはアニメで描かれます。なるべく皆さんをモチーフにキャラクターを再現したいです。
プレイヤーがガチャで引くのは衣装と楽曲ですね。
他にも
「Eosってこないだ ∞ でライブしてたバンド ? 」
ハランが頷く。
「そうだね」
「男性バンドが多いですね。うちの主力はKIRIがヴォーカルですけど、大丈夫ですか ? 」
これは霧香がベースに回り、ボーカルがハランの和ロックヴァージョンのモノクロでは、許可しないという彩の意思でもあったが、南川は当然のように霧香を絶賛。
「全く男性だけとなると、乙女ゲーみたいに偏っちゃうからね。ガールズバンドも今、探してはいるんだけど……ちょうどいい子がいなくて。
KIRIさんの、PVとインスタの二面性のある顔って、特に隠してる……とかじゃないですよね ?
だったら和ロックとゴシックのモノクロさんの曲のうち、片方はシークレットバンドにしてしまうというのもあります。
蓮さんとハランさんはどちらのバンドにもいるので、Angel blessの派生バンドと言うよりは、内緒のバンド……という方が面白いかもしれません。
KIRIの楽曲をガチャで引いたら、ようやくモノクロームスカイのシナリオが始まる仕掛けなど……やり方は途方も無いほど存在します。
楽曲もSR、UR曲を増やしましょう…… !
……と、言いたいところではありますが……。まず、モノクロームスカイさんは今の状態では曲がまだ少ないです。
あとはこちらの都合ですが。
売る自信はありますので、個性派路線で行って欲しいという希望があります。
流行より、バンドとしての色味の方が必要です。
そうじゃないと、似た男性バンドを集めただけのゲームで、曲も衣装もパフォーマンスも変わり映えしない……となると……その方が問題です」
これに関して彩はホッとするどころか、寧ろ身体が熱くなる感覚さえ感じる。
「……ここだけの話……今の所、絵柄はアニメですが、声優の件で意見が割れてましてね。
今後、このゲームが配信されたあと、どこに終着点を見出すかですが……所謂2.5次元としてライブをしたいんです。あくまでゲームイベントですが、ゲームに参加したバンド全体でステージが出来たらなと。
キャラクターの声を生で聴けるというのは特別感がありますし、声優さんの起用もかなり必要ですからね」
京介が口を挟む。
「つまり、俺たちにやって欲しくても、演技が棒読みだと困るから声優さんに任せようって事っすよね ? 」
「……そうなりますね。皆さんどうです ? 演技経験とかは…… ? 」
演技……。
流石に音魔法は使えても演技までは出来ない。霧香の音魔法もミュージカルソングは歌えてもミュージカルは出来ない。
成功させたい自分が全員の中にいるにはいるが……。
「無理ですかね。やりたくないとかではなく、クオリティに責任持てないです」
「あはは。正直ですね」
彩が資料から顔をあげて南川にむく。
「以前、プリンセス・レガートというゲームを配信されていましたよね ? 」
「ええ。アレは女性のピアニストのシナリオでしたが、同じくキャラクターは実在のピアニストさんでした」
「その時の声は…… ? 」
「あの時は起用したピアニストさん達に年齢差があったんですよ。上は還暦過ぎのベテラン女性でしたからね。流石に声優さんを使いました。キャラクターの設定は女子大生だったので……。
後の演奏会は本人が出演しましたが、声優さんも同時に出て貰って『声担当』と『キャラモデル・ピアノ担当』が二人揃うのも中々乙なものでしたよ。
正直、色が似てる声優さんを使えばいいだけで、声優さんにお願いした方が売れます、ぶっちゃけ。
それだけギャラも散ると思われがちですが、声優さんがやった方が物販は凄いですよ。声優さんのファンもセットで話題になるので。
なんか夢も希望もない、お下衆な話に聞こえがちですが大事な事ですので。
……ソーシャルゲームは二、三年の命です。稀に五年十年続くものもありますが、売れるものが売れれば言い訳で。ガチャにしろ、円盤も、グッズも。
資金が潤沢ならば、じゃあ続投もしくは続編をアニメ化を……となるわけです」
願ってもない。
自分たちでメディアに率先して出ないモノクロームスカイにとって、これほど良い条件はなかった。
問題は、モノクロ内での特殊な人間関係の立ち位置だが……今日聞いて、突然は提案出来ない。
早いに越したことはないが、契約が取れるだけで有難い話である。
そこで動く。
藤白 咲。
「ねぇ南川さん。今日モノクロ連れてきたのって、Angel blessのただの弟分じゃないからなのよ。
まず、この子達ね……」