「なるほど……なるほどね」
先に彩の考えを咲に話しておくことにした。
咲は立ち止まると、霧香の全身を見る。
「一応ね。お姉さんプロだから。みんなの曲は全部聴いてきたのよ。動画も。
リーダーの意向は霧香さんも恵也さんも同意って事なのね ? 」
「はい。サイもこんな事になるなら、最初から会う予定を受けない方が良かったかもって悩んでました」
不安そうにする霧香に、咲は力コブを作るポーズを決める。
「よし ! お姉さんに任せて !
霧香さん、今の服。写真に撮ってもいい ? 」
「えと……大丈夫だと思いますけど……」
咲は持っていたタンブラーを霧香に持たせ、カフェの店先で写真を撮る。
大人雰囲気のテラス背景と、甘い服装の霧香はミスマッチな様で妙に引き立つ。
それを恵也のスマホに送り、恵也からの発信で「仕事中の一息」としてインスタと X にあげる。そしてその写真の違うポーズの物も霧香が自分のインスタにあげた。
その間、咲は誰かにLINEをしていた。
「どうするんですか ? 」
「ふふ。重い石があったら、お姉さんは迷わず重機を使うの ! 便利で強くて、手っ取り早いなら使うべきだと思うんだ !
さぁ行こう」
□□□
兎子アパレル公司のフロントに行くと、すぐ側のラウンジから一人の男が近付いてきた。
背が高く、狐顔でなんとも掴み所の無さそうな印象だ。
「清水 森人です。お待ちしておりました」
「初めまして、モノクロームスカイの霧香と恵也です。リーダーのサイは本日体調不良でして、わたしたちが代理となります。よろしくお願いいたします」
「ドラム担当の稲野 恵也です。よろしくお願いいたします」
清水は目を細めると霧香と恵也を見下ろす。
「若いのにしっかりしてていいね」
そして、本来いないはずの咲に目をやる。
「私はこういう者でして、藤白と申します」
名刺を取り交わす。
咲の名刺を見た清水が奥歯を噛み締めるような仕草を見せた。
咲に手玉に取られてしまっては元も子も無いのだ。
「インフルエンサーマーケティング……そうですか。
どうぞ、こちらに」
ラウンジの奥は小さなブースがいくつもあり、その中の一つに通される。事務員がついてくると、飲み物のオーダーを取り、すぐに持ってきた。
いよいよ話始める……というところで、清水が霧香の服に気付く。
「……それは……Dream rabbitのワンピース……ですか ? 」
早速である。
「元はそうです」
霧香のワンピースは白いワンピースをベースに水色のフリルと、グレイベージュのリボンベルトがついている。更に長袖の筈のブラウスは途中で寸断され、袖口は別パーツになっていた。
元々このワンピースは白一色だった。色違いで、グレイベージュ、薄水色の3バリエーションで発売されたものだ。
それを彩が三色全て買い、服をバラし、再構築したものである。本来白一色のフリルに水色のフリルが混じっているのはそのせいだった。
「わたしたちのイメージカラーはモノトーンと青。もちろん白一色でも着ますけど、わたしたちなりにイメージがあります」
案の定、清水はあまり良い顔はしなかった。
どんな服でもデザインをする人間がいる。根本から否定されて、改造されてしまっては……着こなし方所では無い。完全に魔改造である。
つまり。
Dream rabbitの既製品では、彩は満足していないのだ。
ここから咲が代理で話始める。
「リアルクローズの服を提供というお話ですが、元々Angel blessの二人も加入していると言う点と、そのまま改造しないで着ると言う点を鑑みると、あまり御期待に添えないのでは、と相談を受けまして。
それに、ノーギャラと言うのは少し……。泉 蓮と李 ハランの二人だけでも他者からのオファーは多いですから……正直に言ってしまうと、モノクロームスカイにメリットがありません」
「う〜ん。
でも……その改造って……必要ですかね ? 」
「わたしもイメージカラーは大事にした方が良いと考えています。
モノクロームスカイは四人のモノトーンカラーの男性陣と、青いイメージカラーの霧香さんを中心としたバンドです。とは言え、霧香さんも単純に青一色と言う訳にもいきません。メンバー全員を融合しての、彼女の存在でもありますから。
つまり、モノクロームスカイがどんなバンドであるか御存知ならば、これが必要な改造だった……とご理解頂けると思うんです」
「仰る事は分かりましたが……ですがね、一番の売れ行きは白一色のワンピース ! これが売りだったのに、まさか他の色味を混ぜるとは……。
モノクロームスカイさんのイメージカラー、十分理解いたしましたが、この配色で売りに出せるかと言われると……それは別です」
「理解しております。これはあくまで霧香さんのカラーですからね。
メンズ服のほうの依頼とは ?
今回のお話は、具体的にどのような服なのでしょうか ? わたし含めて、今日は兎子アパレルさんの新しい商品開発と聞いて楽しみにして来ました」
「いえ、実はまだ製造段階では無いんです。企画の段階でして、今の所メンズとウィメンズどちらもやるとしか……」
その段階でよく声かけしてきたものだと、咲が戦闘態勢に入る。
穏便に済ませるのは大前提だが、これが有名モデル相手ならこんなふわふわと話が纏まらない状態で声をかけて依頼しないだろう。
「白シャツでも何でも似合う彼らに着て欲しい服、と言うのは ? って思ったんですよ。
現物……せめてデザイン画の一つでも無いと、と思ったんです。企画段階だと言う事ですので、極秘情報であることは重々承知の上ではありますが……。
でも〜、実態の無いものに簡単に契約など出来ませんよ。霧香さんは未成年ですし余計にです」
「広告塔になるモデルやインフルエンサー、ミューズが決まってからデザインをあげるプロもいます」
話は平行線のまま。
兎子アパレルは霧香の美貌と、既に名のある蓮とハランに目をつけていた。
だが、バンドとしてはまだまだ新規精鋭。
そこまでの賭けは出来ないんだろう。
「……例えばですけど、その白一色のワンピース水色とグレーが欲しければ、その髪の色と、黒やグレイの小物を合わせる……と言うのは…… ? そういったやり方では駄目なのでしょうか ? 」
咲は何度も説明するのは時間の無駄とばかりに、出されたコーヒーに口を付け無言の圧力。
この藤白 咲があの音ビルの有名オーナー、黒岩 樹里の関係者なことは周知の事実である。
こうなると清水も、交渉ごとについて咲に従う他、道は無いのである。
だがどうしても、これからもDream rabbitの服を公然の前で着るならば、改造はやめて貰いたいところではあった。
清水が悩み込む……その時。
入り口から一人の女性が入ってきた。
中年男性のマネージャーに付き添われ、フロントで取り次ぎをしてもらっている。
その女性は暇を持て余したようにラウンジに来ると、ふらふら歩き回り霧香のいるブースを見つける。
そして満面の笑みを浮かべると、突然走り寄ってきた。
「お話中、すみません !! もしかしてモノクロのキリさんですか ? そうですよね ?
フォロワーのミミにゃんです ! 」
名前の通り、猫耳姿がトレードマークのこの少女は霧香より更に年下の中学二年。なかなかの美少女である。
「あ……ミミにゃんさん !? 初めまして ! キリです」
「ヤダー ! 現実世界でお会い出来るとは思ってませんでした ! 」
「わたしも、まさかここで会えるなんて ! 嬉しいです」
彩と出会った日、霧香がインスタに上げた一番最初のロリータ写真を見て、最初にフォローしてきた有名モデルである。
読者モデルながら天性の明るさとウォーキングの実力は瞬く間に爆破的人気を集め、今やバラエティにも引っ張りダコである。
「今日は商談ですか ? 清水さんと ? 」
「あ……うん。まあ、お話を聞いてて……」
何とも言えない。
まさか今の今、その商談を蹴ろうとしている瞬間とは。
だが次の一言が決定打となる。
「そのワンピース、新色ですか ? 超可愛いです !
モノクロさんのイメージにピッタリですね !! それ、わたしも欲しいなぁ〜。
清水さん、キリさんと写真撮ってもいいですか ? インスタに載せます」
「え……。
あ、ああ。もちろんいいよ」
「やった〜 !
キリさん、ここの観葉植物の所にしましょうよ ! 」
「うふふ。可愛い子二人 ! いいわね〜。お姉さんが撮ってあげる」
咲が席を立つ。
ヌーディ色のリップがニッと悪魔のような笑みに変わるのを、恵也はニヤニヤとしながら見物する。
「わたし今日厚底なんで、キリさんと身長同じくらいに見えますね。
今度、この会社で二番目のゴスロリブランドも出るらしいんですよ〜。今日はそれで来たんですけど、まだ迷い中〜」
ミミにゃんの専門分野はゴシックロリータである。
「ここの服、フリルがすぐ潰れちゃうから長時間のロケの衣装にはちょっと……。それで今日、マネージャーが話しに来てて〜」
喋りすぎなんじゃないかと、この場の全員が思うところだが、一番痛手なのは服の粗悪さについて皆同じ感想であるということだった。
フリルがヘタる。生地が弱い。縫い目も荒い。その割に値段も学生向きでない。
「じゃあ、同じポーズしてみて。スカートを広げてフワッとした感じにするー ? 」
ミミにゃんがスカートを綺麗に柄の見えるように広げ、人形のように綺麗な顔でキリに寄る。そしてキリには被らないよう、片側の手の位置を調節し霧香を前に出すと、アクセントを付けるように、片足のつま先をトンっと床に立てる。
カシャ !
カシャ !
「あは ! うふ ! 可愛い ! お姉さん、感動しちゃった ! 」
「ミミにゃんさん、凄いです。同じ条件で立ってたはずなのに、立ち方とか本当にプロの技術ですね」
これは霧香の完全な本音である。
普段、煩わしい環境に身を置くミミにゃんも、これが本音と分かると、勿論素直に嬉しかった。
「これからもインスタみます〜」
そこへマネージャーが飛んでくる。
「ミミにゃん ! その方は…… !
仕事中、お邪魔して申し訳ございませんでした」
清水が「いえいえ」と腰を低く挨拶を交わす。
「ミミにゃん駄目ですよ ! 他の方にご迷惑おかけしては ! 」
「でもモノクロのキリさんだよ ? 」
「……あぁ、あのマシンベースの !
いやぁ、兎子アパレルさんも目の付け所が違いますねぇ。アンテナが鋭いと言うか……」
そのモノクロに、今や商談を蹴られ中の清水である。
「それでは私達はこれで、大変失礼いたしました。
さぁミミにゃん、三階の会議室だよ」
「ふええ〜ん。
キリさん、LINEやってます ? 聞いてもいいですか ? 」
「あ、是非」
「ミミにゃん、やめなさい。時間が……」
「うふふ。マネージャーさん。良ければわたしから後でキリのLINE送ります」
「え ? じゃあ、そうしようか ? 」
名刺を取り出そうとするマネージャーに、咲は自分の名刺を先に渡す。
「楓JAPAN芸能の水戸マネージャーさんですよね。大丈夫ですよ。存じ上げております」
「あぇ !? いやー、これはこれは ! 」
「では、後ほど」
「ええ、失礼します。
清水さんも、失礼致しました〜」
ミミにゃんと水戸マネージャーが去る。
清水は、もう何も言い出せなかった。
「さて、わたしたちのお話は以上ですので……では、これで失礼いたします。
どうぞ、もし条件や意向が変わりましたら、わたしの方に御連絡頂ければと思います」
「ええ。こちらこそ、この度はご期待に添えず……。立ち上げてるレーンのデザイナーには話してはみます。また連絡しますので」
清水は案外、すぐに引き下がった。
と言うより、考え直すという形で解散となったが、一つのバンドの為にデザインや配色を簡単に変えはしないだろう。
今日の霧香の服も、実売したら実際売上はどうなのか…… ? それは誰にも分からない。
だからこそ、インフルエンサーの力は恐ろしいのだ。
予定時間より早く兎子アパレルへ来るように咲にお願いされた水戸マネージャーは、定刻通り現れ、担当しているモデルのミミにゃんは想像通り霧香に声をかけてきた。
仕組まれた出会い。
恵也が事前に上げた写真と、ミミにゃんの写真により、ワンピースの評価がねじ曲がる。
ミミにゃんがアップしたインスタのキリの服は、既存のワンピースを購入した層をピンポイントで刺激した。
『これ、新色 ? 』
『三色全部買って繋げたらしい』
彩がこのアパレル会社の服をよく使った理由もどんどん出てくる。
『いいかも ! ドリラビの服ってすぐほつれるし、分解しやすそう』
『生地すぐ傷むし、同じとこいつも破れるから、改造するのは持って来いかも』
『古着だと惜しく無く手を加えられる。これからフリマサイトみてみよ』
三人、兎子アパレルを後にする。
「あの様子だと、色んな人に声がけしてる感じね。モノクロにこだわりなんて無いのよ」
「咲さん……もしかして、ミミにゃんと知り合いだったりします ? 」
恵也の質問に咲は、にっこりと微笑むだけだった。
肯定の微笑みだと確信する。
ミミにゃんのフォロワーは二十万人。
マルチに活動する彼女のインフルエンサーとしての力は確実なものである。
「フォローもフォロワーも使いよう。インフルエンサーは怖いわよ。そして自分がインフルエンサーになれれば理想的。
ネットで生きるなら、曲を拡散してくれるインフルエンサーの存在は大事。
先日の曲は千歳くんが拡散してたけど、身内じゃまだまだ足りないの。
まぁ、リーダーも考えてると思うけどね」
このミミにゃんと霧香のツーショットにより、キリのフォロワーも更に跳ね上がることとなった。
□□
彩と再び待ち合わせ。
先程と同じカフェである。
着替えを済ませて先に到着していた彩に恵也が話し込む。
「そんでさ〜キリの服見た時、モリリン固まっててさぁ〜」
「そう……」
最初こそ汗だくだった彩だが、少し仕事モードに切り替わって来たようだ。更には道すがら、霧香とミミにゃんのツーショットがネットに上がると、すぐにミミにゃんは咲の差し金だと気付いた。
人脈があるのだろう。仮を作れるぐらいに。有名モデルがたまたま同日、会議だったとしてもスケジュールを前倒しで来いと指図出来るとは……藤白 咲と言う人間はかなりヤリ手なんだろうと把握する。
故に『これから会わせたい人』とはどんな人間なのか興味深くもあった。
「既製品を着てくる人は多いだろうけど、完全に改造しまくった形だからね〜。
お姉さん、元のワンピースの写真見てビックリしちゃった ! 」
「跡形も無いっすもんね」
「それで相手は…… ? 機嫌を損ねましたか ? 」
「諦めきれない感じかな ? 本当は「もういいか」って空気が出てたけど、ミミにゃんが来て仲良くしてたから気が変わった……みたいな。
焦りが出たんじゃない ? あの子人気だし、大事な広告塔だからね。私生活で仲のいい有名人同士は話題になるし、霧香さんの外見なら遜色が無いものね。
しかも……その彼女まで兎子との契約を悩んでるって、すぐそばで話されちゃって……」
「あのブランド、評価低いんすね。趣味があれだから……客が少ないのかと思ってたわ俺」
「ロリータ系ショップで本当に人気なブランドは賑わってるわよ。
さぁ ! お姉さん、紹介したい人がいるの。行きましょ。
タクシー♪タクシー♪」
「お姉さん ! 前見て ! 」
ベチョ !
「はぅ !! 」
走り回っていた子供の持つソフトクリームが股間を直撃する。
「つ、冷た…… ! 」
見下ろすと三歳程の幼女が咲を見上げて瞳いっぱいに涙を溜めていた。
「ふ……ふぇぇ……」
泣く !!
幼児 号泣 三秒前 !
「あ……あわわ ! ご ! ごめんね !! 」
三 !!
二 !!
一 !!
「こんにちは〜 ! ごめんね〜、俺たちが悪かったね。怪我ないか ? 」
「……うん」
「アイスは新しいの買ってあげるからね。
お母さんと来たの ? どこにいるかお兄さんに教えてくれるかな ? 」
「……アッチ」
「連れてってくれるかな ? 」
恵也が彩に目配せする。
すぐにソフトクリームを買いに動く。
恵也が女の子のお母さんに事情を説明している間、霧香は半ば呆れ気味で咲の股間を見つめる。
「二着目も……コインロッカーにあるんです ? 」
「……あるんだけど、今来てるブラウスには合わないのよ……色もデザインも……」
「とりあえず拭くだけ拭いてみましょうか」
おしぼりで咲の股間を拭きまくる。
「「…………」」
何だこの作業、とは思いつつも咲は自分の不注意である為、何も言えない。
そんな咲を見て、霧香は咲に少しの人間味を感じた。さっきまでパーフェクトに仕事をこなしていた咲が、会った時も現在も本当にチャカチャカして落ち着きがない。
完璧な人間でない事に、親しみが湧いた。
二着目の白いスカートは水分を含みかなり濡れてしまったが、アイスの成分はかなり取り除けたと思われる。
「……乾けばいけるんじゃないですかね ? 白だし」
戻ってきた恵也と彩が、咲の股間を眺める。
「……俺のジャケット貸しますよ。白だし。腕にかけて隠せば」
「ああ、気にならねぇな。
…………まぁ。乾くんじゃないっすかね ? 」
「うん……。お姉さん信じる。その言葉信じる ! 」
咲が気を取り直してふんぞり返っている後ろで、彩は「咲の着ている白いブラウスに合わない色とは一体どんな服なのか」とモヤモヤ考えていた。