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第21話 陽光

 朝。

 恵也がリビングに来ると、今日は霧香が先に起きていた。

 霧香、蓮、ハランが並んで朝食を取っている。未だテーブルの定位置は決まっていない。

 彩は食べ終わったところで皿を洗って食洗機に入れるところだ。


「霧ちゃん、今日も可愛いね」


「んー」


「お前、残すならソーセージ俺に頂戴」


「んー」


「霧ちゃん、ソーセージ嫌いなの ? 」


「んーん」


「寝起きで入んねぇだけだろ」


「んー」


 恵也は頭を抱えて三人を眺める。


「いや……これ駄目だろ……」


「んー、ケイおはよ」


「駄目だろ『んー』じゃ ! なんも、ときめかねぇよ ! なんだよオフレコくっそ友達じゃん ! 兄弟じゃん ! 」


 恵也はバグってる。


「そんな朝からイチャイチャ設定出来るわけないじゃん。あれはパフォーマンスだよ ? ケイ」


 あくまでパフォーマンスと言い切る霧香。


「いやいや、割とハランはやってたぞ !?

 蓮もそんな食いかけのソーセージよく食えんな ! 齧った痕ついてんじゃん ! 」


「最近は彩が歯磨きさせてるから大丈夫だろ」


「娘か !! 普通歯磨きは自発的にするの ! 大人は !

 お前らって俺、本当に意味わかんない」


「サイ、おはよう」


 やっとリビングに戻った彩に、霧香が声をかける。そして霧香の顔を一目見ると、気まずい顔で深く溜息をついた。


「おい、どうしたサイ。今度はお前が喧嘩か ? 」


「いや……違う。うん。おはよ」


 彩はそのまま部屋に戻って行った。


「なんだありゃ。何か気に触ることでもしたのか ? 」


 恵也の問いに霧香は首を振る。


「ううん。何か悩んでるみたいだね。凄く動揺してたし」


「え ? 怒ってなかった ? なんで悩みだとか言いきれんの ? 」


 恵也はまだ彩の特性を聞いてなかった。

 そこで蓮が割って入る。


「彩は主人の霧香と感情が繋がってる。お互いに今の精神状態が手に取るようにわかる」


「え !? 何そのプライバシー0の契約 !! 第一契約者って、身の回りの世話人なんだろ ? うっわ怖ァ〜 ! 俺無理 ! 」


「わたしだって気持ちがダダ漏れなのは良いわけじゃないけど……サイだし」


「そっか。まぁ、確かに。サイなら……」


 全員納得してしまう。メンバー1無害な男。


「そもそも契約者って、なんで存在するんだ ? ヴァンパイアだけなんだろ ? 」


「俺達の世界はとにかく、土地の取り合いや女性の取り合いが酷いんだ。良家のお嬢様はとにかくモテる。でも、終始笑顔でいなければならないのに、鬱陶しいから一人にしてくれとは言い出しにくいだろ ?


 だから第一契約者が『主人が今話してる者に好意があるか、嫌悪感を抱いているか』を判断する。無理をしてるなと思ったら上手く引き離したり、くっ付けたりもする……。

 そこに大きく関わってくるのが第三契約者の『外交担当』なんだ」


「えぇ〜 ? じゃあ、人付き合いのために生まれた契約システムってこと ? 」


「そうそう。

 領主や王族の会合なんかは特に重要になってくる。その時日にちを考えるのが、体調が連動する第二契約者。過密スケジュールを立てたりしないように。

 更に第四は影武者、第五は護衛。契約者には感謝しかないよな」


「へー。レンレンも契約者いるの」


「はは ! この俺が他人に心を読ませると思う ? 」


「ですよねって思うぜ。

 で ? サイが冷たいのはなんでだったの ? 」


 恵也に二度聞かれて霧香もギクリとする。

 霧香が彩に感じたのは『自分を意識している』という感情だった。

 しかし、まさかである。

 彩に限ってそれは無いのだ。


「分かんないけど……わたしと話にくい理由があるんじゃないの ?

 誰も何も聞いてないの ? 」


 霧香の質問返しに手を挙げたのは、なんとシャドウだった。

 この中で一番客観的にモノクロームスカイを見れる存在。だからこそ気付いた。

 モノクロの動画を彼は意外にもワクワクして観ている。今やヘビーユーザーだ。


「あれじゃないか ?

 昨日のハランと出掛けた行動が裏目に出たようだぞ」


 これには思わずハランの笑顔も固まる。


「え…… ? なんで ? 」


「霧香のファンは、そもそも蓮推しが多い。蓮×霧香の推しだ」


「……」


 ハラン。

 これには思わず口を尖らせ不満の御様子。


「だが、先日ハランが霧香と歩いているのを撮られ、予定通り一瞬騒がれた。

 その反動か、彩の評価が変化して来ている。

 部屋紹介動画を見ると分かるぞ」


「 ? 」


「あの動画はメンバー紹介と霧香とハラン、蓮の三人にスポットを当てたものだったんだろう ?

 だが、女性ファンの目にはそう映らなかったようだぞ」


 恵也がスマホを取り出したところで、シャドウが覗き込み X を開くように言う。


「#モノクロームスカイ 動画で検索かけると、切り抜き動画が多く出てくる。YouTubeショートかTikTokに再生リンクが貼ってあって……」


「ほうほう。

 あ〜、結構上がってんだ。まぁこれはこれで嬉しいけど」


「切り抜き動画の抜粋がおかしい。これなんかがそうだ」


 恵也が動画のタイトルを読み上げていく。


「えーーっと。

『カメラに気付くとそっとフェードアウトするSAI』

『イチャつく三人の側で虚無になるSAI』

『ゲソの三人が仲良し可愛い』

『公開収録でケイの一挙一動に胃痛がしているだろうSAIのテンションバロメーター』

 ……なんだこれ !? 全部サイの切り抜き !? 」


 体を張ってる蓮とハランは不服そうだ。霧香は苦笑いで考え込む。


「な、なんでサイなんだろね ? ギターとバイオリンのファンは多いけど、サイはそういうバラエティ的な要素は無いし……」


 ハランは脇からスクロールしながら検索にかかった物を見極めていく。


「でも、やっぱり思った通りかもね。

 そもそもゲソの二人のファンに、恵也とAngel blessのファンが合併したようなものだから、熱量はゲソファンの方がまだまだ多いんじゃないかな ?

 ゲソは元々サブカル系に固定ファンが偏ってたじゃない ? バズってる切り抜き動画のクオリティが高過ぎる。普及の為の無言の圧力を感じる。

 ほら、この人。切り抜き動画専門のアカウントだし、フォロワーも俺らの三倍。再生数多いこっちの人も、元々KIRIの演奏動画を繋げて長尺音源上げてる奴」


「あ、そいつの動画観た。ガチファンの極みって感じの。背景とかインスタの写真加工してるKIRIガチ勢の奴だ」


「やっぱ紅一点の強み ? 元々演奏技術が強いものね ? 」


「俺達が加入したのは失敗か ? いなくてもやっていけたんじゃないか ? 」


 蓮の言葉にシャドウが否定のサイン。


「いや、単純に陰キャのSAIが好感度高い。無害そうで無口だからミステリアスに見えるんだろう。

 蓮とハランは最早、ヒールだ。つまり霧香の悪い虫」


「「虫……俺達、虫…… ? 」」


「ケイも人気なんだね。トークが面白いんだって。

 面白いのかな ? ただの陽キャだよ」


「客観的には……一番まともな事してるから、恵也って」


「確かに動画の中では明るいしっかり者 ? 」


「何それ何それ ! 普段の俺が頓珍漢みたいな言いようじゃん !? 」


 スマホを伏せて全員考え込む。


「これで『SAI×KIRI推し』ファンが少なからずいて、そいつらが情報発信クオリティが強いのは分かったな……」


「クオリティの高さって大打撃なんだよね。今までAがいいと何となく思ってた人間が、動画の観た影響一つでBに転ぶ。

 サイとわたしはまずいよ。サイ、そんなパフォーマンス出来ないもん」


 いくら霧香が相手とはいえ『恋愛対象として行動しろ』と言われたら、二秒で蕁麻疹コースである。


「元々、二人のバンドだったしね。っていうか『ゲソ』のネーミング……定着してたんだ」


「『天使組』と『ゲソ組』って分かれ呼ばれてるらしい。天使組はレンレンとハラン」


「「むしろ悪魔二人いるのにな……」」


「早目にSAI×KIRIの線を断ち切らないと、アイツぶっ倒れるぜ」


「こんな噂くらいのネタ動画であの調子なの ? 彩。結構重症だな」


 全員、彩の女嫌いは把握して了承はしているが、理解はしていない。


「で、今日はアパレルの人と会うんだっけ ? 彩が行くの ? 相手男性 ? 女性だったらどうするの ? 」


 ハランが不安そうに聞いてくる。


「一応、電話してきた奴は男らしいんだけど、サイとキリと俺が行くことになった。

 でもあいつ、ノり気じゃないんだよね」


 初めは見目を考えて霧香と蓮を考えた彩であったが、クール系の蓮にトーク力は期待しなかったのである。

 そして、相手がリアルクローズ……所謂、普通使いの洋服を推して来る話が本当ならば、バンド内で一番耽美と程遠い恵也を連れていこうという試しでもあった。


「そういえば樹里さんはなんて言ってたの ? 」


「何も知らないらしい上に、六十万のシーリングライトの話された」


 蓮の怪しい話に全員食いつく !


「何それ詳しく」


「ははは、誰が買うんだよ」


「怖っ ! 聞きたい ! 」


「実は、そのシーリングライトは……」


 シャドウは食洗機のスイッチを押すと、猫型に戻り欠伸をしながら窓際で寝転ぶ。

 人間は何故、くだらない物体を買わされたりするのかと呆れ返って寝た。


 □□□□□□□


 樹里の事である。抜かり無く彩に直接意向を聞き、人材を派遣してくれた。


「じゃあ、樹里さんの知り合いが同行するの ? 」


 彩の部屋へ今日の一日の服を取りに来た霧香と恵也は、同時にスケジュールを確認していた。

 清水 森人と会う前に、別な人間に会うと彩が言うのだ。


「そう。名前は藤白 咲さん。職業はインフルエンサーマーケティング会社の代表。樹里さんの紹介。あの人本当に顔広いよな。

 俺としてはこっちが本命」


 インフルエンサーマーケティング会社は、インフルエンサーを探してる企業とインフルエンサーになりたい人間をマッチングさせる仲介業者である。

 更に藤白 咲と言えばボカロPや歌い手界隈のマッチングから始めたベテランで、ミュージシャンとしてはこれ以上ない適役である。


「清水 森人とは通話でのやり取りをしたけれど、俺たちはそんなに名が知れてないと思う。なのになんで兎子アパレルでそんな話が来たのか。

 清水 森人という広報が一体どういうつもりなのか意図が見えない。普通営業じゃないのっても思うし」


「思うんだけど……。俺らはともかくさぁ、レンレンとハランは既に人気あるし、それだけでもノーギャラって有り得なくね ?

 Angel blessは衣装協力が三社くらいいるんだっけ ?」


「あっちは俺たちとはレベルが違うし……京介が一番人気だからな。

 思うに清水 森人の独断でまだ企画段階にないんじゃないか ? 兎子アパレルはあちこちにショップを乱立させてるけど、息の長いブランドは無い。ただの服飾会社という方が強いよな」


「じゃあ、兎子アパレルとは今日は喜んで会いに行くってスタンスじゃねぇ訳か」


「正直そうなる。勿論、ただの衣装協力なら嬉しいんだけど、宣伝だけで衣装を押し通されたら、曲に合わないし、そんなのモデルにやらせろって思う。


 キリ。今日はこれを着てくれ」


 霧香は差し出された服を見てすぐに気付く。


「これ……わたしは好きだけど……。

 いいの ? 大丈夫 ? 」


 不安そうにして渡された服を広げて眺める霧香。


「その服がどうかしたの ? 」


「うん……だって……」


 躊躇う霧香を見て、彩は本音を口にした。


「俺が兎子アパレルの服を使う理由は……」


 それを聞いた霧香と恵也は妙に納得してしまった。


 □□□□□□


 兎子アパレル公司 本社ビル付近。

 三人は咲とカフェで待ち合わせをした。


「あ〜いい天気。海行きてぇなぁ」


 恵也は客が少ないのをいいことにダラリともたれて、空を見上げ、だらしなく口を開けている。


「ほんと。オープンカフェって初めて来たけど気持ちいいね」


「へぇ。初めてかぁ。女の子ってこーゆー店好きなのかと思ってたわ」


「まぁた女の子で括られた ! ケイそれ良くないよ」


「ゴメンて。って言うかよぉ………………サイ大丈夫 ? 」


 二人が彩をチラ見する。

 汗ダク。

 白いシャツの背中が既に変色。

 気温は20度前後だ。

 暑いわけでもないだろう。


「咲さんって、樹里さんの知り合いなんだろ ? だったらおばさんなんじゃないの ? 」


「サイの女性の認識範囲、九十代でも女性だよ。アウト 」


「マジかよ ! 」


「…………」


「おーい。……ダメだこりゃ。喋りもしねぇ」


 二人の間に不安が押し寄せる。

 これは……彩はいないものとして考えないといけないかもと。なんなら喋らないなら、いない方が余程自然である。


 その時、カッカッと鳴るヒールの音が近付いて来た。


「お待たせ〜 ! モノクロームスカイのゲソ組ね ? かぁわいい ! 」


「あ、はい。初めましてKIRIです、ベースとチェロ担当です ! 」


「知ってるよ〜」


 スレンダーで二十代後半程の女性だ。

 全身白いスーツに白いパンプス。

 ローポニーを三つ編みに纏めた髪が清潔感のある印象だ。


「ここデザート美味しいよねぇ。昼過ぎで店の中は混んできたわー。お姉さんもなにか飲み物頼んでからと思ってさ〜」


 そう言い、サイの横の空いた椅子に向かうが、軽快な音を立てていたヒールが突然、ゴリっとおかしな音を立て、咲は地面に沈んだ。


 弧を描くアイスコーヒーの容器。


 恵也は一瞬で反応する。

 手を素早く突き出すと、斜め下から掬うようにタンブラーを神業キャッチする。


「ナイス ! 」


「おー。なんかさ。これなら取れるなって今、分かった。これも『力』なんだな。スローモーションみたいに見えた。

 で、あの……」


「「…………咲さん、大丈夫ですか ? 」」


 涙目で立ち上がる咲。

 膝から脹脛にかけてストッキングが伝線している。


「い、痛〜い。お、お姉さん転んじゃった ! 」


 無理してる !

 ズタボロなのにお姉さんキャラを押し通そうと無茶している。


「そ、そ、それで今日のお話ですが……」


 目を合わせず、突然彩が喋り始める。


「待って待って ! サイ !

 今、咲さんそれどころじゃないよ」


「……あ、えーと。怪我ねぇっすか ? 」


「咲さん、おしぼりで膝冷やして ! 」


「手も擦り剥けてますよ。俺、絆創膏あります」


「ふええ。ありがとう ! お姉さん、皆優しくて嬉しい ! もう痛くない ! 」


「いいから ! お姉さん、じっとしてて ! 」


 全員にいじくり倒され、やっと椅子に腰を下ろす咲。

 もう何がなにやら。咲の強烈なキャラに全員パニック状態だが、モノクロはモノクロで先に言っておかねばならない事がある。


「すんません、お先にお伝えしておかなければならない事があって……うちのリーダーとんでもなく人見知りなんです。

 多分会話は俺らがします」


「あたしもごめんなさい。もう、こんな歳になるのにいつまでも集中力が散漫で……しょっちゅう転ぶの。

 あと、一人にしないで ! 道に迷うの ! お姉さん、道に迷うのぉぉぉっ ! 」


「お姉さん落ち着いて ! 」


 兎にも角にも咲に無事だったタンブラーを握らせる。


 爽やかなパラソルの下、初夏の陽気に、汗まみれのリーダーとドロドロボロボロの自称 お姉さん。


「どうすんのこれ」


「あと時間どのくらい ? 」


「一応、一時間あるけど……着替えに戻る余裕ねぇよ。金もねぇしさ」


「うちで着替えしてこようかな」


 彩。離脱の提案。

 ……とは彩のアパートの事だ。


「服、残ってんの ? 」


「自分のくらいは……」


「待って。往復する時間考えてる ? ここまで戻ってくる時間は無いよ ? 」


「まじか……じゃあ俺達だけか。でもどの道、サイ喋んねぇしなぁ」


 咲はコーヒーを一口含むと、やっと落ち着いた様子で話始める。


「実は、今日は他に紹介したい人がいるの。

 兎子アパレルは……商談をお受けにならないのよね ? 」


「……はい。色々あって……」


 霧香は納得していたが、事情をまだ聞いていない咲は疑問に思っていた。服を選ぶ時は高確率で兎子アパレルの服を使用していたモノクロが、好みじゃないと言うとは……と。


「じゃあ、霧香さんと恵也さんを連れて私が同伴しますので。また待ち合わせして二件目に向かいましょう。

 わたしはコインロッカーに替えがあるので……お姉さん、よくやらかすから……」


「ドジっ子極めたんすね……」


「お恥ずかしい」


「それしか無いか。じゃあサイ、行ってくるね。

 わたし、この気持ちを伝えればいいんだよね ? 」


「ああ。くれぐれも丁重に。咲さんにも事情を話して。

 俺。着替えてくる……」


「ん。お前はあれだ。なんか汗かいても変色しないもん着てこいよ」


「……」


 待ち合わせ場所で。

 全員揃って、即解散。


「リーダーって、ほんと、みんなとは喋るのね。お姉さん悲しいなぁ」


「あ……いや。こういうのってほら、今は差別的発言にもなるので、言い難いんですけど……あいつ……そう ! 美人恐怖症なんです」


「えぇ !? 美人と喋れないって事 !? 」


「あと、美人候補の女の子とか元美人のおばちゃんとかも……」


「な、成程〜。じゃあ嫌われてる訳じゃないのね ? お姉さん、一安心〜 ! 」


「全然 ! 寧ろ意識するから喋れねぇんじゃねぇっすかね ? なぁ ? 」


「う、うん。え ? 何 ? 」


 霧香が緊張しているのを見て咲が励ます。


「あー ! 緊張してるな ? 大丈夫 ! お姉さんがついてるから ! ぎゅー ! 」


「は、はい !

お姉さん今抱きついてるの、お店の看板です……」


「ブラウスにランチメニューが転写されちゃった ! 」


 不安である。

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