駅からバスに数十分乗り、ようやく港町に到着出来る。
少し先のバス停で降りれば砂浜に行きやすいが、霧香はその前に降り、ダブンダブン揺れる船を眺めながら歩道を歩く。
潮鳴りを聴きながら頭を空にする。
歩道から海まで距離こそあるものの、魔力で水の気配を辿れば流れや動きも手に取るように感じ取れる。
十分程歩くと、やがて歩道が最も岩礁に近付く区間に差し掛かる。眼下に飛び込んでくる岩礁と三角波。そして地平線から上には紫色と赤色のグラデーションが続く。
ガードレールに手を付き、大きく深呼吸する。
「スゥ〜……ハァ〜……」
だがすぐにその静寂が破られる。
喧しいバイクのエンジン音。
波の音を掻き消しながら近付いて来る。霧香はムッとしてバイクの来る方向を睨みつけた。
「はぁっほー !! 」
「ギャハハハ」
霧香より少し上の歳程で、時代遅れな風貌の若者が三人、近付いてきた挙句、霧香の前で止まる。
「一人っすか ? 遊ぼ 」
「飯とかどう ? 」
霧香は無関心を貫き歩き出すが……少年達は離れようとしない。爆音のバイクをノロノロと走らせながら霧香にまとわりつく。
「その服可愛いっすねー」
「高校どこっすか ? 」
やはり自分は高校生くらいに見えるのかと、今はそれがコンプレックスになりかけている。
「ねぇ、ちょっとだけだからさ ! お願ぁ〜い」
肩に置かれた手にゾッとした。
「触んな !! 」
反射的に手首を取り、一気に関節の有り得ぬ方向へ捻りあげる。
恵也と初めて会った時もそうだった。
霧香は普段、自己主張も強くなく、流れに身を任せるタイプではあるが……時々どうしようもなく激昂すると言う本性がある。
「あぎゃ !!
何すんだこの女ァ !! 」
「弱くて反吐が出る」
キレる男たちを更に逆上させるような言葉を吐く。
「怪我したく無かったら帰りなよ。品の無いお兄さん」
こう言う時に限って人通りが少なく、誰にも助けを求められない。いや、求めない。
霧香は元が水の天使である。
エレメント全てがそう言えるが、『水』と言う性質上、穏やかなせせらぎと津波の様な荒々しさはその二面性のある極端な性格として創造された。
その特徴は演奏にも如実に現れている。
「へぇ。俺たちが怪我しちゃうんだァ〜」
「ぷくく、怖い怖い ! 」
三人、バイクを降りて霧香を取り囲む。
「本当に気が立ってる。忠告はした 」
「ふーん。
オラァ !! 」
不意打ち。
しかも男性の放つ渾身のボディブロウ。
霧香の細い脇腹に捻り込むように深く沈む。
だが……霧香は平然と男の動きを避けもせず、冷たい顔を向けたまま微動だにしなかった。
「な、なんだ ? 」
「終わり ? 痛くも痒くもないけれど ? 」
拳が人の身体に沈んだ感触では無かった。
少年がよく見ると、霧香の服の周囲に薄い水の膜が視える。チョンとつつくと、ブニブニとグミのように衝撃を吸収するばかり。
「え……なんだこれ…… ? 」
少年たちに隙が生まれた瞬間、霧香の瞳が赤色に変わる。
「なんだろうねぇ ? 」
首を傾げて、なんの罪悪感も無い紅い瞳で少年を見る。そして額の前に手をかざすと、そのまま何かを搾りあげる様にギュッと手を握っていく。
「君達には分からないよ」
「う……うあぁ……」
ドサ……
一人目が倒れる。
残り二人は両手で取り掛かる。
二人目が膝を付き、霧香を見上げる。
「な……っ ? な…… ? 」
そして最後にネタばらし。
「これは水で出来たバリア。
そしてこの術は身体の水分を数%抜くもの。鬱陶しいからしばらくここで寝てて。最後はあなたよ」
霧香は顔色一つ変えず少年を見据える。
「た、助け……」
「キリ ! やめろ ! 」
最後の少年が倒れたところで、手を掴まれハッとする。
「何してるんだよ ! 」
怒りからふと我に返る。
「ケ……ケイ…… ? なんでここに……」
「迎えに来たの !
あーあ。こいつら……生きてるんだよな ? 」
恵也が少年をスニーカーの先で小突く。
少年達は朦朧とした状態で「うぅーん……」と呻く。
「生きてるよ。ただの熱中症だよ」
「ダメぇ ! 不良とやり合うなよ ! 熱中症も怖いの ! 人間は !
なんか防犯ブザーとか鳴らせよ……これ魔法使っていいのか ?
ってか、え ? 無傷で三人も倒したの!?訳わかんねぇ」
「ケイ、うるさいよ」
そう言って霧香は再び浜を目指す。
その後ろを恵也もレンタルサイクルをひきながらちょこちょこついて来た。
「浜辺に行くのか ? 」
「そうだけど ? なんで ? 」
「俺も行く」
悪意のない恵也に耐え切れず、霧香も話を振る。
「ハランに……頼まれたの ? 」
「違うよ。ハランが、サイに『別行動になった』って連絡入れてきて、サイがハランを怒ってたから、俺が行くから大丈夫ってなだめて来た。んな大袈裟なって思ってたけど、来てよかったよマジで……」
「取って食ったりしないよ。ちょっとナンパ撃退しただけ。
……違うの。わたしが勝手にハランと別行動したの。ハランも本当の事言えばいいのに……」
「お ! 浜辺見えてきたぜ ! 」
話を聞いているのかいないのか、恵也が突然走り出す。
波に手を突っ込み「うぉー ! 」っと声を上げてはしゃぐ。
「冷てぇ ! うぎゃ ! 濡れたぁぁ !! 」
乗り捨てられた自転車を駐輪場に返している霧香のそばにヒョコヒョコ戻ってくる。
「ケイ、何があったか聞かないんだね」
「おう。めんどくせぇから聞かなくていい」
そう言うのは別として、恵也自身も霧香と他の男達がどうあろうと考えたく無いのが本音だ。
「だいたいさぁ、急に怒ったり急に泣いたり……女の子ってそんなもんじゃん」
「ケイって、なんでも一括りにするよね。女の子とかイケメンとかさぁ」
「そんなことないけど」
「そんなことあるよ」
「……でも、お前が悪い喧嘩だとしても、俺がお前を守るのは変わらないからさ。一人になったって言うからチャリ漕いで急いで来たんだぜー」
「……」
霧香は改めてハランに八つ当たりした事を後悔した。
自分の綻びで全員に迷惑がかかってしまう。
「なぁ、さっきやったのって魔法 ? 」
恵也に聞かれギクッとする。魔法を乱用した事が統括にバレればなにかしらの制裁があるかもしれないのだ。
魅了魔術は天使も悪魔も体質的に抑えようが無いとして、霧香の場合は音魔法については許可を得ている。だが、その他はほぼ許可されていない。
先程の少年たちが、霧香の命を脅かす存在にシフトすれば話は変わってくる。人間界に人外の遺体を生み出す訳にはいかないからだ。
だが、ヴァンパイアは傷の再生は早く、痛みも人間の数倍鈍感である。
よって、先程の魔法は正当防衛とまではいかないのである。
少年達は少し絡んできただけ。攻撃はしたが命を脅かす程の存在では無い。
「思わずムカッとして……本当はダメなんだけど……」
「バレなきゃ大丈夫じゃねぇ ?
聞きたかったんだけどさ、俺との契約の時に、ちょっとは魔法使えるようになるかもって言ったじゃん ? 俺、マジで魔法使えんの ? 」
「えっとね。第五契約者の魔法制限は……。
まず体質。わたしと同じく回復が早くて、痛みにも強いの。でも勘違いしないで。病気は別。健康診断はしっかり受けて。痛みが鈍感な分、気付きにくいの。手術が必要な時は解約して人の体に戻さないと医者も困るし」
「お、おう。案外現実的なシステムだな……」
「あとは身体能力かな。
これは……」
砂浜を歩く足を止め、恵也に振り返る。
「やってみた方が早いかもね。
手合わせしてみる ? 」
「お前と ? でも…………もし怪我なんてさせたら……」
「わたしが怪我すると思ってるの ? 」
「……。あっそ。
わかった。俺もやってみてぇし、いっちょ頼むぜ。
ほんでさ。今お前がむしゃくしゃしてるの……全部吐き出しちまえよ」
「別にむしゃくしゃなんて……」
ブツブツ言いながらも面と向かっては否定出来なかった。
流木を手に取ると、砂の上に魔法陣を描く。
寄せては返す波の音が途切れ、一度耳鳴りがする。
音のない世界。
確かに景色は存在するのに、飛んでいたウミネコが消え、海が湖のほとりのように静かな水辺へと変わる。
「十分だけ、わたしたちの姿を消せる魔法。その間、ここから見える範囲くらいの物体は壊しても大丈夫。とは言っても、砂浜だから何にも無いけど」
「ちょっと待った !
えっと……。いや、俺やっぱ女に手ぇ出すの怖いんだけど。すげぇ罪悪感」
へらへらする恵也に霧香は冷ややかに微笑み、答える。
「わたしを守るんでしょ ? 相手が超絶美人とか、外見お子様の凄腕暗殺者とかだったら……護衛失格だね」
「えー ? そんな敵いるか ? 」
霧香は否定もせず。
魔法で姿を変えられる者がいないとも限らないのだ。
「最初に、武器の出し方」
霧香は小さな指輪を召喚する。ユリの紋章に似た彫刻が入ったシンプルなものだ。
「邪魔にならない指につけて。
いい ? 指先でもう片方の手のひらに六芒星を描いて、出したい武器をイメージするの」
「うぅ〜ん」
「よっと ! 」
霧香は尖端がスポンジで出来た木刀を召喚する。
「こんな感じ」
一方、恵也は……
ボフッ
腕時計を召喚した。
「武器出せって言ってんじゃん ! 」
「だってこれ、よくアクセサリーとかで見るデザインなんだもん ! 」
「これはアイリスに似た花で、水の天使ガブリエルの象徴でもあり、近年ではフランスで…… ! 」
「やめろやめろー ! 今、余計な知識入れんなよ、余計混乱すんだろ ! 」
悪夢にうなされた様な顔で、恵也は六芒星を描きながら思う。
「銃は不味いしなぁ。刃物も慣れたら、いざと言う時、街中だったら俺逮捕だしなぁ」
「ただの練習だよ。姿は見えないんだから好きなのポンッと出せばいいじゃん ! 」
「そう簡単に言われても……え〜 ? 武器って他にあるか ?
もう、素手で殴った方が早くね ? 」
武器とか無くてもいいな、と。
その想いが形になる。
ドザッ
そうして召喚された物が、足元の砂の上に落ちた物体だった。
「「メリケンサックかよ……」」
なんとも単純明快な武器ではあるが、シャドウならともかく恵也は上手く体重は乗らないだろう。スピード勝負で拳が繰り出されればあるいは……。
「べ、別にいいだろ !? 」
「な、何も言ってないよ。
じゃあ、わたしは攻撃を防ぎ切ったら勝ちね。
ケイはわたしのボディに指一本でも触れたら勝ち ! 」
「楽勝じゃん !
よしゃ ! 行くぜ !! 」
勢いよく、そして大きく振りかぶり霧香に拳を突き出す。
ガッ !
一瞬でその拳が木刀の腹で止められ、
拳に当たった木刀の向こう側、霧香の鋭い瞳が見えた。次の動きを読むように、聞き耳を立てているかのよう。全身がセンサーのように恵也の動きを警戒している。
恵也は霧香が本気でやり合っていることに気付き総毛立つ。
何度も突き、えぐり上げ、振りかざす拳。
だがそのどれもが霧香どころか、木刀でガードされるばかり。
「くそっ !! まじかよ ! 」
手を開き、髪を触ろうとするもそれすら木刀で叩かれる。
霧香の木刀毎、ブチ破る程のパワーがあればと試みるが、力を込めた時ほど霧香はガードを解き、拳を受け流して、思うように負荷がかけられない。
「はぁ、はぁ。キッツ ! 強ぇ !! 」
「ふふ。だから言ったじゃん」
「もう十分経つ ? 」
「うん。ケイの負け」
「んぐぅぅ〜〜〜悔しい〜〜〜」
恵也は砂浜に寝転ぶと、空を見ながら息を整える。
「シャドウくんに相談してみなよ。喜んで手合わせしてくれると思うよ」
「なぁ。俺、とりあえず今も急いで来たけど……。お前、こんな強いのに護衛って必要なの ? 」
「勿論、必要だよ。
でも、わたし……最初から友達とかバンドのメンバーを契約者にしようなんて思ってなかったの ! あれはシャドウくんが勝手に…… ! 」
「あ〜聞いたよ。それに、ほら。俺は何時でも解約出来るんだから、そう悩まなくていいんじゃね ?
俺もサイも好きでやってるし」
「……」
霧香は一旦、海を眺めてから恵也のそばに座り込む。
「わたしは地獄には行けないの」
「えーっと……属性が水だからってやつか。人間界にいれば安心なの ? 」
「統括は『そこは分からない』って。
わたしを狙ってくる奴がいるとしたら、悪魔よ。水の力が欲しいから。
でも悪魔は簡単に人間界に来れないし、人間が知ってるような名前のある大悪魔は余計に結界から出て来れない。
でも、人間の中に召喚出来るほどの魔術師がいたら別」
それを聞いた恵也が大口を開けて笑い出す。
「ねぇーよ ! 魔法だの魔女だの。そんなんオカルトの世界の話だろ ? 」
「事実、わたしはヴァンパイアだよ ? 」
「まー、ヴァンパイアは許可受けて出てこれるとして。じゃあ、召喚も難しい悪魔の呼び出しを、人間がどうやるんだよ ? 悪魔崇拝 ? そんなの真面目に拝むのなんて、オカルトマニアか狂信者的パフォーマーに煽られた厨二病くらいだぜ」
「天使がいるじゃん。天使が人に教えるのよ」
「え…… ? はぁ !? 」
今まで何者とも接点が無かった恵也が一番最初に身近な天使を思い浮かべるのは至極当然のことである。
「ハラン……って、天使だよな ? あーゆーのが人間に教えるの ? 」
「だから。ケイは一括りにしがち。ハランは違うと思うよ」
「あーびっくりした」
「もっと、自己中心的で……神の事だけ考えてる奴らが居る。悪魔を滅するなら人間を囮に使っても構わないって奴」
「 天使って……もっとこう……人間からしたら神々しい感じの……いい事する奴じゃないの ? 」
恵也の問いに霧香の顔が一瞬で曇る。
「神も天使も、傲慢で融通きかない愚か者よ」
「ふーん……」
「とにかく無責任横暴天使か、水強盗悪魔がわたしのところに来たら、その時は一緒にギタギタにしようね」
「ん。そうだな。分かった」
寺で育った恵也にとって宗教的な話は、飲み込みが早い方だろう。だが霧香はそれ以上は話さない。
天界で何があったかなどは、霧香が望まなければ恵也は聞きもしない。
恵也にとって過去はあまり重要では無い。
辛い過去を聞き出すほど野暮では無いし、あまりに霧香の話す常識はこの世の事とかけ離れ過ぎてしっくり来ていないのだ。
「帰ろうぜ ! 今日、肉じゃがだってさ」
「肉じゃが ? ハラン、カレーじゃないかって言ってたよ ? 」
「ははは。カレーにしては肉が薄いだろ」
「そっかァ。
帰ったら……ハランに謝らないと」
「そだな。ま、そんな気にしてねぇと思うけど 」
二人。
手を取り合い砂浜から立ち上がる。
「そうだケイ。サイがいた楽団の演奏って聴いたことある ? 」
「無い。聴いてみたいよなー」
「だよね !? 良かった ! ハランは興味無さそうだったからさ」
それを聞いて恵也は『ハランとの喧嘩の発端はこれか 』と思い込む。
遠からずというところだが、霧香の逆上の理由は蓮と樹里の二人の姿だ。だがこれに関してはこの場で言えば解決した。恵也は樹里と面識があったし、何より今日蓮が出掛けることになったのをサイ伝に聞いていた。
「ハランってヤキモチ焼きなの ? サイって俺らの中で一番無害じゃんな ? 」
「ヤキモチ ? ハランがサイに ? 考えられない。蓮の方がヤキモチ焼きだと思うけど」
「え !? レンレンそんな感じ ? へぇーーー ! 」
「…… ? 音楽の話だよね ? 才能に嫉妬するってことでしょ ? 」
「え ? 」
「え ? 」
恵也の予想と、霧香の鈍感はどうにも噛み合わなかった。
「ハランと喧嘩したんじゃないの ? 」
「え ? ううん。わたしが一方的にハランを捨ててきたの」
「…… ? 鬱陶しいから」
「別に鬱陶しくなんかないよ」
「「???」」
恵也はポカンとする霧香を連れて、自らもポカンとしながら、通りすがりのバスに乗った。
「………まあ、いいか」
「血成飲料持ってくれば良かったなぁ。喉乾いちゃった」
ちなみにそのバスは全く住宅地と違う場所へ向かう上に、二人は魔力不足で居眠り。終点まっしぐらである。
□□□□□
四時間後。
最終的にタクシーで帰宅した霧香と恵也は、リビングで冷めた肉じゃがを前にしていた。
未だ「いただきます」を出来ないのは、目の前の黒猫がエジプト座りでテーブルの上に乗って説教を垂れているからだ。
『俺はなるべく温かい料理を提供したい。レンジで温めたところで、皿はガンガンだが芋は大して熱くないのもイライラする。
霧香に関しては個人行動も控えて貰いたい。みんな心配している。何時だと思ってるんだ。
悪魔とか天使とか関係無い。女性の一人歩きがそもそも危ない。本気だ。俺、街でそういうの何度も見た事ある。一人になるなとは言わんが、せめて昼間にしろ』
この調子で御預けを喰らう羽目になった。
そこへ蓮が帰宅。
「ただいま。
あれ ? 今から食事 ? 」
『二人も先程帰宅した。夕飯までに帰れとは言わんが、連絡の一つくらい欲しいものだ。何とか言ってやってくれ』
「べ、別にいいじゃん !
れ、蓮こそどこに行ってたのっ !? 」
「え ? 俺 ? 」
霧香の態度は、自分たちより遅帰りだった蓮に責任転嫁する……と、そんな雰囲気には見えなかった。
強いて言えば、そっぽを向いて拗ねるような……そこでようやく恵也は理解した。
霧香がどこまで事を把握しているかは分からないが、蓮が今日遅くなると言う事を何かしらのきっかけで知ったのでは ? それもとても中途半端な情報で、何か勘違いをしているのだと。
つまり、完全にヤキモチである。
「あ〜、あの……レンレンは樹里さんといたんだぜ。
昼間アパレルブランドから仕事関係の電話がサイにあって、なんか怪しいから顔の広い樹里さんに相談してくるって……」
「えぇ ? 」
「そう。俺、駅前の居酒屋にいたけど……。お前、ハランと∞ の方に行ったんだよな ?
なんかあったの ? 」
ライブハウス ∞ の幹線道路は飲食店通りと商店街を経由して駅に辿り着く。
恵也と勘の良いシャドウは何があったか察し、そっとテーブルを離れる。
「な、なぁシャドウ。いつも作って貰ってんのに連絡も無く、悪かったよ。肉じゃがって時間経つほど味しみるんだよな ? 俺、明日の朝食べようかな。詫びにゅ〜るが部屋にあるから一杯どうよ」
『まぁ、それも一つの賢い食事ではある。夜も遅いし、護衛のお前に肥満になられては困るんでな。勿論にゅ〜るは頂こう』
「ちょ……なんでどっか行くのよ ! 」
「うん……キリ、お前もちょっと頭冷やせ……」
恵也はシャドウを抱っこすると自室へ消えて行った。
「何かあったのか ? 」
「………………………えっと……」
霧香は正直に言うことが出来なかった。
まさか二人を見かけて勘違いをした挙句に、同行者のハランに八つ当たりしたとは……そんなことを言ったらまるで自分が蓮の事が好きなようではないかと。
「き、今日は疲れちゃって……それでハランに八つ当たりして……単独行動してケイが迎えに来てくれたの」
「ふーん。あんまり周囲に迷惑かけんなよ。
その肉じゃが半分ちょうだい」
「いいけど」
二人で生ぬるい肉じゃがをつつく。
霧香はもう、味がよく分からなかった。
更に畳み掛けるかのように、今度はハランがリビングに現れる。
「あ、霧ちゃん良かった。
さっきはごめんね」
「あ、あぅ……わたしが急に帰るとか言ったから…… ! 」
「いいのいいの。
これ、今日付き合って貰ったお礼。受け取ってくれると嬉しいな」
そう言って何かの小袋を手渡して来る。
「アクセサリーとかシルバー苦手って聞いてたからさ。
ここの住宅地の中にハンドメイド雑貨屋さんがあるの知ってる ? 」
「え ? ううん。知らない」
「凄くセンスがいい夫婦がやっててさぁ。開けてみて」
中から出てきたのはスワロフスキービーズの飾りの付いたカチューシャだった。
「綺麗…… ! 」
「ガラスだから、あのチェロに合うなーって思ってさ」
「あ、ありがとう。」
最早仲直りと言っても過言では無い。
にこやかに話すハランのそばで、蓮は怒涛の肉じゃがイッキ喰い。
ハランがプレゼント選びに
二人に挟まれ、霧香は味のよく分からない芋をモチャモチャと咀嚼しながらいつまでも飲み込めずにいた。