目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第17話 スターチスピンク

 モノクロームスカイ チャンネル登録者数 33000人弱。


 元々いたSAIとKIRIのリスナーに加え、蓮とハランの加入によりAngel blessのファンもなだれ込んで来た。

 特に X では千歳がモノクロームスカイのYoutubeチャンネル、X 、霧香のインスタもフォローした事でAngel blessの弟分のような扱いになり始めた。


 更に紅一点、霧香の人気は凄まじい威力で、あの汚部屋事件ですら、庇護する女性ファンも出てきて物議を醸し出している有様である。


 そんな人気に拍車を掛けているのがやはり蓮とハランの霧香へのちょっかい。

 あれは彩に仕組まれた贋作の恋模様。

 でも、誰もそうは気付かないし言い出さない。


 それはそうなのだ。

 事実、二人が霧香に好意があるのは事実なのだから。


 そこで今度はメンタリスト系YouTuberからDMが来る。


 つまり『行動や仕草から霧香がどう思ってるか本音を当てます』という動画を撮りたいとのコラボ要請である。

 彩はこれに関し、コラボはしないがモノクロームの動画を切り抜きで使用することに関しては了解した。


「おはよう〜」


 全員がダイニングリビングで朝食を取り始めた頃、ようやく霧香が起きてきた。


「……はよ……」


 半分寝ぼけ眼のまま起きてきた霧香が椅子に座り、そのまま数分ボンヤリする。


「キリは朝弱ぇよな」


「……んー」


「出来れば食事は全員揃って、いただきますしたい」


 彩の無情な提案。

 それに対しシャドウが、霧香の皿に目玉焼きを乗せながら、くすりと笑った。


「これでも良くなった方だ。

 以前は昼頃起きて、朝は食べなかったぞ」


「想像つくな……」


「ヴァンパイアだから朝弱いってあんの ? 」


 恵也に聞かれ、蓮はそれを否定する。


「人と同じで個体による。……けど、コイツの場合はただの夜更かし」


「なぁんだ。

 そう言えば今朝方、上でガタガタ言ってたけど……サイ、寝てんの ? 」


 恵也の真上が彩の部屋だ。


「俺も気になってた。割と遅くまでミシン使ってるよね ? 」


 隣部屋のハランも、不思議そうに彩を見る。彩はミネストローネを掬う手を止めて気まずい顔をする。


「ごめん。うるさかった ? 」


「いいや。騒音って訳じゃないから大丈夫だよ。

 そういう事じゃなくて。ここに来てから、彩って寝てる気配しないから、大丈夫なのかなって思ってたんだ」


「え…… ? そうなの ? サイ寝てないの ? 」


 霧香が顔を上げる。流石に服を用意して貰っている立場上、聞き流せない話である。


「……元々、そんなに寝ないんだ。少し仮眠出来れば……昼間も仮眠とるし……」


「そう……なの ? 」


「身体に負担かかるから。寝た方がいいぜ」


「うん……」


 そこにシャドウが頭をポリポリと書きながらリビングの全員に話を始める。


「みんな疲れてるのに申し訳ないんだが。

 実は。食材が足りない。今日の分だけでも買ってきて欲しいんだが……」


「あぁ……そりゃあそうだよね。こんなに急に住人が増えたんだもん」


 ハランが頷く。


「スーパーの宅配契約をしている。普段は問題ない。前日注文したものが翌日配達される。

 だが、なにやら天候の関係で欲しい食材の入荷が遅れてるらしいんだ。

 いつでも頼めると思って油断した。すまない」


「別に謝んなよ。協力し合おうぜ。でも俺仕事だわ。

 えーと、他に今日仕事なのは ? 」


 恵也が一抜け。


「俺もだ。ラストまで」


 続けて蓮も手が上がる。


「あちゃー、車出してほしかったね」


 霧香が嘆く。


「それと……サイ、お前は寝た方がいいぜ」


 余程夜通し物音がしてたんだろう。睡眠を取るよういわれ、彩もそれに従うように了解する。


「じゃあわたしだね」


 霧香が引き受ける流れだが、護衛問題がある。


「お前一人で行かせんの ?

 俺、いないけど……どうすればいいの ? 」


 心配そうにする恵也にハランが答える。


「俺、午前だけだから午後からでいいなら行くよ 」


「そ、そうか」


 恵也は迷いはするも止める理由は無い。


 ただし。

 ハランはやりがち。

 オフレコでもやりがち。

『好き好き製造機』。


 それに昨日の朝の段階では、今日はハランも一日シフトがあると言っていたはずだ。恐らく有給消化で切り上げてくるのか……。


 なんにせよ全員、こいつはまた霧香に絡むだろうなと思いつつ見送るようにした。


 □□□


 昼食後、彩は霧香の部屋に来ていた。


「今日は……これかな」


 彩が持ってきたのはパステルグリーンのレースで仕上げられた姫ロリ系の服だった。統計的に、姫ロリは甘ロリ系統ではあるが、更にドレスアップされた雰囲気が特徴的だ。まさに正反対。楽器を弾いている時や配信中はスタイリッシュ×セクシーではあるが、私生活は跡形もなく華奢な美少女。


「このタグ……前に行ったDream rabbitって言う店のやつ ? 」


「そう。Dream rabbit のアパレルビルの近くに、黒ノ森でやってるライブハウスがあるの分かる ? 一番デカいとこ」


 霧香は未だ黒岩 樹里と面識は無いが、彼女の運営する音ビルは他にもある。そのうち、一番の敷地面積のあるビル。それがライブハウス インフィニティだった。楽器店の最上階にもライブハウスはあるが、最大定員数が全く違う。このライブハウスの大きさを刻んで変化していくのも、ミュージシャンの醍醐味とも言える。

 ∞ は二階建てではあるが、連日その通りは賑やかで、歩行者の半分は客か、関係者で溢れかえっている。


「知ってる。そこがどうかしたの ? 」


 その時、ノックがした。


「ただいま。霧ちゃんー。用意出来てる ? 」


 ハランだ。


 キリは脱衣所に行き着替え、彩が部屋へ招き入れる。


「調度いい。中に」


「彩いたのか」


「申し訳ない」


「ふふ、まさか」


 ハランが部屋をぐるりと見回す。

 ハランが霧香の部屋に入るのだけは初めてだった。


「動画の時より片付いてるじゃん。あれ、ワザとだったの ? 」


「……午前中、シャドウと俺で掃除しまくった」


「えぇ…… ? 仮眠しろって言われてたろ 」


「なんか知らんけど、ここの汚い部屋みたらアドレナリン出まくって……昨日はカーテン縫ってた」


「カーテン縫ってた !? え ? あれカーテン縫うのに夜なべしたの !? 」


「シャドウが凄い布持ちで……。料理の前は裁縫にハマりかけたらしい。結局、料理一本になってるが」


「それで布地だけは豊富なんだ……。衣装の時も突然だったのに、彩はどこから用意してるんだろうって思ってた。

 でも仕方ないらしいけどね。動物の使い魔が人型になった時、必ずハマるのが手先の作業なんだってさ」


「……なるほど……。使えない部分が急に器用になったらそうなるのかもな」


 ハランは脱衣所の様子を伺い、霧香が出て来るのを待っている。


「今日も彩の服 ? 」


「いいや。Dream rabbitってテナントの服」


「ああ、あの最初のインスタの」


 彩は思った。

『コイツめちゃくちゃチェックしてんなぁ』って。


「それでそのアパレルビルの近くに、ライブハウスがあるんだけど、そこを通って、買い物してきて欲しい。その先の飲食店通り過ぎたら商店街あるから」


「……」


 ハラン、無言の超絶笑顔。


「……駄目か ? 」


「彩ってさ。案外……サイコパスっぽいよね〜」


 一番言われたくない奴の一言に、彩の顔も引き攣る。


「くだらない。なんでそう思うんだ……」


「だって、つまりこうだろ ?

 今日、あそこでライブする連中のファンが、俺たちモノクロームスカイのファンとダブりが多い。昼からライブハウス周辺で待機してる子も多いし、少し俺達にウロウロさせてキャーキャー言われて来いと。

 そうだろ ? 」


「そうだ。

 だが、顧客獲得の為ではなく。知りたいのはキリの方の知名度だ。

 お前は必ず気付かれるだろ ? 一緒にいる青髪女がキリで、どんな反応されるのか見てみたい。既にモノクロームスカイの総合視聴回数はチャンネル登録者を越えている」


「街角の反応が知りたいなら、一緒に来ればいいのに 」


「……それ、絶対本音じゃ無いだろ。

 俺的には二人でいるところを隠し撮りでもされたら80点かなってくらいだから」


「ふーん」


 それは『いつでもカメラが回ってると思え』と言う事だとハランは解釈する。

 キリが脱衣所から出て来た。


「うわ、可愛い。お姫様みたいだね」


 ハランが立ち上がり、わざわざ数歩の距離をエスコートしてソファに連れてくる。


「な、なんか着てみたらね ? いつもよりふわふわで……目立ちそう」


「姫ロリだから」


「俺、凄く似合ってると思うよ。

 うーん。前はこういうタイプの子って近寄り難い感じしたけど、霧ちゃんは本当に可愛いね」


 隙あればイチャくり合う二人に振り返り、彩がハランに警告をする。


「キリのフォロワーは同じ系統のファッションの子が多いんだ。

『今までは苦手だった』とかはなるべく発言しないで欲しい」


「あぁ…………。

 そうだよね〜。頭では分かってるんだけど……」


 ハランは頷き腕組みをして大きく溜息をつく。


「でも霧ちゃんは何着ても似合うよね ?

 チェロの時のドレスも凄くセクシーだったけど、演奏中だけは凄く男性的に見えるんだよ。怖いくらい」


「うちは女形がいないから、逆にキリを中性的にした方がいいかなと」


「うん。映えてると思うよ。寧ろギャップがあっていいよね。俺、ああいうのも好きだよ」


 彩はもう無反応である。いちいちハランの好きアピールに自分が反応する必要は無い……面倒だと思い始めている。なので、窓越しに霧香を観察。


 霧香はソックスを履いて用意された靴をソファに寄せる。聞いてないですよ、のスタンスだ。


「さて、距離的にも……移動はタクシー使おうか。

 お前の言い分だと、買い物よりゲリラパフォーマンスしてこいって事だもんな ? 」


「ああ。頼む」


「ゲリラ…… ? なんの話し ? 」


「じゃあ、行ってくる。

 霧ちゃん、タクシーの中で説明するね」


「分かった。じゃあサイ、行ってきます ! 」


 霧香は途中まで彩から説明を聞くはずだったのに聞きそびれてしまった。それをハランがどう霧香に伝えるかは見ものだと、彩の口角が上がる。


「さて、仮眠とるか……」


 脱衣所に行くと、予想通り脱ぎっぱなしになっていた霧香の服。


「……子供なの…… ? 」


 畳んでいると、スマホが鳴った。


 液晶には見慣れない番号。

 彩はすぐには出ず、じっとスマホを見つめる。


『御用の方はピーッという音の後にメッセージを……』


 相手は切る気配が無かった。


 ピーッ。


『初めまして。兎子トウツアパレル総合公司会社の広報、清水 森人と申します。

 こちらの番号を黒岩 樹里さんから聞かせていただきまして、大変不躾ではありますがお話をする事が可能でしたら連絡を下さい』


 彩はスマホを手に持ちながら、自室へ戻る。


「兎子アパレル……」


 キーボードを叩き、液晶に映し出されたこの中国公司の接点に気付く。


「Dream rabbitの会社か……」


 大きな仕事の匂い。

 だが、ネットミュージシャンを目指すモノクロームスカイにとって、KIRIのモデル的仕事は遠慮したいところであった。


 魅了魔術。


 これをモデルで使ったら……世も末だ。

 音魔法だけでもドーピングだと言うのに。

 許されない。


 だがどうだ ?


 もしもコネクションが出来たら……。悪くない話である。

 相手と話すだけなら……。


 彩は数分考え、清水 森人と言う男に掛け直した。


 □□□□□


 タクシーを呼び、家で待つことは出来ない。招いたら屋敷が視認できる様にはなるが、用心のため配達物もポストも、タクシーを待つのも林道下の道路沿いだ。


「なんだかドタバタしちゃったね」


「どこかでハランと待ち合わせした方が良かったね」


「大丈夫だよ。その分早めに蓮に押し付けて出て来たし。

 飲む ? 」


 ハランが開けたばかりとはいえ、飲みかけの水を差し出すが、霧香はそれを当然の様に手に取り飲み出す。


「はぁー。喉乾いてたんだー。

 なんか、着慣れてないから、着る時に凄いモタついちゃってさ」


「彩は、独特だよね。人との距離感も、演出も。受け入れてから付き合わないと……彼の友人はやっていけなそう」


「こだわり強いもんね」


 タクシーが到着し、乗り込む。


「それで、ゲリラがどうのって何の話し ? 」


「あぁ、それね」


 ハランは彩に言われたことをやはりそのまま伝えなかった。


 □


「……へぇ〜。そりゃあ、ファンの子だって、色んなアーティスト好きだろうし、一番の推しが誰かは自由でしょうに……って思うけど……」


「そうだね。でも一人でも多く興味を持たれないと意味が無いよ」


「……でも、手を繋ぐのは……違くない ? それで推しってなってもらえるとは思えないんだけど……」


 ハラン。

 手繋ぎデートを所望。


「だってサイとしては、蓮とハランのやり取りを観せたいんでしょ ?

 ……じゃあ、次は蓮と手を繋いで歩いてこいって言われるのかな ? 」


 ハランは爽やかに「どうだろうね ? 」とだけ返す。


「よく分からないけど、彩のおかげでモノクロームスカイが上手くいってるのは事実さ」


 ふわふわした返事を霧香もふわふわと飲み込む。


「まぁサイが言うなら……。

 ねぇ、ハランって、普段は顔隠して歩いてる ? 」


「んー。仕事帰りとかは身バレしてるし、ちょっと帽子くらいは被るかな。そうでもなければ、一度街に溶け込んだら誰にも気付かれないよ」


「えー ? 本当に ? 」


「遠出のライブも近辺の大都市でしかしてないし、それにそこまで大きい場所でもしてないからね。

 この街は人も店も入れ替わりが激しいし……ずっと騒がれ続けるのは難しいよ。

 売れるのは楽しいけど……その時はその時で煩わしいね。

 だからこう言うやり方は、彩は本当に思いつくなって思う」


「いやぁ、そんなことは……」


 彩が褒められると霧香も何故か嬉しいのだが、ハランの言葉には半分棘がある。

 観客の前で……演技でしか霧香と絡む接点を持たせない……そう感じたのだ。

 本来黙っていれば、今日は二人きりで食材だけ買えばお使いデートのはずだった。だが、余計なパフォーマンスをするおかげで下手に霧香に手を出せなくなってしまった。


 これは第一契約者である彩が、ハランとの色恋を許可していないと言っても過言では無い。

 彩とすれば蓮も同じ扱いをする予定だが、何かと霧香と接点の多い蓮をどれ程の距離が妥当なのか決め兼ねている。


「サイは本来引っ込み思案だし、女性も苦手だけど、やる時やるし、言う時言う人だから」


「だろうね。……まったく」


「ハランはどうして楽器屋さんにいるの ? 」


「ん ? 」


「だってAngel blessは上手くいってるでしょ ? なのに京介さん以外は仕事してるの……何でなのかなって。ほら、今『煩わしい』って言ったから……。毎日ファンの子背負ってるのに」


「一番は……誤魔化す為」


「何を ? 」


「俺や蓮……お前も……歳を取らない。いずれ、にっちもさっちも行かなくなる日が来る。

 俺はAngel blessに千歳が二十三の頃に十八で加入してる。だから世間一般では俺はもう二十五歳」


「二十五歳には……見えないよね」


「そう。千歳が言う俺と蓮のAngel blessの『フェードアウト』とは。

 まずファンの意識を一箇所に集める。そして記憶操作魔法をかける。年齢があやふやになった頃、二回目の年齢公開をする」


「昔から人里にいる妖魔の類が使った魔法だね。寿命が無いのを悟られないようにする為の魔法」


「そう。俺も蓮も……きっと第二の人間界人生は、モノクロームスカイに賭けることになる」


 それを聞いた霧香の心は穏やかとはいかなかった。まるで自分を慕ってくれるファンを物を見るかの様に……作業的に……ハランが扱ってる気がして。

 しかしこうも考える。

 自分にもいつか来る。

 いつまでも、若作りでは済まない時が。


 人間に友達が出来たら ?

 本当に打ち明けたい人間が現れたら ?

 契約者も五人まで。

 それも、彩や恵也に大事な女性が出来て共に人生を歩むと決めたら。解約する事になるだろう。

 ヴァンパイア領土のある地獄に自分が帰る場所は無い。


 今、ハランがしようとしていることは、いずれ自分がする事である。


「……霧ちゃん ? 」


「ん ? あ、ごめん。色々考えちゃった」


「霧ちゃんはまだ十九。生活が始まったばかりだよ。楽しく生活していこう、お互いにね」


「……そうだね」


 蓮も、ハランと同じなのだろうかと考える。

 本来はこう言った生活ガイドはお目付けの蓮が霧香に言うべき話なのだ。


 タクシーが市街地の大通りに差し掛かる。

 プツンという音がして、防護板にあるミニスピーカーがONになる。運転手がルームミラー越しにハランを見ながら声をかけた。


「そろそろ近くですけど、どの辺で降ります ? とりあえず、あの信号過ぎたらメーター回りますけど。大通り越えます ? 」


「少し歩いてもいいよ。ここで降りよ ? 」


「そう ?じゃあ、この辺で」


「はいよー。お二人、モデルさん ? 」


「あ……いえいえ、そんな大層なものじゃないですよ」


「うちの娘のパソコンに君が写ってたんだよ。えぇと……壁紙って言うのかな」


 そう言って霧香の方を指差す。


「え ! ? 本当ですか ? 」


「間違いないよ。綺麗な青い髪で……大人っぽい黒のドレス着てたけど……別人じゃないと思うなぁ」


「多分、わたしです。嬉しい……」


 初めて、活動後に街を歩いていてモノクロームスカイと認識された瞬間である。

 例え声をかけたのがオッサンだとしても、娘ならまだ若いのだろう。黒の大人っぽいドレス……PVの衣装で写真は公開していない。動画をスクリーンショットして壁紙にまでしてくれているなんて。その小さな小さな情報ですら嬉しかった。


 二人が歩道に降り立った。


 大通りを越えた先、何やら人口密度の高いエリアがある。

 そこが∞だ。


「今みたいな言葉が、少しでも聞こえて来ればいいね」


「うん。でも半分以上はハランのファンなんだろうなぁ〜」


 ハランは自分の魅了魔術をなるべく抑える予定でいる。彩と同じく、霧香の人気を知りたいのはハランも同じだった。


「どうだろう。

 あ、霧ちゃん、頬っぺに睫毛が落ちてるよ」


「え、本当に ? 」


 慌ててデコレーションバッグからコンパクトミラーを取り出そうとする霧香に、ハランがそっと頬に触れた。


「大丈夫。取ってあげるよ。動かないで」


 霧香は目をくりくりさせながらハランの指先を見つめる。


 ハランの長い四本の指で、摘むのでは無く、撫で付けるように手の甲で触れた。

 サラりと頬を触れられ、くすぐったそうに霧香が瞳を閉じて待つ。


「うん。払ったよ。メイクも崩れなくて良かった」


「ありがとうハラン ! 」


 無邪気に礼を言ってくる霧香に、ハランはなんとも言えない……自分でも形容のしがたい気持ちになった。


 本当は睫毛なんかついて無かった。

 触れてみたいだけだった。

 でも霧香は完全に油断しきっていて……恥ずかしそうにする訳でも無く。


 これが他の男なら違う反応をしたか ? と。


 誰でも受け入れてしまいそうな霧香に、とてつもない怒りが湧く。


 そして、そんな風に考えてしまう自分の方が余程…………。


「じゃあ行こうか」


「うん」


 ハランは霧香の手を取ると、歩道をゆっくり歩き出した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?