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第16話 躑躅色

 彩は編集作業の為自室へこもった。

 昼食を食べ追えてから、霧香と恵也は彩の部屋へ向かう。


「レンレンとハランって、全然違うよなぁ」


 恵也の理解出来ない一言に霧香は首を傾げる。


「そりゃあ、違う人なんだし……」


「いや、こう……スペック的には同じくらいじゃん ? ファンの数もそう変わんねぇだろ ?

 顔付きは違うけど、イケメンレベルは同じくらいって言うか」


「ケイって凄い『イケメンイケメン』って言うよね」


「だってイケメンじゃん」


「整ってるとは思うけど……。

 でも、サイとかケイのイケメンとは違うじゃん 」


「え !? 俺 !? 」


 霧香の中で、自分もイケメン認定されている事に、恵也は今、嬉しさの前に少し吃驚している。


「お、俺は違くね !? 」


「そうかな ?

 わたしが思うに、悪魔や天使が人型になれば、綺麗な顔で当然だなって思えちゃってさ。だから、人間の美男美女の方が価値が高いと思うんだ。

 サイは印象薄い感じだけど、儚げで鬱陶しくないし、ケイはハランみたいな顔でその筋肉だったら気味悪いじゃない ? 」


「その人に合った顔って事か」


「うん」


 とは言え、悪魔や神が人に化けるにしても、見た目を選べない事が普通だ。余程人間を唆すタイプの悪魔なら別だが、単純に『人に化ける』としか魔法をかけられない。


「おーい、サイー」


 中から「どうぞ」と声がする。


「進んでる ? 」


「そんなすぐ出来ないよ。こないだのシャドウの写真立てがかなりトラウマ。あちこち観ちゃう。撮る場所って統一するの大事だなって実感してる。

 問題発言とかは無かったし……と思うんだけど」


「問題かぁ……。

 キリの部屋が割と汚い事くらい ? 」


 霧香はむくれながらベッドに座る。


「だーかーらー。女性の部屋なんてそんなもんだってば」


「人によるのは分かるけどよ。

 ま、せめてサイが作った服くらいは丁寧に畳んでやろうぜ」


「そ、それは……」


 確かに。

 今の霧香に清い生活があるのは、彩のお陰かもしれない。シャドウしかいなかった頃より、生活習慣に関してとても厳しいのだ。外出しなければ一日スウェットなんて事もザラだったが、こうも毎日お手製の服を持ってこられては、着ないわけにもいかず、また女心をくすぐるような着たくなる服である。


「はい。ワカリマシタ……」


 素直に非を認めるしかない。


「ハランと蓮にはもっと絡んで欲しかったと思ったんだ。案外キリが平静過ぎたから、どうなのかなって」


「確かに。キリって何されても動じないよな」


「……それがさ、こうして映像で観ると、かなり動揺してて……俺がヤレとは言ったけど。観てるこっちがおかしくなりそう」


「え !? どれどれ」


 霧香がハランに髪を編まれてるシーンが映っている。


「やめてよ恥ずかしいな ! 」


「……うーわ……顔真っ赤。映像で解るって、どんだけだよ。

 いや……お前何が『そんなイケメンかなぁ ? 』だよっ。めちゃくちゃ意識してんだろ ! 」


「別に意識とか、そういうんじゃないけど、こんなの恥ずかしいに決まってるじゃん ! 」


「でも、その後……レンレンの髪解きと蜂蜜があるよな」


「俺さ……また、蕁麻疹出そう」


「やめろやめろ !! まだ撮影残ってんだぞ !? PVで蕁麻疹出てる奴観たくねぇよ !

 しゃーねーな。編集俺がやるよ」


 恵也が提案してきた事に彩は驚いて恵也を見上げた。


「え !? 出来る ? 」


「ただし、俺の編集『ツッコミ字幕』多いぜ」


「……。うん。これは最早ツッコミ入れるレベルだからな」


「そう思うわ」


 恵也は彩を椅子から立たせて自分が座る。


「ってか、キリもキリで……案外全部受け入れんのな。嫌がらないって言うか」


「だって、そう言う風に撮って演出する事にしたんだし……」


「……えー ? 」


「蓮もハランも、カメラ回ってなきゃこんな事しないじゃん ? 」


 霧香の発言に二人が顔を見合わせる。


「そ……そうかな ? マジで ? 」


「う……ん ? そん……えぇ…… ? 」


 二人は困惑。


 蓮も、ハランも。

 している。

 蓮に関してはちょっぴり束縛が強いし、ハランは『好き好き製造機』である。そうでもなければ、彩と恵也はあの二人を『キリ好きガチ勢』だと判断していないだろう。


「お前が気にしないならいいんだけどさ。

 サイ、バイオリンってチューニング長いんだろ ? やっちまえよ」


「そうだな。じゃあ、俺達は先行ってる」


 彩と霧香は部屋を後にし、衣装部屋へ向かう。


「そう言えば、サイはいつも白い服だけど。衣装もそうするの ? 」


「肉が無いから、少しでも膨張して見せたい」


「……ダイエット中の人に叩かれそうな発言だね」


「メインはお前だし」


 彩は衣装部屋のクローゼットから五曲分の衣装を取り出す。


「チェロ曲が一番迷ったんだ。

 そもそも両足を開いて弾く楽器だけど、硝子だと……なんか見えてる気がして……」


「サイもそう言うこと考えるんだね……」


「……」


 取り出したのは、朝インスタ用に使った物より更に身体のラインが出るようなドレスだった。


「ハイスプリットって言う大きく入ったスリットで、ワザと見せてしまうデザイン。これは腰まで入ってる。生地はエナメルの黒」


「問題の見える部分はどうするの ? 」


「これを履く」


 彩が取り出したのは同じ生地のホットパンツとピンヒールの編み上げブーツ。そして網タイツにガーターベルト。


「ドレス丈がロングトレーンだから、メリハリ出ると思う。

 他はこれ。フィッシュテールドレス。後ろが長いフワッとしたドレス。レースだから可愛さがある。マシンが濃いガンメタ色だから内側にシルバーのドレスを着て、上に黒のレースがかかる感じで……」


 装飾品も多い中、唯一手元周りのアクセサリーだけは無い。インスタの写真の時にはあったが、この中の衣装全てに手元の装飾品は無かった。

 ふとハランの部屋で話した事を思い出した。自分が楽器を弾く時にアクセサリーは付けたくないと言った事を彩が配慮したのだ。


「……これ全部、一人で作ったの ? 」


「既製品を改造したりもしてる。蓮とハランは結構非公開の中で衣装に使えるのあったからそれを選んで……ケイは……何着せても上は抜いじゃうからなぁ。困ってる」


 彩の服は霧香と同じ生地だが、対照的に逆の色で構成されている。


「凄……。もうこの作業だけでも動画撮れんじゃん……」


「そんな簡単じゃない。既製品もあるって言ったろ。ただのお裁縫」


「PVは全部演奏風景だよね ? 背景はどうするの ? 」


「スタジオに背景紙広げて来たんだけど……。広いし新築だし、無い方がいいかも。

 カメラは何台か置いたから、二曲くらい弾いて映像は繋ぐかな。撮るやつが居ないと困るな……」


「いよいよ正式に曲撮るんだね」


「ああ。

 あとはバンド名の案出し開封動画撮れるかな」


「みんなどうせ暇人なのに……スケジュールがハード過ぎる……」


「ハランとケイはシフト入ってるだろ ? 蓮も明日は入ってないか ? 今日までが休みだよな ? 」


「……そっか。暇人はうちら無職だけか……」


「YouTuberとかネットミュージシャンって名乗るには、まだまだおこがましいからな……」


 とは言え、これまでの配信でもスパチャで稼いでいる二人である。


 この時、霧香のインスタのフォロワー数は40000人まで駆け上がっていた。

 そもそものファンと、楽器好きやロリータ好きがこぞってフォローした事もあるが、Angel blessのメンバー全員からフォローされている事で更に増えたのである。


 □□□□□□□□


 撮影も無事終了。


 流石の面子である。

 音源分と動画加工用に二回弾いて計十五曲。ストレートで撮り終わる。


 全員、着替えてメイク落としたら夕食まで休憩だった。


 そして遂に、箱を開ける時が来た。

 夕食後、全員パジャマでスタジオに集合。

 霧香に彩が作った白いガーゼワンピースは天使の様にふわりとした印象が可愛らしい。

 彩はガッツリ霧香を自分色に染めているが、根がズボラな霧香は上げ膳据え膳の生活である。


「いよいよかぁ」


「これで決まらなかったら動画もオフレコになるけど」


 キリとサイが顔を見合わせる。


「早かったね」


「確かに」


 出会ってからまだ一週間程しか経ってないのに。

 もう始動してる。


「音楽の編集は半分頼んでいい ? 」


「うん。出来るよ」


 霧香は彩からデータを受け取る。

 彩がカメラを回し、恵也に合図を送る。


「で ? 皆んなはなんて書いたのかな ? 」


「これ、筆跡でバレるよな ? 名乗って貰った方がいいな」


「誰がどんなイメージでこのバンド名考えたかって楽しみではある」


 箱を霧香が開封する。

 出てきた五枚のメモ用紙。


「じゃあ」


 全員頷く。

 霧香に連動して彩にも緊張が伝わる。つまみ上げた一枚をパッと開き、読み上げながらカメラに向ける。


「まず一枚目 !!

『ゲテモノゲソ天むす』………アウト !! なにこれ !!? 」


 蓮が挙手。


「『ゲソ』は残した方がいいのかなと……」


「にしても ! にしてもだよ ! 結局、イロモノ感が抜けてない ! 」


「だってお前のベースがもうゲテモノマシンだし。このバンドの方向性がゴシックとか、今日聞いたしさ。ゴシックの世界観にあんなSFみたいな物体ある ? 」


「ぐぅ !! にしても、適当に書きすぎ !

 次 !! 」


 霧香が二枚目を捲る。


「あ、それ俺の ! 」


 恵也が名乗り出る。


「えーと、『エクソシスト黒月』。

 何これ ? 新手の厨二病 !? 聞いた事ある様な気がするのは何でなのぉ !? 」


「いや、なんか語呂がいいなと……ピンと来て」


 二連続のネタ回答に彩はカメラを止めて、呻き声をあげた。


「あぁぁあああ……これ、オフレコだ……」


 顔を両手で覆い仰け反る。


「次 !! 」


 残りは三つ。

 霧香は自分のを選ぶ。何となく最後は嫌だと思った心理だ。


「これ、わたしの。

『クリアスカイ』」


 全員、唸り猫。


「ンン〜にゅ〜。なんか居そう。どっかのなにかに居そう」


「ぁに"ゃー ??馬にいなかった ? 」


「そりゃ青い空だろ ? 」


「うーん……次は ? 」


 霧香が最後二枚、右のメモを取る。


「『……き……』。なにこれ !? 」


 彩が霧香からメモを取り上げ、読み上げる。


「『霧ちゃん好き( ˙꒳˙ )』。

 ……ハラン、真面目にやってくれ……」


「あはは怒られちゃった」


 ハランは悪びれもなく笑い、霧香の髪を掬い上げる。


「せっかく可愛い顔文字描いたのにねー」


 恵也と彩は確信に変わる。

 ハランこいつはオフレコでもヤルぞ !!


「本命はこっち」


 胸ポケから新しいメモを取り出す。


「あ〜後出しはズルいよ〜」


 彩も一度睨む素振りは見せるが問題は中身だ。


「『モノクロスカイ』。

 えぇ ? スカイ被り。何この偶然…… ? もしかして魔法 ? 」


「違うよ。 残り一枚は ? 」


「これだけど……。えぇ…… ? 」


 霧香が開き、呆然とする。


「何っ !? 見せて早く !! 」


 霧香が全員に見えるように紙を突き出す。


『モノクロームスカイ』


「嘘……」


「偶然が更に…… ? 」


「何それ、透視 ? 天使の力 ? 」


「まさか。俺、単純に勘がいいんだ。『スカイ』は来ると思った。霧ちゃんの髪は空のように綺麗だし」


 いちいち言わないと気が済まないのかと、全員ツッコミたいが、今はバンド名の方が大事だ。


「彩が選ぶのはモノトーンコーデばかり。好きなのかなって。

 それを合わせたら、彩はこんな感じで書くかなぁってね」


「「「「………………怖……」」」」


「なんでだよっ !! 」


「無いわぁ。引く……」


「俺、思考読まれてるの…… ? 」


「……えーと、という事は。

『モノクロームスカイ』で決まり…… ? ……かな ? 」


「うん……いいんじゃない ? 」


「これ、イメージカラーが限定されない ? 大丈夫か ? 後悔ない ? 」


「黒白は無難だし、いいんじゃね ? センターに来る奴だけ色味つければ」


「どう白黒にしても霧ちゃんの髪は青いから、完全なモノクロームじゃないもんね」


「じゃあ、決まりだね」


 反応が薄い。


「……何だこの空気」


「ハランが霊能まがいの事するから、バンド名決定の感動……薄れたんだよ」


「俺のせい ?

 お前に言われたくないよ。なんだゲテモノゲソ天むすって。Angel blessの名付けはお前だってのに……真面目に考えろ」


「お前がいるだけでゲテモノ感凄いんだよ。いちいち歯の浮くような事言って……」


「あ〜……お前は素直に言えないからなー」


 何の喧嘩なのか。しょうもない言い合いが突然勃発する。


「ちっ、腹黒ハラン」


「やめろやめろ ! おめぇら……くだらねぇ喧嘩すんな〜」


 恵也が必死に止めに入るが、顔はニヤニヤしている。


「バンド名は告知とかして、今まで(仮)のとこ、フワッと変えとく」


「そうだね」


「あと、その喧嘩も録画中にやって欲しかった。面白いから」


「面白……」


「……やめてくれ」


 何もかもがネタにされると分かり、蓮もハランも深く溜息を付いた。

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