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第15話 紅梅

 引越しは一日がかりだった為、撮影は次の日に持ち込まれた。

 四人分を一日でとなれば当たり前のことだが、意外と持ち込む荷量が多かったのはハランだった。ハランはこれからも今までいたマンションは契約し続ける事を告げていたが、それでも段ボールで部屋の半分が埋まった。


 彩は今まで作り溜めた音源をいくつかピックアップし、全員に夕食後に渡した。

 コンセプトやチェロの件は蓮と打ち合わせ済みで、ハランも文句無し。そのまま事はスムーズに動き出し、全員楽譜を受け取った。


「それで、二人にお願いがあるんだけど」


「俺とハランに ? 」


「俺たちは……ネット配信をメインで活動する。ステージに立つことは少ないと思う。

 ネットで気軽に配信出来るメリットってのがある。

 例えば生配信。生配信のコメントなら、コメントしたファンは直接俺たちに言いたいことが伝わってるっていう独特の空間の楽しみ。ファンとの距離感が強いんだ。会ってもいないのに同じテーブルで喋っていると錯覚するくらいに」


「うん。俺も蓮も分かってるよ。今まで俺たちがミュージシャンとして活動してきた事とは、根本的に変わるって事だよね ? 」


 彩は頷き、別に用意していた用紙を二人に見せる。これは恵也や彩のDMに来ていた『霧香と蓮、もしくは霧香とハランに交際していて欲しい』という、多くの支持を得ている、ファンからきたメッセージのプリントアウトである。


 蓮は頬杖を付き溜息をつく。ひと目で不機嫌になるのが分かったが、ハランはメッセージを見てクスクスと笑い足を組み直す。


「皆んな、意外な事考えるなぁ〜」


「……で ? これがなにか関係あるの ? 」


 ここで切り出せる彩もなかなかメンタルが強い。


「撮影中、なるべくキリに絡んで欲しい。隙あればキリを奪っていくスタイルで。

 最初はこう言う、キリに向かってくる下衆の勘繰りをさせない様にと考えたんだけど……もう、このファンの期待に答えようと思う。

 好きなだけ勘繰らせて、なんなら『どっちと付き合ってると思う ? 』って逆に聞いていくスタイルで」


「待て待て !

 霧香。お前はどうなんだ !? 」


「うん。話し合って、わたし承諾したよ。

 あくまで演出の一部だよ」


 蓮が頭を抱える。


「純粋に音楽で勝負する気は無いのか ? 」


「蓮、それは違う。

 ネットでファンを獲得して、更に再生回数やチャンネル登録者を増やさなければやっていけない。音楽を垂れ流してるだけで爆発的にヒットするのは、ほんのひと握りの配信者だけ。音楽だけじゃなく、他にもエンタメ企画やコラボ……色々考えないといけない。

 だが一つだけ言える事は……。


 俺が音楽で手を抜く訳が無い」


 あくまで実績あっての視聴者数である。

 どこの誰かも分からない連中の恋愛模様を見たい者などいない。


「まぁな。それはそうだろうけど。

 ……具体的にはどう霧香に絡めばいいの ? 」


「まず、キリのOKは出てるが、身体をベタベタ触るのは駄目だ。触る時は大人の良識の範囲内でだ」


 そんな当然の事を言われても、と言う雰囲気が伝わって来る。


「簡潔に言えば、やって欲しいのは蓮とハランがキリを取り合う様子がみたい」


「……動画で ? 」


「ファンの前では常に」


「俺はいいよ」


 やはりハランは即答だった。


「霧ちゃんみたいな子がいたら、こういう要望が出てくるのも分かるしね。

 俺も蓮も魅了魔術については否定出来ないし。

 うん。いいんじゃないかな。


 蓮、お前は ? 」


 わざわざ蓮に聞いて煽って行くスタイル。


「つまり、霧香の前でハランにマウント取れって事 ?

 出来るけど ? 霧香と俺だし」


 彩が「そうそうそれそれー」と言いたいが、蓮が半ギレ気味なので黙って置く。


「俺の予想だと、この炎上商法は上手くいく。魅了魔術の、お互いのファンがいがみ合わないって特徴が上手く作用する」


「まぁー。それがもし失敗に終わっても、霧ちゃんに毎朝『今日も綺麗だね』って言える生活だし、それがメンバー内でも正式に許されるって凄いよね。

 ……俺としては自然体だからなぁ。

 炎上なんか、してもしなくてもどっちでもいいよ」


「俺も別に。今まで通り接するし……」


 話をまとめに入る。


「じゃあ、このバンドはとにかくキリを中心に動く。

 演奏も、トークも。私生活は別だけど。

 よろしくお願いします」


「いえいえ、お世話になるよ。リーダー」


「俺も。よろしく。

 恵也、シャドウ。お前らもよろしくな」


「おう。こちらこそ」


「嫌いな食べ物とアレルギーは申告してくれ」


 □□□□□□


 動画撮影、当日。

 朝食の皿が下がった所で、彩が切り出す。


「これから撮影に入るから。カットはなるべく入れたくない。実写の編集めんどくさいんだ。余計な失言はなるべくしないでくれ。

 大まかな流れはここに書いて来た」


 そう言ってコピー用紙を全員に配る。

 恵也が受け取ってブツブツ読み上げる。


「食堂で俺とサイがキリと撮って、メンバー紹介して……俺の部屋紹介で猫 ?

 なにこれ、猫ってだけ書かれても分かんねぇよ 」


「あの黒猫写真の一件を一度鎮火させたい。

 シャドウ、申し訳ないがこの時だけ猫に戻ってくれないか ? 」


 シャドウはキッチンで牛乳を飲んでいたが怪訝な顔で彩を見る。


「俺をペット扱いしないでくれ」


「そんな気ない。

 家中映して、飼ってると公言してる猫がどこにもいなかったら『外飼してるんじゃないか』とか変な噂が出るかもしれない。ペットのマナーは叩かれやすいんだ。悪徳な人間はお前がよく理解していると思う」


「そういう事か。

 異論ない。うむ。霧香がそんな言われ方をするのは望まん。協力しよう」


「それに人型のシャドウも撮りたい。これだけの食事や屋敷の清掃をやってくれる事に、俺たち全員は感謝すべきだ」


「そうだね。賛成」


「朝、こんなちゃんと食う生活久しぶり」


「すげぇバランスも取れてるもんな」


 これには全員一致で頷く。


「じゃあ、シャドウ君。ケイの部屋で待機して、無理やりケイが抱っこしようとするのを、シャー !! バリバリって引っ掻いていいよ」


「ほう」


「ほう……じゃねぇよ !

 だったら、一緒に猫カフェに引取りに行ったレンレンに懐くって絵面の方が普通じゃないの !? 」


「撮れ高的にケイで行こう」


「これだから動画配信者はぁぁぁ」


 シャドウは牛乳を飲んだグラスを洗い、猫型に戻るとにゅーるを咥えてリビングを後にする。


「じゃあ恵也の部屋に行ってるぞ。毛だらけにしてやる」


「俺、これから猫パンチ食らうの〜 !? ヤラセってもっと楽しいものを作る為のヤラセじゃないの〜 ? 寝る前、ベッドコロコロしてから寝るの〜 ? 」


 全員言わない。


 恵也が猫にバリバリされるだけで面白そうだとは。


 □□□□□□□□


 撮影はリビングから。

 三脚に固定したカメラ横に彩と蓮ハランが待機。


「皆さんこんにちわ〜、ベース担当 KIRIです ! 」


「ドラム、ケイっす ! 」


「ギター、SAIです」


 彩は相変わらず音声だけ参加。

 恵也と霧香が並んで話す。


「チャンネル登録してくださった方ありがとう〜。まだしてない方は、この動画の下に、登録ってボタンあるから押してね。動画がいつも観やすくなるよ〜 ! 」


「ところでさ、まだ……前回配信から日にち経つのに、バンド名決まんねぇのな ! 」


 霧香もこれに関しては苦笑いするしかない。


「ちょっと『ゲソ』ではねぇ ? って話になって……曲に合わないっていうか……。

 でもね、あのね。理由もあるの」


「理由 ? 」


「先ずは、ふふ……いや、あんたのインスタ炎上したじゃん ? 」


「そうだよ !

 だってあんな猫の写真、みんな見てると思わないしさぁ。俺が置いたんじゃないから、あの写真立て ! 」


「これはさ、言ってなかったわたしが悪いんだけど。

 あのね、最初からバンド組む時に『わたしの家で同居』って決まってたんですよ。サイも」


 大嘘。

 だがヴァンパイアの契約者等とは説明も出来ない。


「バンド名は各自考えて来て、後で決めるのでお楽しみに !

 それで、猫と同居の話だけど。

 うちの両親、元々趣味で音楽やってて……」


「前から聞こうと思ってたけど、ご両親はプロなの ? 」


「全然。だから……この家って、ホテルみたいに一部屋ずつバストイレ別で、食堂だけ共用でしょ ? 」


「元々はスタジオ付き宿泊施設を目的に建てたって事 ? 」


「そう。でも動画配信始めてから、わたしが実家で弾くと音がね ? 練習場所も有料だったりするから。

 だからここを、パパに頼んで貸して貰ってるって事だったの」


 この場合、『パパ、ママ』はヴァンパイアの統括者の事ではあるが、事後報告はしてあるので大丈夫だ。


「なのに、それをみんなに言う前にケイがインスタに部屋の写真ね……載せちゃって。

 皆んなそりゃ驚くよ。なにこれって」


「いや、ほんと撮影は出来心で。生配信の後でテンション上がってたし、ホントに沢山の人がチャンネル登録してくれたじゃん ? 浮かれちゃって」


「まぁ、その気持ちは同じだよ」


「でもお父さん太っ腹だよな。今、六人……住んでるもんね。

 これ、俺が先に言うわけいかないからさぁ。

 サイ。先に言ってよ」


 サイがカメラの固定を確認し、ノロノロとフェードインしてくる。


「SAIです。

 えーっと。先日、X でも『近日中重大発表』って告知を出してたんだけど、それを発表させていただきます。

 実は、俺とキリの弦の数がタコとイカのゲソ数と同じだねって話して、ゲソ(仮)になってたんだけどさ。実は超大物アーティストが加入する事になりました。

 紹介します ! では、どうぞ ! 」


 カメラの死角で待機していた蓮とハランが明るく手を振り、隠して用意されていた背もたれのない椅子に座る。


「Angel blessの蓮です」


「同じく、ハランでーす」


 本来、観客の前ならば「きゃー ! 」と黄色い歓声が上がる二人だが、生配信でもなければキッチンリビングでの地味な録画である。

 テンションはそうそう上がらないが、これを見てる視聴者の為にはフレッシュさを出したいところではある。


 ペチペチペチペチ。


 霧香の小さな手の拍手だけでは少し寂しい感じもするが仕方ない。


「はい、というわけで。

 二人の同時加入が決定しました」


「フゥ〜 ! よろしく〜」


 無理にアゲる恵也を見ているだけで、全員きつい。お腹いっぱいである。


「元々、サイもケイも知り合いだったんだよね ? 」


「そう。でも、蓮がキリの部屋に来てるのは知らなかったぜ」


 仕掛ける。

 ここから。


「元々一緒に住んでたんだよね ? 」


「うん。音楽関係者に間貸ししていいよって言われてたし、一応誰を呼ぶかはママに言うしね」


 既に蓮と同居していた事実をぶち込む。


「なんかさ〜。イケメンじゃん ? 前も言ったけどさぁ。好きになっちゃうとか、無いのっ !? 」


「無いよ〜。

 っていうか、お手伝いさんもいるし、全くの一人暮らしでは無いじゃん。

 蓮は会話とかなくて割と部屋に引きこもってるから。だって普段はAngel blessのメンバーといて、他は黒ノ森楽器店で働いてるじゃん ?

 一緒に住んでても、廊下ですら会わないんだよねぇ」


「会わねぇんかい !

 えぇぇ ? じゃあほんと、居るなぁってだけぇ ? 」


「そんなもんだよ。わたしも配信部屋でひたすら投稿と生配信だし。

 あ、でも。さすがに猫飼う時は相談したけどね。ほら、アレルギーとかあったら飼えないしさ」


「そうなんだ〜。

 ところで、蓮とハランはAngel blessは続けるの ? 」


「うん。もちろん。二足の草鞋を履くよ。

 ここの加入の話は、京介から経由で聞いたのね ? 「行ってくれば」って話貰って。そして俺も即OKだった ! あはは」


 ハランが左隣の霧香を見て微笑む。


「だってさ。霧ちゃんと生活して、音楽もやれるって最高じゃん ? 」


『最高』を断言である。

 これにはヤラセと分かっていても、あまりの恥ずかしさに霧香は手でパタパタと顔を仰ぐ。


「いやいや、でも……。

 わたしたち、ゴシックをメインにやって行こうと思ってるんです。

 そしてこの配信がアップロードされる頃には、五曲あげる予定なんだけど。

 ひとつはゴシック・ロック、ゴシック・パンク、和ロック風ビジュアル・ロックって感じで。わたしはチェロとベースどちらもやるし、サイはバイオリンにも行くんで、是非聴いてみて下さいね。

 激しいのも静かなのもやるんで、ご期待下さい」


 全くハランへの返しになっていないが、突然宣伝を入れた霧香に皆乗るしかない。


「「「よろしくお願いしまーす」」」


 早めに切り替えないと変な空気になりそうだ。

 すぐに恵也が進行を進める。


「では ! ではでは。区切りいいとこでさ、俺が今日考えてきた企画ね」


「企画 ? 」


「俺たち、お互いの部屋って行き来しなくね ? 」


「そりゃあそうだよぉ〜」


 してる。


 めっちゃしてる。


 なんなら霧香は先日彩の部屋で夜通し弾き明けたし、蓮の部屋は霧香の部屋からしか行けない仕様だった。


「言われてみれば」


「んー」


「嫌でも食事は一緒だし。楽しいけどね」


 白々しいが、皆悲しいことに演技は上々である。


「用事があったら呼び出すとか、ダイニングリビングにも誰かしらいるしね」


「うんうん」


「でさぁ。今日は『突撃お部屋訪問』ってのをやりたいわけ」


 彩がここぞとばかりに入ってくる。


「俺の部屋なんも無いよ」


「「「知ってる」」」


 ハラン以外の声がハモる。


「で、部屋に行って、バンド名の候補書いて、箱に入れてもらうから。午後開封してみんなで決める感じでさ」


「クジ引きみたいだね」


「それじゃあ、とりま言い出しっぺの俺から招待すんぜぇ」


「これ、俺たち全員同行するの ? 」


「俺とキリが行く。サイが撮影かな。サイの部屋の時は俺カメラ代わるわ」


「じゃあ一旦解散〜」


「はーい」


 □


「説明、これで簡潔に出来たよね ? 」


「うん。大丈夫だろ。

 じゃあ、次俺の部屋に向かうところか」


 この屋敷は吹き抜けのエントランスを中心に、東と西に部屋が分かれている。

 一階は西側にダイニングリビングと倉庫、シャドウの部屋。ほぼ使っていないようだが存在する。一階東がスタジオ、応接室、衣装部屋。


 そして恵也の部屋だ。


「箱用意してと。 開封しないまま箱に入れる ? 」


「後から皆で見た方がいいんじゃない ? 」


「分かった」


 話が纏まり、彩がカメラを構える。


「ストップ。ここからカメラ回す」


「おっけ」


「3.2.1 」


 □


「部屋、狭くない ? 」


「全然。快適」


 恵也がドアを開けるとシャドウが部屋の中からぴょーんと霧香の胸へ飛び込んできた。


「シャドウ君〜ここに居たの〜 ? 」


 ふわふわの毛に頬を寄せる。


 動物と美少女が撮れた所で、恵也……渾身の演劇 !


「俺の部屋にいるの珍しい !

 なぁ、俺にも撫でさせてぇ」


「いいよ。はい」


 ハゥーーーーーーッ !!!!


「よっこいしょ……イデーーー !!!!! 」


 シャーーーッ !! バリバリ !!


「「ぎゃははは」」


 ヤラセとはいえ、シャドウも派手にやったものである。

 鼻のてっぺんとTシャツに三本線を付けた恵也が悶絶。


「痛〜」


「はぁ〜ウケる。

 あ、んでこれが炎上の写真ね ? 」


「ん痛ぇ〜そうそう。俺ここに猫の写真あるの知らなかったんだよ」


「サイもケイも加入して、その日のうちに同居だもんね。

 ってか、え、大丈夫 ? 流血やばいんだけど」


 実はカメラはだいぶ前から下を向いている。


「ちょっと映せないかな。YouTube 血液NGなんだよ」


「まじで !? ティッシュティッシュ」


 焦る恵也だが、指で血を拭ってから気付く。通常より止血が早い。契約者ならではの身体の変化だった。特に護衛役の第五契約者は余計に頑丈に変態する。


「大丈夫 ? プププ」


「大丈夫……ではねぇよ。全然懐かねぇのアイツ」


「触り過ぎるんじゃないの ? 」


「もう〜痛ェなぁ。

 じゃあ、俺の案、箱に入れるな。それ !

 よし ! 気を取り直して次はスタジオかな」


 恵也の部屋の向かい側がスタジオ。


 スタジオを映し、設備や機材の話を終え二階に上がる。


 霧香が途端緊張してきたのが彩には分かった。

 この急激な感情の変化に気付くのが第一契約者の特色であるが、霧香は恥ずかしがって彩に申告していない。


「やめて欲しい時は言っていい」……と、言いたいところだが、例え言っても霧香は「やめてくれ」とは言い出せないだろう。

 あまりに目に余る行為をするならば、と思いつつも、この提案は自分の発案だと彩も覚悟を決める。


「霧ちゃん、どうぞ」


 ハランは恵也には目もくれず霧香をソファに連れ去っていく。

 どうにもヤラセ感が無いのが面白い男だ。


「うわ、すげぇ」


 ハランの部屋は一台の観賞用高級ギターとアンティーク家具。そして多くの雑貨に埋もれて居た。

 特に目に付いたのは銀細工だった。


「普通の部屋だけど、銀が多いね。指輪もバングルも豊富。シルバー集めてるの ? 」


「自分で作るんだ。細かい作業が好きだし、誰かと同じ物を持ちたくないんだよね。

 そうだ霧ちゃん、気に入ったのあればあげるよ」


 銀細工はヴァンパイアにとって当たり外れのあるプレゼントである。人間で言えばまるで納豆のように。好きな奴は好きだが、嫌いな物は触るだけで火傷を負う。


「わたしはいいよ。弦触る時気になっちゃうんだ。ネックレスも苦手」


「そう ? じゃあ二人は ? 」


「好き好き〜 ! 貰っていいの ? 」


 恵也が嬉しそうに物色する。それを彩が一通り映し、コレクションや内装をグルりと映す。


「センスいいなぁー」


「そうだな」


 そして再びカメラの焦点を霧香に戻すと……。



 ハランがおもむろに霧香の髪を編みだした。



「長くて編みやすいね。本当に綺麗」


「あ、ありがと……」


「何でも似合いそう」


「そ……そうでも無いよ」


 彩が想定外のハランのノリに進行をド忘れする。


「え……と……」


「俺、これがいいな。ちょーだい ! 」


「いいぜ」


「貰ったぁ〜」


 恵也が銀細工の付いたミサンガを選んだ。彩のカメラに映し、はしゃぐ。


 だが彩はその背後が気になって仕方がない。


「止めてあげるよ。ここ押さえてて」


「うん」


「はい、完成。どんなヘアスタイルでも可愛いね」


 霧香は編み込まれた髪に銀のペアピンとシュシュを付けられる。


「じゃあバンド名入れて」


「うん。これね」


 箱にメモが落とされる。二個目の案がここにある……。

 霧香も二人もドキドキしている。

 何より霧香は別の事でドキドキしている。


「じゃあ、次行こうか」


「うん」


 物が多いせいか、歩けるスペースが少ない。

 急に動いたせいで霧香が彩の足を踏み、慌てて飛び上がりバランスを崩す。


「あ、サイごめん !! わっ !! 」


「おっと……」


 ハランが倒れてきた霧香を抱きとめる。


「ご、ごめん」


「狭くてごめんね。気をつけて。

 霧ちゃん、香水の趣味いいね」


「じゃーなハラン ! 次はサイの部屋だな ! 」


 三人はハランの部屋からバタバタと廊下に出る。

 そして彩と恵也が同時に叫んだ。


「「そーはならんやろ !! 」」


「え ? 今のコケたの、ワザと ? 」


「有り得ねぇ。そんなピタゴLoveスイッチみたいな事あるの !? ハラン、顔色一つ変えねぇし !

 ちょっと気まずくなって照れたりとか無いのアイツ !? 」


「別にわたしも好きで転んだわけじゃ……」


 ハランの部屋のドアが開く。


「聞こえてるよ……お前ら……」


「……うん。すまない」


「これだからイケメンは……って、サイ……湿疹出来てんぜ ? 」


「あ……蕁麻疹……。薬飲んでくるから待ってて」


「お前、マジか」


「耐性無さすぎ……ちょっとヨロけただけだよ ! 」


「いや、もうガッシリ抱きつかれてたじゃん。

 突然、抱きつかれるなんて絶対無理。俺なら避けてでも女の子触んない」


「「なんか……それはそれで最低」」


 □


 エントランスにある階段を上がって東奥が彩の部屋だ。ハランと彩以外、東にある他の部屋は空き部屋である。


 彩の部屋は特に変化は無い。

 相変わらず家具のない部屋に、パソコンとベッドだけ。唯一、楽器用の防湿庫にあるバイオリンについては、彩自らオーケストラ時代の話題に触れた。あっさり書いてあったバンド名の候補を箱に入れて終了となる。


 次は西にある霧香の部屋だ。その隣が蓮の部屋だ。


 そして、霧香の部屋が開かれる。


「わたしの部屋です」


「…………」


「うーん」


 別にダメでは無い。

 しかし霧香は紅一点。部屋紹介という点でも、一番の盛り上がりを見せなくてはならないはずだが。


 ……汚部屋だった。


「おめぇ、服……畳まねぇの ? こないだより散らかってね ? 」


 一昨日の夜、着ていったはずの珊瑚色のワンピースが床に脱ぎ捨てられていた。


「食べカスが無いのが救いだな」


「服以外は……本とか、ぬいぐるみ、雑貨…… ?

 一つ一つは女の子らしいのに、散らかってるせいで百年の恋も覚める部屋だな」


「収納が無いんだな。物が多いし、飾る系の物ばかりだから難しいんだろう」


「分析しないで ! もう、いいじゃん ! 映さないでよ恥ずかしいな ! 」


「恥ずかしいなら片付けようぜ。

 あぁぁあ ! サイまた蕁麻疹出てんぜ !! 」


「今度俺、掃除する ! 見てられない ! 」


「なんの決意だよ……」


 彩がカメラを降ろす。

 そうは上手くいかないものだ。


「最初、確認に来ておけば良かったな」


「まぁ、生活感あっていいんじゃね…… ? 」


「うーん。残念。これだけ散らかってても目新しいものは無いし」


「んもう。これが普通だよ ! 女の子みんなが綺麗好きなわけじゃないもん」


 彩はこの時初めて第一契約者になった事を感謝した。


 □


「レンレン〜来たよ〜 ! 」


 恵也が蓮のドアを叩く。

 シャドウによって突貫工事で付けられた、廊下に面したドアだ。


「どうぞ」


 蓮が出る。


 霧香の部屋と繋がってるドアは、本棚で隠されていた。

 三人が部屋に入ってすぐ、蓮が霧香のシュシュを解いた。


「なんで編んだの ? クセが付くだろ。綺麗なストレートなのに……勿体ない」


 そう言って、霧香の編み込まれた髪を解いていく。


「あ、それは……うん。分かった」


 トラブル回避か、ハランにやられたとは誰も言え無かった。

 だがこの一連の流れは世界中に公開される。


「レンレンの部屋は……なんか普通だな。家具は黒いのが好きなんだ」


「ああ。黒い家具は埃が目立つから掃除しやすいよ」


「なんか高そうな紅茶、並んでるなー」


「頂き物が殆どだけどね」


「あれ? キッチンにあるやつ、あれお前の ? 」


「そう。煎れようか ? 」


「おー ! あざーっす」


「香り強くても平気 ? 霧香はこれだよな ? 」


「うん。いつものお願い」


「ストレートでレモン二枚な」


 これはアウトだ。普段から『部屋行き来してるだろ案件』である。

 だが、それが今は欲しいのだ。


「カップ二客足りないな。今まで二人分あれば十分だと思ってたから」


 蓮がキッチンに内線を繋ぐ。数分して恵也と彩の分のカップが運ばれて来た。


「この人が管理人さんでーす。料理もいつも作ってくれます」


 シャドウが紹介されるが、一際デカイ身体は霧香と並ぶとカメラに収まりきらない。


「蜂蜜入れても美味しいけど、どう ? 」


 蓮と霧香がソファに並んで座り、向かい側のソファに恵也と彩が座る。


「蜂蜜 ? 甘いの好きじゃないの知ってるじゃん」


「それが結構、サラッとしてんだよ。スプーン……無いけど、ほら」


 そう言って、蓮は人差し指にヘラから蜂蜜を付けると、霧香の口元へ持っていく。


「んー」


 霧香も拒絶しない。

 まるで当然の様に蓮の指を咥えて舌を這わせる。


「確かに。甘くないかも。重たい甘みじゃない」


「だろ ? 」


 これには流石の恵也も、見てる方が恥ずかしい状態である。

 紅茶を一気に飲み干す。もう香りとか味とか、全然分からない。


 彩のそばでシャドウが言う。


「彩……もういいな ? 戻るぞ。

 それにしても。どうしたんだ、その湿疹」


 彩も同様。

 髪を編むだけだったハランの攻撃も強かったが、蓮の一方的な霧香への攻撃力は更に上を行っていた。


「聞いてくれシャドウ。

 俺は……レベル2くらいの攻撃を覚悟していたら、レベル5という想定外の攻撃を受けたんだ」


「そうか……」


 だが彩はこうも思った。

 この行為がハランなら霧香はとっくにオチている。

 これが蓮だから霧香は許すのだ。


 距離が近いから進展しないのか、あるいは進展しているからここまでのことが出来るのか。誰にも分からなかったし、二人でさえあの夜のキスを忘れている。


 蓮から候補用紙を箱に入れて貰い、三人は部屋を出た。


 バタン。


 扉を閉めて、五秒ほど無言で立ち竦み、その後三人一気に廊下にへたり込んだ。


「終わったー」


「演奏撮るより気を使う……」


「疲れた。シンプルに疲れた。

 いつも会ってんのに……今更、部屋で喋ることなんてねぇよ ! 」


「勝手に編まれて、勝手にダメ出しされた……」


「とりあえず昼飯食おうぜ」


「だな。これから五曲も撮るんだ……食べすぎるなよ ? 」


「シフト薄い暇人だけど、今日一日だけ密度が濃い……」


 三人はフラフラと食堂に戻った。

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