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第8話 ミッドナイトブルー

「じゃあ、帰ろっか」


 個人宅配のおじいちゃんが再び手動リフトを持ってベースを運んで行った。


「え !? 打ち上げとか無し !? 」


 恵也の一言に彩が頷く。


「キリは未成年だし。暗くならないうちに家に帰した方が……」


「あ……そっか」


「にしても……案外、登録者数多いね」


 三人でパソコンを見つめる。


「このうち、毎回視聴してくれるのは半分にも満たない。

 今回はたまたま自分たちのフォロワーやリスナーが登録しただけで「イメージと違った」と、数日間は減少する可能性もある。

 特に霧香は俺と同じく男性だと思ってた女性リスナーが離れる可能性もある」


「確かに。今回が初顔出しだもんな」


 それに関しては、霧香は目一杯の魅了魔術をド解放で録画したため、魅了されない人間だけが離れていく訳だが、敢えて言わない。

 今更、全て魔法でした……では済まされないところまで来てしまった。


「数日様子見るしかねぇか」


「ああ。

 駅も近いし。ここで解散で。

 各自今夜は増えたフォロワーにコメントや、今日の配信のツイートするように。

 生配信とかしてもいいけど、特にケイ……キリについてはあまり深掘りしないように。せめて自分の事だけ話して」


「そうだよ。なんだったの ! 今日の後半 ! あんた、わたしを破滅させたいの ! 」


「いや、気付いたら超喋ってた俺」


「考え無しに喋んないでよ ! 」


「しょーがねーだろ ! そもそもサイが『好きな人』みたいなコメント拾うから ! 」


「まさかあんなダイレクトに広げ回ると思わないし」


「悪かったって」


 恵也はむくれ顔で、渋々罪を認める。


「……とにかく、過去の話はしない方がいい。未来の事とか話してくれよ。ビッグマウスもダメ」


「アーイ」


「ビッグマウス ? 」


「大口叩くなって事」


「あ〜 ! やりそ〜」


「キリも着替えて。明日からの服はちょっと考えがあるから」


「う、うん」


 ズボンの上からワンピースを被り、中身を脱いでいく。

 何となく視線を逸らす恵也と違い、彩は霧香の身体をじっと眺める。


「身長どのくらい ? 」


「え ? 158センチくらい」


「……じゃあ、ヒールの高さは気にする必要ないか。服は上がSサイズ〜下がS〜Mサイズってところかな……」


 霧香の着替えが終わったところで恵也が振り返り、彩に呟く。


「おめぇ、キモイよ……」


「ケイ、ヤラセのロリータとか絶対周囲で言うなよ ? 」


「しつけぇよ ! 言わねぇよ ! 」


 □□□□□□□□□□□


 隠されると知りたくなるのが恵也である。

 小学校では非常ボタンを押しまくり、教室ではサッカーをしまくり、メダカの池にはザリガニを投入してきた男である。


 帰宅時間は十九時過ぎ。

 まだまだ春の夕暮れは日が沈むのが早い。


 あの爆発的に増えたフォロワーに、普段インスタがメインの恵也は霧香の身の安全が不安で仕方がなかった。


 恵也、現在霧香の後を尾けている。


 そもそも郊外の豪邸に一人暮らしとは、いくらお嬢様でも分からない話だ。独り立ちが目的なら地域住民と接点のあるようなマンションやアパートに賃貸するはず……と言う思い込みと、もし危険な目にあったら………などと、案外面倒見のいい兄貴分なのである。


 顔出し配信したがために、ストーカー等に襲われては大変だと、あっさり帰宅した彩と別れ、霧香の様子を背後から尾ける事にしたのだ。


 駅からバスに乗り、郊外へ向かう。恵也はリュックからパーカーを取り出すとフードを目深に被り、コソコソと上手くついて来た。

 霧香は住宅地で降りると、未開拓の小さな雑木林の前で足を止める。

 どうやら通りに面してポストがあるらしい。

 中を確認している霧香を見届け、つい好奇心で、雑木林の中に足を踏み入れる。


 どんな豪邸か。

 本当に一人暮らしか。

 兄弟姉妹はいないのか。


 恵也にとって素性を知っていた彩より、霧香の方が余程訳の分からない存在だった。

 何よりあんな美少女が小学、中学と通っていたら、絶対友人から又聞きでも噂になるレベルだと思っている。


 彩と違い……恵也は霧香の魅了魔術にかかりやすい体質だったようだ。

『好き = LOVEでは無いが放っておけないし、心配だし、もっと知りたいし』くらいの言い訳を思い浮かべてる恵也だが、健全な反応だ。


 何故なら、恵也はファミレスで話した時から、既に霧香に一目惚れしている !


 林を抜けるとただの空き地だった。平らではあるが、何も無い。

 垣根を越えポカンとしていると、ポストのあった林道から霧香が登って来るのが薄っすら見えた。


 これは一体どういう事かと悩んでいると、突然目の前が光だし、建物が姿を現した。


「な、なんだこれ ??? プロジェクトマッピング ??? 」


 しかし、映し出す土台になるものすらそこには無かったし、どうにも現れた屋敷は質感が本物にしか見えない。


 そして霧香は扉を開け中に入っていった。


「はぁえ〜 ! なにこれ……どうなってんの……」


 その時。

 背後に気配を感じた。

 人なら枯れ草で足音がするはずだ。

 だが確実な気配がそこにはある !


「え…… ? ゴフッ !! 」


 振り向きざま。

 一撃。

 懐にデカい膝が抉り込む。


 気を失い、倒れる恵也をヒョイと担ぐ大男。

 シャドウだ。


「ネズミめ。霧香の奴、油断しすぎだ」


 敷地外に投げ飛ばしてしまいたい所だが、屋敷の出現を見てしまった以上、生きて帰すことはできない。


 シャドウは仕方なく屋敷の中に恵也を入れ、物置からロープを出し、椅子にぐるぐる巻きにした。

 仕方の無いことだ。侵入者を排除し、霧香が安全に過ごせるように存在するのが自分だと、シャドウは厳格に考えている。


 気を失った恵也が乗った椅子をガッシリ抱えあげると、キッチンに来た霧香に自慢げに見せつける。


「見ろ ! 侵入者だ」


 シャドウは……


「きゃーーーーっ !! 」


 一番苦手な『女の子の悲鳴』を聞く羽目になった。


「やばっ !! なんで !?

 いや、シャドウ君 !! これメンバー ! 怪しい人じゃないって…… ! 」


「なんだと !? でも確実にお前を伺ってた !

 不法侵入者とバンドを組むとは聞いていないぞ」


「と、とにかく……うわ、意識ないじゃん !! 」


「意識が戻るまで縛り付けておく。

 このネズミを見ながら飯にしよう」


「あぅ、いや……うん。どうしようかな」


 霧香も想定外すぎて頭を抱える。


「わたしにくっ付いて来たんだ……。

 ちょっと魔力が強すぎたのかな……仲間までかかるとは……使いにくい魔法だなぁ」


「起きたら記憶を無くして放り出せばいい」と言いかけたシャドウだったが、妙案が頭をよぎる。


「そうだ…… ! ヴァンパイアである事を言ってしまったらどうだ ? 」


「えぇ !!? それはちょっと……」


「生活に必要な人間に言うだけなら違反にはならない。違反になるのは人間から血を貰った場合だし、契約者なら貰っても何も言われん。契約すれば魅了魔術にかからなくなる」


 ヴァンパイアの契約者というのは複雑な主従関係と条件がある。


 契約者……つまり、眷属になるには最高五人まで可能である。シャドウの使い魔契約とは根本的に距離感が違う。


 常に霧香と行動を共にするような契約だ。


 第一契約者〜第五契約者まであるが、一番初めに契約した者が第一契約者になる訳では無い。


 シャドウは第五契約者に恵也を取り入れたいと考えた。

 第五契約者の役割は『護衛』である。


 家にいる時は自分が守ってやれるが、シャドウは敷地から出れない使い魔である。

 どうにか外でも護衛を付けられれば、自分も少し安心出来ると思ったのだ。


「契約者ならって……わたしがケイと契約するってこと ! ?

 おえぇえぇぇっ ! 」


「な、なんだ !? 見たところ肥満でも無いし、割と筋肉もある。吐くほど不満か ? 」


「シャドウ君〜。人間は身体付きとか毛並みでオスを選ばないんだって……」


「失敬な。猫は経験値で相手を選ぶ。育児が上手い熟女と紳士がモテるのだ」


「なら、尚更中身の問題じゃん !! 」


「こいつはお前にとって害なのか ? 」


「えぇ ? 」


 害でないことは確かだが、今日会ったばかりでは判断しかねる。

 特に恵也の軽い感じが、霧香には軽率そうに見えるのである。


「こいつと ! ここで暮らす事になるんだよ !!? ばっかじゃないの !?

 この馬鹿と !? ヤダよ !! 」


「害が無いならいいじゃないか。

 じゃあ、蓮に相談を仰ぐのはどうだ ? 」


「ダメダメダメダメ〜 !

 油断するからだ〜とか、絶対怒られるもん ! 」


「そうか ? ヴァンパイアの契約者は『主人と恋人になってはならない』ってのがあったろ ? 」


「…… ??? それ、なにか関係ある ? 」


 シャドウは霧香の事が好きそうな蓮なら賛同してくれるのでは、と考えた。

 恵也を契約者にさせてしまえば、恋敵が減るから好都合なのでは ? と言う安易な案である。


「普通にしててもケイは恋愛対象じゃないよ ? 」


 霧香が断言しているのを見て、シャドウはここまで尾けて来た恵也を、なんだか気の毒な人のオスだと思えた。

 なんともない女を家まで尾行するとは思えないからだ。


「……コイツは……哀れすぎる……。

 まぁなんだ。記憶を消すにしても、一応蓮に報告はすべきだ。人間の脳内に作用する魔法だしな。

 魅了魔術はただのフェロモンだが、記憶消しは更に上の魔法だ」


「うー……」


 これは押せばあと少しと確信する。


「……まぁ、俺の責任だからな。俺が責任を持って、自分で報告する。スマホ貸してくれ」


「え !? いいの ? 」


「ああ。ガードマン失格とも言えるミスだ。俺が直接、責任のアレを……アレするから」


「そっか。分かった。ほい」


「話が済んだら飯にしよう。そいつを起こしておけ」


 霧香は椅子に巻かれた恵也をうんざりと見つめた。


「……なんか、騒がしいから……まだいいよ……」


 □


「……と言う訳なんだが」


『いや、別にいいけど……なんで俺に確認取るの……』


 蓮からすれば『勝手にしてくれ』と言う事案である。


「俺は一使い魔の身分でこれを提案している。お前に相談するのは妥当だと思っている」


『しっかりしてんな。

 けど……契約者を作るメリットデメリットは人それぞれだ。どうして急に ? 』


「使い魔の俺より、人間の知り合いの方が霧香が言うことをきく傾向にある」


『あっそ……。人間界に慣れてないからだろ ?

 でも、一つ問題がある。その契約はヴァンパイア主人が一方的に契約出来る。けど、コイツに仕えたくないと契約者が判断したら、解約は契約者の意思で出来る。お前と同じだ。

 今夜契約しても、明日の朝には解約される事も無くはない。その場合記憶は消えない。

 記憶を消すのが遅れれば遅れる程、すぐ思い出すし……』


 もし記憶消しをするなら、今すぐでもすべきという事だ。


「だが、今日も簡単に尾行されて帰ってきたんだ。外で霧香を守る奴も必要だ。毎回あんたを頼る訳にはいかない」


『ん……それには同意するけど。

 恵也が同意すんなら、いいんじゃない ?

 でも、それだと、あいつ顔に出るから彩に話さないわけいかないぜ ?

 もし契約者にするなら恵也と彩は同時だ』


「 ??? 何故そこであのギタリストが出てくる ? 」


『護衛役は適任だと俺も思うけど、恵也には管理能力がない。守ろうとしても霧香が言う事きかないだろうし。

 彩ならその辺、心配無い。霧香を上手くコントロール出来る』


「なるほど」


 意外と蓮は、浮かない提案なのである。

 何故なら契約者は主人との同居が条件に含まれるからだ。

 恋敵がナンチャラと言う事ではなく、ヴァンパイアの生活域に人間が同居するというのは簡単とは言えない。

 とは言え、恵也だけでは二人の仲は険悪な生活になりそうだとも思えた。


『今、霧香のスマホだよな ?

 彩、呼んじゃえば ? 誤タップって事で。

 お前から呼べば招待した事になるから、屋敷が見えるはずだ』


 シャドウは迷ったが……第一契約者なら、主人の身の回りの世話が役目である。自分の負担が減るな、と目先の欲に釣られた。

 シャドウは彩の女嫌いをまだ知らない。


「……わかった。そうしよう」


 シャドウは一旦、蓮との通話を切ると、渾身の『絶対に彩が来るワード』を絞り出す。


「よし……ゴホンッ」


『はい……俺だけど……』


「深浦 彩か ? 霧香の身を案ずるならば、これから言う住所へ来い。丸腰でな ! 警察には言うな。お前の通信は全て傍受している」


『えっ !? は ??? 』


 プツ。


「よし。アクション·ストリーム2を観ていて良かったぜ」


 映画で覚えたセリフで何とか上手く誘導した。


 □□□□□□


「……はっ !! 〜〜〜っ痛〜 ! 」


 椅子にぐるぐる巻きにされた恵也が起きる。

 そばには、無表情でサラダを貪る彩と……。


「そんなん頼んでないよ !! 連絡するだけって言ったじゃん ! 」


「蓮の許可は取ってある」


「確かに蓮はお目付けだけど、わたしの生活とか交友関係に介入するのはおかしいし ! 」


 黒人の大男と霧香が、ご馳走様の並んだテーブルの奥で大喧嘩している。


「……イテェ。つーか何この状況。

 お前なんでいんの ? 」


 彩はトマトとレタスの生春巻きをひたすらほっぺに詰め込んでいた。


「……なんかキリが、人間じゃないとか言ってる……」


「はぁ ? 」


「……俺たちに召使いになれって。要約するとそんな感じ」


「なんだそれ。こんな屋敷で使用人とかいねぇのか ?

 っつーか、食ってねぇでロープ解いてくんね ? 」


「トマトを食べてから……」


「俺よりトマトなんだ……」

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