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第7話 ネオンブルー

華やかさと疾走感のあるSAIのギター。

 これが初のセッションとは思えない程、ゆとりと余裕があった。

 そこにKIRIの魅せる激しい弦さばき。一つの狂いも無い正確さと、独特なベースで奏でる激しい重低音が観客の身体の芯まで震わせる。

 合わせて十八本の弦を操る二人を引っ張っていくのが、力強くも繊細なリズムを刻む恵也のドラムだ。


 SAIがメインでAメロを歌い、KIRIはメインサビで歌う。

 KIRIの男性ボイスは更に見物客を喜ばせることに成功した。

 二人が合わさると重音のように綺麗なハモりを見せ、霧香が低音、彩が高音ボイスを担当するのも正解だった。

 激しいギターとベースの弾き争いは、大サビ直前で最高潮のボルテージに達し、ありったけの力を出し切った。


「はぁ、はぁ、ありがとうございました !

 配信まであと十分。お待ちください」


 即席の警備員に付き添われ退席する。

 フロアを壁沿いに歩き、エレベーターで上の階のスタジオに通された。


「お疲れ様」


 スタジオには既に蓮とハランが来ていた。


「途中まで聴いた。お前ら本当に今日組んだのかよ……」


 蓮が気持ち悪い物を見るような眼差しで三人を見る。


「俺もびっくり !! あー ! 気持ちよかった !! 久々に何も気にしないで叩いた気がする。ずっとフルパワー ! 」


 恵也は興奮して彩に喋り倒しているが、彩は速攻タブレットを開くと、今撮った動画をアップロード、スマホで撮ったものは切り抜き、SNS各所にチラす。


「霧ちゃん、水どうぞ。冷えてるよ」


 ハランがミネラルウォーターを霧香に手渡す。


「ありがとうハラン」


「お客さんの前で弾いてみてどうだった ? 」


「楽しかった。一人で落ち着いて弾くのもいいけど、こーゆーのも楽しい ! お客さん見えるのって嬉しいかも ! 」


 無邪気にはしゃぐ霧香にハランは微笑み相づちをうつ。


「トークも盛り上がるといいね」


「うん」


 ハランと二人、奥の椅子に座る直前。霧香を見た蓮が呼び止める。


「おい、今の水でグロス取れた。

 ストローにしろよ」


「ごめん、霧ちゃん」


「い、いいの。喉乾いてたし ! 」


 霧香が蓮の前の椅子に行く。ハランはとりわけ呼び止めたりはしないが、珍しく苛立ちが顔に出ていた。


「いいからこっち向け。塗り直す」


「自分でやるよ ! 」


 タブレットの液晶がブラックになる度見える背後の三人を、彩はそのまま観察。

 ちなみに恵也は床に転がっている。


「ほら、時間ないだろ ! 」


 蓮が霧香の顎を手に包み、優しくも強制的に自分へ向かせる。


「ふ……く、くすふったいぃ……」


「動くなよ」


 背後のやり取りに、彩は内心ワクワクしている。だが、痴話ばなしが好き……と言う事では無い。

 幼い頃から集団で暮らしていた環境上、周囲の空気を読むのが癖のようになっているだけだ。

 霧香のメイク直しが終わったところで、彩はパソコンとタブレットを端に寄せて話を始める。


「トークの打ち合わせいい ? 」


「へぇーい」


 恵也も寄ってくる。


「俺は配信中のコメントや質問をひたすら見てるから、あんま喋んないかも」


「えっ !? お前がリーダーじゃないの ? 」


「そうだけど。俺、喋れるわけないじゃん。席もケイが真ん中に入って」


「「……そう……だね」」


「トークも基本ケイが回して、キリに多めに振って。俺には期待しないで」


「っつってもよ。俺、トークとか生配信とかした事ねぇよ。そーゆーのボーカルとかに丸投げしてたし」


「目の前にタブレット置いておくから、そこに俺がコメント欄からピックアップした話題を送る。ネタに困ったら見て。

 キリは男性風にって言ってたけど、今の反応上、あまりいじりすぎない方がいいかもしれない。『クール系』って程度で構わない」


「く、くーる…… ? っていうか、わたし大丈夫かな……。そういう演技的なのは……」


「お前、ベース演奏中は男女云々じゃなくて妖怪みたいだったけど ? 」


「うそっ !!? 」


 恵也はデリカシーは無いが嘘やハッタリを盛り込んだ会話をするタイプでは無い。故に「妖怪みたい」と言うのは、少なくとも恵也はそう見えたのだろう。


「えぇっ ? わたしそんなんなってる ? 」


 彩も頷く。


「なってる……けど、直さなくていいから。イメージ通りで安心した。

 手元の動画しか観たこと無かったし、しゃがみこんで、マネキンみたいに動かず弾かれちゃ困る曲だし」


「まぁ、曲とは合ってたけどよぉ……。じゃあバラードとかん時どうすんの ? 」


「そん時は普通のベースでいいんじゃないかな ? 考えておく」


 そこへ警備員が入ってくる。


「時間ですので〜」


「はい、すぐ行きます」


「うわ、短っ。

 それじゃ……」


「気合い入れて喋るか」


 十六時五十八分。

 リマインダー設定 「523人」



 十七時ジャスト。


 視聴者数 「885人」

 チャンネル登録者数 「12931人」


 とてつもない大掛かりなスタートを切ることになった。


 □□□□□


「さ、始まったんだけどぉ。普通、ここで『どうも○○です』ってバンド名とか名乗るじゃん ?

 決めてないんだよね ? 」


「うん。だって結成、今日だから」


 えぇ…… ? どよどよ……


「おかしくない ? 」


「おかしいね」


 くすくす…


「普通、色々決めてからやるじゃん ?

 そもそも前から結成の話は出てたの ? 」


「SAIからね。

 その前に、わたしSAIの配信中にコメント欄にリンク直張りしてファンに怒られてんの」


「そりゃ、怒られるだろ。ファンの巣窟だからさ」


 霧香は最早緊張から、クール系を早くも見失っている。


「でも、それきっかけで、知り合って三ヶ月くらい ? 毎日音源のやり取りしてて」


「え ? それ聞いてない俺」


「だってケイは加入したの半日前じゃん」


 あははは ! え〜 !


「そう。俺ね。今日結成したバンドに、その半日後に加入したの。

 ギャンブル過ぎて胃が痛いんだけど」


 くすくす……


「でも演奏上手くいったね」


「な ! 」


「ホントびっくり」


『客に礼を言え』


「……えー、そんなバンドなのに、こんなに今日は集まって頂いて、ほんとマジありがとうございます。

 逆に〜、何となく行列だからって、雰囲気で並んだ人もいます ? 」


 数人手が上がる。


「マジすか ! チャレンジャーっすね……。じゃあ、飽きさせないように頑張りますね。

 いや、ほんとまだ名前決まってないんですよ。

 SAIはギターで活動してて結構人気で、KIRIはベースがね、あそこに置いてあるんですけど……ってか、あれ俺的にはベースって言わないんだけど」


「ベースだよ」


「ベースの音は鳴るけど。多分写真持って街角で聞いたら「ベースですね」って答える人いないと思うぜ。

 もしいたら……そいつも……作ってんね !

 弾く方じゃなくて、作る側の人間くらいしか考えらんねぇわ」


「生みの親 ? 」


「そう。

 アレ、夜中にロボットとか車に変形したりしない ? 」


 ハハハ…… !


 □


「………ほんで、急遽サイの家に行くことになって。で、行ったら、こいつの部屋、なぁーんも無いの。普通あるじゃん。テレビとかテーブルとかエロいのとか。まじで無いのマジで」


「びっくりしたよね。部屋に必ずある物ほぼ無かったよね」


「雀卓とかな ! 」


「……雀卓……は、えぇ ? 微妙なラインの……物体…… ! 」


「微妙な物体って、俺はあのベース程じゃないと思う」


「なんでよ !! 」


『ハンドルネーム@カヨ 恋人はいますか ? 』


「コメント追いきれなくてごめんね。

 えーと、今目に止まったのが『ハンドルネーム@カヨさんの質問で、恋人はいますか ? 』だってさ。

 俺、欲しいんだけどさぁ。なんか居ないね。なんでいないんだろ」


『居ないで通して ! 』


「ふーん。最後、付き合ったのいつ ? 」


「一年前とか ? 続かないんだよね」


「へ〜。わたしは無いなぁ。ベース弾いてる方が楽しいし」


『居ない方向で ! 』


「またまた〜。仲良い奴いるじゃん〜イケメンの」


 霧香が引き攣った顔を刹那で笑みに戻す。


『それ、NG !! 』


「イケメンだけどね。でも、人間じゃないから」


「え !? 」


 霧香がスマホの画像を観客席に見せ、次に配信のカメラに向け、尚且つ恵也には見せない。

 観客席から漏れる「おぉ〜」と言う声。


 写っているのは、猫時のシャドウである。


「筋肉が。超いいでしょ ? イケメンだよね。飼ってるんだ〜」


「え……彼氏……飼ってる…… ??? 怖ァ」


「ほら」


「猫 !! 猫じゃん !! 」


「猫もイケメンとか美猫ってあるからさ」


「そーだけど。そーじゃないじゃん。

 ごめんねカヨさん。ま、結果いないって事判明したけど」


 ここで変に噂をされたのでは逆にファンが減りそうだ。霧香が上手く纏めて彩は胸を撫で下ろした。


『ハンドルネーム@ビタミンさん バンド名の候補はあるんですか ? 』


「あー……。次はね。これかな。

 ハンドルネーム@ビタミンさんの、バンド名の候補ありますか ? だって。

 かっこいいのがいいよね ? 」


「そうだね。ボケてもいいけど、曲に沿った名前が良いのかと……。でも、覚えやすさも大事だよね」


『例えば ? 』


「えーっとね。

 ほら、あのハランと蓮のバンド名なんだっけ ? Angel bless ? あーゆーのいいよな。

 今日も会ったけどさぁ、あーゆーのイケメンって言うんじゃん ? 」


 蒸し返した。

 霧香が一度上手くスルーしたモノを。

 わざわざ蒸し返した挙句、知り合いと言う既成事実を公言。


 これには彩も霧香も恵也をガバッと睨む。


 会場からは「へ〜」とか「ひゃー」とか聞こえるのを、霧香の耳はシャットアウトする。


「イケメンなんだろうし知り合いってだけだしねぇー。

 バンド名はいいよね。ケイ、あーゆーバンド名なんか思いつかない ? 」


 霧香が軌道修正を図る。

 だが、恵也は読めない。

 空気も顔色も。女心も !!


「Angel bless程のは浮かばねぇわぁ。

 Angelって天使じゃん。イケメンじゃん。イケメンはそらAngel言っても許されんもんな。

 あのイケメンさぁ、どっちが好み ? 」


 霧香は引き攣った笑みで怒りを堪える。


「いや、彼ら二人だけじゃなくてあのバンドさんって、みんなイケメンじゃない ?

 そもそも、わたしが決めていいことじゃないじゃないし。

 バンドはさ、演奏技術も考慮しなきゃいけないわけじゃん ? 」


「すげー喋んじゃん。余計怪しい〜」


「くっ……怪しくは無いでしょ。別に」


 見かねた彩が助け舟を出す。


「元々、俺の知り合いで……今日手伝ってくれただけだからね」


「ほーん……」


 しかしここで恵也 !

 彩にもぶっ込んで行く !


「確かに !! お前、知り合い多くね ? 俺の名前も知ってたしさー。

 KIRIが男性だったとしても「会おうよ」って言うの怖くない ? ネットだし。すんげーおじいちゃんとか来たらどうしてたん ? 」


「いや、ほんと。ベースの音が理想的だったからさ」


「音に惚れた的な ?

 前にオーケストラ団にいたじゃん ? そん時は「この音だぁ ! 」みたいなの感じた事ってあった ? 」


 これは彩が非公表にしていた過去だった。


「え ? サイ、オーケストラやってたの ? 」


 彩の意に反し、恵也は仲間の華やかな経歴を披露する。


「そう。俺、そん時のポスターとか知ってる。よく学生とか駅前で配ってたもん。

 バイオリン持った写真でさ。すんげぇ無愛想にしてたから、よく覚えてんだよなぁ」


「へ、へぇ〜」


 霧香は彩のマウスホイールを回す手が止まっているのに気付く。

 よく見れば完全に石化していた。


「……それは、また今度話そうよ。

 バンド名 ! バンド名 ! 」


「バンド名かぁー ! 」



 □□□□□□□□□


 話題の修正は遅かった。

 しかし配信を見てる視聴者も、ここに来たKIRIとSAIのファンは知らなくていいことだ。


「なるほどな。あー言われてみれば確かに ! 」


 ハランがスマホでライブ配信を観て納得。


「気づいて無かったのか ? 」


「え ? 蓮、気付いてた ? 」


「観客席写ってすぐ気付いた。

 俺は……好きだったんだけどな……彩のバイオリン。聴きに行ってたし」


「まじか」


 実はここに来てる客の半分は、彩がいた当時の団員である。

 彩の様子からすると、自分で招待した訳ではないのだろう。

 観客の年齢層の厚さに、ハランはようやく納得がいった。若者の配信を観てなさそうなおっさんや老紳士までいるわけである。


「あいつ、団員から追い出されて……その後バンド界隈に来たんじゃなかった ? 」


「この様子だと、全員から嫌われてたんじゃないんだろ」


 彩はソリストだった。

 学生で社会人の楽団員と演奏するには……。いや、この楽団の方針と彩の演奏スタンスには齟齬があった。


「ソリストは気難しいのが多いからな。あの楽団はプロ意識よりエンタメに優れてたし、相性が悪かったんだろ。事実、コンマスが彩の時はレベル上がってた」


「うちでも演奏会のチケット取り扱ってるけど、買いに来るの子連れの方とか学生だもんな」


「敷居が低いのは悪いことじゃない。コンクールのように点数が付けられるわけじゃないし、ショーとしての演奏ってのがある。

 ただ、彩はそのタイプじゃなかった」


 蓮は自分のタブレットで配信を観ながら腕を組んで考える。


「音楽経験者とバンドを組みたがらない奴は多い。彩の口五月蝿さにメンバーがついて行ければいいけど、霧香はその辺、実力は魔法に頼り切り。楽譜も読めない。

 恵也は兄についても、これから視聴者に色々詮索される時が来るだろう。

 上手く行けばいいけど……」


 □


「サイはなんでアバターがタコなの ? 」


 彩はパソコンから顔を上げると、さも当然のように答える。


「だって、ギターの弦、八本じゃん」


「え !? 一本の弦に蛸足一本づつの感じ !? どうやってギター持ってんだよ ! 」


「粘膜 ??? 」


「蛸の胴体に吸盤ねぇし !

 あ、キリのベース的な ? 置いて弾いてる ? 」


「……その前にギターってストラップで吊ってるから。

 キリのベースで何か麻痺してない ? 」


 あははは !


「するよ !! 当たり前じゃん !! あんなのベースっていわないもん ! 」


「あ、また言った !! ベースだよ」


「じゃあさ、キリのベースって呼ぶのなんだから、名称付けようぜ」


「おいおい、バンド名先に考えないとさ」


「ってか、ギターの八弦で蛸アバターなら、お前は十弦だからイカだな。

 ゲソの数ちょうど合うな」


「確かに。

 あ、じゃあバンド名『ゲソ』でいく ? 」


「いいかもね」


「俺はっ !? 」


「スティックかぁ〜。イカゲソのさ、無駄に長い二本あるじゃん ? そこ半分あげるね」


「俺、切り離された……見た目ほぼミミズじゃん !! 」


「じゃあ、スルメイカかコウイカかは選ばせてあげるよ」


「いやいや !! イカにそんな詳しくねぇんだわ俺。俺のアバターどうなるの ? 」


「……一人だけ人間とか無しね。裏切りだから」


「軟体動物で」


「お前ら、一生クネクネしてろ ! 」


 □□□□□□□□


 配信終了。


 視聴者数「8425人」


 Youtube チャンネル登録者数「20107人」


 X (前Twitter) SAIフォロワー「8201人」

  KIRIフォロワー「5893人」

  恵也フォロワー「3203人」


 X タコ@バンド名未定中 フォロワー数「20021人」

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