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第3話 白藍

 霧華と彩は翌日、昼十二時にファミレス前に集合となった。


 動画の炎上のこともあり、霧華は不安だった。やり取りはDMや楽譜のデータだけだったし、ディスプレイに写る彼しか知らないのだから。

 それは彩も同じはずだが、彼の場合は期待の方が大きいかもしれない。


 道行く全員が霧香の前を通る度に、二度見するよう振り返る。

 そして意外にも、霧香のファッションにもあった。

 スタッズの付いた黒のシャツに黒のレザーパンツ。全身黒にアクセサリーてんこ盛りとはなかなか痛々しいはずなのだが、それで絵になってしまうのが霧香……いや、ヴァンパイアの恐ろしさでもあり魅力でもある。


「あの……」


 そこに、通行人の一人が霧華のそばで止まった。

 ギターケースを背負った二十歳程の男性。

 彩だ。


「こ、こんにちわ。SAIさんですか ? 」


「はい………にちわ……」


 整った顔立ちではあるが、肌は青白く、カラーで脱色した白い髪が更に彼の印象を儚いものにしていくかのように。それ故にインパクトが無く、幸薄い感じもする。

 服装も白いシャツに白いパンツ。清涼感100%を擬人化したようだ外見だった。


「えと……『KIRI』です。

 今日は来てくださってありがとうございます ! あの〜、動画の炎上の事も……謝りたかったんですよ」


「あぁ。あれは……別に……。はい。大丈夫だったんで……」


 彩は霧香と視線も合わせず、幽霊の様な白い顔で……いや、真っ青な顔で下を向いたまま消え入るような返事だけを返している。


 これには霧香も少し落ち込んだ。

 もしかしたら、自分がギタリスト SAIのバンドのメンバーに見合わない様な、外見や実力なのかと自信が揺らいだからだ。

 いくらヴァンパイアでも、中には自分に好意を持たせられない人間も存在するのだ。


「……あの、とりあえず、中に入りますか」


「はい……」


 彩はもう霧香のことがどうでもいいかのように、歩きがフラフラとして生気が無い。

 通りに飲食店が多いせいか、ファミレスには若干の空きがあり、直ぐに通された。


 しかし、切り出すしかない。

 例えSAIが自分の事を「期待外れの女だった」と思っていても、よく考えればこんな態度をとるのはあまりに失礼である。

 自分も今まで望んできたSAIのイメージと切り離し、今日は実物の彼と話していかなければならないと覚悟する。


「改めまして水野 霧香です」


「あ……深浦 彩です……彩って書くんですけど……アヤじゃないから。

 気軽にサイでいいよ」


「 へぇ〜……SAIって本名だったんだ。

 わたしもキリでいいよ。

 あの……バンド……組みたいって、本気で言ってました ? 」


 今日はこの話が目的。先日彩から切り出してきた『会って話しませんか ? 』というメッセージについて話す訳だが、どうにも彩は未だ俯いたまま霧香と目を合わせようともしない。


 こうなると、霧香も変に深入りしない方がいいのかと考えがよぎる。


 しかし……


「ベースの……」


「え ? 」


「動画……いいね……」


 彩は蚊の鳴くような声で喋り出す。


「あ、ありがとう」


「俺、多分……全部観たと思います……」


 どうやら、嫌われてはいないようだ。


「えぇ !? ありがとう !

 でもサイのギター動画、リスナーさんも多くて羨ましいよ」


 どうにかテンポを掴みたいところだが、舞い上がった後に凹まされた霧香では、まだまだ頭が回転しない。


「そ、そんなSAIが今日会ってくれるなんて、わたし超嬉しくなっちゃって。昨日なんかもう、眠れなくて眠れなくて」


 普通に言ったら完全に口説きにいってるファンの一言だが、霧香はこれで彩の反応を見たいだけだ。

 困るように引くのか、それはそれで嬉しいのか。


 しかし脳内がパニックになっているのは、実は彩の方が遥かに上であった。


「……俺、実はトークが。無理で……。

 VTuberとかは俺自身の姿じゃないし、YouTubeは目の前に人がいるわけじゃないし……」


 そう。

 深浦 彩。

 天才的な音楽センスを持ちながら、社交性0、愛想0、トークスキル0、友達0のガッツリ根暗男である。


 つまり、自分で霧香を誘って起きながら、実は人見知りしている !


「い、今はもう……ちょっと……キツくて……吐きそう……」


 メニューを持つ手が震えている。

 それを見て、霧香は安堵と緊張と絶望から開放された様にスーーーンと肩が下がる。


「……良かったぁ。人見知りかぁ。

 そういえばハランからも人見知りのことは聞いてたのに……なんかすみません」


「あ、いえ……それもなんだけど……」


 彩がなにか言いかけたところに、運悪くウェイターが注文を取りに来る。


「っしゃいませー。本日のおすすめいちごパフェでございま〜」


「アイスティー」


「俺はサラダバーを」


 ウェイターが下がる。


「……サラダ取って来る」


「あ、うん」


 かれこれ三分後、彩はようやく戻ってきた。人の居ないサラダバーの前を、ウロウロ三分とは長い方だ。


「野菜好き ? 」


「ベジタリアンで……。

 それで、動画のことだけど……」


 会話がちゃんと続く事に、霧香は少し安心した。


「何から話せば…… ?

 ええと、端的に言うと……俺、ホストやってて……」


「…… ???

 あはは。嘘だぁ〜 ! 」


「…………なって……」


「え?何っ !? 聞こえなかった ! 」


「昨日、クビになって……。俺、下戸だし……喋れないし。

 それで俺……そもそも女性苦手で……」


 どうして入店したのか謎である。


「……あ、あぁ〜。大変……だよね ? お酒も飲むし ? 接客業って。ねー」


「つまり無職で……また……」


「『また』か。そうなんだ。わたしもそんな感じだけどね……。職探し中って言うか。えへへ…… 」


 霧香はフォローしにくい話題には敢えて触れず、動画の話を聞き出すことにする。


「サイ、結構人気だよね。仕事として出来るんじゃない ? 動画クリエイターとかネットミュージシャンって」


「勿論、視野には。それでまずは、ベースとドラムを探してて」


 話が繋がってきたが、どんどん彩の顔色は悪くなるばかりである。


 ベース探してて霧香に声をかけたのだから、「じゃあ、私が弾きましょうか ? 」と霧香が言い出す流れではあるが、どうにも熱意の無さそうな彩に霧香も戸惑いを隠せない。


「それで、私はどう ? 実力不足でなければ……是非って、思ったんですけど……」


「あの……それなんですけど。

 俺としては、嬉しい限りではあるんだけど。ちょっと……問題があって」


「問題 ? 」


「さっき……女性苦手って言ったじゃん ?

 KIRIの動画……ベースとレザーグローブの手元だけだったから。てっきり男性だとばかり……勘違いしてて」


「えっ ? 」


 彩。

 まさかの。

 ガチ女嫌い。


「待ち合わせ場所でキリが予想通りのファッションで立ってるのに、性別は予想の真逆で…………………ゾッとしました」


「ゾッと…… ? そ、そんなに…… ?

 なになに !? それでそんなにテンションが低いの !!?  よく見りゃ顔真っ青じゃん。

 えぇ…… ??? それって生まれつきって言うか、元から ? 」


「生理的に。

 今も限界ギリギリで。ほんと何年ぶりに会話のキャッチボールしてんだろ俺……」


 本当は。

 自分を捨てた母親。そして施設でも権力の強かった寮母と『口達者』な年上女子が、彩のトラウマの原因であった。

 だが、始めからそう重い話題は彩も避ける。


「え〜 ? 駄目だよ、そりゃ。そりゃクビになるよ〜。店長、正しいよ」


「ん……。まぁ、俺もちょっと……選職間違っただけっていうか……」


「そだね。間違ったね。

 ねぇ、ホントにダメ ? 待ち合わせで会った時より今、わたしと喋れてるじゃん ? 」


 霧香としてもSAIとバンド活動出来るというのはプラス要素でしかない。ファンは多いし、実力は勿論、送られてきた自作のデモもセンスが良かった。


「そういえばキリは話せる……かも……。変に女っぽく無いし……。キャーキャー騒がないし……」


「その女のイメージも随分偏ってんね。

 わたし別にファンとして来たわけじゃないし。お互い音楽家としてお話出来ればな〜くらいだもん。

 でもバンドの話は興味あるよ。ねぇ、男友達みたいに話していいよ。

 キリとか言ってないで、オメーって呼んでくれてもいいし、全然」


「……いや、でも。見た目がもう……」


 どんなにボーイッシュに着こなしたところで、霧香が美少女であることに変わりがないのだから仕方がない。


「見た目はこれ以上どうしろと……。普通にパンツスタイルだしさ。

 でも、動画じゃ大丈夫だったんでしょ ? 要は身体付きや声色がダメなんだよね ? 」


「うーん。そういう事になるのかな ?

 今、女性と喋ってるだけでも、凄いんだけど俺……」


 身も蓋もない言い方をすれば、それは霧香がヴァンパイアだからである。そしてそれ以上の感情にならない事は、彩が元からとんでもなく女性が苦手という表れでもある。


「うーん。最終手段だけど、やるしかないか !

『ねぇ。今わたしの声、男性の声に聞こえるでしょ 。これなら大丈夫 ? 』


 SAIは多少はびっくりしたものの、考え込んだ。突然魔法を使うのは不味かったかと思いつつも、これで解決するならVTuberのようにアバターを作って男性として活動しても構わない。


 彩はふと、顔付きが豹変した。

 ソリストが時折見せるような、険しく神経質そうな面持ちである。


「……両声ボーカルは少なからずいるから……珍しさはどうか……。個人的には女性声よりやりやすいけど、バランスはどうなんだ ? 」


 霧香は突然音楽モードに切り替わった彩をそっと見守るようにして思考の答えを待つ


「曲調を選ぶようになる。……見た目の性別は…… ? もっと個性的に……。

 キリ、男装は出来る ? 」


「別に構わないよ」


「じゃあ、ロリータファッション……甘ロリの様なリボンやフリルの服も大丈夫 ? 」


「え !? ま、まぁ大丈夫だけど……それは苦手なんじゃないの ? 」


 彩の口から出るのは、つまりSAIと組む為の条件みたいなものである。しかし霧香も引かない。他のバンドにSAIを取られるのは避けたいのだ。売れるのは分かってる。


「ねぇサイ。ここから斜め前にいる女性はどう ? 」


 女性苦手も、種類があるはずだが。


「いや、俺は別に同性が好きなわけじゃないんだけど、やっぱり女性ってだけで苦手で」


「あのお婆さんでダメなのか。手強っ !

 ま、最初から男性二人のユニットって嘘つくのも面白いかもね……って、どこ行くの !? 」


 彩、また席を外すところだった。


「サラダバーを……」


「サラダはちょっと置いておきなさいよ ! 」


「これ今日の夕食分も食い貯めないとならないし……」


「……分かった。もう早く行ってきてっ ! 」


 霧香はスマホを取り出すと、一先ずはハランに無事合流した旨を伝えた。


 □□□


 昼時だ。当然、黒ノ森のバイト二人も休憩中だった。

 学生が授業中の平日は、二人にとっても少し余裕がある時間帯である。


「なぁ、今日さ。霧ちゃんと彩が会ってんだ。多分今頃」


 ハランの魂胆は見え見えだったが、流石に蓮は聞き流す事は出来なかった。


「なんで ? あいつらネットの中だけの付き合いだったろ ? 」


「俺が仲介したんだよ。だって話聞いたら二人とも会いたがってたしさぁ」


 蓮は霧香の行動にどこまで介入してもいいのか、いつも悩んでいる。プライバシーの問題もある……と言うのは建前で、自分の意のままに行動して欲しいとは口が裂けても言えない。


「……ふーん。でも彩は……あいつ大丈夫なのか ? 女性スタッフと喋ってるのも見たことないけど……」


「これで慣れてくれれば面白いじゃん」


 何が面白いというのか。ハランは蓮をいじりたくて仕方がないのか、それとも他意があるのか誰も理解できない。


「だって、ギターとベースだし丁度いいじゃん。

 彩はほら……あいつは元々人並み以上にメンバーにも高い技術を求め過ぎる。前回もそれで破綻してるし。

 霧ちゃんなら彩の要求に全部応えられると思うんだよね」


「霧香は魔法で演奏してる。彩がそれを知った時、絶対同じことになる」


「ん〜。じゃあ、そうなる前にお前、同じベースなんだから教えてあげれば ?

 今は魔法を補助輪代わりにして、バレる前に移行すればいいじゃん ? 」


「俺のベースと霧香のベースはラインが違いすぎる」


 その時、ハランのスマホにメッセージが届く。


「噂をすれば霧ちゃん」


 笑みを浮かべて液晶を蓮に向ける。


「えーと……『会話が続かなくて』……困ってるって ! あはは。まぁそうなるか」


「だから言ったじゃん」


「でも、待ち合わせ十二時で、今十三時だから……彩も逃げ帰ったりしてないみたいだし。案外、いい感じかも ? 」


 ハランは蓮にわざとカマをかけるような言い方をするが、蓮もそれに気付いているからこの二人の日常はいつもハランの一方的な冷やかしで終わる。


「じゃあお前が通訳にちょっと行って来たら ? すぐそこじゃん」


 むしろ、心にも無いことを言う蓮が面白いのだろうが、ハランは自分でも口から出る話題が霧香のネタが多いことに自分で気付いていないのだ。


「今月、シフト少なめに入れたからキツいなぁ〜。

 あ、そうだ ! あいつ ! 恵也ってメン募待ちじゃなかったか ? すげぇ喋るヤツだし、合流させてみようぜ」


「はぁ……。どうでもいいよ。危険さえ無けりゃ別にどこで何してようが……お前も世話やきすぎ」


「だって霧ちゃん、可愛いじゃん。俺は逆に得体の知れない奴に捕まるより、知り合い同士でバンド活動してくれた方が安心。それでうちの店に来てくれたら、あいつらのファンもここに集客出来るし」


 ハランはスマホで連絡を取り合いながら、仲介をファミレスに向かわせる事を霧香に送信する。


「ファンって女ばっかじゃん。あいつら楽器やんねぇからピックとかステッカーくらいしか買わねぇじゃん。正直邪魔」


「……そうは言うけど、お前もファンの子に手を出す癖治さねぇと。愛想尽かされるぜ ? 」


「誰に ? 」とは聞き返さない。


「俺たちのバンドのファンじゃないし、ちゃんと成人してるよ」


「ん、でも、霧ちゃんから見たら、どうだろうなぁ」


 蓮は足を組みかえて、少し笑うように溜め息をつくだけだった。

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