あれから私と先輩は、彼の自宅ちかくの洋品店に行ったの。
先輩ったら、私の首の傷を隠すためにスカーフを買うって言ってきかないの。
「先輩……やっぱり悪いよ……」
彼が連れていってくれたお店は高級店で、どれもお高いの……。
そりゃあ、クリスの家みたいなお金持ちなら、普段遣いの服もこんなお店で買っているんでしょうけど……。
「値段を気にしているのなら、問題ないよ。使い道のない金だし、君のために使えるのなら本望だよ、ミラ」
「でもぉ……」
なんだか彼にたかってるみたいで、すごく気が引けちゃう。
「気に入ったのがあれば、何枚でも。ね?」
そう言って先輩は、あれこれスカーフを手に取って私に見せるの。
「う~ん……」
「お礼のつもりなんだけど……な」
血のお礼……かあ。
まあ、普段はお金だして血を買ってるって言ってたし。等価交換と思えば……、いやいや、それにしたって高すぎだわ!
「そんなにアレって高いの? 値段が釣り合わないよ」
「君はなにを言っているんだい? 同じ素材でも極上なら高価になるのは当然でしょう? だって君の――」
「あー、しーっ!」
「ん。あぶないあぶない。ふふふ」
「先輩ったらもう~」
「大丈夫だよ、ミラ。さあ、この素敵なスカーフで、可愛い君を彩らせておくれ」
「う~~~、落ち着いて選べないよ~~~」
先輩は、ふうむ、と尖った顎に指を当てて思案すると、
「じゃあ、この棚の全部にしようか」
「そんなにいらないってば~」
「遠慮しなくていいんだよ? ミラ」
「も~~~! じゃ、じゃあ、これにする!」
このひと、本当に大人買いしそうなので、私は慌てて一枚の赤いバラ模様のスカーフを選んだの。
偶然手に取ったのだけど、吸血鬼に噛まれた傷を隠すには、おあつらえ向きな気がしたわ。
お会計を済ませた彼は、私にスカーフを巻いてご満悦なの。
自分でやるって言ったのだけど、僕がやるんだって譲ってくれなくて。
まあ、お金出したの先輩だから、いいけど……。
「ん~。可愛いよ、ミラ。似合ってるよ、ミラ」
「も~~! ほら、もうお買い物済んだし、出ましょう?」
「わかったわかった」
私を愛でるのに忙しい彼を、お店から押し出すのに苦労しちゃったわ。
なんでもうちょっとスムーズにお買い物できないのかしら……。
「それじゃあ私行くね。先輩はちゃんとおうちで寝るんですよ。いい?」
「わかったよミラ。ちゃんと寝るから嫌わないでおくれ」
「嫌わないから安心して。あと、スカーフほんとにありがとう。じゃあまた明日」
「ああ。お休み、ミラ。気をつけて」
◇
名残惜しそうな先輩を残し、私はクリスの家に向かったの。今日の午後、一緒にお買い物をする約束をしていたのよ。
まあ、その前に先輩のお部屋に突撃して、あんなことになったのだけど。
「クリス~、迎えにきたわよ」
「まだごはんだから待ってて~」
私が彼女の家に到着すると、のんびりお昼ご飯を食べていたの。
その時、
――ぐううううっ。
盛大に私のおなかが鳴いちゃったの。もう恥ずかしい……。
「ミラ、おなかすいてるの? 一緒にごはん食べようよ」
「うう……、そうさせてもらえると助かるわ」
先輩に血を吸われたせいか、とってもおなかがすいてしまったの。
こんなことなら、ランチくらいご馳走になってから来ればよかったわ。
クリスの家のメイドさんに食堂に通された私は、しぼりたてのフルーツジュースを飲みながら、ランチが出てくるのを待っていた。
「ん~、さいこ~。生ジュースが飲める家ってめったにないわよ、クリス」
「ほっほっほ。うちの親類の商社が仕入れている南国産のフルーツよ。ぞんぶんに堪能するがいいわ」
「ありがとう~」
持つべきものは富豪の友達ね! なーんて。
こんな調子で、しょっちゅうクリスの家でお昼をご馳走になってるのよ。クリスも彼女のご家族も喜んでくれるから、WINWINね。
「ところでそのスカーフ、どうしたの? 似合ってるわよ」
「ありがとう。さっき先輩に買ってもらったの」
「え? どういうこと?」
大きな縦ロールを揺らして、クリスが小首を傾げたの。
「じつは、お休みの日の先輩が見てみたくて、朝から押しかけちゃったの」
「ほほ~。ミラさんにしては、ずいぶんと大胆ですな~。それからそれから?」
情報魔のクリスが、耳をおっきくしながら私に先を促すの。
「寝起きだったみたいで、ヨレヨレパジャマで髪もぐちゃぐちゃ、声もガラガラで、普段とイメージぜんぜん違ったの」
「ほうほう。それは普段、ずいぶんとムリしてるってことね。でも、そんなみっともない素の自分を、愛しいミラさんに見られたくはなかったんじゃない?」
「まあ……。だから、ちょっと悪いことしちゃったなあって……」
なんて話していると、私の前に食事が並べられ始めたの。
「とはいえ、一緒に暮らすようになれば、そんな姿を普段から見るわけだし、いちいち幻滅してる場合じゃないでしょう」
「うん。それはわかってるし、だいじょうぶ。うん。むしろ素の彼を見ることが出来て、結果的には良かったかな」
クリスがニヤニヤしながら、
「ふうん……。といいますと?」
「りょ、両想い、になったというか……。うん。まあ、そうなの」
クリスは満面の笑みで拍手をすると、
「おめでとう、ミラ! あ~、これでシンクレア助手が報われるのね! 結婚式はいつかしら!」
「さすがにそれは気が早いって……」
「だってあなたのご両親も彼に婿入りしてもらうつもりなんでしょ?」
「知らない知らない。餌付けしてるだけだもん」
「それってそういうことじゃない。家族扱いしてるんだから」
「うう~~。でも学院は卒業しないと。入ったばっかだし……」
「そのくらいは待っててくれるでしょ」
「うん……たぶん」
錬金術学院のことを思い出した私は、あることに気が付いた。
もし私の髪が黒くなくなっちゃったら。
そしたら、彼は、私のこと、嫌いになっちゃうのかな……。
どうしよう……。
◇
ランチのあと、私たちは予定どおり買い物に出かけたの。
だけど、先輩のことが気になってしまって、クリスとのおしゃべりも、ずっと上の空になっちゃってた。
「どうしたの、ミラ? ずっとぼーっとして」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「シンクレア氏のこと? まあ戸惑うことも多いだろうけど、なんとかなるわよ」
「そ、そうだよね。うん。せっかくのお休みなのに、ごめんね」
「問題なしなし! さ、楽しみましょう!」
「うん!」
とは言ったけど、やっぱり気になる。
彼に話した方がいいのかな……。
そんなかんじで、ぼーっとしながら街での買い物や散歩を楽しんだあと、夕方には家に帰ったの。
クリスには悪いけど、やっぱり今日のお買い物はあんまり楽しめなかったな。
あした、彼女に謝ろう。