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第16話 買い物日和

 あれから私と先輩は、彼の自宅ちかくの洋品店に行ったの。

 先輩ったら、私の首の傷を隠すためにスカーフを買うって言ってきかないの。



「先輩……やっぱり悪いよ……」

 彼が連れていってくれたお店は高級店で、どれもお高いの……。

 そりゃあ、クリスの家みたいなお金持ちなら、普段遣いの服もこんなお店で買っているんでしょうけど……。


「値段を気にしているのなら、問題ないよ。使い道のない金だし、君のために使えるのなら本望だよ、ミラ」


「でもぉ……」

 なんだか彼にたかってるみたいで、すごく気が引けちゃう。


「気に入ったのがあれば、何枚でも。ね?」


 そう言って先輩は、あれこれスカーフを手に取って私に見せるの。


「う~ん……」

「お礼のつもりなんだけど……な」


 血のお礼……かあ。

 まあ、普段はお金だして血を買ってるって言ってたし。等価交換と思えば……、いやいや、それにしたって高すぎだわ!


「そんなにアレって高いの? 値段が釣り合わないよ」


「君はなにを言っているんだい? 同じ素材でも極上なら高価になるのは当然でしょう? だって君の――」


「あー、しーっ!」

「ん。あぶないあぶない。ふふふ」

「先輩ったらもう~」

「大丈夫だよ、ミラ。さあ、この素敵なスカーフで、可愛い君を彩らせておくれ」

「う~~~、落ち着いて選べないよ~~~」


 先輩は、ふうむ、と尖った顎に指を当てて思案すると、

「じゃあ、この棚の全部にしようか」

「そんなにいらないってば~」

「遠慮しなくていいんだよ? ミラ」

「も~~~! じゃ、じゃあ、これにする!」


 このひと、本当に大人買いしそうなので、私は慌てて一枚の赤いバラ模様のスカーフを選んだの。

 偶然手に取ったのだけど、吸血鬼に噛まれた傷を隠すには、おあつらえ向きな気がしたわ。


 お会計を済ませた彼は、私にスカーフを巻いてご満悦なの。

 自分でやるって言ったのだけど、僕がやるんだって譲ってくれなくて。

 まあ、お金出したの先輩だから、いいけど……。


「ん~。可愛いよ、ミラ。似合ってるよ、ミラ」

「も~~! ほら、もうお買い物済んだし、出ましょう?」

「わかったわかった」


 私を愛でるのに忙しい彼を、お店から押し出すのに苦労しちゃったわ。

 なんでもうちょっとスムーズにお買い物できないのかしら……。


「それじゃあ私行くね。先輩はちゃんとおうちで寝るんですよ。いい?」

「わかったよミラ。ちゃんと寝るから嫌わないでおくれ」

「嫌わないから安心して。あと、スカーフほんとにありがとう。じゃあまた明日」

「ああ。お休み、ミラ。気をつけて」



     ◇



 名残惜しそうな先輩を残し、私はクリスの家に向かったの。今日の午後、一緒にお買い物をする約束をしていたのよ。

 まあ、その前に先輩のお部屋に突撃して、あんなことになったのだけど。


「クリス~、迎えにきたわよ」

「まだごはんだから待ってて~」


 私が彼女の家に到着すると、のんびりお昼ご飯を食べていたの。

 その時、


 ――ぐううううっ。


 盛大に私のおなかが鳴いちゃったの。もう恥ずかしい……。


「ミラ、おなかすいてるの? 一緒にごはん食べようよ」

「うう……、そうさせてもらえると助かるわ」


 先輩に血を吸われたせいか、とってもおなかがすいてしまったの。

 こんなことなら、ランチくらいご馳走になってから来ればよかったわ。


 クリスの家のメイドさんに食堂に通された私は、しぼりたてのフルーツジュースを飲みながら、ランチが出てくるのを待っていた。


「ん~、さいこ~。生ジュースが飲める家ってめったにないわよ、クリス」


「ほっほっほ。うちの親類の商社が仕入れている南国産のフルーツよ。ぞんぶんに堪能するがいいわ」


「ありがとう~」


 持つべきものは富豪の友達ね! なーんて。

 こんな調子で、しょっちゅうクリスの家でお昼をご馳走になってるのよ。クリスも彼女のご家族も喜んでくれるから、WINWINね。


「ところでそのスカーフ、どうしたの? 似合ってるわよ」

「ありがとう。さっき先輩に買ってもらったの」


「え? どういうこと?」

 大きな縦ロールを揺らして、クリスが小首を傾げたの。


「じつは、お休みの日の先輩が見てみたくて、朝から押しかけちゃったの」


「ほほ~。ミラさんにしては、ずいぶんと大胆ですな~。それからそれから?」

 情報魔のクリスが、耳をおっきくしながら私に先を促すの。


「寝起きだったみたいで、ヨレヨレパジャマで髪もぐちゃぐちゃ、声もガラガラで、普段とイメージぜんぜん違ったの」


「ほうほう。それは普段、ずいぶんとムリしてるってことね。でも、そんなみっともない素の自分を、愛しいミラさんに見られたくはなかったんじゃない?」


「まあ……。だから、ちょっと悪いことしちゃったなあって……」


 なんて話していると、私の前に食事が並べられ始めたの。


「とはいえ、一緒に暮らすようになれば、そんな姿を普段から見るわけだし、いちいち幻滅してる場合じゃないでしょう」


「うん。それはわかってるし、だいじょうぶ。うん。むしろ素の彼を見ることが出来て、結果的には良かったかな」


クリスがニヤニヤしながら、

「ふうん……。といいますと?」


「りょ、両想い、になったというか……。うん。まあ、そうなの」


 クリスは満面の笑みで拍手をすると、

「おめでとう、ミラ! あ~、これでシンクレア助手が報われるのね! 結婚式はいつかしら!」


「さすがにそれは気が早いって……」

「だってあなたのご両親も彼に婿入りしてもらうつもりなんでしょ?」

「知らない知らない。餌付けしてるだけだもん」

「それってそういうことじゃない。家族扱いしてるんだから」

「うう~~。でも学院は卒業しないと。入ったばっかだし……」

「そのくらいは待っててくれるでしょ」

「うん……たぶん」


 錬金術学院のことを思い出した私は、あることに気が付いた。


 もし私の髪が黒くなくなっちゃったら。

 そしたら、彼は、私のこと、嫌いになっちゃうのかな……。

 どうしよう……。



     ◇



 ランチのあと、私たちは予定どおり買い物に出かけたの。

 だけど、先輩のことが気になってしまって、クリスとのおしゃべりも、ずっと上の空になっちゃってた。


「どうしたの、ミラ? ずっとぼーっとして」

「ごめん。ちょっと考え事してた」

「シンクレア氏のこと? まあ戸惑うことも多いだろうけど、なんとかなるわよ」

「そ、そうだよね。うん。せっかくのお休みなのに、ごめんね」

「問題なしなし! さ、楽しみましょう!」

「うん!」


 とは言ったけど、やっぱり気になる。

 彼に話した方がいいのかな……。


 そんなかんじで、ぼーっとしながら街での買い物や散歩を楽しんだあと、夕方には家に帰ったの。


 クリスには悪いけど、やっぱり今日のお買い物はあんまり楽しめなかったな。

 あした、彼女に謝ろう。

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