目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第14話 分かち合う痛み(1)

 私と先輩が、彼の部屋で抱き合って、お互いの唇を重ねていたときのこと。

 夢中で私の唇を貪っていた彼が、急に苦しみ出したの。


「んぐ……ぅぐぐ……ぐぐ」


 時折歯ぎしりに、呻き声が混じって……。

 とてもつらそう……。


「どうしたの? 具合……悪いの?」

「大丈夫だよ……」


 と苦しそうに答えると、先輩は私を抱き上げてカウンターから下ろしたの。


「……済まない。こんな……はずじゃ……なか、たんだ」

「大丈夫じゃないでしょ、病院に行きましょう先輩」

「だめ、だ……このまま、じゃ……僕から、離れ、て」

「離れるって、どうして」


 先輩は眉間にしわを寄せて、

「お願いだ、帰ってくれ。ミラ……ここにはもう……二度と…………来ないで」


 彼は口元を押さえて苦しそうにそう言うと、私をキッチンの外へと強引に押しやったの。だけど私だって、黙って追い出されるわけにはいかない!


「来るなって、どういうこと? ねえ、どこか具合悪いの? 先輩、ちゃんと教えて!」


「頼む、帰ってくれ!!」

 って叫ぶと、先輩は壁を拳で強く叩いたの。

 ドンッ、って大きな音が部屋中に響いたわ。


「私じゃ役に立てないの? 子供だから?」


 先輩は、頭をぶんぶん振って、

「違う! とにかく今は帰ってくれ!」


「貴方が心配なの! ねえ、病院にいこう?」

「今は、ダメなんだ。危ないからすぐにここから出ていってくれ!」


 キッチンの入口で押し問答をしていると、また彼が苦しみだしたの。


「ダメだ、ミラ……危ない、離れて」

「いや! 危ないって何? 先輩、ちゃんと教えて!」

「出ていってくれ! 今すぐ! じゃないと僕は……グッ……ううう」

「貴方が何言ってるのか全然わかんない! わかんないよぉ!」


 パニックを起こした私は、必死に先輩の腰に抱きついたの。

 苦しんでる彼をどうにもできなくて、でも離れたくなくて。


「違う、違うんだっ……ぐッうううううううう――――ッッ!」


 突然、私の頭の上で、彼がくぐもった叫び声を上げたの。

 一瞬我に返り、見上げた私の目に入ったのは、鮮血に染まった彼のシャツ。

 じわじわと、赤いシミが広がって――。


「先輩! ああっ! う、腕から血、血がぁっ」

「ぐ、ぐううう……うぐッ」


 そして、何故か彼が腕を咥えてるの。

 なんでだろう、と思って良く見ると……。


「え……きば? 牙⁉」


 腕に深く打ち込まれた、彼自身の白い、牙。


 私が驚いて先輩から離れた瞬間、彼はその場に崩れるように膝を突いたの。

 そして、自分で噛んだ腕を庇うように手で押さえると、私から顔を背けて俯いたの。


「……大丈夫。血はすぐ止まる……落ち着いて、ミラ」


 先輩は、血を流してるのに苦しそうじゃない。

 むしろ血を流したから、苦しいのが止まったように見えたの。


 牙。

 血。

 もしかして彼は――。


 私は、彼が吸血鬼バンパイアだとようやく気が付いたの。


 恐る恐る先輩に近寄ると、彼は震えてた。


「もしかして……貴方は、吸血鬼、なの?」


「……ごめん。ごめんよミラ。君には隠し事ばかりで……もう、ダメかな……僕たち……」


 先輩は床にうずくまり、震える声で、そう言ったの。

 その声があんまりにも悲しくて、彼が泣いているのが分かったわ。

 だから、怖いって気持ちは、すぐに消えていったの。


「で、でも……昼間でも平気で……え?」


 私も彼のとなりにペタリと座り込んだ。

 私がおとなしくなったせいか、彼は、ゆっくり話し始めたの。


「……君の想像は、半分は合っているよ。僕はね、吸血鬼バンパイアと人間のハーフ、半吸血鬼ダンピールなんだよ。だから昼間でも平気なんだ」


「そうだったのね……」



 誰もが『人外』を空想上の生き物だと思っていたのは、もう百年も前のこと。

 ダンピールの存在くらい、知識としては知っていたわ。

 でも、たとえ彼等が合法的に血液を調達していたとしても、あまりいい気はしない。残念だけど、それがわたしたち一般市民のふつうの感覚だったわ。


 でも、それが愛する人であったなら、事情は違うはず――。



「さっきの『飢えてる』って、血のことだったのね……」


 彼は小さくうなづいた。


「君を護りたくて……。だから、遠ざけようと……。済まない……」

「ううん。分かってあげられなくてごめんね……先輩」

「分からなくて当然だ。君は悪くない……」


 彼は力なくそう言った。


「今度こそ、僕のことイヤになったろう?」

「ううん……そんなことない」

「え……?」


「その程度のことで先輩をキライになりたくない。せっかく先輩のこと好きになれたのに、キライになったり出来ないよ!」


「ミラ……」

「先輩。わたし、だいじょうぶだから」


 私は、そっと彼の背中をさすってあげたの。

 安心してほしい、って思いながら。


「ありがとう……愛してるよミラ」

「私も」



 彼のシャツの袖が、真っ赤に染まっているのは……。

 きっと吸血の衝動を抑えるために、自分の腕に噛みついたんだ。


 こんなに先輩を追い詰めたのは、私のせい。

 彼は何も悪いことしてないのに……。



 先輩は、キッチンの床の上で傷ついた腕を庇うように抱えてた。

 その庇った手の指の間からも血が流れ落ちて、白い肌に赤い筋を作っていたの。

 早く手当しなくちゃ……。


「先輩、傷見せて」

「大丈夫……」

「見せて」

「……」

「おねがい」

「…………わかった」


 先輩は渋々、私に腕を差し出したの。白いシャツの袖はすっかり真っ赤になってしまっていて、二の腕のあたりは牙で付けられた穴も開いていたわ。


 私は、なるべく痛くしないように彼の袖をまくり上げたの。

 すると、腕は無数の噛み傷で、ひどい状態だったの。


「ひどい……」


「君を傷付けるわけにはいかないだろう?」

 と言いながら、彼は私の髪を撫で付けたの。


 こんなになるまで、自分を傷つけて……。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?