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第13話 私の知らない彼(4)

 先輩が私に、自身のつらい過去と、私を好きになったきっかけを話してくれた。

 きっと誰にも語ったことのないような話なんでしょうね。


 彼は、カップを手に取ってコーヒーを一口飲むと、蝋のように白い顔をほんのりと赤く染めて、少しはにかみながら語りだしたの。


「初めて君を見たとき、僕は心臓が止まる思いがした。それから頭の中は君のことで一杯だった。しかし、こんな動機で君に求愛していいものかとしばらく悩んだ。でも……どうしても諦めきれなくて。ああ、もちろん人形にそっくりなのはきっかけで、愛らしい君を見ているうちに、僕の恋人にしたいって心から思ったんだよ!」


 そんなに思い詰めて……。


「だからストーカーしてたんですね」


 先輩はぎょっとして、

「うわっ……バレてたのか。できるだけ気配を消していたつもりなのに」


「うふふ。私以外の人には信じてもらえなかったけどね」

「じゃ、じゃあ、どうして君は僕との交際を承諾してくれたんだい?」

「コソコソされるよりはいいかなって」

「うぐう……」

「それに、あの事件のことも怖かったし……」


 先輩は、なるほどね、とつぶやき、

「つまり僕は本当に、君のボディーガードとして側に置いてもらえてたってことか。なるほどね……」


「あの時も言ったけど。……でも、ごめんなさい、先輩」


「いいや、君を護るという僕の第一目標はそれで達成できたのだから、感謝しかないよ、ミラ。ありがとう」


「それはその……こちらこそ、ありがとう、先輩」

「ああ」


「単純に、お人形みたいだから好きになった、って言われたら、さすがにそれは気分悪いかもだけど、でも、その人にとってものすごく大切なものを、失って出来た大きな心の穴を埋める存在、それが私だというのなら、それは、素敵なことだなって」


「ミラ……君って子は……」


 先輩が感極まって泣き出した。

 私、男のひと、泣かせちゃった……。


 でも……、いくらなんでも学食で告らなくったっていいのに。

 なんて微妙な顔で考えていたら、


「ねぇ、君ってもしかして僕のこと、物好きなロリコン男だとでも思ってた?」

「あッ!」

「やっぱり」

「うぐっ………………」

「ん~……フクザツだな」

「で、でも周りの人言ってたし……。ごめんなさい」

「いや、ちゃんと言わなかった僕が悪いんだ。色々不安にさせてごめんね……」


 彼はいつものように微笑んで、私の髪を優しく撫でつけたの。

 そして、気付いたら私は、いつのまにか彼の腕にやさしく抱かれていた。



 なんでだろ……なんか胸が苦しくなってきた。

 苦しいほど強く抱きしめられてるわけじゃないのに。


 そっか……。

 誰かを好きになると、こんな風になるのね。

 こんな風に胸が苦しく……。


 私はいま、ユノス・シンクレアが好きになったんだ。


 それって、やっと彼の本音が聞けたからなのかな……。



「ううん。私ね、今までずっと周りから忌み嫌われていたから、ずっといらない子だったから、誰かの役に立ったり、心を埋められるなんて……何だか、とてもうれしい」


「いらない子だなんてとんでもない! 君はいつも無邪気で可愛くて、本当に可愛くて可愛くて見飽きない、僕の大事な大事な宝物なんだよ。もちろん、君のご両親だってとても愛してくれているよ」


「うん、ありがと……」


 そこまで言われると、嬉しいけど……ちょっとくすぐったい。


「ミラ……大好きだ。ずっと一緒にいたい」


 彼は私を抱く腕にぎゅっと力を込めた。

 でも、その力強さ、いやじゃない。


 男の人って、華奢に見えてもやっぱり力は強い。

 頭を胸に押しつけられてるせいで、イヤでも彼の激しい鼓動が聞こえてくる。

 こっちまでつられてドキドキがひどくなってきちゃった。


 今まで彼に好きだと言われても、どこかリアリティがなかった。

 でも今日の彼は……。

 だから。


「私も……好き」


 先輩が息を飲んだ。

 数秒固まると、私の肩を掴んで体を僅かに離し、まだ信じられないのか、目を見開いて私の顔を覗き込んだの。


「ほ……ホントに? 僕のこと……?」


 私は小さくうなづいて、

「ずっと、片思いさせてごめんね、先輩」


 先輩は感極まった様子で、

「う、嬉しいよミラ、ああ……嬉しいよ」


 そう言って先輩は、本当に文字通り嬉しそうに私を抱き上げると、何度も何度も私の名前を呼びながら、部屋の中をぐるぐる回ったの。さすがにこれ以上は目が回る……ってところで私をカウンターの上に座らせたの。


 それから、先輩は今までの想いを吐き出すように、私を激しく抱擁し始めたの。

 抱きしめられて、胸と胸が触れ合い、彼の強い鼓動が私の胸に伝わってくるの。先輩が、すごい、ドキドキしてる。つられて私もドキドキしてきちゃった。


「ミラ……」


 先輩がものすごく色っぽい声で私の名前をささやくと、ゾクっとしてしまう。

 決していやな感じじゃないのだけど……。


「先輩……」

「ユノスと呼んで」

「ユノス……」

「ミラ、愛してる……君の全部、愛してる」


 先輩は私を抱きしめ、髪とか背中とかを撫で回したり、私の顔に頬ずりしたり、好きで好きでたまらないって気持ちが行動に溢れていたわ。


 今までの彼はきっと、あれでも気持ちをぎゅ~~~っと胸に押し込んでいたのね。詰め込んでもしまい込んでも溢れてくるスキが、彼にあんな奇行を……。

 ごめんね、ユノス……。

 こんなに私のこと好きだったのに、自由に愛させてあげられなくて。

 でもこれからは……。


 彼の吐息が、私の耳元に、ほほに、首筋にかかって、たまらない気持ちになるの。

 息だけなのに……。

 そして、私の唇を……美味しそうに、愛おしそうに、貪り始めたわ。


『ダメ。いま飢えてるから』っていう彼の言葉の意味。

 少し分かっちゃった気がする。


 だってこんなに、こんなに……ああ。

 私……彼に。

 食べられていく……。


 いままで、あんなにうっとおしく思ってたのに。

 彼の強い想いが、今はとても、気持ちいいの……。



 私は八洲ヤシマで言う『俎の上の鯉』のように、彼に身を委ねることしか出来なかったの。

 でも、自分を求められることが、こんなにも心地良いなんて……。

 心を埋めてもらったのは、本当は私の方だったのかもしれない。



 彼が、うわごとのように耳元で囁くの。


「君は……僕のものだよ。誰にも君を渡さない。どこにも……絶対……行かせやしない……もう、二度と……手放しはしない……」



 いつしか私は、彼の首に腕を絡めていたわ。

 彼にはもう、さみしい思いをさせたくない。

 だから。



「どこにも……いかないよ……ユノス」

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