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第10話 私の知らない彼(1)

 私はくたびれ果てた先輩を日々いたわりつつ、なんとか週末まで乗り切ったの。

 そして、休日が目前に迫った週末の自宅の居間で――。


「やっとお休みになるね、先輩」

「そうだね、ミラ」


 私は先輩と一緒に、スイートポテトを練って固めたお菓子を堪能していたの。


「お母さんの手作りのヤシマスイーツだから、どこにも売ってないのよ」


 先輩はグリーンティとケーキを交互に口に入れながら、

「ホントに美味しいね! 僕はこの『イモヨーカン』ってケーキ、初めて食べたよ。 素材の味が十二分に生かされていて、グリーンティにマッチしてて、いくらでも食べられるよ! 女王陛下に献上したいくらいだよ!」


「ミルクと一緒に食べても美味しいのよ!」

「ミルクか……。美味しそうだけど、僕はお腹にきちゃうからちょっと……。やはりグリーンティでいいかな」


 お母さんがキッチンで、うふふと笑ってる。まんざらでもなさそうね。

 この国では、すっごく上質なものって比喩として、『女王陛下に献上したいくらい』って言いまわしをするんだって。一度会ってみたいな、女王陛下。


 私たちが食べてるこのお菓子は、ヤシマ語で『イモヨーカン』っていうんだって。

 通常の『ヨーカン』は、アズキビーンズを茹でて潰して甘くして、海藻のエキスで固めたお菓子なのね。

 だけど、『イモヨーカン』はスイートポテトを茹でて潰して、少し甘くしてから型に入れてぎゅっと固めたものなの。

 この国のスイートポテトを使ったスイーツは、バターと混ぜてオーブンで焼いたものだけど、負けないくらい『イモヨーカン』も美味しいのよ!


「そうよね! ヤシマスイーツのお店でもやればいいのに……って、そしたら私のご飯を作ってくれる人がいなくなっちゃうわ!」

「ああ、僕もだ。それはマズいな……」


 私たちは顔を見合わせ、そして一緒に笑ったの。


「先輩」

「なんだい? ミラ」

「体の調子はどう?」

「ああ、8割くらい回復したかな」

「じゃあ残り2割は?」

「この週末で取り戻すよ」

「あ~、でも、先輩は少しくらい疲れてるくらいが丁度いいのにな~」


 先輩は急に身を乗り出して、

「な! どうしてだい?」


「だって、先輩の体力が万全だと私が疲れちゃうんだもん」

「そ、そんなに、君を疲れさせてるのか、僕は……」


 先輩がシュンとしちゃった。


「受け止める方のことも少しは考えてよ」

「だって……、君が好きすぎるから、止められないんだよ……」

「私に嫌われちゃってもいいの?」


 先輩は頭をブルブルと激しく振って、

「ダメだ! それは無理! 嫌だ嫌だ! ミラに嫌われたら生きていけない……」


「大丈夫よ。嫌いになったりしないから」


 それ以前に、私はまだ貴方に恋してないのだし。

 とりあえず、彼は私にとって家族みたいな人にはなったかな。

 そう、お兄さんとか。


 私は、先輩を安心させたくて、彼の手を握った。

 そしたら、彼ってば泣きそうな顔で笑ったの。

 こんな素敵な人を泣かせたり笑わせたり出来る自分が信じられない。


 今でもやっぱり信じられない。

 なんで私が、こんなに人に好きになられてるの?


 私なんかが。

 私なんかの、何がいいんだろ……。


     ◇


 夕食後、私は先輩の見送りのため、家の門のところまで一緒に出てきたの。

 そして、気になってることを訊いてみた。


「ね、先輩。ひとつ聞いてもいい?」

「ああ何なりと。僕のお姫様」

 彼はにっこり笑って、いつもの芝居がかった口調でそう言ったの。


「どうして私のお部屋に来てくれないの?」

 って言ったら、先輩は急に『ぐッ』と息を詰まらせたの。


「そ……それは……だね、ミラ」

「うん」


「ご、ご両親もご在宅なのに……その、男が女性の部屋に入るのは……マズいのではないかと思って……」


「うちの親は別に気にしてないけど? お母さんにも、お部屋にお菓子運ぼうか? とかよく言われるし」


「しかしだね……」

「だって先輩、私ともっとイチャイチャしたいんでしょ?」

「したいさ!! あ……」


 全力でそんなことを口走ったあと、先輩はしまった! って顔して、慌てて手で口を塞いだわ。そんなの、手遅れよ。


「なんで? いっそのこと、毎日うちの家で満足いくくらいイチャイチャすれば、学院でもあんな風にならずに済むんじゃない?」


 先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、

「ぐ……。そりゃ、そうしたいのは山々だけど……ダメなんだ」


「どうして?」

「どうしても」

「私に言えないようなこと?」

「あのね、君が想像してるようなことじゃないから。そういうのじゃないから」

「ちがうの? そういうのは興味ないの?」


「ちが、その、あるよ! 興味あるけど! だけど……、ちがうんだ。そっちじゃないんだ。いや違わないけど、そうじゃなくて……ああ、なんて言えばいいのかな」


 先輩が苦しそうにくねくねし始めちゃった。

 これって聞いちゃいけなかったのかな……。

 でも、やっぱり彼のこと、知りたい。


「よくよく思い出してみれば、先輩はなるべく人目のある場所で私と会ってるよね? カフェも必ずクリスを連れて行くし、休日のデートも屋外で他の人がいる場所で。そしてうちに来ても、家族の目の届く場所に座ってる……。ねえ、どうして?」


 疑問に思ってること、一気に彼にぶちまけてしまった……。

 でも、気になるんだもの。仕方ないじゃない。


 先輩は深呼吸すると、渋~~い顔でこう言ったの。


「あのね、ミラ……女の子が男と付き合うときに心配するのって、普通は全部逆ではないのかな? ひと気のない場所に連れ込まれないように、とか」


「今そういうこと言ってるんじゃないでしょ?」

「ごめん、ミラ……。僕はただ……君に信頼して欲しかっただけで……」


 そう言う彼の目は、思いっきり泳いでたの。

 一体なにを隠してるの?


「私も貴方のこと、信じたいよ。でも」

「信じられない?」

「……貴方が私のこと、大好きって気持ちだけは、信じてる」


 先輩は少しうつむいて、つぶやくように言った。

「それだけでも伝わっているなら、いい。じゃ、お休み、ミラ」


「お休みなさい、先輩」

「また来週ね」

「うん」


 先輩は、いつもの名残惜しそうな顔じゃなく、なんだか悲しそうな顔して、とぼとぼと歩き去っていった。


 貴方は、そんなに悲しくなるようなこと、私に隠してるの?

 やっぱり、彼の本心が知りたい。

 どうすれば………………。


 あ!

 なんでこんなこと、見落としてたのかしら!


 私は先輩の本心を、いや、少なくとも素顔の彼を少しでも知る方法に、今さらながら思い至ったのでした。

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