目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9話 お疲れなユノス

 月曜の朝。

 家に先輩が来たんだけど……。


「おはよう、ミラ……」


 家の外から先輩の声がするけど、なんだか声に覇気がないの。

 そして、ドアを開けてビックリ!


「どうしたの先輩! 顔色とても悪いし、目の下にクマまで作って……」

「あはは、何でもないよ」

「何でもないわけないでしょう? とにかく入って」

「うん……」


 朝ごはんを用意していたお母さんも、新聞を読んでいたお父さんも、先輩の様子にビックリ。


「ユノス君、一体全体どうしたんだい!」

「はあ。ご心配をおかけして申し訳ありません。実は……」


 聞けば遅くまで実験の資料作りをしていた、とのこと。


「仕事も大事だが、ほどほどにしておくれ。いくらウチで精のつくものを食べても、睡眠不足までは補ってあげられないからね」


「済みません……」

「ほらほらパパ、小言はもういいから。ユノスさん。さあ、どんどん召し上がれ」

「ありがとうございます。では、いただきます」


 みんなそろって手を合わせて、食事を始めたの。ごはんを食べて元気になってくれればいいんだけど。

 この光景も見慣れてきて、いつしか先輩が家族の一員になったみたいに思えるの。本当にいつか、そうなるのかな……。


     ◇


 家を出て学院に向かって歩きながら、私は先輩に話しかけた。


「ねえ、やっぱり私にかまってると、お仕事に差し支えるんじゃない?」


 だけど、先輩は無言で歩いてる。

 答えたくないのかな。


「私の存在が、先輩の足かせになってるんじゃない?」


 先輩は、まだ無言のまんま。


「私、先輩の将来が心配なの」


 やっぱり無言で歩いてる。


「教授にも迷惑になるから、私のことはほどほどに――」

「僕がイヤだ! 君のこと、ほどほどになんて出来ない! そんなの無理だ!」

「でも今のままじゃ、先輩の体がもたないわ!」


「少しくらい寝なくたって大丈夫だ! お願いだから、少しでも君といさせてくれ。頼むから……ミラ」


 こんなに必死にお願いされたら、ダメって言えなくなるよね。


「困った人ね……」

「お願いだよ」

「もう……。わかったわ。だけど、今晩こそちゃんと寝るのよ。いい?」

「ありがとう。心配かけて済まない、ミラ」


 私からのお許しが出て、本当にうれしそうな先輩。

 なんだか可愛いなって思えてきちゃった。


     ◇


 学院に近づき、いつもの場所でクリスと合流。

 すると、クリスが先輩の顔を見るなり、


「今朝のシンクレアさん、顔色すごく悪くない?」

「やっぱりクリスもそう思う?」


「誰が見たってそうでしょ」

 クリスが先輩の顔を指差して言った。


「ううう……」うらめしそうな顔でうめく先輩。


「ただでさえ色白なのに、顔が白を通り越して青くなってるわ。おまけに目の下にクマまでつくってるんだから。うちの両親まで心配してるのよ」


「だいたい、彼はなんでそんなことになってるの?」

「寝ないで仕事してたんだって」

「ミラを構いすぎてるから仕事に支障が出てるのね」

「僕はね、仕事にはまだ支障を出してないんだが?」


「それは失礼しました。でもね、ずっとそんな調子じゃ、いずれ実習で事故でも起こすわよ。シンクレア助手?」


「だ、大丈夫よね? 先輩」

「あ、ああ。もちろんだとも、ミラ」

「やってらんないわね。休憩時間くらい寝なさいよ。死んじゃうわよ」

「でもミラに会いたい」

「死んだら会えなくなるでしょ。少しは寝なさいよ」

「わ、わかったよクリス」

「ミラもよ。もっとちゃんと言わないと、この男は命削っちゃうんだから」

「ごめん……」


 先輩だけじゃなく、私までクリスにお説教されてたら、いつのまにか学院に到着しちゃってた。

 今日の学院はちょっと空気が悪いかも。目に見えて先輩が弱ってるのをいいことに、こそこそと陰口を言ってる人がいる。

 海藻頭がネギ頭とくっついたなんて言う人まで……。


 見かねたクリスが大声で、

「それにしても、相変わらず周囲の生徒からは白眼視されてるわね~、私たち。ま、卒業したら無関係になる連中ばかりなんだから構わないけれど」


「私はいいけど先輩を悪く言われるのはイヤ」

「僕はいいけどミラを悪く言われるのはダメだ」


 クリスはくすくす笑って、

「仲いいわね二人とも。しっかりしてよ、シンクレア先輩?」

 と言って、先輩の肩を小突いた。


「うっ……つつ……」

 先輩は、クリスに小突かれた方の腕を抱えて痛がってる。


 クリスは小首を傾げながら、

「そこまで強く突っついてないんだけど……」

「先輩、もしかしてケガでもしてるの?」


「ああ……ちょっと自宅でドジっちゃって。まだまだ引越の片づけが終わってなくてね。荷物ひっくり返して腕を少し痛めちゃったんだ。心配かけてごめん」


「私がお休みの日に連れだしたりしたから……。いっぱい無理させてごめんなさい」

「かすり傷だし気にすることないよ。それに、寝不足で余計なことをした僕が悪いんだから」

「うん……」

「なんだ、シンクレアさんの自爆じゃない。おっちょこちょいねえ」

「そこまで言わなくてもいいでしょ、クリス」

「いや、クリスの言うとおりさ。僕の自業自得だよ」

「でもぉ……」


 どうしよう……。

 私が先輩の時間を奪ってたせいで仕事は滞るし、荷物は片付かないし、ケガまでさせてしまったわ……。

 ごめんなさい、先輩……。


     ◇


 けっきょく、先輩はクリスの言いつけを守って、お昼休みまで私に会いに来ることはなかったの。少しは体を休めることが出来ていたらいいのだけど。


 私とクリスがいつもの場所に行くと、先輩がベンチで眠っていたの。


「どうしよう。起こした方がいいのかな?」

「お弁当持ってきてるんでしょ? なら起こした方がいいんじゃない?」

「う、うん……」


 気持ちよさそうに眠っているので、起こすのがかわいそうな気もするけど。


「先輩、起きて。お昼ですよ~」

「ん……ミラ……僕のミラぁ……」

「きゃっ」


 寝ぼけた先輩が、私を急に抱きしめたの!

 先輩の力が強くて、ぜんぜん逃げられないわ。


「起きて、ねえ、先輩、放してってば、ねえ」

「ミラ……むにゃむにゃ……」

「もう、ホントは起きてるんじゃない? ねえ、はーなーしーてー」

「むふん……」


 どう見ても怪しい……。かくなる上は。


「放してくれないと、お弁当あげないわよ」

「わっ、放す放す! お昼抜きは勘弁してくれよ~」


 お弁当を人質にして、先輩がようやく私を解放してくれた。


「ランチを盾にするなんて、ひどいよミラ~~」

「タヌキ寝入りで私を拘束する人がいけないんですう~」

「ホホホ、仲がおよろしいことで」

「も~、クリス! 見てないで途中で助けてよ~」

「毎日あなたたちに見せつけられてる身にもなって欲しいものだわ」

「好きで見せつけてるんじゃないもん!」


 ベンチからようやく立ち上がった先輩が、


「僕は好きでやってるんだけど?」


 なんてとんでもないことを言ってる。


「好きの意味が違わない?」

「どちらの意味でも、だけどね」

「も~~~!」


「それはそうと、仮眠したせいか少しは顔色が良くなったみたいね、彼」

「ほんとね! 朝は真っ青だったのに、少し血色が良くなったみたい」


 先輩は、う~んと背伸びをして、


「他の師範科の実習生に頼んで、実習の準備を代わってもらって睡眠時間を捻出したんだよ。あ~……、だいぶ気分が良くなってきたな。それに」


「ミラ成分を補給したからね! こうやって!」

「きゃ! も~~~」


 先輩がまた私を抱きしめたの。ぎゅ~~っと!


「くるしいよう、先輩」

「もうちょっと我慢しておくれ、僕の可愛いミラ」


 そう言って彼は、私の髪に顔をうずめるの。


「すう~~~~~……。ん~~~~~~~、ミラ最高!!」

「え、深呼吸? ちょ、やだ、放してええ~」


 これ絶対に匂い嗅いでるよね! 嗅いでるよね!

 人前でやるのホントにやめてえええ~~~~!

 恥ずかしすぎて無理無理!


「でもシンクレア氏、すっかり元気になったみたいよ?」

「分かってるね~、クリスは」


 先輩はくすくす笑って私を解放してくれた。


 なんで彼って人前で恥ずかしいことばかりするのかな。

 人目のない場所ではほとんど何もしないくせに。


 でも、これで先輩が元気になるなら、いいのかな。 

 私に出来ることって、彼の愛玩動物になることくらいだもん。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?