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第8話 庭園デート(2)

 王立庭園に到着した私と先輩は、馬車を降りて庭園に入ったの。園内は休日のせいか、他にもたくさんのお客さんが散歩を楽しんでいたわ。


「あ~、久しぶりだわ~」

「前にもここに来たことがあるのかい?」

「小さい頃、両親に連れてきてもらったことがあるの。その時も、お母さんが作ったライスボールのお弁当を持って来たのよ」


 そう言って、私はお弁当の入ったバスケットを持ち上げて見せた。


「そうか……。そんな思い出の場所に僕を誘ってくれて嬉しいよ、ミラ」


 先輩は本当に嬉しそうに笑ったの。

 庭園に咲くバラを背にした先輩は、なんだかキラキラして見えたわ。

 白金長髪の美形って、絵になりすぎるから、ちょっとズルい。


「う、うん。まあ、他にいい場所、よく知らないから……」

「君と一緒なら、どこだって僕には天国だよ、ミラ」

「もう……」


 先輩ってば、相変わらず恥ずかしいことばっかり言う。

 でも今は誰にも聞かれてないから、いつもよりは少しだけ、彼のそんな言葉も素直に聞ける気がするの。


「もうお昼は過ぎてしまっているから、庭園を散歩する前に食事にしないかい?」

「そうね。じゃあ、あそこに座って頂きましょう」


 私たちは、入口から近い場所にある東屋に移動して、そこでお弁当を広げたの。


「ミラの手料理が食べられるなんて、嬉しいな」


「今日のお弁当はね、基本的には私が作ったのだけど、揚げ物とかのおかず類は、ちょっとお母さんに手伝ってもらっちゃった。だって、お母さんが危ないからってやらせてくれなかったんだもの」


「それでも、これは君の手料理だよ」

「うん。どうぞ、召し上がれ」

「いただきます」


 先輩は、ヤシマの作法どおりに手を合わせて、食前の挨拶をしたの。


「この国の人なら、神様に感謝のお祈りするんでしょうけど、それじゃあ作った人や農家の人への感謝はどうなるの? っていっつも疑問に思ってるのよ」


「たしかに、言われてみれば、そうだね」


「やっぱり作ってくれた人に感謝した後で、神様にも感謝するんなら納得いくんだけど……。私っておかしいのかな?」


「そんなことないよ。ミラはおかしくない。感謝の作法は国によって違うのだから、尊重しこそすれ強制されるべきではないと僕は考えているよ」


「よかった。ちょっと安心した」

「それは何より」


 先輩はにっこり笑ってライスボールにかぶりついた。


「今日の具は、ビーフの薄切りを甘辛く煮たもの。私もお父さんも大好物なのよ」

「うん! 普段のサーモンも美味しいけど、このビーフのもとても美味しいね!」

「よかった、気に入ってくれて」

「お世辞じゃないよ。本当に美味しいんだ。信じてよ、ミラ」

「やっぱり自覚あるのね。自分の言動が嘘っぽいって」

「ま、少しは……ね」


 先輩は少し寂しそうに笑った。


「でも君への想いは決して嘘なんかじゃない。女王陛下に誓って」

 彼は胸に手を当てて、そう言ったの。

 この国の人は神様よりも、女王陛下に誓うことの方が重いみたい。

 だから――


「ええ。信じるわ」


 でも私は……。まだ、彼への想いを誓う気にはなれないの。

 だって、嘘になっちゃうもの。



 食事を終えた私たちは、この素敵な庭園でのお散歩を始めたの。

 このデートの目的は、彼の素顔を探ること。でも、なかなか難しくて、いろいろ訊いても上手にはぐらかされっぱなし。何か言いたくない理由でもあるのかな……。


 しばらく歩いていても、彼はまわりばかり気にして、ちっとも楽しんでくれない。

 あんなに今日のデートを楽しみにしてたはずなのに、どうして?


「ねえ、先輩」

「なんだい?」

「何か気になることでもあるの?」

「いや、特に……」

「だって、周りを見てばっかりで、上の空じゃない」

「ご、ごめん……。花や景色がとても綺麗だから、見とれてしまったんだ」


 これはさすがに、信じる気になるのは難しいわ。


「私といても楽しくないの?」

「そんな、楽しいに決まってるじゃないか」


 って、全力で否定する先輩。


「じゃあ私に集中してよ。今日はデートなんでしょ?」


 先輩は項垂れて、大きなため息をついた。


「本当に済まない……ミラ。君をないがしろにする意図はなかった。だが……」

「ちゃんと話して。じゃないと、もう会ってあげないから」

「そ、それだけは……」


 先輩は、頭をふるふる、と震わすと、近くのベンチに私を誘い、そしてゆっくり話し始めたの。


「この場所は、最近発生している連続殺人の現場のひとつなんだ」

「うそ……でしょ」


「僕も嘘だと思いたかった。だが真実だ。報道されていないから、知る人は少なく、こうして今日も訪れる市民は多い」


「どうして教えてくれなかったの?」

「君が選んで僕を誘ってくれた場所だから、変えたくなかった」

「もしかして、よそ見ばかりしていたのって」

「ミラは賢い子だね。ああ、周囲を警戒していたんだ。君を護るために」


 そして先輩は、私の手をぎゅっと握った。


「ごめんなさい。何も知らずに、あんなこと言って……」

「いや。君に気取られるようなマネをした僕が悪いんだ」

「でも!」

「君は何も悪くない。むしろ、想い出の場所を穢してしまって、本当に済まない」

「謝らないで、先輩。じゃ、そろそろ戻りましょう」

「ありがとう、ミラ……」


 私たちはお散歩を早めに切り上げて、残りの時間を家の近くのカフェで過ごしたの。あんまり早く帰ると、両親にへんな勘ぐりをされるから。


     ◇


 そして日が暮れ始めたころ、先輩は私を家まで送ってくれた。


「今日は楽しかったよ、ミラ。また明後日の朝に迎えに来るからね」

「あ、待って先輩。せっかくだから、晩御飯を食べていけばいいのに」


 すると先輩は、ふるふる、と頭を振って、


「素敵な申し出なんだが、今晩は用事があるから遠慮しておくよ。ご両親にどうぞよろしく」


「そう……。じゃあ、おやすみなさい、先輩」

「おやすみ、愛しのミラ」


 先輩は私の手の甲にキスをすると、名残惜しそうに帰っていったの。

 本当に名残惜しそうに。



 この人はこんなに私のこと想ってくれてるのに、私だけまだ同じになれない。

 それがなんか申し訳ない気がして……彼の愛が重いわ。


 私、いつ両想いになれるのかな。

 なれる日が来るのかな。


 でもまだ、私は彼のこと、何も知らない……。

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