王立庭園に到着した私と先輩は、馬車を降りて庭園に入ったの。園内は休日のせいか、他にもたくさんのお客さんが散歩を楽しんでいたわ。
「あ~、久しぶりだわ~」
「前にもここに来たことがあるのかい?」
「小さい頃、両親に連れてきてもらったことがあるの。その時も、お母さんが作ったライスボールのお弁当を持って来たのよ」
そう言って、私はお弁当の入ったバスケットを持ち上げて見せた。
「そうか……。そんな思い出の場所に僕を誘ってくれて嬉しいよ、ミラ」
先輩は本当に嬉しそうに笑ったの。
庭園に咲くバラを背にした先輩は、なんだかキラキラして見えたわ。
白金長髪の美形って、絵になりすぎるから、ちょっとズルい。
「う、うん。まあ、他にいい場所、よく知らないから……」
「君と一緒なら、どこだって僕には天国だよ、ミラ」
「もう……」
先輩ってば、相変わらず恥ずかしいことばっかり言う。
でも今は誰にも聞かれてないから、いつもよりは少しだけ、彼のそんな言葉も素直に聞ける気がするの。
「もうお昼は過ぎてしまっているから、庭園を散歩する前に食事にしないかい?」
「そうね。じゃあ、あそこに座って頂きましょう」
私たちは、入口から近い場所にある東屋に移動して、そこでお弁当を広げたの。
「ミラの手料理が食べられるなんて、嬉しいな」
「今日のお弁当はね、基本的には私が作ったのだけど、揚げ物とかのおかず類は、ちょっとお母さんに手伝ってもらっちゃった。だって、お母さんが危ないからってやらせてくれなかったんだもの」
「それでも、これは君の手料理だよ」
「うん。どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
先輩は、ヤシマの作法どおりに手を合わせて、食前の挨拶をしたの。
「この国の人なら、神様に感謝のお祈りするんでしょうけど、それじゃあ作った人や農家の人への感謝はどうなるの? っていっつも疑問に思ってるのよ」
「たしかに、言われてみれば、そうだね」
「やっぱり作ってくれた人に感謝した後で、神様にも感謝するんなら納得いくんだけど……。私っておかしいのかな?」
「そんなことないよ。ミラはおかしくない。感謝の作法は国によって違うのだから、尊重しこそすれ強制されるべきではないと僕は考えているよ」
「よかった。ちょっと安心した」
「それは何より」
先輩はにっこり笑ってライスボールにかぶりついた。
「今日の具は、ビーフの薄切りを甘辛く煮たもの。私もお父さんも大好物なのよ」
「うん! 普段のサーモンも美味しいけど、このビーフのもとても美味しいね!」
「よかった、気に入ってくれて」
「お世辞じゃないよ。本当に美味しいんだ。信じてよ、ミラ」
「やっぱり自覚あるのね。自分の言動が嘘っぽいって」
「ま、少しは……ね」
先輩は少し寂しそうに笑った。
「でも君への想いは決して嘘なんかじゃない。女王陛下に誓って」
彼は胸に手を当てて、そう言ったの。
この国の人は神様よりも、女王陛下に誓うことの方が重いみたい。
だから――
「ええ。信じるわ」
でも私は……。まだ、彼への想いを誓う気にはなれないの。
だって、嘘になっちゃうもの。
食事を終えた私たちは、この素敵な庭園でのお散歩を始めたの。
このデートの目的は、彼の素顔を探ること。でも、なかなか難しくて、いろいろ訊いても上手にはぐらかされっぱなし。何か言いたくない理由でもあるのかな……。
しばらく歩いていても、彼はまわりばかり気にして、ちっとも楽しんでくれない。
あんなに今日のデートを楽しみにしてたはずなのに、どうして?
「ねえ、先輩」
「なんだい?」
「何か気になることでもあるの?」
「いや、特に……」
「だって、周りを見てばっかりで、上の空じゃない」
「ご、ごめん……。花や景色がとても綺麗だから、見とれてしまったんだ」
これはさすがに、信じる気になるのは難しいわ。
「私といても楽しくないの?」
「そんな、楽しいに決まってるじゃないか」
って、全力で否定する先輩。
「じゃあ私に集中してよ。今日はデートなんでしょ?」
先輩は項垂れて、大きなため息をついた。
「本当に済まない……ミラ。君をないがしろにする意図はなかった。だが……」
「ちゃんと話して。じゃないと、もう会ってあげないから」
「そ、それだけは……」
先輩は、頭をふるふる、と震わすと、近くのベンチに私を誘い、そしてゆっくり話し始めたの。
「この場所は、最近発生している連続殺人の現場のひとつなんだ」
「うそ……でしょ」
「僕も嘘だと思いたかった。だが真実だ。報道されていないから、知る人は少なく、こうして今日も訪れる市民は多い」
「どうして教えてくれなかったの?」
「君が選んで僕を誘ってくれた場所だから、変えたくなかった」
「もしかして、よそ見ばかりしていたのって」
「ミラは賢い子だね。ああ、周囲を警戒していたんだ。君を護るために」
そして先輩は、私の手をぎゅっと握った。
「ごめんなさい。何も知らずに、あんなこと言って……」
「いや。君に気取られるようなマネをした僕が悪いんだ」
「でも!」
「君は何も悪くない。むしろ、想い出の場所を穢してしまって、本当に済まない」
「謝らないで、先輩。じゃ、そろそろ戻りましょう」
「ありがとう、ミラ……」
私たちはお散歩を早めに切り上げて、残りの時間を家の近くのカフェで過ごしたの。あんまり早く帰ると、両親にへんな勘ぐりをされるから。
◇
そして日が暮れ始めたころ、先輩は私を家まで送ってくれた。
「今日は楽しかったよ、ミラ。また明後日の朝に迎えに来るからね」
「あ、待って先輩。せっかくだから、晩御飯を食べていけばいいのに」
すると先輩は、ふるふる、と頭を振って、
「素敵な申し出なんだが、今晩は用事があるから遠慮しておくよ。ご両親にどうぞよろしく」
「そう……。じゃあ、おやすみなさい、先輩」
「おやすみ、愛しのミラ」
先輩は私の手の甲にキスをすると、名残惜しそうに帰っていったの。
本当に名残惜しそうに。
この人はこんなに私のこと想ってくれてるのに、私だけまだ同じになれない。
それがなんか申し訳ない気がして……彼の愛が重いわ。
私、いつ両想いになれるのかな。
なれる日が来るのかな。
でもまだ、私は彼のこと、何も知らない……。