カフェからの帰り道、私は先輩をデートに誘ってみたの。
学院じゃない場所で二人きりになれば、もう少し彼の素顔が見られるかも、と思って。
「ねえ先輩、明日のお休みは何か予定はあるかしら?」
「予定? どうしてだい」
「えっとね。もし先輩がよければ、街はずれの王立庭園に一緒にお出かけしたいなって思って……」
すると先輩は立ち止まって、数秒考え事をしたあと、ぷるぷるしながら私の両肩を掴んだ。
「も、もしかして、そ、それは、デ、デデデ、デートのお誘いかい⁉」
「まあ。私が作ったお弁当でも持って、二人でゆっくり過ごしてみようかなって」
「おおお……」
先輩は額に手を当てて、眩暈でも起こしたかのように、ふらっと後ろにのけぞった。
「ミラと……お手製のお弁当を持って……庭園デート……おおお、夢みたいだ……」
「やった! じゃあ、あした行ってもいいのね?」
すると先輩は、すっと真顔になって、
「いや……一緒に行きたいのは山々なんだが……」
「別の用事があるの?」
「そうじゃないんだが……うーむ……」
先輩は、すごい難しい顔をして、うーんうーんと唸ってる。
私、なにかまずいこと言っちゃったのかな……。
「あの、無理に行かなくてもいいから、また都合のいい時にでも……」
「いや! 無理にでも行きたい! 行きたいんだ僕は! だが……ぐぬぬぬ……」
とうとう先輩は悶絶しはじめてしまったの。
あああ、どうしよう……。
そんなつもりじゃなかったのに……。
「ミラ、一つ聞いてもいいかい?」
「ええ。何、かしら」
「このデートは、午後からでも大丈夫、なのかい?」
「午後? 午後って何時くらい?」
「ああ、そうだな……。じゃあ、頑張って正午くらい、でどうだろうか」
貴方はいったい何をがんばるの?
も~、謎すぎる~。
「ええ。お弁当はどうする?」
「少し遅い昼食になっても構わないなら、ぜひ!」
「わかったわ。なんだか無理させちゃったみたいで、ごめんなさい」
「とんでもない! こんな素晴らしい申し出を、断腸の思いで断らずに済んだんだから、むしろ感謝しかないよ、愛しの君よ!」
なんかここまで言われちゃうと、どんな顔したらいいか分からないわ。
理由が『貴方の腹の内を探るため』だなんて言ったら、先輩はどんな顔をするのかしら。きっとガッカリされちゃうんだろうな……。
◇
そして翌日。
私は、お母さんと一緒に、お弁当を作っていたの。
できるだけ自分で作る方針だったんだけど、なんだかんだで結構お母さんに手伝ってもらっちゃった。う~ん……。
でも、今回はしょうがないかな。だって急に誘ったから準備も十分に出来なかったし。うん、そういうことにしておこう!
午後。そろそろ約束の時間。
「やあミラ! 迎えに来たよ!」
いつものように、玄関先で大声を出す先輩。
二階の私の部屋まで聞こえるように、ってことなのかしら?
荷物を持って待ち構えていた私は、急いでドアを開けた。
これ以上騒がれて、ご近所迷惑になると困るから……。
そしてドアを開けた私の目の前にあったのは――。
「こんにちは、先輩。ええ、えっと……馬車で来たの?」
「時間が惜しいからね! 少しでも早く庭園に到着したくて馬車で来たんだよ」
ドヤ顔で私を出迎える先輩に、 私とお母さんは軽く引いていました。ええ。
「そ、そうなのね。……じゃあ、お母さん、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい! 二人とも楽しんできてね!」
「ご機嫌よう、お母様。それでは行ってまいります!」
先輩は私を軽々とお姫様だっこして、あっという間に馬車に乗せたの!
「え、ちょっと~~、先輩なにを」
「この方が早いから」
「そういう問題なの?」
「もちろんさ」
えええ~~~、休日の真昼間にこんな恥ずかしいことするなんて!
も~~~! ご近所のウワサになっちゃう!!
「じゃあやってくれ!」
先輩が御者さんに声を掛けると、馬車はゆっくりと走り出した。
私が馬車の座席でむくれていると、
「どうしたんだい、ミラ。待たせてしまったかい?」
「そうじゃないけど……。ああいうの、恥ずかしいからやめて」
「ああいうのって?」
「あの、お姫様だっことか……」
「ふうん……」
先輩は私の顔を覗き込み、とんでもなく妖艶な笑みを浮かべて私の髪を手に取ると、
「この髪が……いけないな」
ってポツリとつぶやいた。
「やっぱり、こんな髪、イヤ、ですよね。みんなに海藻頭って言われるような髪じゃ……」
「逆だよ。君がこの美しすぎる黒髪を持ってるから……僕は狂わされてしまうんだ」
先輩はいきなり、手に取った髪に口づけたの。
私は何が起こっているのか分からなくて、何も言えなくて。
彼が少し怖かった。
でも、私の髪が美しいなんて思っていてくれたのね。
こんなに嫌いな自分の髪を……。
「あ、あの……」
私が体を少し引くと、彼の手から私の髪がさらさらと流れ落ちたの。
それで先輩は我に返って、
「ごめんごめん。ちょっと変態っぽかったよね。気にしないで!」
って、いつものヘラヘラした顔に戻って言ったの。
あ~~、先輩のこと、ますますわかんなくなってきたわ!