野イチゴタルトの登場を待ちわびつつ、いつものテラス席に座ると、クリスが話し始めたの。ま、いつも第一声はこの子よね。
「ねぇねぇ、例の事件のことだけど……」
「あ……、例の……ね」
彼女は、街のみんなが一番気になってる話題を持ち出したの。
こないだ、この情報通のクリスが誰かにしゃべりたくて仕方がなかった話題。
そして教授に頭を叩かれた原因……。
それが、近ごろ王都を騒がせている、この『連続婦女誘拐殺人事件』のことなの。
ついでに言えば、先輩が私をゲットする決め手になったのも、この事件なのよね。
「今朝の新聞には……」
と先輩が口を挟む。
「被害者が若い女性ということ以外関連性は認められず、身代金の要求もないため単純な連続殺人事件との見方を……とあったね」
クリスが自慢の髪をいじりながら、
「やっぱり殺されちゃってるかなぁ」と呑気に言うと、
「クリス、君だって他人事じゃないんだ。くれぐれも――」
と、先輩がお説教を始めた。
実際、最初のうちは死体が出てこなくて、誘拐事件だと思われていたんだけど、そのうち死体がちらほら出るようになったんだって。
だから、これはやっぱり殺人事件なのではないか、と新聞に書かれてるってお父さんが朝食のときに言ってた。
ついでに言えば、先輩がいてくれるので安心してる、とも。うちの両親に限った話じゃないかもしれないけど、女の子のいる家ではみんな心配してるんだろうな。
「はいはい、分かってますよ、
クリスが、いつのまにか先輩に、こんな二つ名をつけていた。
「な~にそれ、ダサーい」
「そうかい? 僕は気に入ったけど。有り難く使わせてもらうよ、クリス」
貴方は一体、どこでその恥ずかしい二つ名を使う気なの?
「ま、どんな敵がが来ようとも、彼女は僕がこの身にかえても護るけどね」
先輩は、私に芝居がかったキメ顔で微笑んだ。
またそんなこと言って……。
ホントに死んじゃったらどうする気なの?
私の心配も知らないで。
そして再び彼は、ニコニコしながら通りを歩く人たちを眺めてる。
「ねえ、先輩。通行人なんか見てて楽しい?」
「楽しくて見てるわけじゃないんだけど」
「じゃあなんで?」
「えっと……お仕事、かな」
「ふうん。師範科ってよくわかんないことするのね」
「ま、まあね。こんな退屈な仕事も、隣に君がいれば楽しいよ」
「なら良かったけど……」
クリスはそんな彼をニヤニヤしながら眺めてる。
何が彼女の興味を惹いてるのか分からないけど、いつも面白いことを探してるから、きっと楽しいのに違いないわね。
通行人ウォッチが一段落ついたのか、先輩が私の方に向き直って声をかけた。
「ところで、ミラは錬金術師になって何をしたいの?」
「ええ? えっと……あの……もごもご」
そんなの恥ずかしくて言えない……。
「ミラはねえ~」
「あー! 言っちゃだめえ! 言ったら絶交するから!」
私はクリスがバラしそうになるのを必死で止めた。
「ど~しようかなあ~。シンクレアさんも知りたいよね?」
彼は、ふふっと笑って見ている。
「言うときは自分でちゃんと言うから、もうちょっと待ってて、先輩」
「分かった。待ってるよミラ。無理強いは良くないからね」
「じゃあ、先輩は? あー……言いたくなければ言わなくてもいいけど」
「僕は、なんとなくやってるだけで、生活できれば何でもいいかなって」
「そうなの……」
「夢のない話でガッカリした?」
あ! つい、ダメなリアクションしちゃった! ああ~、どうしよう……
「ううん。あの……、先輩が自分のこと話してくれて嬉しかったよ」
「そうか」
彼は満足げにそうに言うと、話を続けた。
「僕はね、君がパン屋になれと言えばパン屋になるし、仕立て屋になれと言われれば仕立て屋になろう。君が望むなら僕は何にだってなれる。だからもし……」
うわ、貴方は一体何を言い出すの?
ちょっと待って待って!
「あ、ああ、べ、べつにそういうのないから、だ、だいじょうぶ。安心して錬金術師の先生になって」
「そうかい? もし僕にやらせたい仕事が出来たらいつでも言ってくれ。全力で君の期待に応えるから」
「あ、ありがと」
「うん」
先輩は銀縁眼鏡の奥にある、切れ長の綺麗な目を細め、にっこり笑った。
これ以上この話題を先輩と続けると、何を言い出すか分からないから、私は親友に強引に話を振った。
「そうだわ、クリスはどうなのよ」
「ん~? 私は錬金術に詳しくなって、ビジネスをしたいだけ。別に自分が出来なくてもいいのよ。優秀な錬金術師を雇えばいいんだから」
「「おおー……」」
私と先輩は、同時に感心した。
「クリスって大人だなあ……」
「将来を見据えて進路を選ぶって、立派だねクリスは。もし僕が失業したらクリスに雇ってもらおうかな」
「優秀な従業員は歓迎よ!」
「ええ~、先輩がクリス社長の部下になっちゃうの? なんかヤダ」
「だそうですよ、クリス社長」
「あら残念」
「僕は……一年中ミラのそばにいられれば、正直なんでもいいんだ。君の笑顔が見られるなら、それだけで満足だよ」
「うん……」
彼の愛が重い。重すぎる!
なんで。
どうして。
会ったばかりだし、やっぱ先輩はおかしいよ。
でも……。
わたしさいきん、彼の愛玩動物にも少し慣れてきたかも。
そう、先輩が来てから、前よりは少し毎日が楽しくなった気がするの。
まだ彼のこと好きとかそういう気持ちにはなってないけど、これはこれで悪くない日常かなって思えるようになってきた。
もちろん、殺人犯が街をうろついてるのは怖いけど、彼がいれば多分大丈夫。
でも、少し不安もあるの。
彼は優しくていい人だけど、まだ本当の彼を見せてくれてない、って気がするから……。