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第6話 迷探偵クリス

 野イチゴタルトの登場を待ちわびつつ、いつものテラス席に座ると、クリスが話し始めたの。ま、いつも第一声はこの子よね。


「ねぇねぇ、例の事件のことだけど……」

「あ……、例の……ね」


 彼女は、街のみんなが一番気になってる話題を持ち出したの。


 こないだ、この情報通のクリスが誰かにしゃべりたくて仕方がなかった話題。

 そして教授に頭を叩かれた原因……。


 それが、近ごろ王都を騒がせている、この『連続婦女誘拐殺人事件』のことなの。

 ついでに言えば、先輩が私をゲットする決め手になったのも、この事件なのよね。


「今朝の新聞には……」

 と先輩が口を挟む。

「被害者が若い女性ということ以外関連性は認められず、身代金の要求もないため単純な連続殺人事件との見方を……とあったね」


 クリスが自慢の髪をいじりながら、

「やっぱり殺されちゃってるかなぁ」と呑気に言うと、


「クリス、君だって他人事じゃないんだ。くれぐれも――」

 と、先輩がお説教を始めた。



 実際、最初のうちは死体が出てこなくて、誘拐事件だと思われていたんだけど、そのうち死体がちらほら出るようになったんだって。

 だから、これはやっぱり殺人事件なのではないか、と新聞に書かれてるってお父さんが朝食のときに言ってた。

 ついでに言えば、先輩がいてくれるので安心してる、とも。うちの両親に限った話じゃないかもしれないけど、女の子のいる家ではみんな心配してるんだろうな。



「はいはい、分かってますよ、白金の騎士ナイト・オブ・プラチナム様」

 クリスが、いつのまにか先輩に、こんな二つ名をつけていた。


「な~にそれ、ダサーい」

「そうかい? 僕は気に入ったけど。有り難く使わせてもらうよ、クリス」


 貴方は一体、どこでその恥ずかしい二つ名を使う気なの?


「ま、どんな敵がが来ようとも、彼女は僕がこの身にかえても護るけどね」


 先輩は、私に芝居がかったキメ顔で微笑んだ。


 またそんなこと言って……。

 ホントに死んじゃったらどうする気なの?

 私の心配も知らないで。


 そして再び彼は、ニコニコしながら通りを歩く人たちを眺めてる。


「ねえ、先輩。通行人なんか見てて楽しい?」

「楽しくて見てるわけじゃないんだけど」

「じゃあなんで?」

「えっと……お仕事、かな」

「ふうん。師範科ってよくわかんないことするのね」

「ま、まあね。こんな退屈な仕事も、隣に君がいれば楽しいよ」

「なら良かったけど……」


 クリスはそんな彼をニヤニヤしながら眺めてる。

 何が彼女の興味を惹いてるのか分からないけど、いつも面白いことを探してるから、きっと楽しいのに違いないわね。


 通行人ウォッチが一段落ついたのか、先輩が私の方に向き直って声をかけた。


「ところで、ミラは錬金術師になって何をしたいの?」

「ええ? えっと……あの……もごもご」


 そんなの恥ずかしくて言えない……。


「ミラはねえ~」

「あー! 言っちゃだめえ! 言ったら絶交するから!」


 私はクリスがバラしそうになるのを必死で止めた。


「ど~しようかなあ~。シンクレアさんも知りたいよね?」


 彼は、ふふっと笑って見ている。


「言うときは自分でちゃんと言うから、もうちょっと待ってて、先輩」

「分かった。待ってるよミラ。無理強いは良くないからね」


「じゃあ、先輩は? あー……言いたくなければ言わなくてもいいけど」

「僕は、なんとなくやってるだけで、生活できれば何でもいいかなって」

「そうなの……」

「夢のない話でガッカリした?」


 あ! つい、ダメなリアクションしちゃった! ああ~、どうしよう……


「ううん。あの……、先輩が自分のこと話してくれて嬉しかったよ」

「そうか」


 彼は満足げにそうに言うと、話を続けた。


「僕はね、君がパン屋になれと言えばパン屋になるし、仕立て屋になれと言われれば仕立て屋になろう。君が望むなら僕は何にだってなれる。だからもし……」


 うわ、貴方は一体何を言い出すの?

 ちょっと待って待って!


「あ、ああ、べ、べつにそういうのないから、だ、だいじょうぶ。安心して錬金術師の先生になって」


「そうかい? もし僕にやらせたい仕事が出来たらいつでも言ってくれ。全力で君の期待に応えるから」


「あ、ありがと」

「うん」


 先輩は銀縁眼鏡の奥にある、切れ長の綺麗な目を細め、にっこり笑った。

 これ以上この話題を先輩と続けると、何を言い出すか分からないから、私は親友に強引に話を振った。


「そうだわ、クリスはどうなのよ」


「ん~? 私は錬金術に詳しくなって、ビジネスをしたいだけ。別に自分が出来なくてもいいのよ。優秀な錬金術師を雇えばいいんだから」


「「おおー……」」

 私と先輩は、同時に感心した。


「クリスって大人だなあ……」


「将来を見据えて進路を選ぶって、立派だねクリスは。もし僕が失業したらクリスに雇ってもらおうかな」


「優秀な従業員は歓迎よ!」


「ええ~、先輩がクリス社長の部下になっちゃうの? なんかヤダ」

「だそうですよ、クリス社長」

「あら残念」


「僕は……一年中ミラのそばにいられれば、正直なんでもいいんだ。君の笑顔が見られるなら、それだけで満足だよ」


「うん……」


 彼の愛が重い。重すぎる!

 なんで。

 どうして。

 会ったばかりだし、やっぱ先輩はおかしいよ。


 でも……。

 わたしさいきん、彼の愛玩動物にも少し慣れてきたかも。

 そう、先輩が来てから、前よりは少し毎日が楽しくなった気がするの。


 まだ彼のこと好きとかそういう気持ちにはなってないけど、これはこれで悪くない日常かなって思えるようになってきた。

 もちろん、殺人犯が街をうろついてるのは怖いけど、彼がいれば多分大丈夫。


 でも、少し不安もあるの。

 彼は優しくていい人だけど、まだ本当の彼を見せてくれてない、って気がするから……。

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