授業中。
座学の授業は基本的に教授だけなので、先輩は授業と授業の合間の休み時間に会いに来るの。
だけど、それって実習と実習の合間って時もあるから、どれだけ急いで来てるんだろって思う。やっぱり廊下、走ってるのかなあ?
――なんて思っていたら、先輩が教室にやって来た。
「ミラ、迎えに来たよ! 次は実習でしょう」
「え? 実習室で待っていればよかったのに何で?」
「そんなの決まってるだろう?」
錬金実習の授業中は、教授の助手として私と同じ教室内にいるから、一応は私と会えてるってことになるのよね。だけど、話したり抱きしめたり出来ないからご不満みたい。私の方は遠巻きに見られてるだけの方が助かるのだけど。
それで、日によって実習があったり無かったりするんだけど、実習無しの日は私と一緒にいられる時間が少なくなるから、先輩のテンションがすごく低いの。
別に私が悪いわけじゃないのに、なぐさめないといけない感じになっちゃうのがちょっと……。嫌ではないんだけど、困っちゃう。
「教室から実習室に移動するあいだ、少しでも君とおしゃべりするために、わざわざ迎えに来たってわけ。納得した?」
「呆れた」
「ええ~~、全力で実習の準備してから駆けつけたのに~~」
悪い気はしないけど、やっぱりやりすぎだと思うの。
少し迷惑なのもあるけど、こんな無理を続けていたら彼の体が心配だわ。
それから実習室に移動した私たちは、教授の指示に従って錬金術の実習を始めたの。先輩は、各班のテーブルを巡回して、上手く実習できるように、生徒たちの手伝いをしているわ。
私たちはまだ一年生だから、すごく簡単な作業しかやらせてもらえない。こんな調子じゃあ、髪の色を変えられるのはいつになるのかな……。
せめて卒業するまでには実現できてるといいんだけど。
ん?
先輩、作業中なのに教授のことジロジロ見てる。
いいえ、むしろ睨んでるみたいな……。
怒ってるのかな?
何か様子が普段と違う。
これって、初めて彼を見たときに似てる。
そう、これって、あの時の鋭いかんじ……。
あ、そうか。
いっつも私とイチャイチャしてるから、教授に怒られちゃったんだわ。
先輩ってば、もう……。
朝から晩まで一緒にいるのに、少しはガマンできないのかしら?
だからって注意して止める人じゃ、ないもんね……。はあ。
◇
そして、二つほどの授業を挟んで、ようやくお昼休みに。
学院内には、いくつかのお庭があって、いつでも学生たちが休憩したり勉強したりできるように、テーブルが置かれているの。
最近の私たちは、お天気のいい日にこの屋外のテーブルでお昼ご飯を食べているわ。というのも、いままで食堂を使っていたけど、先輩があんなことしちゃうから使えなくなっちゃって……。
今日は珍しく、先に行ってるねって先輩が言うから、クリスと二人でいつものテーブルまでやってきたら……
「なにこれ……すてき……」
「ほお、シンクレア氏、やりますねえ」
木製の大きなテーブルの上には、真っ赤なテーブルクロスが敷かれ、それぞれの席には高級なティーカップ。
それから卓上の小さな液体燃料コンロにガラスのポットがのってるの。こんな高級品、見たことないわ……。
さらにさらに、テーブルの真ん中には、クリスタルガラスのお皿で作られた、アフタヌーンティースタンドがあって、その上には可愛らしいお菓子が並んでるのよ!
「先輩、どうしたの、これ!」
「気に入ってくれたかい? ミラ」
「びっくりしてる……」
「さあ、二人とも座って」
「「はーい」」
こ~~んなに素敵なお茶会の用意をしてくれたのはいいんだけど、今日のお弁当も昨日と同じく、ライスボールなのよね……。
でも、この程度のミスマッチなら許せる、かな。
食事が終わって、お茶とデザートを楽しんでる最中、彼に聞きたいことがあったのを思い出したの。
「あ、そうだ先輩」
「なんだい? ミラ」
「教授に怒られたでしょ。私にかまって仕事がおろそかになってるんじゃない?」
「え? ……どうして? 別に怒られてはいないが」
先輩はきょとんとした顔で私を見た。
「だって実習中、すごい顔で教授のこと睨んでた」
「いや……あれは……」
急に挙動不審になる先輩。いったい何があったのかしら……。
「怒られたんでしょ? だからもう、授業のあいだの休み時間は会いに来るのは控えたほうがいいんじゃない?」
彼は深呼吸をすると、いつもの笑顔に戻ってこう言ったの
「それは絶対御免被るね。僕は君に会うのをやめない」
「でもお仕事に――」
先輩は私の言葉を遮って、
「別に教授に怒られてもいないし、仕事に支障を来してもいない。やることはちゃんとやってるから心配しなくてもいいんだよ、ミラ」
「じゃあ何で教授を睨んでたの?」
「に、睨んでたんじゃないよ。観察してたんだ」
「観察ぅ?」
「あの人は……、ええと……あまり教えるのが上手くなくて……」
「教授なのに?」
「ああ。教授なのに。それで、その……見て盗めって主義みたいでね」
「はあ……」
「だから、じっと見て、彼から学んでいたというわけさ」
「そうだったの。私の勘違いだったみたいね。ごめんなさい」
「いや、ぜんぜん気にすることないよ、ミラ。僕の方こそ、心配かけて済まない。君がそんなに僕のことを見ていてくれたなんて、嬉しいよ。ありがとう」
「そんな……」
かえってお礼を言われちゃうなんて、解せないわ。
う~ん。
「さあ、お茶のお代わりをどうぞ、お嬢様」
「あり、がと……」
先輩は優雅な手つきで私のカップにお茶を淹れてくれた。
白い手袋で包まれた、繊細な指先。
まるで執事のよう……。
こんな美形の執事さんなんて、そうそういないわよね。
普段からキリっとしててくれたらいいのにな。
……って、私、何かんがえてるんだろ。
そっか。
私、先輩のこと、かんがえてたのね。