先輩を両親に紹介したら大変なことになっちゃった。
告白された日の放課後。
私は初めて、ユノス先輩に家まで送ってもらったんだけど……。
◇◇◇
もうじき家に着きそうなところまで来て、私は先輩に訊いた。
「やっぱり、毎日お迎えに来る気なんですか?」
「もちろんだよ。君の身を護るためだから、必ず送り迎えするよ」
力強く宣言する先輩。
「でも先輩だって仕事があるでしょう?」
「まあ……。その時は馬車を呼ぶから大丈夫」
「馬車、そんな贅沢しなくても」
「何が贅沢なもんか。君の安全は何物にも代えられないよ」
「うん……」
なんかちょっと悪い気になってきちゃった。
そうこうしてるうちに、家に到着。
「ここ、家だから」
「うん、知ってる」
ううう……、そういえばこの人、元ストーカーだった。
「これから毎日来ることになるから、ご家族にもご挨拶をしたいんだ」
「え、ええ? たしかに……、して、おいた方が、いいの、かも……」
微妙に不安だけど、知らない男が毎日家に来る状況は……マズいよね。
◇
「ただいまー」
私は、先輩からもらった花束を片手に、家のドアを開けた。
ぜったい、お母さんに、それどうしたのって聞かれるよね……。
「おかえりなさい、ミラ……って、それどうしたの!! 素敵な花束じゃない!!」
あー、やっぱり聞かれた。
「えっと……、この人にもらった」
私は、後ろにいる先輩の方を見た。
お母さんがいぶかしげな顔をしながら、
「あの、どちらさまでしょうか」
先輩は深々とお辞儀をして、
「お初にお目にかかります。ミラさんのお母様。
僕は、本日よりミラさんとお付き合いをさせて頂いております、ユノス・シンクレアと申します。ミラさんと同じ学院の師範科在籍で、先月より一年生の錬金実習の助手をしています」
お母さんは、いきなり娘が連れて来た彼氏にビックリして固まっちゃった。
「お、お母さん? 大丈夫?」
「あ、あ、びっくりしちゃった」
「ごめん、いきなり連れて来て。私も今日告白されて急だったんで……」
「今日!?」
「はい、今日なんです、お母様」
「いいから落ち着いてお母さん」
「ええ……」
お母さんは深呼吸を始めた。
「このごろ街を凶悪犯がうろついていて物騒ですよね。ですから、こうして僕が毎日お嬢さんの送り迎えをしようと思いまして」
「ということなんだけど……」
「そ、それは有難いお話しね、たしかに、ええ」
「少しは落ち着いた? 家に入りたいんだけど」
「あ! ごめんなさい! どうぞ中へ」
非常事態に慌てたお母さんをなんとか落ち着かせて、私と先輩はようやく家の中に入ることが出来た。
先輩をリビングに通すと、お母さんはヤシマ国の特産品、グリーンティを私たちに淹れてくれた。
「どうぞ、ヤシマのお茶です」
「ありがとうございます! 懐かしいなあ……」
「先輩、飲んだことあるの?」
「ああ。僕の母はヤシマの血を引いてるんだ。それで、子どもの頃は時々飲ませてもらってた。子どもの口には苦いから、そう何度も飲んではいないけれど」
「子どもの頃……?」
先輩はすこしだけうつむいて、暗い表情になった。
聞いたらいけないことだったのかな?
「母は僕が幼い頃に病気で他界しました。父はこの国の出身です。だから、母が亡くなってからこちら、このグリーンティを飲んだことはなかったのです」
「ごめんなさい先輩、悲しいことを思い出させてしまって」
「気にしなくていいよ、ミラ。そもそも、ヤシマ人の君を好きになったんだから、グリーンティだっていずれ飲むのは確定事項さ」
先輩はにっこり笑ってそう言った。
「よかった。いつでも飲んでってね」
「ありがとう」
「シンクレアさん、でしたか」
「ええ、ユノスとお呼びください」
「ミラをどうぞよろしくお願いします」
「もちろんです。この身に代えてもお護りします」
先輩は胸に手を当てて、お母さんに頭を下げた。
「きゃあ~~、ステキだわ~~。パパにも言われたことないのに~~」
あーあ、お母さんがすっかり乙女になっちゃった。
先輩は確かにかっこいいけども。
でも、学校でのあの情けない姿を見ても、同じ感想になるのかなあ?
「ところでユノスさん、ご夕食はご家族と?」
「いえ、僕は一人暮らしなので、近所の飲食店で食事を取っています」
「あらそうなの? だったら今晩はウチで夕食をどうかしら? パパももうじき帰ってくるし」
「いやそれではご迷惑に……」
「あ、もちろんヤシマ料理よ」
「なッ!!」
ヤシマ料理と聞いて、先輩はいきなり立ち上がり、腰を直角に折って深々とお辞儀をしたの。
「どうしたの、先輩?」
先輩が急に立つから私びっくりしちゃった。
「ぜ、ぜひお願いします!!」
「よっぽどヤシマの味に飢えてたのね、先輩……」
「いやあ……、めんぼくない」
先輩はイケメンをくしゃっと崩して頭をかきながら、学校で見せてるあの顔になった。
◇
しばらくして、お父さんが帰ってきた。
あああ……。
いやな予感しかない……。
「ミラ! お友達通り越して彼氏が出来たんだって!? すごいじゃないか!」
「やめてえええ、友達いないみたいに言わないでえええ」
たしかにクリスのほかに友達いないけど! いないけど!
隣で先輩が苦笑してる。もーやだあ……。
ひととおり先輩の自己紹介が終わるとお父さんが、
「君のような、将来を嘱望された青年に娘が見初められたなんて。ちょっと無理して娘をあの学院に入れた甲斐があったというもんだ」
「あの学院を選んだのはこの子の意志ですけどね! パパは学費を出す係でしょ?」
「ま、まあ、そうだけどな! 難しい試験だったが、ミラはよく頑張ったよな」
「がんばった……よ?」
私の野望のためなら、勉強くらい苦じゃないわ!
……とは言いづらくって、やっぱり大変だった。王都の有名大学生を家庭教師につけてくれた両親には感謝しかないわね。
「ミラはすごいんだね! よくがんばった! 君があの学院の生徒じゃなければ、僕は君を見つけることが出来なかったから、だから本当にありがとう」
「どう、いたしまして?」でいいのかな? よくわかんない。
師範科……って、そういえば卒業したら学院の教授になれるんだっけ。髪の色を変えること以外に興味ないから、あの学院にどんなクラスがあるかよく知らないの。
でも錬金術師のアカデミーって、王都ではかなり権威があるから、もしかして彼って……すごいエリートなのかな? だからお父さんは、彼のこと将来を嘱望された青年、なんて言ったのね。
「ホントにそうね、パパ! でも、あの学院でクリスちゃんって友達も出来たのよ。ミラはホントにいい学院に入ったわね!」
「あうう……べつに友達や彼氏を作るために入ったんじゃないんだけど……」
だって私は髪の色を変えるためだけに、あの学校に入ったんだもん。
一日も早く技術を身に付けて、この忌まわしい海藻頭をサラサラキラキラの金髪にするんだから!
……って、まだ誰にも話したことないけど。
「とにかく今日はお祝いだ! お赤飯だよママ!」
「そんな急に言われても、もち米なんて買ってないわよ」
「いらないから! お赤飯とかやめてえええ!」
「オセキハンって何ですか? ヤシマの祝い料理でしょうか」
「えっとねユノスさん、お赤飯というのはね――」
お母さんがお赤飯について説明をはじめちゃった。
もーやだ、この両親! 恥ずかしすぎる!
先輩は幸せそうにニコニコしてるから、なおさら恥ずかしいわ!
『友達が出来た』だけでも大騒ぎする人たちが『将来を嘱望された青年に娘が見初められた』となれば、狂喜乱舞する大惨事に発展するのも仕方ないとは思うけど……。
でも~~~~!
だれか助けてええ~~~!