「またお前達か!」
という中年男性の野太い声を号令に、『バンバンッ!』と分厚い本で何かを連打する音と、続いて女の子の『キャァッ』という悲鳴の
一拍おいて、どっと沸くクラスメート達。笑い声にまざって、『また海藻頭が叩かれてる』って悪口が聞こえてくる。
◇
私の名前は、ミラ=ヤマザキ、十六歳。
この春、王立ローデア錬金術学院高等部の一年B組に入学したばかり。
さっき教授に頭を叩かれたのは、私と、親友のクリス。
クリスが授業中、いっつも私に話しかけるから、今日も教授に叩かれちゃったんだよね。これって完全にとばっちりよ!
おまけに、教授の助手も、横で必死に笑いをこらえている。ひどいわ!
私の両親は東方の小国「
この国では、みんなして私の黒髪を『海藻頭』ってバカにするの。だから、いつか髪の色を変えるために、この錬金術学院に入学したのよ。綺麗な金髪になるために。
で、学校の友達といえば、さっき一緒に頭を叩かれた『ゴシップ大好き少女』のクリス只一人。悪びれもせず呑気に金色のふわふわした巻き毛を指先で弄んでいるわ。
彼女には、新しいゴシップのネタを仕入れると、誰かに話したくて仕方なくなっちゃう悪いクセがあるの。そのせいで、私は授業中に頭を叩かれるハメに……。
クリスが嫌われ者の私と付き合ってるのは、彼女のゴシップに付き合えるのが私くらいのものだから。つまり、ほっといたら両方ともぼっち確定!
そして意外なことに、彼女ってばろくに授業を聞いてないクセに成績がいいのよ。 勉強も出来て金髪だなんて、世の中なんだか不公平だわ。あーあ、クリスの髪、綺麗でいいなぁ~。
そして教授の横で苦笑している青年が、先月から助手をしている、師範科の実習生ユノス=シンクレア、二十四歳。
海藻頭で異邦人の私なんかを溺愛する、ちょっとネジが二三本吹っ飛んだ、変わり者の
長身痩躯を白衣で包み、腰まである
なにが残念かと言えば、八つも年下(見た目年齢で言えばもっとかな)の私を、一目も憚らずに溺愛するからよ。もーさいあく。
私みたいな小さい子と付き合ってるからって、ロリコンって陰口叩かれてることもあるし。こないだ彼と公園デートしてて、おまわりさんに職質されそうになった時には、さすがに慌てたわ。なんと彼が人さらいだと思われちゃったのよ。
だけど、彼が身分証みたいのを見せたら、おまわりさんは急にペコペコしてすぐにいなくなった。あやうく事件になるところだったわ。
やっぱり不釣り合い、なのかな。
私だって、すこし前までは、こんな年上の人に告白されるなんて思ってなかったもん……。
◇
私の恋人、ユノス・シンクレアとの最初の出会いは、一か月前の錬金合成の授業の時だったわ。
教授に助手として紹介されて、教室に入ってきた彼の第一印象は、綺麗だけど、どこか険のある人。鋭いというかなんというか……。
でもすぐにヘラヘラ笑って、そんな印象はどこかに消えちゃった。あれって何だったのかな。
それから錬金合成の実習中、彼は各班のテーブルを回って、生徒たちにアドバイスをしたり、実際にやってみせたりしてた。
そして私たちの班にやってきたとき、彼がおかしくなっちゃったの。まるでお化けでも見たときみたく、その場で固まっちゃって……。
「き、君は……、いやまさか」
彼が私の顔を見るなり、へんなことを呟きはじめたの。
「あの、どうかされましたか? 助手さん」
彼は真っ青な顔をして、
「ヤ、ヤシマ・ドールがしゃべった……」
「は? 両親はヤシマ人ですが……、れっきとした人間です!」
ふつう怒るよね? こんなこと言われたら。
しかも初対面の人にだよ?
「も、ももも申し訳ない! どうか忘れてください」
そう言って彼は私に頭を下げてくれた。
ヘンな人だなあと思いつつ、まあいっかって。授業中だし。
その日以降、彼はストーカーになってしまったの……。
だけど隠れ方が上手なのか、他の人に話しても誰も信じてくれない。
一週間くらい、つけ回されて、本気で困って怖くなってきた頃――。
「ミラさん、ぼ、僕とお付き合いして下さいませんか!」
「ええええええええええ~~~!!」
なんと彼が、学食でランチ中の私に告白してきたの!
片膝ついて花束とか差し出してるし!
恥ずかしいしこわいし!
みんな見てるし!
ももも、もう最悪!
こんなの絶対断ろうって思ってたのに、
「僕のこの身が朽ちるとも、必ず君を護ります」
って、真剣な顔で言われちゃった。
普段あんなにフニャフニャした顔してるのに、こんな時だけズルい!
「え、あ、ううう……」
「ミラ、付き合っちゃえばいいじゃん」
とかクリスが無責任なこと言ってくる。
「でもお……」
「ミラさん! お願いします! 最近この街も物騒です。でも僕なら君を護れる。だから、どうか君の一番近くで護らせて欲しいんです! お願いします!」
彼はさらに頭まで下げて、大声出すし。
本気で困っちゃった。
でも、さいきん確かにこの街で、凶悪な犯罪が多発してるのは事実なの。
それも、女性ばかりが狙われて……。
護衛してもらうのって、悪くないかも……?
「う~~~ん……。じゃあ、とりあえずはボディガードってことで……」
「ありがとう!! 今日からよろしく、ミラ!!」
「は、はあ……よろしくお願いします」
彼は嬉しさが爆発しちゃったのか、私を抱いてぐるぐる回り始めちゃった。
ああもう、恥ずかしくて死にそうだった……。
途中でクリスが止めてくれなかったら、目が回って倒れちゃうとこだったわ。
彼のこんな羞恥プレイのおかげで、私たちは一瞬で全校生徒の噂になってしまった。私も私で、自分の安全と天秤にかけた結果、気付いたら
あとになって気づいたんだけど、あの時、なんで彼が凶悪犯と勝てるって信じちゃったんだろう?
彼はどちらかというとスリムで、強そうには見えないのよね。
なんだか騙されたような気もしたけど、彼がいれば犯人から逃げる時間が稼げるかも? ってちょっと思った。
かわいそうだけど、狙われるのは女性ばかりだから、きっと大丈夫よね……。