「……約束の場所って、ここで合ってるわよね?」
箱馬車の窓から顔を覗かせた蘭花は、
『
文から視線を外して『酉施楼』と書かれた看板を確認すると、蘭花は文をしまって、同乗している小梅を見た。
「それじゃあ、行ってくるわね。
そう言うと、小梅は心配そうな表情を浮かべて、蘭花の衣の端をきゅっと握った。
「蘭花様。本当にお一人で参られるのですか? やっぱり危険すぎます! あたしも一緒に」
「駄目よ、小梅。ちゃんと話し合ったでしょう? 私一人で来いって指示されてるの。なのに、おまえを伴って行けば、何をされるか分からないわ。……お願いだから、言う通りにしてちょうだい。ねっ?」
小梅の両手を握って微笑みかけると、彼女は蘭花の瞳を真っ直ぐに見つめたあと、しぶしぶといった感じで頷いた。
「それじゃあ、またあとでね」
「くれぐれもお気をつけて……!」
蘭花は馬車から降りて地に足をつけると、被り
「まさか、茶会の待ち合わせ場所に、妓楼を指定してくるとは」
たしか、第三王子は、蘭花の三つ歳上だったはず。
「十五のくせに、ませてるわね」
蘭花は、
しかし、玄関広間には、誰の姿もない。
「あのー……ごめんくださーい……」
口の横に手を当てて遠慮がちに声をかけてみるが、まったく反応がない。
「皆さん、まだ眠ってらっしゃるのかしら?」
どうしよう、と頬に手を当てたとき、ぎしぎしと音を立てて階段を降りてくる人影が見えた。
蘭花はパッと笑顔を浮かべ、その人物に声をかけようとしたが、手を上げかけた体勢のまま固まってしまう。
気だるげな姿で現れた女性は、美しく結い上げた髪を乱れさせ、着崩した衣の合わせ目から、豊満でふっくらとした胸を覗かせていた。
ふわぁとあくびをした女性は、蘭花の姿に気がつくと、しゃなりしゃなりと近づいてきた。
「あら、おひいさん。……もしかして、
声をかけられて我に返った蘭花は、
女性は蘭花を値踏みするように、頭の天辺から足の爪先まで観察すると、「ふぅん」と言って身をひるがえした。
「
「えっ? あっ、あの……!」
狼狽える蘭花を振り返ることなく、妓女は再び、しゃなりしゃなりと歩き出してしまう。
蘭花はきょどきょどと視線を彷徨わせると、ごくりと生唾を飲み込んで、妓女のあとを追った。
よく磨かれた板張りの床を真っ直ぐに歩いていくと、小さな池のある中庭にさしかかった。
悠々と鯉が泳ぐ池の上には橋がかかっており、妓女と蘭花はその橋を渡る。そうして再び、板張りの床を進んだ先に、目的の部屋はあった。
「ここが軒様のお部屋さ」
その言葉にこくりと頷くと、
「それじゃあ、アタシはこれで」と言って、妓女はもと来た道を戻って行った。
「……ここからは、私一人ってわけね」
蘭花は、精緻な飾り彫りが施された扉の前で大きく深呼吸をする。
――実を言うと蘭花は、第三王子の
(宴や式典で遠くから見たことはあるけれど、顔を合わせたことすらないのよね。……逆行前は、特に興味もなかったし)
ふぅと息を吐いて、いざ! と戸口に手をかけようとしたところで、勝手に戸が開いた。
「きゃっ」
驚いた蘭花が顔を上げると、
「なにをちんたらしている。さっさと入れよ。偽物公主」
そう言うと、赤い瞳の男――
蘭花はポカンとしたあと、ハッと我に返り、怒りに肩を震わせた。
(なんて無礼な人!!)
蘭花は捨てるようにして被り笠を脱いで、部屋に入り扉を閉める。
「好きなところに座れよ」
軒虎はこちらを一瞥もせず、結い上げた団子髪から煙管を抜き取った。
「……ちょっと。そっちから呼び出しておいて、その態度はなんなの? 失礼にも程があるわ」
蘭花が手に力を込めると、持っていた被り笠がミシミシと音を立てた。
「気の短い女だな。それが壊れると困るのはあんただぜ。その髪と目をさらしたまま出歩くつもりか?」
言って、軒虎は先端の雁首に刻み煙草を詰め、火入れの炭で火をつけた。
「フゥー」
軒虎は一服すると、格子がはまった硝子の窓を開け放ち、その窓枠に腰掛ける。――初めて真正面から対峙する軒虎は、老人のような白髪と紅味を帯びた深い赤色の瞳をした、十五歳らしくない大人びた少年だった。
蘭花はフンと鼻を鳴らして手近な椅子を引いて座り、足元に被り笠を立て掛けた。
「――それで? 私はお茶会に誘われたはずなんだけど、
「なぁ、あんた。それ、本気で言ってんの?」
冷笑を浮かべた軒虎は、窓から離れて卓の近くにくると、蘭花に向かってフゥーと煙を吐き出した。
「えっ、な……っ! ごほっ、ごほっ! ……ちょ、ちょっと、あなた……っ! なにするのよっ」
蘭花は涙目になって煙を払いながら、キッと軒虎を睨みつける。すると軒虎は、したり顔を浮かべた。
「なにって。煙草の味を楽しませてやったんだろ?」
「そんなことを頼んだ覚えはないわ!」
軒虎は肩を竦めると、煙管を灰吹きのふちに叩いて灰を落とし、簪のように頭上の団子に差し込んだ。
「あんた。
「そのつもりだけど」
蘭花はツンとした態度をとる。軒虎は「プッ」と吹き出して、蘭花の腕を掴んだ。
「ちょっと。何するのよ」
「何って、こうするんだよ」
軒虎はニヤリと笑い、蘭花を強制的に立ち上がらせた。そして軽々と、蘭花を横抱きに抱えると、そのまま寝台へと向かう。
「えっ。ちょっと、まさか……うそでしょう!?」
ようやく何を目的に妓楼に呼ばれたのか理解した蘭花は、手足をばたつかせて必死に抵抗する。だが、所詮蘭花は十二歳の非力な少女だ。武芸で鍛えあげられた、軒虎の力に勝つことは出来ない。
結局蘭花は、軒虎の腕の中から逃れることができず、放り投げるように寝台の上に落とされた。
「きゃあっ」
乱暴に寝かされた蘭花は、混乱しながらも、すかさず身体を起こした。しかし、寝台に上がってきた軒虎に手首をつかまれ、布団の上に縫い付けられてしまう。それでも足をばたばたと動かして抵抗したが、股の間に膝が割り込んできて、まったく身動きが取れなくなってしまった。
「や、やめて……お願い……」
蘭花は全身から血の気が引いていくのを感じ、全身をガクガクと震わせながら懇願する。
「……そんなそそる
クックッと笑った軒虎は、蘭花の両手を片手で押さえ込み、深衣の合わせ目に手を掛けた。
「いやっ! やめてよ! 後生だからぁ……っ」
髪を振り乱して懇願するも虚しく、グイッと
「ふーん。ガキのくせに結構なモノを持ってるじゃないか」
軒虎は感心したようにつぶやくと、蘭花の首元に顔を近づけ、雪のように白い肌に吸い付いた。
ちゅっちゅっと肌に吸い付く音を聞きながら、蘭花は呆然と涙を流す。
(……たすけて)
蘭花が無抵抗なのをいいことに、軒虎の愛撫が大胆なものになってくる。
(明杰……たすけて……っ)
ついに蘭花の胸へと、軒虎の手が伸びたとき――
大きな音を立てて、部屋の扉が開いた。