千春は91歳になった。
妻のさくらは6年前に老衰で他界した。
娘の愛は、製薬会社の社長を継いで、婿養子を取り、3人の子を授かった。
孫3人に囲まれ、千春は幸せな日々を送っていた。
「あれ、おじいちゃん、どこにいくの?」
出かけようとする千春に孫の一人が話しかける。
「おばあちゃんのお墓に顔を見せに行ってくるよ。あと彼氏に会いに行くんだ」
「彼氏ってなに?おじいちゃんおもしろーい」
孫はけたけたと笑った。
お墓につくと、まず、さくらの墓に大福と桜の花を手向けた。
さくらは今日も笑っているような気がした。
「ありがとう」千春は呟いた。
そして、その後、暁の墓に向かった。
墓には、暁 享年17、と書かれており、墓は雑草でぼうぼうになっていた。
千春はゆっくりと雑草を抜き始めた。
年老いた体は、それだけで息切れてくる。
大方雑草を抜くと、さくらと同じように、大福と桜の花を手向けた。
そして、老人は目を閉じた。
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千春は眼を開けた。
とても幸せな長い夢を見ていたような気がする。
千春は自分の手のひらを凝と見た。
若く、張りのある肌は、老人のものとは違う。
でも、この手は本当に自分のものなのだろうか。
どちらが自分なのか、わからなくなる。
老人が、今の千春の夢を見ているのか。
それとも今の千春が老人の夢を見ていたのか。
その2つは、区別があっても、絶対的な違いはないと思えた。
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その日、俺は暁の家に泊まり込みで遊びに行った。 暁の母親が出迎えてくれた。暁の親は、片親で母親は水商売をしていた。派手な人で、暁に似て目が透き通っていて、すべてを見通すような瞳をしていた。千春が菓子折りを渡すと、「気を遣わなくてもいいのに」と笑った。
晩御飯はすき焼きだっだ。
新鮮な卵を小さな器に入れ、ほぐす。すき焼きは、いわゆるお鍋のようにグツグツ煮込むものではなく、肉や具材そのものをそれぞれの絶妙な加熱加減で楽しむもの。具材を一気に鍋に入れてしまわず、1段階目はねぎをまず焼き、砂糖を下に引いて肉を絡めながら焼く。割り下を注ぎ、2段階目はほかの具材を楽しむ。
それが、暁の家のすき焼きのルールだった。
すき焼きをあまり食べたことのない千春には新鮮だった。
「千春の口に合うかわからないけど。でもこれでもいつもよりは高い肉なんだよ。母さん、千春来るから、奮発したみたい」
東雲という暁の妹も一緒に鍋をつついた。 小学生にしては、色っぽい子だった。 でも千春に緊張しているのか終始無口だった。
「東雲、千春かっこよくて照れてるみたい」
肉を千春によそいながら、暁は笑った。
晩御飯がすんで、暁の母親が店に出勤していなくなった。居間では、東雲がクレヨンで何か書いていた。 太陽だった。
「東雲、なんで太陽黄色くかくの?太陽って赤じゃない?」
「お外でみる太陽は、黄色いもん」
東雲がクレヨンをぐりぐりしながら太陽を描いている。
「外で見るのは黄色いかも。惑星自体は赤いのかもしれないけど」
東雲がしょんぼりしたような顔で、暁に問いかけた。
「暁お兄ちゃんも、離婚して別に暮らしてるお兄ちゃんも太陽の名前なのに、なんで東雲は雲なの?お父さんが違うから?」
泣きそうだった。千春が口を挟んだ。
「東雲も太陽だ。太陽の名前だよ」
東雲は満足したようだ
寝る時間になって、暁の部屋で2つの布団をひいて横になった。
「人の家の布団って、不思議なにおいがする」 千春がそういうと、
「俺はべつになにもにおいしないけどね」
暁も布団のにおいを嗅いだ。
「-千春は俺と同じにおいがしたよ」
前も言ってたけど、どういう意味なんだろう。
「ふーん」
千春はそのまま眠った
明け方、千春が目を覚ますと、暁は起きていて、じっと天窓の方を見ていた。
「暁、ねないのか?」
「千春、暁の空だよ。俺と同じ名前の。この時間帯、すきなんだ」
窓の外を、指をさしてそう言った。 千春は空を見た。まだ暗くて、うっすら明るくなっている空が、懐かしいような気がした。
「千春はそのまま目を覚まさないと思った。春眠、暁を覚えず、だから」
暁が笑った。その笑い方が、どこかに消えてしまいそうでー
(今、言わないとー)
友達が突然いなくなってしまうかもしれないことがあることを、千春は覚えている。
「あの…暁」
言葉がうまく出てこなかった。暁は黙って聞いてた。
「…お前は自分の事道化って言ったけど、俺はそれに助けられた。でも…つらかったら言ってくれ」
ずっと言いたかったことを吐き出した。うまく伝えられなかったかもしれない。
「ありがと、千春。…その言葉、嬉しいな」
「千春はかわいいね。そっちの布団行ってもいい?」
「断る」