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第13話

千春は91歳になった。

妻のさくらは6年前に老衰で他界した。

娘の愛は、製薬会社の社長を継いで、婿養子を取り、3人の子を授かった。

孫3人に囲まれ、千春は幸せな日々を送っていた。


「あれ、おじいちゃん、どこにいくの?」

出かけようとする千春に孫の一人が話しかける。


「おばあちゃんのお墓に顔を見せに行ってくるよ。あと彼氏に会いに行くんだ」

「彼氏ってなに?おじいちゃんおもしろーい」

孫はけたけたと笑った。



お墓につくと、まず、さくらの墓に大福と桜の花を手向けた。

さくらは今日も笑っているような気がした。

「ありがとう」千春は呟いた。


そして、その後、暁の墓に向かった。

墓には、暁 享年17、と書かれており、墓は雑草でぼうぼうになっていた。

千春はゆっくりと雑草を抜き始めた。

年老いた体は、それだけで息切れてくる。

大方雑草を抜くと、さくらと同じように、大福と桜の花を手向けた。

そして、老人は目を閉じた。

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千春は眼を開けた。

とても幸せな長い夢を見ていたような気がする。

千春は自分の手のひらを凝と見た。

若く、張りのある肌は、老人のものとは違う。

でも、この手は本当に自分のものなのだろうか。

どちらが自分なのか、わからなくなる。

老人が、今の千春の夢を見ているのか。

それとも今の千春が老人の夢を見ていたのか。

その2つは、区別があっても、絶対的な違いはないと思えた。

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その日、俺は暁の家に泊まり込みで遊びに行った。 暁の母親が出迎えてくれた。暁の親は、片親で母親は水商売をしていた。派手な人で、暁に似て目が透き通っていて、すべてを見通すような瞳をしていた。千春が菓子折りを渡すと、「気を遣わなくてもいいのに」と笑った。

晩御飯はすき焼きだっだ。

新鮮な卵を小さな器に入れ、ほぐす。すき焼きは、いわゆるお鍋のようにグツグツ煮込むものではなく、肉や具材そのものをそれぞれの絶妙な加熱加減で楽しむもの。具材を一気に鍋に入れてしまわず、1段階目はねぎをまず焼き、砂糖を下に引いて肉を絡めながら焼く。割り下を注ぎ、2段階目はほかの具材を楽しむ。

それが、暁の家のすき焼きのルールだった。

すき焼きをあまり食べたことのない千春には新鮮だった。


「千春の口に合うかわからないけど。でもこれでもいつもよりは高い肉なんだよ。母さん、千春来るから、奮発したみたい」

東雲という暁の妹も一緒に鍋をつついた。 小学生にしては、色っぽい子だった。 でも千春に緊張しているのか終始無口だった。

「東雲、千春かっこよくて照れてるみたい」

肉を千春によそいながら、暁は笑った。

晩御飯がすんで、暁の母親が店に出勤していなくなった。居間では、東雲がクレヨンで何か書いていた。 太陽だった。

「東雲、なんで太陽黄色くかくの?太陽って赤じゃない?」

「お外でみる太陽は、黄色いもん」

東雲がクレヨンをぐりぐりしながら太陽を描いている。

「外で見るのは黄色いかも。惑星自体は赤いのかもしれないけど」

東雲がしょんぼりしたような顔で、暁に問いかけた。

「暁お兄ちゃんも、離婚して別に暮らしてるお兄ちゃんも太陽の名前なのに、なんで東雲は雲なの?お父さんが違うから?」

泣きそうだった。千春が口を挟んだ。

「東雲も太陽だ。太陽の名前だよ」

東雲は満足したようだ

寝る時間になって、暁の部屋で2つの布団をひいて横になった。

「人の家の布団って、不思議なにおいがする」 千春がそういうと、

「俺はべつになにもにおいしないけどね」

暁も布団のにおいを嗅いだ。

「-千春は俺と同じにおいがしたよ」

前も言ってたけど、どういう意味なんだろう。

「ふーん」

千春はそのまま眠った


明け方、千春が目を覚ますと、暁は起きていて、じっと天窓の方を見ていた。

「暁、ねないのか?」

「千春、暁の空だよ。俺と同じ名前の。この時間帯、すきなんだ」

窓の外を、指をさしてそう言った。 千春は空を見た。まだ暗くて、うっすら明るくなっている空が、懐かしいような気がした。

「千春はそのまま目を覚まさないと思った。春眠、暁を覚えず、だから」

暁が笑った。その笑い方が、どこかに消えてしまいそうでー

(今、言わないとー)

友達が突然いなくなってしまうかもしれないことがあることを、千春は覚えている。

「あの…暁」

言葉がうまく出てこなかった。暁は黙って聞いてた。

「…お前は自分の事道化って言ったけど、俺はそれに助けられた。でも…つらかったら言ってくれ」

ずっと言いたかったことを吐き出した。うまく伝えられなかったかもしれない。

「ありがと、千春。…その言葉、嬉しいな」


「千春はかわいいね。そっちの布団行ってもいい?」

「断る」


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