千春は、美雪をさくらに紹介してみようと思った。
僕の秘密。僕たちの秘密ーーーーーーーーーーーーーー
「さくら、紹介するよ。僕の大切な人」 美雪を抱き寄せながら、千春は言った。
「千春、なに…いってるの?」
「千春、よくわからないけど、千春は別に好きな人がいるの?」 さくらは泣き出した。
さくらは走り出して、去っていった。 千春はバツの悪い顔になった。 心が、罪悪感でいっぱいになった。 自分で美雪を紹介したのに。 そして、とても悲しかった。
千春は、心細くなってきた。 悲しいという感情は久しぶりだった。
最後に感じたのはー そう…ーーーが―ーーーの時だった。
目の前の美雪がにっこりと笑った。 千尋は喘ぐように、 「姉さん…姉さんはどこにも行かない?」と 子供のようにつぶやいた。
学校が終わり、日向のベンツの前に行くと、父がいた。
「理事会の集まりで学校に来ていたんだが、帰りは一緒に車に乗らせてもらおう」
いつもの乗り心地の良い車の中に緊張が走る。
「帰りに鰻でも食べていかんか」
父は上機嫌だった。
「旦那様、学校の帰りの寄り道は禁止されています」 陽向が云うと、
「何、大丈夫だ。先生方も多めに見てくれるさ。いくらあの学校に寄付したとおもっている」と高らかに大笑いした。
千春の父は有名な製薬会社の社長だった。千春は所謂ボンボンだった。
「松丞亭がいいだろう。春の鰻だが、あそこは旨い。なにせ老舗だ」
美雪は居眠りをしていた。千春は思わず、「姉さん」といった。
その一言が、父を怒らせた。上機嫌だった顔は、ぴくぴくと震え、怒りで息遣いが荒くなった。 陽向は天を仰いで目をつぶった。 俺は失態をおかしたのだーーーー
俺の母親は、明るくてかわいらしい人だった。 オシャレが好きで、宝石をいくつも並べては、にこにこしていた。よく友達と出かける母親を、父は良く思っていなかったが、
「私が楽しい気分でいると、千春にも伝染するでしょ?だから私は楽しい気分でいるの」と笑った。
でも俺と美雪の関係では、どうしていいかわからず、泣いていた。俺は親不孝者だと思う。 泣き出しては、「千春は病院に連れて行く!」と言うのが口癖だった。