ーーーーーーーーーー僕には感情がないーーーーーーーーーーー
さくら舞う春の日、主人公千春は、姉美雪と、運転手陽向の運転する車に乗っていた。
「千春…」千春の頬に白い手で触れる美雪。
「姉さん…」
運転手陽向は、顔を曇らせた。
僕には感情がない。
「あの日」すべて捨ててしまった。
陽向の運転する黒いベンツが学校に着いた。排気口から煙が出ている。車は陽向がこまめにピカピカに磨いているが、容赦なく桜の花びらが車にくっついていた。
車から降り、美雪と別れ、ふと、裏庭の桜の木に吸い寄せられるように足を運ぶ千春。
美しい桜の花だ。ソメイヨシノという種類で、淡い桃色の花が、煌々と絢爛に咲いていた。春の陽気をあびて、幸せそうに咲き誇っている。そして、桜の花から零れた花びらが、美しく舞っている。
そんな美しい情景を見ても、なにも感情がわかない千春。
いつまでそこにいたのだろうか。いつしか、眠りについてしまった。
眠りから覚めると、千春に桜の花びらを頭の上から降らせてている女の子がいた。
「何…してる?」
「寝顔が寂しそうだったからつい」
「俺は…寂しくなんかない」
「私の名前はさくら。あなたは?」
「………」
「あなたの名前なんていうの?」
「……千春」
桜のペースに乗せられる千春。
「ねぇ、桜の花はもとは白い花だったんだって。でもどうしてピンク色になったか知ってる?」
「桜の木の下に死体があって、その血を吸い取ってるって聞いたことあるけど」
「ちがうよ。桜は、恋をしたんだよ」
「照れちゃったんだよ、きっと」
「それは…乙女チックな妄想だな」
「桜は、春に恋してるの。私ね、北海道にいたことがあるの。北海道の春は遅くてね。春に恋したさくらは春を追って日本中を旅するの」
「北海道は冬の寒さが厳しいから。一番最後に来てくれる…」
さくらは、また、桜のはなびらを手ですくって降らせる。
「この降り注ぐのは、愛だよ」
場面が切り替わる。車の中の中。
「…っていう変な女に会った」
千春が,うんざりしたように呟いた。
運転手陽向は、くすくすと笑い、「いいじゃないですか。可愛くて。そしたら、お花見って結婚式みたいですね。皆で集まって、ごちそうと、お酒飲んで…祝ってるみたいで」
「お前まで、そうゆう事をいう…。大体、花見なんて花見てるやついないじゃないか。そんな結婚式嫌だろ」
「そうですね。想像力が足りませんね」
「そんな現実みせないでくれ」
「はは、僕は大人ですから。…現実が一番大事です」
少し寂しそうに、陽向は言った。
美雪は微笑んでいた。