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第7話

「じゃぁ、堂河内くんが魔法を使えるってことを知ってるのは、僕くらい?」


 訊ねると、堂河内くんは「そうですね」と頷いて、

「それと、友達が数人。本当に数えられるほどです。友達にも口止めをお願いしています。僕は魔法使いになるつもりはないし、よほどのことがない限り、今後も魔法を使う気はありませんから」


「そっか……」


「はい」


 それからしばらく、僕らは黙りこくったまま、ぼんやりとバラの咲き乱れる庭を眺めていた。


 陽は傾き、空が次第に橙色から藤色へと変わっていく。カラスの鳴き声がどこからともなく聞こえ、遠くの方からは十八時になったことを知らせる時報が小さく鳴っていた。


 そろそろ、帰ったほうがよさそうだ。


「ありがとう。また、話を聞きに来ていいかな」


「いいですよ」

 と堂河内くんは返事して、

「と言って、いつも僕がいるとは限りませんけど。基本的には、真帆ねぇとバイトの那由他茜って方が店をやっているので。もし僕に用事があれば、表通りの方、楸古書店の方に声を掛けて下さい」


 そこでふと、僕はその楸古書店の方で出会ったおじさんのことを思い出し、

「そういえば、あっちのお店で閉店作業してたおじさんも、もしかして魔法使いだったりするの?」


 その問いに、堂河内くんはポットとカップを片付けていた手を止めて、僕に顔を向け、

「いえ、あの人は違いますよ。時々手伝ってもらっているだけで、魔法は使えないです。真帆ねぇとずっと付き合っている彼氏さんですね。僕が生まれるちょっと前から付き合っているらしいので、もう二十年近いんじゃないかなぁ」


「に、二十年?」


 それは、あまりにも長いんじゃぁ――


「結婚とかはしないの? それくらい長かったら、さすがにって思っちゃうけど」


「シモハライさんがプロポーズしてるのは、しょっちゅう見てますよ」


「じゃぁ、真帆さんには結婚する気がない……?」


 それはそれで、あのおじさんが可哀そうだ。ずっとプロポーズしているのに、断り続けられるだなんて。


 ……いや、でも待てよ?


 それでも別れてないってのは、どういうことだ?


 わからない。大人には大人の事情があるってことか?


 首を傾げて考える僕に、堂河内くんは笑いながら、

「真帆ねぇ曰く、結婚したらもうプロポーズしてもらえなくなるから、あえて断っているんだそうですよ」


「なんだそりゃ」


 そこまで大した理由じゃなくて、僕は肩透かしを食らったような気分だった。


「ね? 本当、しょうもない理由だと僕も思ってます。けど、それが真帆ねぇらしいところなんですけどね」


「しょうもない理由で悪かったですねー」


 突然割って入ってきたその声に、僕は思わず「わっ!」と声をあげてしまった。


 見れば、どこから出てきたのだろう、一人の若い女性が四阿の傍らに立っていて、

「――カケルくんのお友達ですか?」

 問われて、僕はどう答えたら良いのか一瞬迷う。


 少なくとも、今日会ったばかりだから、友達ではない。


 といって、お店に来たお客さん、というわけでもない。


 ただ名刺を拾って、ふらふら歩いていたらたどり着いてしまっただけ。


 この場合、果たして僕は……?


 逡巡する僕に、堂河内くんは「うん」と答えて、

「宮野首守くん。ついさっき知り合った友達だよ。ちょっと色々話してたんだ」


「……私のことを?」


 胡乱な目で訊ねてくる真帆さんに、

「真帆ねぇと、シモハライさんのことを。なかなか結婚しないんだよねって」


「……いいじゃないですか別に」

 真帆さんはふんっと鼻を鳴らしながら、

「私とシモフツくんは、結婚なんてしなくても仲良しなんですから!」


「あぁ、はいはい。まぁ、人それぞれだよね」


「そうです、人それぞれです。別にこれからもこのままでいいんです、私たちは!」


「――いやいや、俺は結婚したいんだが?」

 と、更に古書店の方の扉が開き、そのシモハライさんが顔を出す。


 先程店先で会ったときは私服だったけれど、今はなぜかスーツを着ている。


 シモハライさんはちょっと呆れたような表情でこちらまで歩いてくると、

「ほんと、そろそろプロポーズを受けてほしいんだけど?」


「ほら、シモハライさんもこう言ってるけど、どうなの? 真帆ねぇ」


「だ、だって、結婚したらもうプロポーズしてくれないじゃないですか!」


「そんなことないって。結婚してからもするよ」


「結婚してからのプロポーズなんて、プロポーズとは言えません!」


「なんでそんなにプロポーズされたいんだよ、真帆ねぇ。もう散々してもらったでしょ?」


「これからもずっとして欲しいんです!」


「なんだ、そのわがままは」


「わがままで結構! そんなの、今に始まったことじゃないじゃないですか!」


「いや、まぁ、そうなんだけど」


「シモハライさん、それ認めちゃダメ」


「え、そう?」


 堂河内くん、真帆さん、そしてシモハライさんの三人は、僕の目の前で延々と何とも言えない言い争いを始める。


 ……いや、こんなのは言い争いでも何でもない。


 たぶん、これがこの人たちの日常なのだ。


 ついさっきまで魔法が使えて凄いなぁ、なんか特殊な人たちだなぁ、なんて漠然と感じていたのだけれど、こうして三人の姿を見ているとなんのことはない。


 彼らもまた、ただの普通の人間なのだ。


 ただちょっと、魔法が使えるってだけの話で。


「……なんか、すみません、騒がしくなっちゃって」


 申し訳なさそうに頭を下げてくる堂河内くんに、僕は「ううん」と首を振りながら、

「別に、気にしないで。いいよね、なんか、こういうの」


「……はい」


 答えて、堂河内くんはまだ言い合いっている真帆さんとシモハライさんに顔を向けて――ふと、僕は気づく。


 なんか、似ている。


 堂河内くんの顔が、姿が、真帆さんとシモハライさんのそれによく似ているのだ。


 真帆さんとは親戚だから似ていてもわかるとして、シモハライさんとも似て見えるのは、どういうわけだろうか。


 たまたま、偶然、それとも――?


「あのさ、堂河内くん」


「はい?」


 こちらに顔を向けるその輪郭や雰囲気は真帆さんに、少し太めの眉は間違いなくシモハライさんにそれぞれ似ていて。


「もしかして、だけど、堂河内くんって……」


 これはただのあてずっぽう。


 何の根拠もないし、初対面で受けた印象の話をしているだけ。


 それでも僕は、その可能性を考えてしまう。


 けれど、堂河内くんはそれ以上先を言わせてくれなかった。


 まるで衣服のチャックを閉めるかのように、彼は僕の口の前で指で宙をつまむような仕草をすると、真一文字に線をを引く。


 その瞬間、僕の口は開かなくなって。


 新たに見せられたその魔法に驚きの表情を浮かべてしまう僕に対して、堂河内くんはその口元に人差し指を立てながら、

「――その話は、また今度」

 にっと笑って、そう言った。


 僕はその仕草に思わず見惚れ、そしてこくりと頷いて。


 その瞬間、再び口の自由を得た。


「……今のも魔法?」


 小声で訊ねると、堂河内くんは、

「……僕もいま、初めて使いました。使っておきながら、ほんとびっくり」


「なんだそれ」


「――ね?」


 僕らは笑いあい、そんな僕らに、真帆さんは口を尖らせながら、

「何ふたりで笑ってるんですか! 失礼な!」


「ごめんごめん」

 反省するような素振りもなく謝る堂河内くん。


 それに対して、「もうっ!」と腰に手を当てる真帆さん。


 肩をすくめて苦笑するシモハライさん。


 そんな彼らに、僕は、

「――じゃぁ、そろそろ帰りますね」


「あ、はい。ぜひまた来てくださいね」

 真帆さんは言って微笑みを浮かべる。


「気を付けて帰れよ」

 と言ったのはシモハライさんだ。


「じゃぁ、行きましょうか」

 堂河内くんはそう口にして、何故か魔法堂の方に足を進める。


 ……あれ? 口ぶりからして、てっきり見送ってくれるんだとばかり思ったんだけど。


 よくわからないまま、僕が古書店側に足を向けたところで、

「あ、そっちじゃないです。こっちです」

 堂河内くんに引き留められる。


「え? でも、僕が来たのはこっちのお店からで――」


 すると堂河内くんはちらりと真帆さんたちの方に視線を向ける。


 真帆さんはその視線に気づき、

「――あぁ、なるほど。そういうことですか」

 とひとりうんうん頷いた。


 なんだろう、何が何だかさっぱりわからない。


 首を傾げる僕に、堂河内くんは、

「実はすでに、宮野首くんは魔法の中にいるんです」


「……はい? 僕がすでに、魔法の中にいる……?」


 なんだって? それ、どういうこと? いったい、いつから?


 そんな僕に、堂河内くんはくすりと笑みを浮かべながら、



「実はですね――」

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