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第4話

 僕は唖然としながら目を丸くし、堂河内くんの方に顔を向けた。


 彼は慌てたように辺りを見回し、カウンターの奥の方に置かれたホウキと塵取りを持ってくると、

「すみません、こんなことになるとは思わなくて――」

 といそいそと辺りに散った欠片を掃き集めていった。


 僕もそれにつられて彼のもとまで小走りに駆け寄ると、塵取りには入らないようなガラクタと化したそれを抱え上げる。


「あ、ありがとうございます」


 礼を口にする彼に、僕は首を横に振ると、

「初めて見たよ、魔法なんて。まさか本当にあるとは思わなかった」


「信じてもらえましたか?」


「うん、信じる」


 ここまで派手な魔法を目にしてしまったのだから、もう二度と「信じない」なんてことは言えないだろう。


「ってことは、やっぱり君も魔女……いや、魔法使いってことか」


 その言葉に、堂河内くんは眉間にしわを寄せつつ、

「……いえ、僕は、違うんです」


「違う?」


「はい」

 と彼は一つ頷いた。


「違うって、でも、今、魔法を使ってたじゃないか。それ、どういうこと?」


 すると彼は小さくため息を吐いてから、

「僕は――魔法が使えるだけで、魔法使いじゃありません。誰からもその技術を教えてもらっていませんし、その……誰にもこの力のことを話してはいないので」


「誰にも?」


「はい、誰にも。真帆ねぇにも、バイトの人にも。両親や友達にも言ってはいません」


 意味が解らなかった。魔法のお店――『魔法百貨堂』というくらいだから、当然店主である真帆さんとやらも魔法が使える魔女なのだろう。その親戚の子である堂河内くんが魔法を使えたとして、何もおかしいことはないはずだ。小説や漫画でだってよくそういう設定があるじゃないか。魔女の血筋とか何とか、そういうのが。それなのに、どうして身内にまで秘密にしておく必要があるのだろうか?


「なので、今、僕が魔法を使ったことは、決して誰にも言わないでほしいんです」


「それは……別にいいけど」


「すみません、ありがとうございます」


 彼は言って、ホウキと塵取りを収めに行った。それからほどなくして戻ってくると、僕がまだ抱えたままのガラクタを受け取り、いそいそと店の奥へと運んでいく。


 そんな彼を見ながら、僕は何とも言えない気分で首を傾げた。


 魔女の経営する魔法の店で、魔法を使えるというのに、それを秘密にしている一人の少年。何か理由があるのだろうけれど、それはいったいどんな理由なのだろうか。聞いて答えてくれるようなことなのだろうか。もし次に書く小説のネタになるようなことなら……いや、勝手にネタとして使うのもどうだろうか。やはり拙いだろうなぁ。


 そんなことを考えていると、

「お待たせしました」

 と奥から堂河内くんが戻ってきた。


「それで、えっと――すみません。そういえば、まだお名前を訊いてませんでしたね」


 あぁ、と僕は口にして、

「僕の名前は宮野首守」


「ミヤノクビ……?」

 口にして、彼はわずかに首を傾げて、

「もしかして、小説を書いていたりしませんか?」


 その問いに、僕は思わず目を見張る。


「え、なんでそれを?」


 もしかして、魔法か何かで?


「あぁ、やっぱり」

 堂河内くんは微笑み、そして小さく頷いた。

「もしかして、相談も小説について?」


「ん、いや、そういうわけでもないんだけど……」

 そこで僕は、ポケットに収めていた名刺を取り出しながら、

「さっき、たまたま道端でこれを拾ってさ。なんか面白そうな店の名前だから、行ってみたいなって思ってたら、いつの間にか楸古書店の前を歩いていたんだ。そしたら、閉店作業をしていた古書店の人に声をかけられて、戸惑っているうちに奥へと案内されて。だから、特に何か相談することがあるわけじゃないんだよね。偶然、入ってきちゃったって感じかな」


 すると堂河内くんは少し考えるような仕草を見せてから、

「なるほど。そういうことだったんですね」

 と、うんうん頷き、店の入り口に鎮座する大きな柱時計に眼を向ける。


「もしかして、もう閉店時間? ごめん、邪魔しちゃって」


「あぁ、いえ。気にしないでください」

 堂河内くんは首を横に振って、

「そうですね。今日はもう、お客さんも来ないでしょうし、もしこの店が小説のネタになるのなら、ゆっくりしていってください。お茶でもいかがですか?」


「え? いいの? 小説のネタになんかして。こういうのって、秘密にしておかないといけない、みたいなイメージがあるんだけど」


「それ、小説や漫画の中だけの話ですよ。実際に他人に『魔法はあるんだ』って言ったところで、普通は誰も信じてはくれませんから。宮野首さんもそうだったでしょう? なので、気にせず小説のネタにしてください」


 確かに、その通りなのだけれども。


「本当にいいの?」


「はい。何なら、僕の知る限りのこと、お話ししましょうか?」


「あぁ、それ面白そう。ぜひお願いします」


 僕の返答に、堂河内くんはにっこりと微笑んで、

「じゃぁ、お茶を淹れてくるので、少し待っていてください」


 そう言い残して、店の奥へと姿を消した。

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