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パソコンを前にして、僕は両腕を組み、うんうん唸り続けていた。
もとから文才なんて感じたことはなかった。けれど、胸の内から溢れ出る物語を書きたいという欲求には抗えず、拙いながらも自分が読みたいと思う作品を、小学生のころから高校生になるまでのこの十年間、ずっと書き続けていた。
今もこうして、次に主人公を待ち受けている展開について考えを巡らせているが、書いては消して書いては消してを延々と繰り返しており、なかなか書き進められていなかった。
ついに才能が(あるなら)枯渇してしまったか! と嘆いたりなんかはしていなかったけれど、次に応募するつもりだった小説賞の締め切りが数日後に迫っている中で、それまで書いていた異世界転生ものが行き詰ってしまい、代わりに現代ファンタジーを一から書き始めたのが、そもそもの間違いだったような気がしてならなかった。
異世界転生というと最早ジャンルとしては一般的になりつつあり、本屋に行けばそのジャンルだけでまとめられた棚がいくつもあるほど世に作品があふれている。そんな中で、それらの作品に埋もれないよう、特異な作品を書こうと思えば思うほど変に気負ってしまい、何が正解なのかわからず、結局異世界転生ものをやめて、別のジャンルで勝負することを選んでしまったのだ。
こんなことなら、異世界転生を書き続けていても大して変わらなかったな、と思いながら、僕は深い溜息を吐いた。
学校の文芸部にも「賞の締め切りが近いから、家で静かに書きたいんだ」と言ってしばらく顔を出していなかったし、この一週間ほどは学校から帰っても遊びに出たりもしていなかった。背筋を伸ばせば腰や肩の骨がボキボキ鳴るし、座りっぱなしで尾てい骨が微妙に痛い。相当血流も悪くなっていることだろう。休み休み書いているつもりだったけれど、気が付くと一時間も二時間も椅子に座りっぱなしになっているのだから当たり前だ。
時折部屋までやってくる母親にも「そんなに根詰めてやらなくても」と言われるけれど、僕の将来の夢はあくまで作家になる事だ。もし職業作家になったとしたら、きっと今以上にパソコンの前に張り付いていなくてはならなくなるだろう。
だからこれは、そんな将来に向けての鍛錬でもあるのだ。
そう思いながら、僕はこれまでずっと頑張ってきたつもりだった。
才能の無さは気合でカバー、そういうことだ。
この賞を何とか乗り切ったら、今度は高校の文化祭で出す部誌用の作品作りが待っている。その先には更に別の小説賞の締め切りが待っていて、僕の今後の予定表は、何がしかの締め切りばかりでなかなかにハードだった。これに加えて苦手な授業の課題やテスト勉強、来年の大学(あるいは専門学校)受験に向けての勉強もあるのだから、小説の執筆ばかりに時間をかけ過ぎるわけにもいかない。
僕はそこから更に一行、二行、三行、と書き進めたが、結局そのうち二行を消してしまった。
三歩進んで二歩下がる、とはよく言うけれど、残ったその一行すらもやっぱりやめよう、と消してしまうのだから、時間を浪費したばかりか、むしろ後退しただけだったような気がしてならなかった。
こんなことじゃいけない。けれど、完全に煮詰まってしまってどうすることもできない。と言って頭の中は小説のことでいっぱいで、とても勉強できそうな状態でもなかった。しかし、このままパソコンと睨めっこを続けたところで、とても良い案が浮かんできそうな気もしないし、いよいよ僕の頭は思考停止してしまったようだった。
ここらやっぱり、いったん休んで頭の中をクリアにした方がいいかも知れない。母さんの言う通り、あまり根を詰めすぎず、リフレッシュした方が良さそうだ。
僕は一度執筆データを保存するとノートパソコンを閉じ、母親に出かける旨を告げて、赤く染まる夕空の下、涼しい風に吹かれながら、てくてくと散歩に出かけたのだった。