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その作業は想像していたよりも大変で、けれど思ったよりも時間はそんなにかからなかった。
妖怪たちは、姿こそ私たちと違うけれど、ちゃんと話も通じるし、お互いに声を掛け合って協力するところも人間と何一つ変わらなかった。そのおかげだろうか、最初こそ恐る恐る作業に交じっていたわたしだったけれど、作業が終わるころにはそれまで抱いていた驚きや恐怖なんてものはまったくなくなっていて、
「は~い! ご苦労様でした! これで作業は終了で~す!」
という真帆さんの声に、わたしも妖怪たちに交じって、
「やったー! 終わったー!」
と声を大にして叫んでいた。
暑い夏の夜ということもあって、わたしの服は汗でぐしょぐしょになっていた。
わたしのすぐ隣では、堂河内くんも額の汗をぬぐっている。
「お疲れさま。大丈夫?」
堂河内くんに声をかけられて、わたしは思わず苦笑いしながら、
「久しぶりにこんなに動いて、汗びっしょり!」
そこに一匹|(一人?)のわたしの腰くらいまでの高さしかない二足歩行のタヌキがやってきて、
「はい、お疲れさん。これで汗拭きなさいな」
そういって、わたしたちに手ぬぐいを差し出した。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
わたしはそれを受け取り、身体中の汗を拭いていった。あっという間に手ぬぐいは全身の汗を吸い取り、なんとなくすっきりした気分になる。
辺りを見回せば、同じように妖怪たちも汗を拭いていたり、水を飲んでいたり、川に飛び込んで遊んでいたり――それぞれがおしゃべりしながら休んでいる。
工事現場はぱっと見何も変わっていないように見えるが、所々木々や岩の位置、配管か何かの位置を(力尽くで)修正している。これで本当に問題ないのだろうか。
「本当に、こんなことして大丈夫だったの?」
堂河内くんに訊ねると、
「さぁ?」
と首を傾げる。
「さぁって」
「真帆ねぇが言うんだから、大丈夫なんじゃないかな。こういうの誤魔化すのが得意だからね、真帆ねぇは」
「へぇ」
わたしは口にしてから、
「魔法で?」
「そう、魔法で、です」
返事をしたのは、いつの間にかわたしたちの後ろに降り立っていた真帆さんだった。
真帆さんは一人汗もかかずに立たずんでおり|(まぁ、空の上から指示を出していただけだし当たり前か)、満面の笑みを浮かべながら、
「ありがとうございます、タクミさん。お疲れさまでした」
「あ、いえ……」
わたしは首を横に振ってから、
「これで、終わりですか?」
すると真帆さんは、どこからともなく一枚の古そうな鏡|(神社に祀ってありそうなやつだ)を取り出して、
「あともう一つ、やることがあります」
そういって、人差し指で夜空を指した。
「え?」
釣られて夜空を見上げてみれば、そこではぐにゃりぐにゃりと形を変える月があって、
「――月が、変」
「はい。まだこの町の空には魔力が充満しているんです。あれをどうにかしなければなりません」
「どうにかって……どうするんですか?」
すると真帆さんはふふん、と鼻を鳴らしてから、
「これを、こうするんです」
すっと手にした鏡の鏡面を夜空に掲げた瞬間、わたしは目を見開いた。
それまでぐにゃぐにゃと不安定だった月が、突如虹色の強い光を放ったかと思うと、まるで何匹もの龍が絡み合いながらこちらに向かってくるかのようにうねり、真帆さんの手にした鏡に向かって、もの凄い勢いで突っ込んできたのである。
虹色の光は一瞬にして真帆さんの手にした鏡面に落ち、真帆さんの身体もまた強い光に包まれた。その長い髪がばさばさと激しく波うち、それを目にしていることすらままならないほどのずんっとした空気を震わせる衝撃があたりを包み込んで――目を開けておくことも出来なくて、わたしはぎゅっと強く瞼を閉じた。
ごうんごうん、しゅるしゅるしゅる……そんな音が長く続き、その間も激しく渦巻く風が私の身体を包み込んでいた。立っていられないほどの強さではないけれど、踏ん張っていないとこけてしまいそうな、ちょっとした台風くらいの風の勢い。
しばらくそんな状況が続いて、やがてようやく風が落ち着いたころ、
「……終わりましたよ、もう目を開けても大丈夫です」
真帆さんの声に恐る恐る瞼を開くと、そこにはバサバサの髪を撫でつけている真帆さんの姿があって、その脇にはあの鏡を抱えていた。
「今のは、いったい」
訊ねると、真帆さんはその鏡をこちらに向けて、
「――この鏡に、魔力を吸い込んでもらったんです。ほら、空を見てみてください」
言われてわたしは堂河内くんと一緒に空を見上げた。
そこには、まるでチェシャ猫のにんまりした口みたいな月が浮かんでいて、わたしは思わず堂河内くんの方に顔を向けた。
堂河内くんは小さく頷き、そんなわたしたちに向かって真帆さんは、
「ね?」
と言って、にっこりと微笑んだ。