焦った、なんてものじゃない。
何が何だかまるでわからなくて、しばらくぽかんと真帆さんの消えた夜空を眺めていることしかできなかった。
人が空を飛んだ。
ホウキで、魔女みたいに。
ありえない。そんなはずない。人が空なんて飛べるわけがない。
そうだ、わたしは夢を見ているのだ。
実はわたしはうっかり寝ちゃってて、現実のわたしは今頃布団の中ですうすう眠っているのに違いないのだ。
わたしははっと我に返り、ぱちんっと両手で頬を叩いた。
「――イタイ」
涙目でつぶやくと、
「……大丈夫?」
堂河内くんが、わたしに顔を向けて小さく言った。
その彼の顔をまじまじと見つめてから、わたしは問う。
「今の、なに?」
「見たまんまだよ」
「いやいやいや、見たまんまって。真帆さん、ホウキで空飛んでったよ? どういうこと? ありえないでしょ? なに? 魔女なの? 真帆さん魔女なの?」
「うん、そう。真帆ねぇ、実は魔女なんだ」
「はぁ?」
何言ってんの、こいつ。
「頭大丈夫? そんなわけないでしょ? 魔女って、そんな、いるはずが」
ない、とは思うものの、今しがたわたしが目にしたあの光景を現実的にどう説明すればいいのか、全然わからなくって。
「わかるよ、普通はそうだよね」
堂河内くんは頷いて、
「でも、これから見る人たちはあんなものじゃない。もしかしたら、目をそむけたくなるかもしれない。見なかったことにしたくなるかもしれない。それでもタクミは一緒に行く? 今ならまだ間に合うよ。行かないって選択肢もありだと思う」
そんなことを言われて、わたしはどうすればいいのか逡巡した。
堂河内くんがしつこく同じようなことを言っているのも、きっと本気でわたしのことを心配してくれているからだと思う。
だったら、わたしは――
でも、本当にそれでいいの?
堂河内くんの言うことを信じるならば、一緒に行くことによってわたしは、真帆さん以上に不思議なものに出会えるかもしれない。見ることができるかもしれない。
真帆さんは、みんな良い人だと言っていた。
堂河内くんも、悪い人たちではないと言っていた。
それはつまり、少なくとも命の危険はないということ。
何かあったとしても、きっと堂河内くんと真帆さんがいるのであれば大丈夫なはず。
それなら、わたしの答えは。
「ううん、行く」
「……いいの? 本当に?」
眉間にしわを寄せる堂河内くんに、わたしは「大丈夫」と頷いた。
「そんなに言われたら、逆に気になって仕方がないし」
「そう。わかった」
堂河内くんは言って、一歩足を踏み出す。
「でも、もし耐えられなくなったらすぐに言ってね」
その言葉に、わたしは精いっぱいの笑顔で、
「ありがとう、堂河内くん」
お礼の言葉を口にした。