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来た道を戻り、階段を下りる。
向かったのは先ほど見降ろしていた工事現場で、その間、堂河内くんは何かを思案するような顔でずっと黙りこくっていた。
わたしはそんな堂河内くんの横顔を見ながら、けれど声をかけることもしなかった。
その表情がとても美しくて、かっこよくて。ドギマギしてしまい、どうしても声をかけることができなかったのだ。
どこまでも響き続けるセミの鳴き声を聞きながら、暑い道を歩き続けること数十分。
わたしたちは汗をだらだらと垂らしながら、ようやく工事現場にたどり着いた。
と、そこに立つひとりの女性の姿に気が付いて、
「……あれ?」
堂河内くんが小さく声を漏らした。
その女性の髪は長く、太陽に照らされたその色は黒にも茶色にも見えた。白い肌はなめらかで美しく、白いタンクトップのシャツに紺色のスカートパンツをはいている。
女性は堂河内くんのその声に気づいたのか、
「あら?」
とこちらに振り向くと、にっこりと微笑みながら、
「翔くん――と、そちらは?」
とわたしに視線を向けてきた。
誰だろう。堂河内くんのことをカケルくんなんて呼ぶからには、知り合いなのは間違いないのだろうけれど。
「この子は僕の幼馴染で、タクミさん」
急に紹介されて、わたしはちょっとあたふたしながら軽く頭を下げて、
「こ、こんにちは」
「こんにちは、タクミさん。私は翔くんの実の母です」
「――えっ」
いやいやいや、何言ってんの、この人。どう考えたってそんなはずがない。
今まで何度も堂河内くんのお母さんには会ったことがあるし、すごく普通の、優しそうなおばさんだった。
こんな二十かそこらにしか見えない人が堂河内くんのお母さんであるわけがない。
「何言ってんの。真帆ねぇ」
堂河内くんは肩を落としながら、
「タクミ、この人は楸真帆。うちの親父のいとこで、今僕はこの人の家にお世話になっているんだ」
「あ、あぁ、そうなんだ……」
「はい、よろしくお願いしますね」
言って真帆さんは、微笑んだまま軽く頭を下げた。
「真帆ねぇの言うことは聞き流してもいいから」
ため息交じりにわたしに言う堂河内くんに、真帆さんはわざとらしく頬を膨らませながら、
「あ、ひどい! なんでそんなこと言うんですか!」
「だって、いつも適当なこと言ってばかりじゃない」
「そんなことありませんよ! わたしはいつも真面目です! 真面目に不真面目やってるだけです」
「なにそれ、懐かしい言葉だね。小さい頃によく読んでたよ」
「私、この言葉が好きなんですよね。やっぱり心にゆとりは必要だと思うんです。真面目腐った生き方よりも、肩の力を抜いてダラダラ生きた方が楽だし楽しいと思いませんか?」
「真帆ねぇはもう少し真面目に生きてもいいと思うよ」
「だから言ってるじゃないですか、真面目に不真面目なんです」
「あぁ、はいはい」
そんなやりとりを横で見ていて、なんて言っていいのかわたしは困った。
堂河内くんのお父さんのいとこってことは、ちょっと遠い親戚ってことなんだよね?
つまり、堂河内くんから見れば、たぶん“おばさん”ってことになるわけで。
ぱっと見は確かによく似ていて、姉と弟って言っても十人中十人が信じてしまうことだろう。
それにしても、やっぱり美人だ。可愛らしい。
それでいて何とも言えない空気をまとっている。
わたしはそんな真帆さんを見ながら、
「……綺麗な人だね」
思わず口にすると、真帆さんは嬉しそうに、
「ありがとうございます、よく言われます。綺麗ですねって」
と悪戯っぽくフフッと笑った。
……自分で言っちゃうんだ。
わたしの隣では、堂河内くんも軽くため息を吐いて呆れていた。