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と言っても、こんな狭い田舎なんて、案内するようなところそんなになかった。
なにより、堂河内くんは一年ちょっと前までこの町で暮らしていたのだから、わざわざ紹介するようなものなんて何一つない。
一年ですっかり様変わり――なんてことも全くないし、せいぜい農道の一部が土剥き出しからアスファルトに変わったくらいか、どこどこのだれだれが家を建て替えたとか、そんなどうでも良い話しかできなかった。
わたしたちはふたり並んで川沿いの歩道を歩いていたけれど、気付くとただ黙って黙々と足を動かすだけになっていた。
何か話題を、何かないか、何かないか、と思うのだけれど、思うだけで全然何にも浮かんでこない。
せめて堂河内くんのほうから話題を振ってくれないだろうか、と考えながら彼の方に顔を向ければ、そこには端正な顔立ちのイケメン美男子の横顔があるばかり。
まじまじとその横顔に見惚れていると、
「――え、なに?」
堂河内くんが眉間に皺を寄せて口を開いた。
「……やっぱり雰囲気、変わったなって」
「そう?」
「うん」
と私は頷いて、
「なんて言うんだろう、大人になったって感じ? あと、こんなにカッコ良かったかなって」
「……初めて言われたよ、そんなこと」
「ええ? マジで? 彼女さんには言われないわけ?」
からかうように訊ねると、堂河内くんは小さくため息を吐きながら、
「彼女――なのか、僕にはよく判らないんだ」
「なにそれ」
よく判らない。どういう意味?
「よく一緒に学校行ったり、休み時間に図書館で会ったり、一緒に帰ったり。休みの日には映画も観に行ったりするんだけど、付き合ってる、と言って良いのかわからないんだ」
「告白は?」
堂河内くんは首を横に振って、
「僕から告白したことはないし、彼女からも告白なんてされたことはないんだ。ただ、気付くと一緒にいる感じ。周りからは付き合ってるんだろう、彼氏彼女の関係なんだろう、とは言われるんだけど」
「堂河内くんは、その人のこと、どう思っているの? 好き?」
そこで堂河内くんは頬を朱に染めながら、
「好き――だと思う。趣味も会うし、一緒にいて楽しい。だけど」
「だけど?」
「彼女が……先輩が僕のことをどう思っているのか、全然解らないんだ」
「ふうん?」
わたしは何となくもやもやした気持ちを抱えながら、それでもそれを表に出さないように努めて、
「――じゃぁ、訊いてみればいいじゃん」
「は?」
少し焦ったように、堂河内くんは目を丸くする。
わたしはそんな堂河内くんに、
「先輩は俺のことどう思ってるんですかって、訊けばいいだけじゃない」
「そ、そんなこと、訊けるわけがないだろ?」
「なんで? 恥ずかしいから?」
「ち、違う、恥ずかしくなんて」
慌てふためくように、堂河内くんは激しくかぶりを振った。
「じゃぁ、なんで訊けないの? ただ訊くだけじゃん」
「そ、それは、そうかも知れないけど」
「ただの友達、可愛い後輩、そんなふうに思われているだけかもしれないってのが、怖いんじゃないの?」
「……」
堂河内くんはそこで口を閉ざし、眉間に皺を寄せた。
しばらく黙ったまま、わたしたちは道を歩いた。
その沈黙がなんだかとても息苦しくて、あぁ、本当に彼はその先輩の事が大好きなんだなって思うと、何だか心が寂しくなって仕方がなかった。
堂河内くんにも、余計なことを言ってしまったかもしれない。
ふたりの間にちょっとしたわだかまりが生まれたような気がして、わたしは、
「ご、ごめんね、変な話をしちゃって。気分悪くしたよね」
「え?」
堂河内くんはそこでふと我に返ったように目を見張り、
「あ、ごめん。違う、そうじゃない」
「違う?」
うん、と堂河内くんは一つ頷き、
「タクミに言われて、ちょっと考えこんじゃったんだ。確かに、僕は怖いんだと思う。先輩にどう思われているのか、不安なんだ。僕は先輩のことが好きだ。けど、先輩も僕のことを好きだと思っているとは限らない。それを確かめるのが怖くて、今まで何も訊けずに、ただ趣味の合う者同士として付き合ってきたんだと思う」
「……そう」
自分で話を振っておきながら、ちくり、と何かが胸に刺さった。
「だから、そうだな。来週、また映画を観に行く予定になってるんだけど、その時に訊いてみようと思う。勇気を出して、僕の気持ちを伝えてみようと思う」
その言葉に、わたしは堂河内くんには聞かれないように小さくため息を吐いてから、
「……うん、そうだね。そうしなよ。案外、先輩も堂河内くんと同じように考えてるかもしれないんだから。もしかしたら、先輩も堂河内くんのことが好きかも知れない」
精一杯の笑顔を彼に向けると、堂河内くんも、
「そうだね。ありがとう、タクミ」
「ううん――」
わたしは小さく、首を横に振ったのだった。