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第2話

   2


 彼――堂河内翔くんと会うのは、一年半ぶりの事だった。


 幼稚園、小学校、中学校とずっと一緒だったけれど、高校入学を機に親戚のおうちに居候しながら通うため、この村みたいな町から離れて、大きな街へと引っ越してしまった裏切り者だ。


 幼馴染とはいえ、そこまで仲が良かったわけでもなければ一緒に遊んだ記憶もあんまりない。


 それでも長い時を学校という狭い空間で一緒に過ごした関係であることに変わりはなく、それなりに互いをよく知っているわけで。


 それにしても、堂河内くん、こんなにカッコよかったっけ……?


 比較的おとなしくて、あんまり目立たない男の子だったような覚えがあるのだけれど、今目の前に座るこの少年は、よくよく見ればすごく整った顔をしていて、どこか中性的で、化粧をすればきっと美人の女の子に早変わりしてしまうに違いない。全体的に垢ぬけた印象だ。きっと、街での暮らしがそうさせたのだ。


「なに? そんなにじろじろ僕のこと見て」


「いや、別に」


 思わず視線を逸らせながら、わたしはアイスの最後のひと口を頬張った。


 ぱりぱりとコーンを咀嚼してそれを飲み込み、

「高校はどう? 楽しい?」


「うん、それなりに」


「それなりって」


 すると堂河内くんは困ったように笑いながら、

「勉強はあまり好きじゃないから」


「友達は? 田舎者って馬鹿にされてない?」


「されてないよ、大丈夫。仲良くしてくれる友達、たくさんいるよ」


「彼女は?」


「えっ」


 そこで堂河内くんが頬を朱に染めるのを、わたしは見逃さなかった。


 何となく心の中でちっと舌打ちをしてやりつつ、

「そっか」

 と何度も頷いて見せてやった。


「タクミは? 隣町の高校でしょ?」


「ま、ね。わたしもそれなり」


「そうか」


 短く答えて、堂河内くんは大きな窓の向こう側、何もない、田んぼや畑ばかりが広がる、つまらない景色をぼんやり見つめる。


 その横顔はとても涼し気で、柔らかくて、長いまつげが時折ぱちぱち、瞬きするたびに可愛らしく小さく動いた。


 たぶん、こんなに間近で堂河内くんの顔を見たことなんて、今まで一度もなかったんじゃないだろうか。


 美少年だ。こうしてまじまじ見てみれば、堂河内くんがいかに美少年であるかがよく解る。


 こんな美少年が幼い頃から身近にいて、十数年も一緒の学校で暮らしていながら気づきもせず、離れた場所へ行ってしまってから今さらのように気付くだなんて。


 こんなに美少年なんだったら、中学校の時にでも告って彼氏にでもしておくんだった……なんてちょっと後悔していると、


「なぁ、タクミ」


 突然、堂河内くんがこちらに顔を向けてきて、わたしは慌てて視線を逸らす。


「な、なによ」


 すると堂河内くんは、小首を傾げながら、

「ここ最近、何か変わったこと、なかった?」


「変わったこと?」


 訊き返すと、堂河内くんは「うん」と頷いて、


「実はこっちに帰省した時、花本から変な話を聞いたんだ」


「花本くんから?」


 花本くんとは、わたしたちと同い年で、やっぱり幼馴染の野球坊主だ。わたしと同じ高校に通っていて、朝夕何が楽しいのか、ひたすら野球に青春を捧げている奇特な男だ。何が楽しいのか、わたしにはさっぱり理解できない。


 堂河内くんはこくりと頷き、

「なんかここ最近、月がおかしいって聞いたんだけど」


「は? 月?」

 わたしは思わず天井を指差し、

「そう、月」

 と堂河内くんも天井を指差した。


「……え? なに? どういうこと? 月は月でしょ? どういう意味?」


「う~ん、なんて言えばいいんだろう」

 堂河内くんは腕を組んで首を傾げ、

「普通さ、月の形って、満ち欠けはあれど、どこで見ても一緒でしょ?」


「そうだね」


「でも、この町で見る月の形が、普通の満ち欠けと違うんだって言ってたんだ」


「は? どういうこと?」


 わたしも首を傾げると、堂河内くんは居住まいを正して、


「例えば、昨日は満月だったのに、今日は三日月だったとか。かと思えば翌日には新月になっていて、本来なら自然に満ち欠けしていく月の形が、てんでバラバラ、ランダムになっているんだって花本が言っていたんだ」


「……それ、本当に? どうしてそんなことに?」


「さぁ、解らない。解らないから、色々調べて回ってるんだ」


「ふ~ん」

 と、そこでわたしはふと気づく。

「今? 夜じゃなくて?」


「まあ、何が関係しているか解らないから。それに僕が帰省したの一昨日なんだけど、確かに一昨日と昨日で月の形が違ったんだ。これは何かあるなって思って、調べてるんだ」


「……なんで堂河内くんが?」


「いや、まぁ、それは……」

 そこで堂河内くんは、ちょっと困ったように笑いながら、

「ただの好奇心だよ」

 ははは、と笑うその姿すら、何だかとてもカッコ良くわたしには見えた。


 よし、それなら、とわたしは口を開いた。


「わたしも、一緒に調べるよ」


「え?」


 目を見開く堂河内くんに、わたしはニヤリと笑んで、


「実はわたしも暇なんだよね。解るでしょ? こんな田舎で夏休みなんて、何にもやることないんだもの。だから、わたしにも一緒に調べさせてよ」


 んで、あわよくば堂河内くんと仲良くなって――とまでは言わずにおく。


「ん~」

 堂河内くんは口もとにその長い指を僅かに当てて、

「タクミって、口は堅いほう?」


「え? なにそれ、柔らかいけど」


 あえてボケて、自分の唇を指でつついて見せる。


 すると堂河内くんはアハハと笑い、

「そう言う意味じゃないよ」

 と突っ込んで、

「まぁ、いいよ。一緒に調べよう。僕もしばらくこの町から離れていたから、何が変わったのか解らないんだ。案内してよ」


 わたしはその言葉に、思わずニヤニヤと笑みを零しながら、

「任せて!」

 大きく胸を張って見せたのだった。

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