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蝉が鳴いていた。
みんみん、じわじわ、色んな種類の蝉が、この田舎を包み込むように鳴き続けていた。
どこまでも続くように見える田んぼや畑。その合間に時折立つ家々や古びた倉庫。すでにつぶれてもぬけの殻となった昔のお店――
うんざりするくらいに蒸し暑くて、その寂れた光景を見ているだけで、何だか気怠くなってしまう、夏休み、午後の昼下がり。
国道沿いの道の駅で、アイスでも買って食べようと思って家を出てきたのだけれど、やっぱりやめておくんだったとわたしは半ば後悔していた。
そもそも、どうしてうちの両親はこんな不便な田舎から街に出ず、ずっと暮らし続けているのだろうか。
コンビニへ行くにも車で三十分、一番近くのショッピングモールでも一時間以上がかかるような、こんな何もない田舎に住む利点なんて、全く思い浮かばなかった。
道の駅と、その近くにいつから建っているのか判らないくらいボロボロのスーパーならあるのだけれど、品数的にそこへ行くのは近くの年寄りばっかり。
地元の小中学生や高校生は自転車で駅まで行き、そこから電車に乗り換え、さらにバスを利用して街まで出かける。
そんな苦労をしなくてはろくに遊びに行くことすらできないような場所で生きていること自体に、わたしは心底辟易していた。
高校を卒業したら、とにかくこんなところから出て行くんだ。
大学でも就職でもなんでもいい。こんなド田舎で暮らし続けるだなんて、どう考えたって有り得ない。
こんな何もない、田んぼや畑だらけの、年寄りの方が圧倒的に多いような『村』みたいな町、さっさとおさらばして、二度と帰ってくるもんか。
思いながら、ようやく辿り着いた道の駅。
市街地と観光農園の中継地点で、ここだけは近代的で比較的近く、遠いコンビニへ行くよりも手軽に涼を得られて、そこそこ時間を潰せる、唯一の場所だった。
今日も沢山の観光バスや市街地からやってきたのであろう車で駐車場はいっぱいで、わたしからすれば見飽きた光景を、楽しげに写真なんか撮ったりしていた。
街に住んでいるから物珍しいんだろうけど、こんな何もない場所を写真に撮ってどうするつもりなんだろうか。
街と比べてマウントでも取ってヘラヘラする為? んなわけないか。
どこぞの熊みたいに、『何もない、がある』とか言ってんだろうな。
ふん、くだらない。
わたしは自動ドアを抜け、涼しいクーラーの風に当たりながら、カフェの併設されたイートスペースに向かった。
ありきたりなバニラソフトを買うと、それを手に小さな丸テーブルの席へ腰を下ろした。
大きな窓から見える景色はやっぱりただのド田舎で、そこではしゃぐ観光客は見ていてやっぱり、何が楽しいのか理解不能だった。
そんな観光客の中に、ひとりだけ、異彩を放つ少年の姿があった。
異彩、というと少し語弊があるだろうか。
おばちゃんやおじさんといったやや高齢者の中に混じって、ひとりふらふらと行ったり来たりしているその少年は、細身でどこか女性的で、よくよく見れば美形なのだけれど、その佇まいは一見して目立たない、至って普通の男子だった。
至って普通であるがゆえに逆に目立っている、と言えば解ってもらえるだろうか。
どうしてあんな観光客の中に混じって、ひとりだけ。
不思議に思いつつ、何となくじろじろ見ながらバニラアイスを頬張っていると、
「――?」
不意にその少年がわたしの方に顔向けた。
わたしたちはしばらくの間無言で見つめ合っていたのだけれど、その少年にどこかで見覚えがあることに気が付き、わたしは記憶の糸を手繰り寄せながら、
「……誰だっけ」
小さく口にした時だった。
持っていたバニラアイスがわたしの手の熱で溶けて、ゆらりと傾き、
「え、あっ!」
慌ててバランスを保とうとしたのだけれど、アイスはぐらりと真横に倒れてそのまま服に落ちてくる。
しまった、と焦ったところで、
「え、ええっ?」
突然それまで倒れかかっていたアイスが、まるでビデオを巻き戻すかのような動きで、元の位置に戻っていったのである。
え、なに? 何が起こったの? どういうこと?
目を真丸くしながら驚きつつ、それでも溶けかけていることには変わりなくて、わたしはとりあえず溶けたアイスを頬張った。
そこへ、
「――タクミ」
すぐ近くから声がして、わたしは口をもごもごさせながら、声の方に振り向いた。
わたしのすぐ後ろには先ほどの少年が立っていて、口元に微笑みを浮かべながら、
「久しぶりだね」
わたしに、そう言った。
わたしはごくりとアイスを飲み込んで、その少年の顔をもう一度まじまじ見つめて――思い出した。
「……もしかして、堂河内くん? 堂河内翔くん?」
それに対して、少年はふふっと笑みをこぼして、
「やっぱり、忘れてたんだね」
わたしの座る目の前の椅子に、ふわりと腰を下ろしたのだった。