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家に帰ると、父や母、妹たちは俺から獣臭がしなくなったことをとても驚いた。
でもそれは当たり前の事だろう、もう三年近くも異臭を放ち続けていたのに、ここへきて唐突にその臭いがしなくなったのだから。
それは俺だって今も驚いているし、家に帰るまでの間、何度も何度も自分の身体を嗅ぎ続けて確かめた。
バラのポプリは確かに効果があるようで、堂河内やアカネさんに心から感謝した。
久しぶりに家族と一緒に食事をして、お風呂に入って、清々しい気持ちのまま、俺は自室のベッドに倒れこんで――ふと、机の上に投げおいていた紙片に手を伸ばした。
それはあの髪の長い美人の女性、楸真帆さんとやらに貰った小さな名刺で、ポプリと同じバラの匂いがふんわりと香った。
『魔法百貨堂』
それは堂河内に連れられて行った、アカネさんのお店の名前で。
じゃぁ、この楸真帆って、いったい誰だったんだろう。
あの顔は確かにどこかで見覚えがあって、いったいそれは誰だったか、としばらく思案して、ようやく俺はそれにいきつく。
――そうだ、堂河内にそっくりなのだ。
あの顔、目鼻立ち、まるで兄弟姉妹かってくらいの雰囲気じゃないか。
そういえば、堂河内も言っていたな。実家は遠方にあって、高校に通うために今はあそこで暮らしてるって。
ってことは、アカネさんじゃなくて、あっちの楸さんの方が堂河内の親戚か何かで、だから堂河内はあの家でお世話になっている、そういうことだったんだ。
もしかしたら、あの男の人、古本屋に居たシモハライさんと恋人同士だったりするんだろうか。
そう考えて、ようやく俺は合点がいった。
そもそも堂河内も、シモハライさんとこんな会話をしていたじゃないか。
『この臭いの件で、真帆ねぇに相談しようと思って』
『なるほど。でも、今、真帆は出かけてて留守にしてるんだ。あっちはアカネちゃんが店番やってる』
ってことは、あの魔法のお店の本来の店主は真帆さんで、アカネさんはバイトか何かだったってことになる。
あのあと堂河内は『まぁ、大丈夫でしょ』なんて口にしていたけれど、つまりはそういうことだったんだ。
俺はうんうん頷いて、その名刺を通学鞄にひょいと突っ込み、代わりにバラのポプリを取り出した。
アカネさんのくれた、魔よけのポプリ。
今もバラの匂いを漂わせており、なんだか部屋全体の空気もすっきりしたような気がした。
これの効果範囲がどの程度のモノか解らないけれど、とりあえず家の中にいる分には常に持ち歩いている必要はないらしい。
十分すぎるほどの効果に、俺はとても満足していた。そして明日からの学校生活に、今まで抱いたことのない希望を抱くのだった。