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堂河内に連れられて向かったのは、やたらと歴史を感じさせる一軒の古本屋だった。
ボロボロの看板には、『楸古書店』という文字がうっすらとみてとれる。
いったいいつからここに建っているのだろう、その古本屋の引き戸を開きながら、堂河内は口にする。
「どうぞ、入って」
俺はそんな堂河内に訊ねる。
「ここがお前の家なのか?」
「うん、そう。僕の家」
「でも、名前が違うけど」
「ここは、俺――僕がお世話になっている人の家なんだ」
「……? どういうことだ?」
「なんていうか、居候かな。高校に通うために僕はここに住んでるんだ。実家はもっと田舎の方にあって、近くに良い高校がなかったから」
「ふぅん、そうなのか」
知らなかった。まぁ、それも当たり前か。特別仲の良い友達ってわけじゃない。二年生になってから同じクラスになった、ただそれだけの関係でしかないのだから。
堂河内に促されるように古本屋の中に入ると、そこには沢山の本棚が整然と並んでいて、古本屋特有の古い紙の臭いが充満していた。
けれど、その臭いもすぐにあの獣臭によって上書きされてしまう。
「――ただいま」
堂河内が声を掛けた先、店奥のカウンターには一人の男の人が座っていて、カタカタと何かを打ち込んでいたパソコンから顔を上げると、
「あぁ、おかえり、カケル」
そこには、堂河内によく似た顔があった。
白いポロシャツに茶色いズボン、黒ぶちの眼鏡を掛けて、口にはわずかに無精ひげが生えている。
それを見て、俺は思わず、
「えっと――親父さん?」
訊ねると、堂河内は首を傾げながら、
「違うけど……?」
「そう、なのか?」
確かに、よくよく見れば輪郭が違う。堂河内の方がもう少し顔が細くて、どこか女性っぽい雰囲気があった。
「この人はシモハライさん。時々店番をしてもらってるんだ」
「へぇ……」
俺は何度か頷き、「ども」と言ってシモハライさんに頭を下げた。
シモハライさんも柔らかい笑みを浮かべながら、
「キミは、カケルの友達? こんにちは」
けれど、すぐに異臭に気づいたのだろう、眉間に皺を寄せながら、
「……どうしたんだ、この臭い」
「あぁ、すみません。俺です」
あぁ、いや、とシモハライさんは口にしたけれど、やはりどこか迷惑そうだ。
「この臭いの件で真帆ねぇに相談しようと思って」
「なるほど」
とシモハライさんは頷き、けれど、
「でも、今、真帆は出かけてて留守にしてるんだ。あっちはアカネちゃんが店番やってる」
「そうなんだ…… まぁ、大丈夫でしょ」
「たぶんな」
そんな会話のあと、堂河内は店のカウンター横、開け放たれた扉の方を指差しながら、
「さぁ、こっちだよ」
とスタスタと再び歩き始めた。
俺も慌ててその後を追う。
扉を抜けた先に広がっていたのは、驚くべきことに、一面咲き乱れたバラの花々だった。
白、赤、ピンク、中には薄青のバラもあって、何とも言えない甘い香りを放っていた。
その瞬間、俺の身体を覆っていた獣臭が、まるで風に吹き飛ばされたかのように消えてなくなる。
「――えっ」
俺は慌てて自分の身体を嗅いでみたが、あの獣臭はもうどこからも臭わなかった。
「これ、いったい……」
呟く俺を尻目に、堂河内は舗装された小道を突き進んでいく。
「あ、待てよ!」
俺は堂河内の後ろをついて歩き、やがて目の前に現れたのは、如何にも古い日本家屋だった。
その軒先の大きな看板には、『魔法百貨堂』と達筆で書かれており、そしてその下のガラスの引き戸には、けれど可愛らしい丸文字で、『よろず魔法承ります』とボロボロの紙片が貼られている。
堂河内はそのガラスの引き戸を開けながら、
「ただいまぁ」
と店の中へと入っていった。
「おう、おかえりぃ」
中から聞こえてきたのは、元気な女性の可愛い声で。
俺も堂河内に続いて中に入ると、そこにはこれまた古めかしい感じのカウンター、その背後には、怪しげな商品が収められた大きな棚が並んでいて。
「――ん? 誰? その子、カケルくんの友達?」
そこには、茶色い髪を後ろで束ねた、若い女性の姿があった。