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第2話

   2


 堂河内に連れられて向かったのは、やたらと歴史を感じさせる一軒の古本屋だった。


 ボロボロの看板には、『楸古書店』という文字がうっすらとみてとれる。


 いったいいつからここに建っているのだろう、その古本屋の引き戸を開きながら、堂河内は口にする。


「どうぞ、入って」


 俺はそんな堂河内に訊ねる。

「ここがお前の家なのか?」


「うん、そう。僕の家」


「でも、名前が違うけど」


「ここは、俺――僕がお世話になっている人の家なんだ」


「……? どういうことだ?」


「なんていうか、居候かな。高校に通うために僕はここに住んでるんだ。実家はもっと田舎の方にあって、近くに良い高校がなかったから」


「ふぅん、そうなのか」


 知らなかった。まぁ、それも当たり前か。特別仲の良い友達ってわけじゃない。二年生になってから同じクラスになった、ただそれだけの関係でしかないのだから。


 堂河内に促されるように古本屋の中に入ると、そこには沢山の本棚が整然と並んでいて、古本屋特有の古い紙の臭いが充満していた。


 けれど、その臭いもすぐにあの獣臭によって上書きされてしまう。


「――ただいま」


 堂河内が声を掛けた先、店奥のカウンターには一人の男の人が座っていて、カタカタと何かを打ち込んでいたパソコンから顔を上げると、

「あぁ、おかえり、カケル」

 そこには、堂河内によく似た顔があった。


 白いポロシャツに茶色いズボン、黒ぶちの眼鏡を掛けて、口にはわずかに無精ひげが生えている。


 それを見て、俺は思わず、

「えっと――親父さん?」

 訊ねると、堂河内は首を傾げながら、

「違うけど……?」


「そう、なのか?」


 確かに、よくよく見れば輪郭が違う。堂河内の方がもう少し顔が細くて、どこか女性っぽい雰囲気があった。


「この人はシモハライさん。時々店番をしてもらってるんだ」


「へぇ……」

 俺は何度か頷き、「ども」と言ってシモハライさんに頭を下げた。


 シモハライさんも柔らかい笑みを浮かべながら、

「キミは、カケルの友達? こんにちは」

 けれど、すぐに異臭に気づいたのだろう、眉間に皺を寄せながら、

「……どうしたんだ、この臭い」


「あぁ、すみません。俺です」


 あぁ、いや、とシモハライさんは口にしたけれど、やはりどこか迷惑そうだ。


「この臭いの件で真帆ねぇに相談しようと思って」


「なるほど」

 とシモハライさんは頷き、けれど、

「でも、今、真帆は出かけてて留守にしてるんだ。あっちはアカネちゃんが店番やってる」


「そうなんだ…… まぁ、大丈夫でしょ」

「たぶんな」


 そんな会話のあと、堂河内は店のカウンター横、開け放たれた扉の方を指差しながら、

「さぁ、こっちだよ」

 とスタスタと再び歩き始めた。


 俺も慌ててその後を追う。


 扉を抜けた先に広がっていたのは、驚くべきことに、一面咲き乱れたバラの花々だった。


 白、赤、ピンク、中には薄青のバラもあって、何とも言えない甘い香りを放っていた。


 その瞬間、俺の身体を覆っていた獣臭が、まるで風に吹き飛ばされたかのように消えてなくなる。


「――えっ」


 俺は慌てて自分の身体を嗅いでみたが、あの獣臭はもうどこからも臭わなかった。


「これ、いったい……」


 呟く俺を尻目に、堂河内は舗装された小道を突き進んでいく。


「あ、待てよ!」


 俺は堂河内の後ろをついて歩き、やがて目の前に現れたのは、如何にも古い日本家屋だった。


 その軒先の大きな看板には、『魔法百貨堂』と達筆で書かれており、そしてその下のガラスの引き戸には、けれど可愛らしい丸文字で、『よろず魔法承ります』とボロボロの紙片が貼られている。


 堂河内はそのガラスの引き戸を開けながら、

「ただいまぁ」

 と店の中へと入っていった。


「おう、おかえりぃ」

 中から聞こえてきたのは、元気な女性の可愛い声で。


 俺も堂河内に続いて中に入ると、そこにはこれまた古めかしい感じのカウンター、その背後には、怪しげな商品が収められた大きな棚が並んでいて。


「――ん? 誰? その子、カケルくんの友達?」


 そこには、茶色い髪を後ろで束ねた、若い女性の姿があった。

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