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第11話

   11


 あたしたちは意識を失った真凛を公園のベンチに寝かせて、少し離れたところに立って向かい合った。


 じっとあたしを見つめてくる広髙くんの眼はとても真剣で、何を言わんとしているのかは聞かずとも判るような気がした。


「……あたしに用事って、なに?」


 ため息交じりに訊ねると、広髙くんは小さく頷いて、


「俺は――彩名先輩のことが、好きです」


 知ってる、とは言わなかった。


「そう」


 あたしは答えて、また、ため息を吐く。


 それから嘲るような気持ちで、

「昨日の今日会ったばっかりじゃない」


「一目惚れです」


「そんなの、当てにならないよ。気のせいかも知れないじゃない」


「そんなこと、ないです」


「どうかな」

 あたしは広髙くんから眼を逸らし、眠り続けている真凛を見ながら、

「キミが思っているほど、あたしは良い人じゃないよ。解るでしょ? さっきあんな目に遭ったんだし。あたしはね、こんなのとつるんでるような人間なんだよ。あたしの事を好きになっても、またろくでもない目に遭うかもしれないよ? やめときなよ、あたしなんて」


「……嫌です」


「どうして?」


 訊ねると、広髙くんは一歩前へ踏み出して、


「……俺が、彩名先輩のことが好きだから」


「それは、さっきも聞いたよ。なんであたしじゃなきゃダメなの? 他にも可愛い女の子、いっぱいいるじゃない。そっちにしなよ」


「女の子なら、誰でもいいわけじゃない。俺は、彩名先輩が良いんです」


 はぁ、とあたしは何度目かの大きな溜息を吐いて、


「――そういうの、本当に迷惑なんだよね」


「えっ」


 はっきり言われて、広髙くんは目に見えて動揺する。


 そんな彼に、あたしはさらに畳みかける。


「前にね、付き合ってたカレシもそうだった。彩名が良い、彩名じゃなきゃダメなんだって。でもさ、あたし、そんなこと言われても全然嬉しくないんだ。あたしは、縛られるのが嫌。固執されて、執着されるのが本当に嫌なの」


 広髙くんは、けれど何も返事をしなかった。


 ただ黙って、あたしの顔を見つめ続ける。


「真凛が彼氏――琢磨を使ってあんたをシメようとしたのも、そういう過去があるからなんだ。元カレもあたしに執着して、いつもいつもあたしにぴったりくっついて。別れを切り出しても、なかなか受け入れてくれなくて。だからあたしは、真凛に頼んで――元カレを、あたしから遠ざけてもらった」


「……」


「だからさ、やめときなよ。あたしと付き合っても、またさっきみたいな目に遭うかもしれない。だから、ね? これでおしまい。あたしにはもう、かまわないで」


 そこまで言って、あたしも広髙くんの顔をじっと見つめた。


 この思いが伝わるように、解ってもらえるように。


 しばらくの間見つめ合って、けれど広髙くんは、

「――彩名先輩は、本当にそれでいいんですか?」


 言われて、あたしは首を傾げる。


「なにそれ、どういう意味?」


「俺、彩名先輩たちの様子を見ていて思ったんです。本当は、この人とつるんでいたくないんでしょ?」


 意表を突かれて、あたしは思わず真凛に目を向け、

「そ、そんなことない。真凛は、あたしのトモダチだもの」


「本当に? 本当に先輩はそう思っているんですか?」


 広髙くんのあまりに真剣な眼差しに、あたしは嘘なんか吐けなくて。


「……少なくとも、真凛はあたしを友達だと言ってくれてる。だけど」


「だけど?」


「あたしは――正直解らない」


「解らない?」


 うん、と一つ頷いて、あたしは、

「あたしが真凛や詩織とトモダチでいる理由なんて、学校での生活を円滑にするためでしかないんだよ。どんなに嫌なやつでも、もっと嫌な思いをしないためには嘘でもなんでも、こういうのと付き合っていかないといけないの。解るでしょ?」


「解りません」


「……だろうね。男のあんたには、きっと解らない。自分を守るためには、自分で何とかするしかない。あたしはね、それにキミを巻き込みたくないの。さっきみたいに、キミがまた嫌な思いをするのも、あたしは見たくないの。だから、あたしのことは諦めて」


「だったら、俺が彩名先輩を守ります」


「――は?」

 そんな声が口から漏れて、思わず「ぷっ」と噴き出してしまう。

「なによそれ、プロポーズじゃあるまいし」


 あはははっと腹を抱えて笑うあたしに、広髙くんはさらに一歩近づいてきて、


「恋人にしてほしい、とは言いません」


「……じゃぁ、どうしたいわけ?」


「俺と、友達になってください」


「なに? あんたもオトモダチごっこに加わりたいの?」


「違います」

 彼は首を横に振り、

「俺は、彩名先輩と、本当の友達になりたいんです」


 言われてあたしは、彼のその視線を真正面から受けながら、

「……また、さっきみたいな目に遭うかもしれないよ?」


「大丈夫です」


「将来的に、キミを好きになるとも限らないんだよ?」


「かまいません」


「もしかしたら、そのうち新しい彼氏ができて、キミの目の前でイチャイチャする日が来るかもしれない」


「そ、それは――ちょっとキツイかも?」


 苦笑しながら頭を掻く彼に、あたしは「なんだそりゃ」と笑いかけ、

「そのうち、その人と結婚しても、キミはあたしと友達でいてくれるの?」


「はい、もちろん」

 と広髙くんは微笑みながら頷いて、

「彩名先輩が幸せなら、俺はそれでいいんです」

 そう口にした途端、彼から甘いバラの香りが漂ってきた。


 それはとても優しい香りで、何だかあたしの心が癒されていくような気がした。


 これは――


「広髙くん、もしかして、香水でもつけてる?」


「え? あ、あぁ、はい。匂い、きついですか?」


「ううん、そんなことないよ。すごく良い匂いだね。どうしたの? 最初会った時、香水なんてしてなかったよね?」


「えっと、信じてもらえないかも知れないんですけど、魔法百貨堂っていうお店で、勇気が出る魔法の香水を貰ったんです」


 そのすごく聞き覚えのある店名に、あたしは訊ねる。


「魔法百貨堂って、もしかしてマホさん?」


「え? 知ってるんですか?」


 目を丸くする彼に、あたしは、

「うん、知ってる。昨日、登校前に通学鞄が壊れちゃってさ。丁度そこにマホさんが通りかかって、あの赤い魔法のバッグを貸してくれたの」


「そうだったんですか?」

 広髙くんは驚いたように言って、

「実はあのお店、さっき助けてくれた翔の家なんです」


「あ、それも知ってる。もしかして、彼も魔法使いだったりするのかな?」


「さぁ? どうなんですかね。もしかしたら、そうなのかも」


 そんな会話を続けるうち、

「う、うぅん」

 と真凛が頭を抱えながら上半身を起こした。


 虚ろな目であちらこちら視線をやりつつ、

「えっと、彩名……? 私、なんでこんなところで寝てたんだっけ? 今は――夕方?」


 戸惑う様子の彼女のもとへ、あたしと広髙くんは駆け寄って、

「大丈夫? なんか突然立ち眩みで倒れちゃったから」

 適当にそれっぽい説明をしてあげる。


「そうなの? ごめん、全然覚えてない」


「あとで病院に行って診てもらった方が良いかもね」


「うん、そうする」


 それから今頃気付いたように、あたしの隣に立つ広髙くんに視線を向けると、

「誰、コイツ。彩名の知り合い?」

 訝しむように睨みつける。


 あたしは広髙くんと顔を見合わせ、互いにくすりと笑んでから、



「彼は広髙くん。あたしの友達、だよ」




……ふたりめ 了

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