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あたしたちは意識を失った真凛を公園のベンチに寝かせて、少し離れたところに立って向かい合った。
じっとあたしを見つめてくる広髙くんの眼はとても真剣で、何を言わんとしているのかは聞かずとも判るような気がした。
「……あたしに用事って、なに?」
ため息交じりに訊ねると、広髙くんは小さく頷いて、
「俺は――彩名先輩のことが、好きです」
知ってる、とは言わなかった。
「そう」
あたしは答えて、また、ため息を吐く。
それから嘲るような気持ちで、
「昨日の今日会ったばっかりじゃない」
「一目惚れです」
「そんなの、当てにならないよ。気のせいかも知れないじゃない」
「そんなこと、ないです」
「どうかな」
あたしは広髙くんから眼を逸らし、眠り続けている真凛を見ながら、
「キミが思っているほど、あたしは良い人じゃないよ。解るでしょ? さっきあんな目に遭ったんだし。あたしはね、こんなのとつるんでるような人間なんだよ。あたしの事を好きになっても、またろくでもない目に遭うかもしれないよ? やめときなよ、あたしなんて」
「……嫌です」
「どうして?」
訊ねると、広髙くんは一歩前へ踏み出して、
「……俺が、彩名先輩のことが好きだから」
「それは、さっきも聞いたよ。なんであたしじゃなきゃダメなの? 他にも可愛い女の子、いっぱいいるじゃない。そっちにしなよ」
「女の子なら、誰でもいいわけじゃない。俺は、彩名先輩が良いんです」
はぁ、とあたしは何度目かの大きな溜息を吐いて、
「――そういうの、本当に迷惑なんだよね」
「えっ」
はっきり言われて、広髙くんは目に見えて動揺する。
そんな彼に、あたしはさらに畳みかける。
「前にね、付き合ってたカレシもそうだった。彩名が良い、彩名じゃなきゃダメなんだって。でもさ、あたし、そんなこと言われても全然嬉しくないんだ。あたしは、縛られるのが嫌。固執されて、執着されるのが本当に嫌なの」
広髙くんは、けれど何も返事をしなかった。
ただ黙って、あたしの顔を見つめ続ける。
「真凛が彼氏――琢磨を使ってあんたをシメようとしたのも、そういう過去があるからなんだ。元カレもあたしに執着して、いつもいつもあたしにぴったりくっついて。別れを切り出しても、なかなか受け入れてくれなくて。だからあたしは、真凛に頼んで――元カレを、あたしから遠ざけてもらった」
「……」
「だからさ、やめときなよ。あたしと付き合っても、またさっきみたいな目に遭うかもしれない。だから、ね? これでおしまい。あたしにはもう、かまわないで」
そこまで言って、あたしも広髙くんの顔をじっと見つめた。
この思いが伝わるように、解ってもらえるように。
しばらくの間見つめ合って、けれど広髙くんは、
「――彩名先輩は、本当にそれでいいんですか?」
言われて、あたしは首を傾げる。
「なにそれ、どういう意味?」
「俺、彩名先輩たちの様子を見ていて思ったんです。本当は、この人とつるんでいたくないんでしょ?」
意表を突かれて、あたしは思わず真凛に目を向け、
「そ、そんなことない。真凛は、あたしのトモダチだもの」
「本当に? 本当に先輩はそう思っているんですか?」
広髙くんのあまりに真剣な眼差しに、あたしは嘘なんか吐けなくて。
「……少なくとも、真凛はあたしを友達だと言ってくれてる。だけど」
「だけど?」
「あたしは――正直解らない」
「解らない?」
うん、と一つ頷いて、あたしは、
「あたしが真凛や詩織とトモダチでいる理由なんて、学校での生活を円滑にするためでしかないんだよ。どんなに嫌なやつでも、もっと嫌な思いをしないためには嘘でもなんでも、こういうのと付き合っていかないといけないの。解るでしょ?」
「解りません」
「……だろうね。男のあんたには、きっと解らない。自分を守るためには、自分で何とかするしかない。あたしはね、それにキミを巻き込みたくないの。さっきみたいに、キミがまた嫌な思いをするのも、あたしは見たくないの。だから、あたしのことは諦めて」
「だったら、俺が彩名先輩を守ります」
「――は?」
そんな声が口から漏れて、思わず「ぷっ」と噴き出してしまう。
「なによそれ、プロポーズじゃあるまいし」
あはははっと腹を抱えて笑うあたしに、広髙くんはさらに一歩近づいてきて、
「恋人にしてほしい、とは言いません」
「……じゃぁ、どうしたいわけ?」
「俺と、友達になってください」
「なに? あんたもオトモダチごっこに加わりたいの?」
「違います」
彼は首を横に振り、
「俺は、彩名先輩と、本当の友達になりたいんです」
言われてあたしは、彼のその視線を真正面から受けながら、
「……また、さっきみたいな目に遭うかもしれないよ?」
「大丈夫です」
「将来的に、キミを好きになるとも限らないんだよ?」
「かまいません」
「もしかしたら、そのうち新しい彼氏ができて、キミの目の前でイチャイチャする日が来るかもしれない」
「そ、それは――ちょっとキツイかも?」
苦笑しながら頭を掻く彼に、あたしは「なんだそりゃ」と笑いかけ、
「そのうち、その人と結婚しても、キミはあたしと友達でいてくれるの?」
「はい、もちろん」
と広髙くんは微笑みながら頷いて、
「彩名先輩が幸せなら、俺はそれでいいんです」
そう口にした途端、彼から甘いバラの香りが漂ってきた。
それはとても優しい香りで、何だかあたしの心が癒されていくような気がした。
これは――
「広髙くん、もしかして、香水でもつけてる?」
「え? あ、あぁ、はい。匂い、きついですか?」
「ううん、そんなことないよ。すごく良い匂いだね。どうしたの? 最初会った時、香水なんてしてなかったよね?」
「えっと、信じてもらえないかも知れないんですけど、魔法百貨堂っていうお店で、勇気が出る魔法の香水を貰ったんです」
そのすごく聞き覚えのある店名に、あたしは訊ねる。
「魔法百貨堂って、もしかしてマホさん?」
「え? 知ってるんですか?」
目を丸くする彼に、あたしは、
「うん、知ってる。昨日、登校前に通学鞄が壊れちゃってさ。丁度そこにマホさんが通りかかって、あの赤い魔法のバッグを貸してくれたの」
「そうだったんですか?」
広髙くんは驚いたように言って、
「実はあのお店、さっき助けてくれた翔の家なんです」
「あ、それも知ってる。もしかして、彼も魔法使いだったりするのかな?」
「さぁ? どうなんですかね。もしかしたら、そうなのかも」
そんな会話を続けるうち、
「う、うぅん」
と真凛が頭を抱えながら上半身を起こした。
虚ろな目であちらこちら視線をやりつつ、
「えっと、彩名……? 私、なんでこんなところで寝てたんだっけ? 今は――夕方?」
戸惑う様子の彼女のもとへ、あたしと広髙くんは駆け寄って、
「大丈夫? なんか突然立ち眩みで倒れちゃったから」
適当にそれっぽい説明をしてあげる。
「そうなの? ごめん、全然覚えてない」
「あとで病院に行って診てもらった方が良いかもね」
「うん、そうする」
それから今頃気付いたように、あたしの隣に立つ広髙くんに視線を向けると、
「誰、コイツ。彩名の知り合い?」
訝しむように睨みつける。
あたしは広髙くんと顔を見合わせ、互いにくすりと笑んでから、
「彼は広髙くん。あたしの友達、だよ」
……ふたりめ 了