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教室に入り、自分の席に向かうとそこにはトモダチの伊藤
「おはよう」
と声を掛けると、
「おっスー」
「今日も安定の遅刻、さすがだね」
と嘲るようにふたりは笑った。
例の元カレを振り切るのを手伝ってくれたオトモダチだ。
あたしは机のフックに赤いバッグを掛けながら、
「ほっとけ」
と小さく笑って見せる。
ふたりは赤いバッグにちらりと視線を寄越したけれど、やっぱり何事もなかったかのように、お喋りを再開した。
どうやら本当に気にならないらしい。
ここまでくると、本気で魔法というものを信じてもいいんじゃないか、とすら思えてくる。
「ところでさぁ、知ってる? 隣のクラスのナカタエミ」
「知ってるー。アレでしょ? ニシショーの先生との」
「そうそう」
ナカタエミ?
ニシショー?
誰それ、何の話?
あたしは心の中で首を傾げながら、黙ってふたりの会話に耳を傾ける。
「やっぱおかしいなって思ってたんだよねぇ。体育の時も様子変だったし」
「だよねぇ。そっかぁ、やっぱそうだったんだー。それでしばらく見かけなかったわけか」
「そうそう。で、今、大変らしいよ? そのうちニュースになるんじゃない?」
「えー、マジで? チェックしとこ!」
……話が見えない。
これはいったい、何の話をしているんだろうか。
っていうか、なんでそんなに他人のことに興味があるわけ? どうでもよくない?
そんなあたしに、真凛はちらりと視線だけを寄越して、
「――彩名はどう思う?」
「えっ」
話を振られて、あたしは一瞬、口籠ってしまった。
何の話か解っていないのに、そんなこと訊かれたってあたしも困る。
思わず眉間にしわを寄せると、それを見た詩織は「あははっ」と声に出して笑い、
「彩名は真面目だからなー」
「え? なに? どういう話?」
「いいからいいから、ごめんね、変に話振っちゃって!」
ケラケラ笑うふたりの姿が明らかにあたしを馬鹿にしているようで、どうにも釈然としなかった。
つまらない授業をダラダラ受けて、やっと訪れた放課後。
帰り支度をしていると、真凛と詩織に「街まで遊びに行こう」と誘われた。
特に用事もないし、誘われたのだから行っておかないと、こういうのは後々面倒くさいことになる。
あたしはなるべく快く返事して、ふたりと一緒に校門を抜け、市街地の方へ歩き出した。
ここから街まで、だいたい三十分くらいの道のりだ。
最初はバスで行こうかという話にもなったのだけれど、待ち時間の事を考えると、歩いても大して変わらないのだから歩こう、ということになったのだ。
その道中、ふたりはやっぱり『どこどこの誰々があーだこーだ』、『あの先生は女の子ばっか見てて気持ちが悪いからなんだかんだ』とそんな話ばかりしていた。
あたしは角の立たないよう、なるべく話を合わせて相槌を打ち、とにかく笑った。
何が面白いのか、正直全く解らなかった。
よくそんなに他人のことを笑えるものだ。
やがて真凛の話は保健室のオギちゃんの話に及び、
「知ってる? あの先生、現国のヤンダとデキてるらしいよ」
「え? マジで? あんなおっさんと?」
「A組の真田が見たんだってさ、オギちゃんがヤンダの車に乗ってるのを」
「……でも、車に乗ってるからって、付き合ってるってことにはならないんじゃない?」
思わず口を挟むと、真凛はニッと口元を歪め、
「――あぁ、そうか。アヤナはオギちゃんのこと、お気に入りだったね」
と意地の悪い笑みを浮かべる。
「ごめんね? そうだよねぇ。それだけじゃ、わかんないよねぇ」
わざとらしく、そう口にした。
視線が交わり、沈黙が続く。
詩織はそんなあたしと真凛のやり取りにどこか焦りを覚えたのか、
「や、ヤンダっていったらさぁ、前もやっぱり新任の先生と――」
と、どこか慌てたように話を変え、真凛も同調するようにそれに合わせた。
あたしは小さくため息を吐き、遠くを見つめる。
――なんだかやっぱり、帰りたい。
こんなオトモダチごっこにも、正直全く興味がなかった。
ただ学校生活を何とか円滑に過ごすために付き合っているだけ。
こんなの、『友達』なんかじゃない。
その時、不意に目に入ったカーブミラー。
そこに小さく、見覚えのある人影があって。
あれは――今朝の男の子だ。
偶然、だろうか? あたしたちの後ろを、つかず離れずの距離で歩いていた。
……やれやれ。
あたしは視線をそらし、もう一度ため息を吐く。
まったく、ホントに、メンドくさい――